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『walk,go to walk 』
伍宮・春華1892)&天波・慎霰(1928)

 勉強っつーのは、外でするモンなんじゃねーの?普通。

 と言うか、春華や慎霰にとって『学ぶ』と言う行為は机に向かって視線を教科書・ノートと黒板の間を行ったり来たりさせる事ではなく、実際に見たり聞いたり、肌で感じたりその手に触れたり言葉を交わしたりする事で知識を得る事なのだるから、今、自分達が体験している学校での勉強は、どっちかと言うとその雰囲気?を楽しむ為のイベント的な要素が高かった。だから、春華が担任の教師から『明日は校外学習』だと聞かされた時も、それを聞いたクラスメイトが大喜びをしているのを見た時も、何故今更、と不思議に思ったのもしょうがないのだろう。
 「しかも、皆は明日はほぼ遊びみたいなモンだっつーし。んじゃあ、何の為にわざわざ出掛けて行ってベンキョーなんかするんだろうな?」
 「いいじゃねェか、部屋ん中に閉じ篭ってグツグツつまんねェ話を聞かなくっても済むんだろ?俺だって、そっちの方がいいや」
 自分は詰まらないと思っていた事でも、人からそう羨ましがられると、何となく自分が得したような気分になるのは人も天狗も同じらしい。さっきまでぶつくさ文句を言っていた春華だったが、慎霰にそう言われた途端、へへんと鼻高々で自慢げな表情になった。
 「ただなぁ…その校外学習っつーのが、現地集合なんだよな。自分でその場所まで行かなきゃなんねーっつうのが面倒臭ぇ…俺、電車苦手だしよ」
 「なんだ、不慣れなおまえを一緒に連れてってくれるような、親切なオトモダチはいねェのか?」
 半ば揶揄うような声で慎霰がそう言うと、春華は、その隠された意図には気付かなかったのか、怒る事もなく、そうなんだよなぁとぼやく声を漏らした。
 「だって、普段だって皆とは方向が真逆なんだよな。いつもそうじゃん?俺、慎霰と途中までは一緒に通ってるだろ?」
 気付いてねぇの?と言わんばかりの語調で、今度は春華が揶揄するように口端を持ち上げた。勿論、春華に揶揄われた事への逆襲の意図は無かったが。それを分かっている慎霰なので、敢えて言い返しはせずに、ただ唇を尖らせただけだった。
 「…まぁ、そりゃそうだけどよ。いいんじゃねェ?電車で行くんだろ?地面に輪っかが付いて走ってるヤツだ、空飛ぶ訳でも海を渡る訳でもねェんだから、何とかなるさ」
 だが、それも時と場合による事を、二人は後で知る羽目となる。


 次の日の朝、出掛ける時間はいつもと同じだったので、いつもと同じよう、保護者に見送られて春華は慎霰と共に現在の住処を出た。いつもと同じ道を辿って最寄の駅へと、そこには二人と同じように、通学途中の学生達が数多くいた。着ている制服もさまざまで、それ故に、四方八方へと散っていく学生達は様々な電車に乗る為、彼らの後に付いて行って行き先を参考にする事も出来ない。ただでさえ、人間の作ったモノに対しての苦手意識(と言うか、己に必要ないものだと思ってしまうと、途端に興味を失うと言うか)の強い春華にとって、何番ホームだの何々線だの、どこどこ行きだのなんとか経由だのと言った用語は、理解不能の呪文に等しい。いつもは、最初に保護者に教えられた路線の、同じ発着時間の同じ車両の電車に乗っているから、迷う事も無かったのだが。
 「春華、おまえ、どこに行くのか分かってンのか?」
 「集合場所は分かってるよ。ナントカって言う駅の改札口に集合っつうんだから、その駅まで行ければ、何ら問題はねぇよ」
 「…つか、ホントに、その駅名を覚えてんのか……?」
 春華のナントカ発言に若干の不安を覚えた慎霰だったが、当の本人は至って呑気で自信ありげなので、最早それ以上は何も言う気になれなかった。
 「んじゃぁな。今日は俺のほうが遅くなっかもしんねぇけど、後の事はよっしくー」
 よろしくされたからと言って、彼らが自宅で何か手伝い等をする訳でもないが。だがそんな事は互いにお構いなし、よろしくされた慎霰も、任せとけ等と頼もしい返事を返して、二人は互いに背を向けた。慎霰はいつもと同じ電車に、春華は、初めての行き先の電車に乗る為に。
 『……んぁ?』
 ふと何気なく春華の背中を捜した慎霰だったが、春華が立っているホームに目を瞬かせる。先程の春華のナントカ発言はともかく、慎霰は、春華が学校から配られた校外学習要項を覗き見していたから、春華の目的地は実はちゃんと覚えていた。が、今春華が待っている路線は、その駅は掠めもしない方向違いである。
 「…あのバカ……おい、春華……!」
 舌打ちをし、慌てて走り出した慎霰だったが、一歩及ばず。慎霰の伸ばす手が春華に届く前に、春華はその間違った電車にさくさくと乗り込み、電車は無常にもそのまま発車してしまったのだ。
 「………あーあ」
 大勢の人が乗り込んで人気がなくなったホームで、慎霰は呆然と伸ばしたままだった手をゆっくりと下ろした。溜息混じりの吐息を漏らし、腕組みをして空を仰いだ。
 「ま、地続きなんだし、大丈夫か………ぁ!?」
 どうやら大丈夫ではないらしい。『ぁ』と言う口の形のまま、慎霰の片頬が引き攣った。
 「…春華の奴、寄りによって、とんでもない電車に―――…!」
 春華が間違えて乗ってしまった電車、勿論、春華の校外学習の場所には行き着く事は出来ないのだが、それ以前に、特急列車であるそれは、終着駅までの間に停車する駅は殆どないのだ。つまり、春華が途中で間違いに気付いたとしても、その電車を降りて乗り直す事は困難なのだ。
 「つか、どうせあいつの事だ、間違い自体に気付かねェだろ…このまま終着駅まで行っちまったら、絶対帰ってこれねェぞ!」
 しかもっ、すぐ後を追いたくても、同じ電車はもう午後にしかねーじゃねェか!
 は、と慎霰が路線図と時刻表を見比べる。幾つか乗り継げば、さっき春華が乗った電車に追いつける!
 乗り継ぎ駅と時刻表を頭の中に叩き込むと慎霰は、反対側のホームから発車直前だった電車に飛び乗った。


