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『バレンタインの悪夢〜魔王様によるチョコレートテロの記憶 』
露樹・八重1009)&海塚・要(0759)


 二月十四日、を数日過ぎた草間興信所。
 今日も仕事がない探偵・草間武彦はぼーっと煙草を喫っていた。
 ちょっと気が抜けている。
 いや、いつもの如く開店休業――と言うだけではなく。
 どーも、暫く立ち直れない。


 ………………そう、あれはバレンタイン直前の事…。


■■■


 街にはどーにも甘やかな空気が漂っていた。
 ちょっと通りすがりのショーウィンドウを覗くと、特に菓子屋関係にハートマークと『それ』用にわざわざ工夫を凝らして作られラッピングされたチョコレートが、特設コーナーを作られずらりと並んでいる。
 それらは、『せんと・ばれんたいんでぃ』とかなんとか言うキリスト教系某聖人の命日だったかを菓子屋が戦略利用し始め少なくとも日本では定着しつつあるとある行事、皆さん想い人へのチョコレート買いましたかー、義理チョコの買い忘れはないですかー、と、老若関らず女性たちに向け菓子屋が必死でアピールしまくる絶好の機会がそろそろ近くなっている証。
 草間武彦はそんな中、買い物帰りのビニール袋をぶら下げて歩いていた。
 中身はと言うと湯せん用の分厚い板チョコやらトッピングの類である。
 …曰く、手作りしてあげますから材料は自分で買ってきて下さいねと言われた結果のおつかい。
 手渡されたメモ書きにはこまごまと手作りチョコレートに必要らしい材料が書き連ねてあり、現在、散々苦労してすべて買い付けたところ。
 少々情けないと思えるのは気のせいでは無いだろう。


 と。


 そんな中、何やら見た事のある小さな小さなてのひらサイズの黒い姿がべたっとショーウィンドウにへばりついていた。
 草間はぱちぱちと目を瞬かせる。
 へばり付いている黒いロ−ブ姿の彼女は草間に気付きもしないでじーっとその中を見ている。
 草間はそんな姿に声を掛けた。
「…何してるんだ、八重」
「ふぇ? あ、くさまのおじちゃ」
 八重と呼ばれたその彼女――時計屋『ノルニル』店主でもありそこのマスコットとも言える露樹八重がくるりと草間を振り返った時。
 草間は思わず停止した。
 銜えていた煙草を落としてしまいそうになる。
「………………言いたい事は色々あるが、ひとまず、涎、拭け」
「だってだって食べたいんでーす」
 じゅる。
 言われた通りに涎を拭きつつ、それでも八重はショーウィンドウにべたり。
「美味しそうなチョコレートがいっぱいあるんでーすよ? この十四日はきっと食べ放題の日なんでーす」
 言って、びしっ、とショーウィンドウの中にあるハート型の看板を指し示す。
「あのな」
「くさまのおじちゃも食べたいでーすか? でもあげませんでーす」
「…いやあのな、そもそも食べ放題じゃない」
「?」
「良いか? 二月十四日はチョコレートを好きな人に贈る日なんだ」
「おくる?」
「…そうだ。別にチョコ食い放題の日じゃない」
「ダメです違うですそんなの反則なんでーすよ! こんなにあるのに八重の口に入らないなんて大反則なんでーす!!! ぜったい食べ放題なんでーす!!!!!」
 冷静に言い聞かせようとする草間に、ワケのわからぬ駄々をこね喚き散らす八重。
 どうしてもチョコレートが食べたいらしい。
「…そんな事言ったってな」
 間違えて憶えられてはバレンタインも…と言うかお菓子屋さんも気の毒だ。
 困ったような草間の顔を見上げ、八重はぐすっ、と鼻を啜り出す。
「食べるんでーす! ぜったいぜったいなんでーす!!! 全部あたしが食べるんでーすよっ!!!!!」


