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『『貴女に捧げる歌』 』
イヴ・ソマリア1548)&ケーナズ・ルクセンブルク(1481)
 東京の夜の道を流れる車のヘッドライトの川を見下ろしながら、イヴはワイングラスの中の琥珀色の液体を揺らした。
 ここは東京の街中のホテル最上階のロイヤルスイートルーム。そこから見下ろせる夜景はさながら100万ドルの光景だ。
 グラスの中のワインを口に含みながら彼女は100万ドルの光景とは日本の金額に換算するといくらになるのかを計算しようと、思考を廻らした。
「綺麗な夜景だろう、イヴ」
 何やら廊下で携帯電話で誰かと会話をしていたケーナズが部屋に戻ってきて、イヴの背に何やらご機嫌そうな声をかけた。
 イヴは窓越しの100万ドルの夜景をバックにケーナズを振り返って、ワイングラスを少し掲げてみせた。
「本当に。100万ドルの夜景ってこういうのを言うんでしょうね」
 わすかながらに小首を傾げて、揺れた青い髪の下にある美貌に甘い微笑を浮かべる。無論、彼の前で100万ドルを日本円に換算していたなどという野暮な事は言わない。
 掲げたワイングラスは魅力的で悪戯っぽい光が浮かぶ右の瞳の前。左目は閉じたままワイングラス越しに見つめるケーナズはゆっくりとこちらに向かってくる。
 イヴはほんの少し液体が残ったワイングラスをサイドテーブルに置くと、腰の後ろに回した手を組んでくるくるとまわりながらまるで妖精のような軽やかな身のこなしでケーナズの前に来ると、ほんの少し背伸びをして、高い場所にある彼の顔を覗き込む。
「わざわざ廊下まで出て、携帯電話で誰と話しをしていたの?」
 軽く唇を尖らせるイヴにケーナズはにこりと微笑む。もちろん、彼には彼女が冗談でこれを言ってきているのがわかっている。だって、今のイヴはかまってもらいたがって寄ってくる仔猫の表情と同じ表情をしているから。
「魔法を唱えていたんだよ」
「携帯電話で?」
「そう、携帯電話でね」
「どんな魔法なのかしら?」
「キミを笑顔にできる魔法」
 さらりとそう口にするケーナズの首にイヴは両手を絡めると、そのまま背伸びして彼の唇に自分の唇を重ね合わせた。
「その魔法にならもうかかってるわ。あなたをわたしの瞳の中に映した瞬間から」
 わずかに唇を離して、そう囁いたイヴはもう一度ケーナズの唇に自分の唇を重ね合わせる。
 ケーナズは両腕はそのままイヴの細い腰にまわして優しく彼女を抱き寄せる。
「ん・・・ぅ」
 イヴはこつんとケーナズの左胸に額をあてると、頬を薄桃色に染めながら言った。
「お風呂に入る? それとももう少し二人でこのまま夜景を見ながらグラスを傾ける?」
 ケーナズはくすりと微笑みながらイヴの頭を撫でると、そっと彼女の体を支えながら放した。
 イヴはケーナズの顔を上目遣いで見上げる。
「お風呂は帰ってきてからにしよう。湯冷めをしたら大変だからね」
 小首を不思議そうに傾げて、イヴ。
「出かけるの?」
「ああ。ホワイトデーのプレゼントだよ」
「ホワイトデーのプレゼント、って? この夜景じゃないの?」
「これはただのオプション」
 彼は笑いながら言うと、かけてあったイヴのコートを手に取り、それを彼女に着せてやった。
「だから私はワインだって一滴も飲まなかっただろう?」
 ああ、確かに。そのために彼はあんな美味しいビンテージ物のワインにも口を付けようとしなかったのか。
 彼女はそんな優しい彼の気持ちにくすりと微笑んだ。
「ねえ、どこに連れて行ってくれるの?」
「今はまだ内緒」
 先ほどの携帯電話はそことの連絡だろうか? イヴは色んな想像して楽しむ。自然に顔が綻んでしまう。
 走り出したポルシェ。これのヘッドライトの光も、先ほどあの高みから見下ろしていた光の川の一部となっているのだろうか? そうに決まっている。座席シートに身を預けながら、イヴは後ろに流れていく夜景に視線を転じた。
 本来なら深海と同じ深い藍色の空の下、この世界には一条の光も無い時間帯。だけどこの街には店の窓から零れる光や看板のイリュミネーション、それに車のヘッドライトの光などが溢れている。それは自然という世界の中では実に不自然な話で、そしてどこかイヴはそんな不自然な感じに慣れてしまった自分に気が付いて、少し寂しく想ってしまった。それはなぜ?
 そうあるべき世界があるべる姿をしていない事が彼女に、崩壊の序曲を奏でている故郷の世界を思い起こさせたから。
 軽いホームシックだろうか、これは? わからない。どうして今?
 自答自問しようとしてもその答えは浮かばない。ただどうしようもなく寂しくってしょうがない。彼女は、視線を後ろに流れていく夜景から運転席のケーナズに転じた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
 彼女は顔を振って、そして・・・
「ねえ、ケーナズ」
「ん、なに?」
「肩に体を預けてもいい?」
 眼鏡のレンズの奥で瞳をやわらかに細めて、ケーナズは頷いた。
「ああ」