 「慎霰、なんでここに居るんだ?」
 「……開口一番がそれかよ、おまえェ〜…」
 がくりと脱力して肩を落とした慎霰が、背を丸めて自分の両膝に両手を突いた。
 あれから春華の後を追って電車を乗り継ぎまくった慎霰なのだが、途中、春華が降りているかもしれない駅毎で春華の姿を捜したのだが見つけることが出来ず、ついに終着駅まで来てしまったのだ。すると、当の春華が、迷った様子も悩んだ様子もなく、のんびりと駅のホームで缶の緑茶などを啜っているではないか。
 「いやぁ、なんだか妙に走り続けてる電車だなぁとは思ったんだ。でも、いつもと違う電車だから、そんなもんだと思っててさ。んで、駅に止まる度に駅名を見てたんだけど、ナントカって言う駅名じゃねぇしさ、おっかしーなー…って思ってるうちに…」
 「…終点まで来ちまったって訳か」
 こくり。頷く春華に、慎霰は再び脱力し、春華が座っている駅のベンチにどさりと座り込んだ。そんな慎霰を見て春華が、他人事のように、隣の慎霰の肩をばしばしと叩きながら笑った。
 「ま、いいじゃん。どーせ今から戻っても、校外学習には間に合わねーよ。慎霰だって、今さらガッコに行く気なんかねぇだろ?」
 「まぁな」
 あっさりそう答える慎霰に、春華は満足げにニッと口元で笑った。
 「って事でよ、二人で校外学習っつうのはどうよ!?」


 春華達が辿り着いた終着駅と言うのは、ある意味で執着に相応しい、静かで趣のある…と言えば聞こえはいいが、有り体に言うと田舎であった。
 だが、その風景は二人にとっては、今住んでいる都会よりも寧ろ馴染みの深い空気が流れていた。春華には封印されていた間のブランクがあるから尚更だが、そうでない慎霰にしても、自然と共にある天狗にとって、この山の緑やせせらぎの青、大気の透明さは故郷と同じぐらい懐かしさを感じさせるものであった。
 「ひっさしぶりだなァ、こんな風にのんびりすんのもよ」
 慎霰が思いっきり背伸びをして深呼吸をする。現在の住居で、二人が居辛い思いをしている訳ではない。居候の身分と言う事を重んじれば、かなり自由気侭に好き勝手やれている方だろう。それでも、アスファルトやコンクリートに囲まれた都会の生活は、二人にどこか狭苦しさを感じさせていたようだ。
 二人は、田舎道をのんびりと歩き、空を見上げて叫んだりしている。そんな事をしていても、五月蝿いと咎めるものは誰もいない。ただ、遠くからそれに応える犬の鳴き声が響くだけだ。
 「おっ、こんなところに野菜が置いてあるじゃん!」
 「本当だ。誰か知らねぇけど、太っ腹だなァ。お、このトマト、すっげぇ美味そう!」
 無論、これは野菜の無人販売の事である。だが、そんな事とはいざ知らず、二人は誰か分からない親切な人(と言う事で結論がでたようだ…)に感謝をしながら、ご丁寧にもビニール袋に詰めてあったトマトを二つ頂き、齧りながら更に先へと進んだ。
 コンビニもなく、自動販売機もろくにない静かなこの街―――と言うよりは村、だろうか―――は、さしたる観光の目玉も無いのか、住人以外は殆ど居ないようである。慎霰曰く、融通利かねェよろずやで、一袋幾らの豆パンとあんパンをそれぞれ買い、中身を半分ずつ分け合って昼食とした。飲み物は買わなかった。二人が、ちっぽけな神社の境内で、お社よりも大きいかと思う程の欅の巨木を眺めながらパンを齧っていたら、掃除にやってきたおばあさんが二人に冷たい麦茶をご馳走してくれたからだ。ここには、そんな現代日本にはすっかり廃れてしまったと思われていた人々の交流が、今も息衝く貴重な場所なのかもしれない。
 春華も慎霰も、これなら今の世も捨てたモンじゃないな、とか思うのであった。