 ………………と、そんな八重の絶叫と同時刻。


 ごろごろごろと俄かに空が鳴り。
 ピーカンの晴れた青い空が俄かにどんよりと曇り出し。
 ぽつぽつぽつと雨が降り出した。


 ………………ちなみに本日のここらの天気予報、降水確率、0%ではなかったか。


 草間は、げ、と凍り付く。
 これもまた彼の思い出したくも無い記憶が知っている。…雨の原因は目の前の露樹八重嬢。
 思う間にも空はどんどん黒くなって行く。
 雨足も強くなって行く…。
「ちょ、ちょっと待て八重、泣くな、そりゃ確かに食い放題じゃないが別に…」
 …食うなとは、食えないとは言ってない。
 と、続けようとするが時既に遅し。
「ダメです食べ放題なんでーす!!!!」
 うわーーーん!!!
 びーびー本格的に泣き始める八重。
 どんどんどんどん天候悪化。
 雨は最早滝のよう。
「頼むからこちらの話を聞いてくれ…八重…」
 なんだかどうしようもなくなって、ぐったりと雨に打たれる草間。


 と、そんな中。


 …ドカァン、と何やら爆発が起きた。突然の事に何事かと草間はきょろきょろ辺りを見回す。目に留まったのは立ち止まっていたショーウィンドウのお向かいに当たる薬屋さんの前。もうもうと白い煙が立っている。確かそこは薬屋さんのトレードマークとも言えるカエルの置物があったらしい位置では無いだろうか? では爆発したのはその置物なのだろうか? …草間が考えている間に、ぬはははははと何処ぞで聞き覚えのある気がする無駄に偉そうな高笑いが辺りに響き渡った。


「ぬはは、どうしたのだ八重っち! 八重っちが泣くと空も泣く。哀しい事ではないかっ!!!」


 やがて煙が消えていく。
 と、そこに立っていたのは…ムキムキの身体にぴっちりした黒のハイレグ、スネ毛もあってかちょっと(で済むのか)見苦しい網タイツ、これだけは辛うじて可愛らしいウサギの耳にまぁるい尻尾――つまりひとことで言うとバニーガールと言う…素敵に勘違いも甚だしいコスチュームの萌え魔王・海塚要、性別・男――がむん、と腕を組み胸を張っていた。
 その姿を見て今度こそ煙草をぽろりと落とす草間。
 茫然と立ち竦むその姿に気付き、何故かバニーガールな萌え魔王様は親しげに声を掛けた。
「おお、探偵草間ではないか、お前が居ながら八重っちを泣かせるとはなんと嘆かわしい…」
「…」
 最早何も言えない草間。
 が、八重の方は魔王の姿を認めるなり、あ、うみづかのおじちゃ! とそちらを見、べたり。
「うみづかのおじちゃ、チョコ食べ放題なの〜!!!」
「うん? …そう、世間はバレンタイン・デイを間近に迎え多種多様なチョコレートがさぁ私を食べて☆ とばかりにと溢れているんだったな…」
「ほらほらやっぱり食べ放題なんだよ! ね、うみづかのおじちゃ!」
 俄かに弱くなる滝の如き豪雨。
「うむ…確かに義理だか本命だかわからぬチョコを買い漁る娘っ子にチョコが渡るより、これ程までに求めている八重っちが食った方がチョコにとっても幸せに違いあるまい」
 バニーガールな萌え魔王様は重々しく頷くと、べたっと自分に張り付いて来た八重を改めて自分の頭に掴まらせる。ふに? と小首を傾げた八重の目からは涙が止まり、謎の集中豪雨はそろそろ止んでいた。つい今し方までの雨が嘘のように、再びピーカンな青空が萌え魔王様やら八重嬢やら探偵草間を見下ろしている。
「では行くぞ八重っち! そう、食い放題と言う通りっ! 東京中のチョコレートは八重っちのものなのだぁああああ!!!!!」
 ぬははははははは!!!!!
 そして再び萌え魔王様の高笑い。


 瞬間。
 だーっと走り去るバニーガールな萌え魔王様とてのひらサイズの八重嬢。彼らが入った店からはキャーッ!!! ヘンタイ!!! とまず凄まじい悲鳴。次の瞬間には何故かごっそりとその店のチョコレートが根こそぎ消えていて、そこで改めてキャー!!! ドロボー!!! とまた別種の悲鳴が響き渡る。
 ぬははははこの店のチョコはすべてこの魔王様が頂戴したふははははは!!!!! と高らかに宣言しふたりはまた別の店へ突貫。同様に別の店。ぬはははははと笑う萌え魔王様の声ときゃいきゃい喜ぶ八重嬢の声、女性客及び店員の悲鳴があっという間に草間の前から遠ざかって行った…。


