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『家族増幅中につき 』
刀伯・塵1528)&玉響夜・日吉(1582)

●決意
「父上さま、その格好は?」
 玉響夜・日吉(たまゆらのよ・ひえ)の声が、刀伯・塵(とうはく・じん)の背中に落ちた。
 袖をまとめる『たすきがけ』に、一抹の不安を覚えたようだ。塵は振り返ると、幼さの残るその顔に向かって言った。
「この世界にも慣れてきたか?」
「はい。だいぶ慣れました。ここも、あの里に似た良い所だと思います」
 穏やかに微笑む日吉につられ、塵も片笑みを浮かべる。
 時がどんなに流れ、場所が変わっても、この笑顔だけは永劫不偏。
『焔隠れの庵』と名付けられた、新しい住居での暮らしも、ようやく板についてきた。
 微笑む二人の後ろで、温泉ペンギンが立ったまま寝ていようと、天井から女の幽霊が生えていようと、四十三人の半透明部隊が秘密の円陣を組んでいようと、白いワニがズルズルと通りすぎようと気にしない。
 裏の林に、かつての敵に良く似た化け物が浮遊していても、また然りなのである。人は『適応能力』と言う、素晴らしい力を持っているのだ。
「確かに、ここはあの里に似ているな」
 塵の目は縁側へと向いた。ほこほこと暖かな陽を浴びている、『それ』の背中はのどかであった。
『弘の像』に、二人は目を細める。
「不思議ですね、父上さま」
「この不可解を説明する言葉は、見つからないだろうな」
 何人たりとも、奴をそこへは持ち出していないのである。いないのに、何故かそこに居るのだ。激しいおっさん顔。不幸をもたらすその像は、庵の中を勝手にウロウロする。
 昨晩、塵が寝る時は、枕元に鎮座していた。朝、ほんの少し目を離した隙に、今度は廊下に移動している。何をしているのだろう、と言う住人達の内心の問いかけを横顔で受けていた弘は、いつのまにか縁側へと移っていた。
 ここに『鳥居』は無いはずなのだが、専用の瞬間移動装置を持っているようだ。そうやって塵や日吉達もやってきたのかもしれない。その内、巨大な目の化け物などの亡霊も、愉快な『林』の仲間達として追加されるのでは無いだろうか。
 もしかすると、もうすでにいるかもしれない。
 奥の部屋に。
 塵はそっと、部屋の奥に通ずる沈黙の扉を見つめる。
「……日吉。もし俺が戻らなくても、確かめようなんて気を起こしてくれるなよ。街へ行けば宿もある。二人で強く生きてくれ」
 そうして、たすきがけの背を向ける父を、娘はじっと見つめた。
 サムライと呼ばれた二人の間に、束の間流れる『かの地』の思い出。
 幼かった日吉にとって、塵の背中は頼りがいのある里長と言う以上に、大事な父のそれとして写っていた。その父を一人でなど、どうして行かせる事が出来よう。
「私も参ります。父上さま」
「日吉」
 血は別なれど親子。サムライの子は、やはりサムライなのだ。退く事を知らぬのである。ニッコリ笑った日吉に、塵は頼もしさを覚えた。
 こうして男は年を取り、子は大人に成って行くのだろう。
 二人は向かう。
 未開の扉の向こうへと。
 単なる『大掃除』をしに。