 ******
 ついた先は小洒落た感じのバーだった。
「ここがホワイトデーのプレゼントに連れてきたい場所なの?」
 訝しげに眉根を寄せてそう訊くイヴにケーナズはにこりと悪戯っ子の顔で頷いた。確かにこのバーはセンスのいい洒落た感じで、カップルで入るには丁度よい場所だが、それでも先ほどまでいたホテルと比べれば、そちらの方がいいに決まっている。そうならなぜ、ここに来たかと言えば、この店が、ではなく、この店に、イヴに会わせたい人がいるからだ。
「なに、にこにこと笑って?」
「まあ、入ればわかるよ」
 ケーナズはイヴの細い腰に片手をまわして、彼女を店内へとエスコートした。

 明度の落とされた店内には客は誰もいなかった。
 ただ静かにジャズピアノが流れている。
 そう、イヴがよく知る曲が。
「この曲って・・・、まさか、彼女が?」
「ご名答」
 ケーナズは緑の瞳をピアノが置かれた店の奥に向けるイヴの耳にそっと囁いた。
 そこにいる人を見たイヴの目が大きく見開かれる。とても嬉しそうに。そして懐かしそうに。
「さあ、席に着こうか」
 ケーナズが囁くと、ピアノのタッチが変わった。
 ものすごく悪戯っぽい音色。そしてその曲を聴くケーナズが思わずイヴの緑色の瞳を見てしまったのは、その曲のイメージとイヴの瞳のイメージとがどうしようもなく重なるから。
 そして彼は肩をすくめ、イヴの腰から手を放した。
 イヴはケーナズを見て、ごめんね、と早口に囁くと、ピアノの方に軽い足取りで近づいて行きながら、開いた口から美しいピアノの音色に合わせた歌を謳い出す。もちろん、今この場で耳にしながらの曲に即興で付けた歌詞だ。
 カウンターに座ったケーナズはブランデーを出してきたマスターに軽く肩をすくめると、差し出されたブランデーに口を付けながら、最高の歌い手を得てよりその美しい音色の透明度を増したピアノの音と、それに相応しい歌詞を奏でる歌声にそっと耳を傾けた。
「綺麗な音楽だね」
 ケーナズはぽつりと呟くと、わずかに眼鏡のレンズの奥で瞳を細め、グラスの中の液体を喉に流した。