 ………………萌え魔王様、素敵パワー全開。


 茫然。
 いつでもどこでもハードボイルドを気取りたい草間武彦にとってもちょっとばっかり今回は気取ってる余裕が無い。
「…なんなんだ…?」
 やっと言葉に出たそこで、思い出したようにひゅぅううう、と一陣の風が吹いて行く。
 てのひらサイズの時計屋主人・露樹八重に萌え魔王・海塚要の姿はその時既に何処にも無い。


 で。


 後に残ったのは我に帰ったおなごたちの阿鼻叫喚の嵐。
 きゃあああああ、と黄色い悲鳴が飛び交い、私が買う筈だったチョコレート!!! と泣き叫んだり折角大枚はたいて買った高級チョコなのよぉおおおお、とチョコ強奪犯らしい一歩間違うと公衆での猥褻物陳列罪に当たりそうな萌え魔王様を目指し――って言っても肝心の萌え魔王様の姿が見当たらないから闇雲に突貫に走ろうとしたり私の愛は終わったわ…と遠い目で達観をし始めたり、とにかくバレンタインに向け突っ走っていたおなごたちは客観的に見てもちょっと困った事になっていた。


 ちなみに草間の持っていたビニール袋の中身の板チョコ――折角なのでこのくらいはたまには、と今回果てしなく珍しい事に家人に頼まれてしまった最高級のクーベルチュールの板――までもが、いつの間にやらさくっと持って行かれている。
「…あああああ…せめて代金は置いていけ…」
 がっくりと歩道に崩れ落ち項垂れた貧乏探偵の切なる嘆きを、誰も責める事など出来まい…。


■■■


「…ってなんで俺は今こんな事をわざわざ御丁寧に回想しているんだあぁっ!!!」
 唐突に叫びデスクに突っ伏す草間。
 と、そこに。
 うんしょ、うんしょと何か頑張っているような可愛らしい声。
「あ、くさまのおじちゃ、コニチハでーす☆」
 うんしょ、うんしょとデスクを登って来、ちまっ、と顔を覗かせたのはおかっぱ頭にローブ姿の赤い瞳。
「………………」
 目が合い、思わず停止する草間。
「どしたんでーすか? チョコ美味しくなかったんで―すか?」
「………………何しに来たぁあああああ!!!???」
 絶叫。
 ふに? と八重は何事が起きたんだろうかとじーっと草間を見上げる。
 草間は対応に困りぐしゃぐしゃと頭を掻き毟ったが、その直後お茶を運んできた妹にどうしました? と首を傾げられる。
 …それも当然、気が付けば草間の目の前に居た筈の八重は居ない。
 慌ててきょろきょろと室内を見渡し、デスクの下や向こう側も覗くがやっぱり居ない。


 …どうやら、今デスクに現れたちんまい某時計屋女主人の姿は…あまりにあんまりな記憶に思い詰めた草間武彦の幻覚だった模様。
 ならば次は萌え魔王様が何処からともなくステキなコスプレ姿で現れちゃったりするのだろうか。


 ………………草間武彦、そろそろ精神的にも危ないらしい。
 合掌。


■■■


 …で、実はここから先は草間は知らない事なのだが…。
 即ち、走り去った後の八重嬢と萌え魔王様のその後の話。


 何故かふたりは都庁の屋上まで来ていた。
 邪魔が入らぬところと思い付いたがここくらい。
 下界では都内各所のお菓子屋さんで大騒ぎである。
「わーい、うみづかのおじちゃ、大好きー☆」
 八重は底無しブラックホールの如く、開封したチョコレートを片っ端から口に放り込む。
 美味しいでーす☆ と口の周りをチョコ塗れにしつつ、御満悦。
 うんうん、と感慨深げに頷くバニーガールな萌え魔王様。
 やっぱり美味しそうに食べまくる八重の姿を見て、やはりこれらは八重っちが食べるべきだとしみじみ再確認。
「ほぉ、これは酒が入っているのか。どれどれ…うむ。美味い」
「それあたしも食べるんでーす、取っといてくださーいうみづかのおじちゃ♪」
「無論だ。これは八重っちの為に取ってきたものなのだからな。さぁ、心逝くまで食すが良い!」
 萌え魔王様の御言葉に、はーい、食すのでーす! と元気いっぱいの八重嬢。
 既に身体のサイズ以上のチョコレートが胃袋に入っていると思われるが、まだまだまだまだ食べられる様子。


 ………………ちなみに探偵草間のビニール袋から強奪した板チョコもとっくの昔に八重の腹の中である。
 一応、美味しかったらしい。


【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月20日

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