 まさにカラスが鳴くから帰ろう、ではないが、慎霰と春華の二人は夕暮れ、太陽が向こうのお山に半身を消す頃まで遊び歩いてから、ようやく帰宅する気になった。二人が昼前に降り立った駅へと向かう。余りに静かなその様子に、二人が首を傾げながら改札へと向かうと、当然そこには既に誰も居なかったのだ。
 「なんだ?どういう事だ?」
 「…こう言う事らしいぞ」
 周囲を見て回っていた慎霰が、低い声で呟く。何?と春華が慎霰の傍により、彼が見ていた壁の時刻表を隣で同じように眺めた。
 「……ナニ?…最終十八時、始発は八時…?って、今何時だよ」
 「十八時四十五分。つまり、乗らなきゃならなかった電車は、もう行っちまったっつー事だ」
 「なんだ、ンな事か。んじゃ、しょーがねー、今夜はこっちで泊まってこうぜ?」
 何でもない事のようにそう言って笑う春華に、慎霰がわざとらしい溜息を漏らす。
 「おまえなァ…簡単に言うなよ。さっきまで歩いてて、泊まれそうな場所があったか?それ以前に、そこまでの持ち合わせはねェだろ。俺もおまえも」
 「………ぅ」
 ようやく事の次第に気付いて春華が唸る。春華は、今日は校外学習だと言う事で、いつもよりは多少多めに金を持たされてきたがそれも知れた事。慎霰に至ってはいつもどおりに投稿して来たのだから、春華よりも更に持ち合わせはなかったのである。
 「アンタ達、こんな時間に何やってるのさね」
 不意に声を掛けられ、驚いて二人が振り向くと、そこには人の良さそうなおばちゃんが、重そうな荷物を抱えて立っていた。
 「あー…、俺達、遊びに来てたんだけど、電車の時間知らなくってさ、帰れなくなっちまったんだ」
 照れ隠しに自分で後ろ髪を撫でながら春華がそう言うと、おばちゃんは驚いたような顔で二人の顔を見比べた。
 「遊びにって、こんななーんもない田舎にかね?変わった子達だねぇ、最近の若い子にしては…だけど、それで困ってるんだね?」
 おばちゃんの楽しげな苦笑いに、二人がこくりと頷くと、とうとうおばちゃんは声を立てて笑い出した。

 おばちゃんの更意により、春華と慎霰はおばちゃんちに一晩泊めてもらう事になった。見ず知らずの、それも得体の知れない少年二人を気安く自宅に泊めるなぞ、都会では信じられない行為だ。それで何か事件が起こっても致し方ないと思われるような事態だが、それでもこの辺りでそんな犯罪が起こらないのは、この周囲に住む人々の性根の良さもあるだろうが、ここまで無防備にされては、例え悪意を持って近付いても拍子抜けをしてしまって何も悪い事が出来なくなる、そんな効果もあるようだった。
 勿論、慎霰と春華は何か悪さをしようと思っていた訳ではないから、おばちゃんの好意は素直に享受し、素朴で暖かなゴハンと一組しかなかったが清潔に設えられた布団で、楽しい個人校外学習を終えたのであった。

 ……心底楽しんでいたから当然と言うべきか、春華も慎霰も、保護者が帰らぬ二人を案じて眠れぬ一夜を過ごしていたとは想像だにせず。
 次の日、意気揚々と二人が帰宅するまで、悶々とマンションの中を冬眠中の熊みたいにうろうろ歩き回っていた事は、不幸と言うかいつもの事と言うか……。

 彼の髪に白いものが混ざり始めるのも、時間の問題かもしれない。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月27日

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