 ******
 2月14日。ヴァレンティーヌス。殉教したイタリアの聖人にちなんだ祭日。別にチョコレートなどには本来関係は無い。
 おもいっきりお菓子会社の陰謀に誰もが踊らされる日だ。
 それでもイヴは女の子だからそういうイベント事があるのなら、嬉しいし楽しみたいし、愛する彼のためにチョコレートを作ったり、マフラーや手袋を編みたいと想うし、ケーナズだって彼女からプレゼントをもらえれば素直に嬉しいと想うし、普通の恋人同士のようにお洒落なデートをセッティングもする。
 そう、一年前のヴァレンタインデー。その日は、二人はデートをしていた。向かう先はコンサートホール。今話題のジャズピアニストの女性のコンサートだ。
「よくも彼女のチケットが取れたものね? プレミアものなのでしょう、このコンサートのチケットって」
「ああ。まあ、そこはね」
 ウインクするケーナズにイヴはくすくすと笑って、腕を絡めた彼の腕に頬を埋める。
「すごい楽しみだわ」
「ああ。彼女のピアノは天使が舞い降りたピアノと呼ばれているからね」
 イヴはにこにこと脳内で、彼女のCDに録音された曲をエンドレスで流した。もちろん、今日のデートで彼女のコンサートに行くと教えられたのはつい今さっきだ。だけどイヴ自身も実は彼女のピアノのファンだったりするために、自宅のCDラックには彼女の発売されているCDが全てそろっている。
 イヴは嬉しそうに緑色の瞳を細めた。あの彼女のピアノの演奏が生で聴けるなんてなんて嬉しいのだろう♪ ケーナズにはいくら感謝してもしたりない。さすがはわたしの愛する人だ。
 しかし嬉しそうに生で聴く彼女のピアノの音色はどんなだろう? と想像を巡らしていたイヴの耳朶を打った現実の音というのはけたましいブレーキ音と耳を塞ぎたくなるようなグロテスクな音。そして誰かの胸が張り裂けそうになるような悲鳴だった。
 イヴは弾かれたようにそちらに視線を向ける。そして絶句した。
 横転し炎上した車のすぐ脇で、一組の男女がいる。
 ブロンドの線の細い女性はその華奢な腕で男性を抱きしめて泣いていた。ただただ幼い子どものように感情のままに声を張り上げて。
 イヴとケーナズは思わずそちらに走り寄る。男性はおそらくは・・・・即死だろう。じゃあ、女性の方は?
 そして走り寄った二人が見たのはまた絶句する光景だった。
 ブロンドの線の細い女性とは、これから二人が聴きにいくはずのジャズピアニストだった。そして彼女の腕に抱かれていた彼は猛スピードで突っ込んできたはずの車に轢かれたにもかかわらずにまだ息があって……しかも、確かに彼の容態ってのは苦しそうで、だけどそれは断じて車に轢かれたからではないのだ。
「うそ。あれだけのスピードを出した車に轢かれて無傷だなんて・・・だけど・・・」
 だけど、彼の体は両手足の先から消え始めていた。
 ケーナズはその彼の様子にもう何もかも察しているらしい。そっとイヴを抱き寄せて、数歩後ろに下がった。
 二人が見守る中で、女性は消えていく彼にまるで幼い子どものように泣きながら駄々をこねて、そして彼はそんな彼女を優しい兄のように宥めながらただただ優しく穏やかに微笑んで、それで彼は消えてしまった…。
「彼はあたしを迎えに来た死神だったの…」
 彼女は自分たちの事を訥々と語った。
 彼女は幼い頃からずっとジャズピアノを弾いてきたが、彼女の音色には人を惹きつける華が無いと言われ、そのピアノは認められる事は無かった。
 そんな彼女の前に現れたのが死神の彼だった。
 なぜか彼女には死神が見えたのだ。
『それはあたしの寿命が短いからかしら?』
 そう訊くと、彼は死神の癖にものすごく悲しげに微笑んで、
『そうじゃないと想う。それは君の心がすべてに絶望してるから。かわいそうに』
 そして彼は彼女に提案した。
『僕が君の願いを聞いてあげる。2月14日までのわずか余命半年の時間だけど、その時間に魔法をかけてあげるよ。どんな人生を送りたい?』
 そんな物はもちろん、決まっていた。
 ケーナズはふむと頷く。彼は音楽雑誌の評論でこの彼女は半年前まではまったく認められてはいなかったのに、なぜか突然その才能が才華したように認められだしたのだという記事を読んだ事があった。つまりはそういう事なのだ。そう、そういう事。確かに死神の彼の魔法もあったのだろうけど……
『恋をしていたんだね、彼に』
『そして彼も貴女に…』
 イヴとケーナズは手をどちらともなく握り合った。
 そう、最初のきっかけは確かに死神の彼の魔法だったかもしれない。だけどそれで真に人の心を惹きつける音色を奏でられる訳が無いのだ。そう、彼女のピアノの音色が魅力的な物に変わった一番の理由は彼女が恋をしたから。
 決して結ばれる事の無い恋・・・。