●大掃除再開
「たかが掃除と言っても、何が起こるかわからん。心してかからないとな」
「はい、父上さま」
 ハタキを手に日吉は頷く。
 塵一人が暮らすに十分な空間の片づけは済んでいるものの、それはこの屋敷の一部に過ぎなかったのである。
「開けるぞ」
 塵の声と共に広がる『どよーん』。
『どよーん』の再来である。
 日吉にとっては、『初』どよーん。
 まるで見えない壁のごとく、『どよーん』と重く湿った気配が、二人に向かって押し寄せてくる。『どよーん』な事この上ない『どよーん』だ。
「父上さま。どよどよしておりますね」
 どこか楽しげな日吉を見る塵は、少し死にそうな顔をしている。
「笑い事じゃないんだが」
 張り巡らされた天井の蜘蛛の巣。壁際に置かれた家具は、全て布で覆われている。薄暗くジメジメとした陰鬱な気配に、塵は顔をしかめた。
「これで何も現れなかったら、それこそが怪異だな」
「お気をつけて……父上さま」
 至る所に積もった埃が、一歩踏み出した塵の足下でフワリと舞い上がる。
「まずは窓を開けないとな。明かりが入るまで、日吉はそこで待っ」
 ベトッ──
 塵の後頭部に何かが張り付いた。しかし、慌てる訳にはいかない。何しろ娘が一緒なのだ。
 塵は平静を装いながら、後ろを振り返った。日吉が物言いたげな顔で塵を見つめている。
「今、何か降ってきた気がするんだが」
「はい」
「……」
「……」
 日吉の笑みと沈黙が怖い。
 いったい、何が降ってきたのか。教えてくれ、日吉。
 そんな事を思いながら、塵は後ろ頭へ手を伸ばした。
 ヌラッ。
「!」
 何もかもを我慢する塵。日吉は何も言わずに、ほのぼのまったりしている。
 塵は『ヌラッ』っとする何かを掴んで、目の前にさらした。
 小人だ。二十センチ弱の人間である。
 何故か、頭のてっぺんからつま先まで、ヌルヌルしている。とても小さな男の子だ。話す事が出来ないのか、申し訳無さそうな顔で何度も頭を下げる。白い顔に、ふわふわの金髪。背中には純白の羽毛に覆われた、羽根が生えていた。
 ヌルヌルしている事を覗けば、可愛いとさえ思える。ヌルヌルとさえしていなければ、他の何よりも『断然』普通である。ヌルヌルしているが為に、疑問疑惑疑念が脳髄に渦巻くのである。
 何故、ヌルヌルしているのだ。
 日吉は、塵の手の上で動く、ヌルヌルする彼に笑いかけた。
「父上さま、謝っていらっしゃるようです」
「あ、あぁ、そうだな。大丈夫だ。俺は何ともない」
 ちょっと後頭部がヌルヌルするだけである。それよりも何よりも、ヌルヌルしている理由が知りたい所だ。
 彼は塵の言葉を聞いて、ホッとしたようにため息をついた。そして、背中の羽根をヌルヌル羽ばたかせた。ヌルヌルしながら、彼は塵の手から飛び立っていった。塵の手には、ヌルヌルだけが残った。
「あれは上から降ってきたのか?」
「はい、天井から落ちてきました」
 親子はそう言って、頭上を見上げた。
 埃と蜘蛛の巣にまみれているが、ヌルヌルしている様子はない。彼が単体で好き勝手にヌルヌルしているだけのようである。そうだ、と納得するしかないのだ。ヌルヌルしている理由など、誰も知り得ないのだから。
「とりあえず明かりだ」
 塵はいそいそと部屋の中央を突っ切った。鍵を外し、窓と雨戸を豪快に開ける。そこで待ち受けていたのは、光り輝く外の世界と四十三人の透けてる精鋭部隊だった。
 うお!
 と、言う内心の驚きを飲み込んで、塵は目を見開いた。透けてる精鋭部隊が、「わーっ」っと拍手喝采で塵を迎える。
 相手にしてはいけない。相手にすればつけあがるのだ。塵はグッと色々な葛藤を飲み込んで、日吉を振り返った。
 四十三人の透けてる精鋭部隊が、日吉を遮っている。
「うお!」
 漏れてしまった。
「父上さま、案外広いお部屋でございますね」