 ああ、だからわたしはあんなにも彼女のピアノの音色に惹かれたのだろうか?
 そうだね。二人の状況は私たちに似ている。だけど私は……

『あたしはよかった。彼の側にずっとずっとずっといられるのだったら、彼に魂を狩られても・・・なのに彼は・・・・・』
 彼女の呟きはその後いつまでもイヴとケーナズの耳に残っていた。
 そして彼女はその次の日に忽然と音楽界から消えた。

 ******
「ねえ、これまでどうしていたの?」
「色々とやったわ。一時期は綺麗さっぱりにピアノをやめて、違う生き方をしようとした。だけどさ、やっぱりダメだったのよね。ピアノは忘れられなかった。それに彼にも言われたしね」
 彼女は両手で持つグラスの中の液体に映る自分の顔を見つめながら小さく笑った。
 イヴは一年前に見た彼の唇の動きを思い出した。

 ピアノを弾いていって。ずっとずっとずっと。僕は僕の世界でずっとその音色を聴き続けているから。ね。

「それで小さなバーなんかを色々とまわって武者修行してたのよ」
 彼女はイヴにそう言ってウインクすると、イヴの隣にいるケーナズに視線を向けた。
「そしたら彼が突然にあたしがお世話になっていたお店に現れてさ。びっくりしたわよ、本当にさ」
 イヴが驚いたような目でケーナズを見ると、彼はにこりと笑った。
「ずっとキミが彼女を気にしていた事はわかっていたからね」
「それにしてもよくあたしがいる場所がわかったわよね?」
「私の肩書きも伊達ではないということさ」
 ケーナズは軽く肩をすくめて、グラスの中の液体を喉に流した。
 そして三人はそのまま会話に花を咲かせ、彼女はピアノを弾き、イヴはそれに即興の歌詞をつけて歌い、ケーナズはグラスを傾けながらそれを聴いていた。

 ******
 店を出ると、雪が降っていた。
「雪だ」
「ああ、今日はまた気候が1月初旬に逆戻りだとか言っていたからね」
 ケーナズはコートの前を開くと、そっとイブを自分が着たコートで包み込んだ。そしてしばし二人で白い息を吐きながら、深海色の空から舞い落ちてくる白い舞い姫たちに見入っている。
「ケーナズ」
「ん?」
 下を向くケーナズ。上を向くイヴ。
「ありがとう。素敵なプレゼントだったわ」
「ああ」
 そして二人、白い雪が舞い散る中で、唇を重ね合わせた。

 この空間で風というメロディーに乗ってワルツを踊る白い雪のように・・・
 二人出逢えたこの世界で、ワルツを踊ろう。
 二人一緒にいられる時間というワルツの音の演奏時間が終わるまで。


 **ライターより**
 こんにちは、イヴさま。
 こんにちは、ケーナズさま。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。

 今回はこのような感じにさせていただきました。
 お二人の想いあう気持ちや、ストーリーのお洒落な感覚を楽しんでいただけてましたら、幸いでございます。^^
 ケーナズさん、前回のイヴさんのシチュノベでは後半ちょっと損な役回りをさせてしまったので、今回はこのようにお洒落な感覚で最後まで書き通せた事にほっと一安心しております。
 ケーナズさんにも今回の描写、ストーリー、満足していただけてましたら幸いでございます。

 イヴさん、今回のこのようなストーリー、満足していただけましたでしょうか?
 素敵なホワイトデーのデート&懐かしい親友との再会、プライベートコンサート、少し乙女パワー爆発とは感じが違ってしまいましたが、お洒落な大人のストーリーをテーマに書かせてもらいました。^^
 きっとバーで流れていたイヴさんの歌はとても綺麗だった事でしょうね。^^
 こういう感覚のお洒落な大人のストーリーはずっと書いてみたい題材だったので、本当にご依頼ありがとうございました。
 嬉しかったです。

 それでは、これで失礼します。
 本当にありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2004年02月19日

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