 今、話すべきポイントから微妙にずれた日吉の言葉に、塵は唸った。胃の片隅がシクシクするのは、気のせいだろうか。
 開け放たれた窓から、差し込む光。おどろおどろしく見えた蜘蛛の巣も、荒廃を表すオブジェと化している。
 日吉は手近な布の一つに手をかけると、それをペラリとめくった。隠れていたのは、四本足のテーブルである。だが、目を引いたのはテーブルでは無く、その下の四角い扉だった。
「これは一体なんでしょう、父上さま」
 覗き込む日吉の傍らに、塵は跪いた。扉の大きさは、六十センチ四方。簡素な掛け金がかけてある。どうやら、それが鍵のようだ。
「開くのか?」
 塵は掛け金を外した。出来るなら開いてくれるな、と願いつつ、扉を引く。
 ギィイイ──
 何の抵抗も無く口を開けた空間を、日吉は覗き込んだ。深さは二メートルほどであろうか。かろうじて見えるのは、剥き出しの土で出来た壁と床である。それ以外に何も無い。
「父上さま、ただの穴のようです」
 塵はホッと胸をなで下ろした。のも、束の間──
 ゲハーッ、ゲハ、ゲハゲハゲハ。
 何かが笑いだした。
 心眼天命剣を繰り出そうか。そんな事を考えた塵の体は、剣を抜くより早く、扉を閉じていた。
「確かめないのですか? 父上さま」
 無垢な笑顔で笑う日吉に、塵は悩んだ。自分が動揺しているのに、目の前の若い娘はニコニコしている。大人のプライドにちょっぴり翳りがさした。
 塵は再び扉を開く。
 ゲハーーーーーーッ。
 凄い肺活量である。
 そんな事より。
 誰がなんと言おうと、この場所は封印する事に決めた。塵は扉を閉めた上、みっちり掛け金をかけた。食器棚、椅子四脚、燭台、テーブル。この部屋にあった全ての家財を扉の上に積み上げる。そして、全てが片づくと手についた埃を払った。
「この穴には何も無い。何も聞かなかった。日吉もそう言う事にしてくれ」
「はい、わかりました、父上さま」
 ゲハ、ゲハハハハハ、ゲハハハ。
 塵、絶句。
 日吉の後ろで大問題が発生していた。彼女のお供の温泉ペンギン──『明渡』は良い。良いとして、そのさらに後ろの透けた人影は誰なのか。
 立派なタキシードにシルクハット。金色のステッキを手に、ピカピカエナメルの靴を履いている。
 問題は顔だ。
 顔が理解出来ない。
 両生類だ。おたまじゃくしの親である。緑色のカエルが、日吉の後ろに立っていた。
「あ……初めまして。日吉と申します」
「ゲハハ、ゲッハゲハゲハ、ゲハー!」
「カエル公爵様とおっしゃるのですか。宜しくお願い致します」
 動じない日吉を塵は見つめる。
 何故、あれで言葉が通じるのだろう。
 父、頭痛と目眩と胃炎にさいなまれるの図。
「地裂陣、手裏剣投げ、爆突拳……」
 掃除の間中、塵の口から現実逃避の呟きが途切れる事は無かった。

●ご新規様
「閉じこめられていたそうです。『出してくれて有り難う』って父上さまに」
 ゲハハハ、ゲハゲハゲハ、ゲハハゲハゲハゲ。
 日吉の傍らで、カエル公爵がゲハゲハ言っている。どんな理由で閉じこめられていたのか、何となく塵には想像がついた。
 ゲハーッゲハゲハゲハゲハゲハ、ゲハハゲハハゲゲハ!
 非常にうるさい。
 やかましくて適わないのだ。
 こんな日は、熱い風呂に浸かった後、早々に寝てしまうのが良い。後頭部のヌルヌルとも、それでお別れだ。
 しかし、塵は先ほど、湯桶で見た光景を思い出し、少し気が遠くなった。
「……弘」
 漂う湯煙の中──おっさんの像はそこにいた。


                       終
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2004年02月23日

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