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『冒険家への道―ラルフから愛をこめて― 』
ジュディ・マクドガル0923)&ラルフ・マクドガル(1718)

 寄せては返す、静かにして心地よい響きの潮騒の音。
 それは、いつか父のラルフ・マクドガルが一人娘のジュディ・マクドガルにプレゼントした貝殻のくれた音にも、彼女の鼓動にも、彼女の呼吸する音にも似ているようだった。 ――それは、絶え間なく、途切れる事も無く。
 凪の沖合い。
 太陽の光を反射して宝石のようにきらめく、穏やかに波打ち、水平線までへと輝き続ける水面を目にして、ジュディ・マクドガルは瞳を細め、小さく歓声を上げた。
「……とっても、素敵……!」
 ジュディが海を見るのはこれが初めてだった。
 本や絵葉書や写真では見た事があっても、実際に目の前にしたのは初めてだった。
 細やかで、柔らかい感触の砂地を踏みしめながら、ジュディは思い出していた。

 いつかの夜に、ジュディは父親であるラルフ・マクドガル宛てに手紙をしたためた。
『――私はお父様の誇りになれるような冒険者になる――』……と。
 実の母亡き今、唯一の最愛にして最も尊敬する父親への想いを綴った手紙を、ジュディはラルフへと送ったのだ。
 その、ジュディが寝室の扉の隙間に挟んでおいた手紙を、ラルフは読んでくれたのだろう。
 数日後、夕方遅くにお出掛けから帰った彼女の書き物机の上には一枚の便箋が置いてあった。

『我が最愛の娘ジュディへ
今度、休暇が取れたならば、お前に海を見せたい。そして話したい事もある。
                      この世でお前を最も愛する父より 』

 いかにも無口らしいラルフの、ごく短い文章だった。
 だが、それは愛する娘への、溢れんばかりの愛情に満ちた文面でもあった。
 ジュディは知っていた。ジュディがあの手紙をラルフに送って以降、ラルフのジュディへの態度が、ごく僅かだが、変わった、ということに。
 ジュディを見詰める眼差しが柔らかくなったのだ。掛けられる言葉にも、優しさが帯びていた。
 いつの事だっただろう。ラルフが、数年に渡る長旅から帰還した事を報告しに領主の元へ出かけた日、丁度屋敷には、ほとんど使用人がいなかった。
 ラルフが、今まで屋敷を守ってくれた礼として、使用人たちに休暇を取らせたのだった。
 その日の夕刻、ジュディが広間で、いつもしている鉢植えの手入れをしていた時に、ラルフは帰宅した。
 僅かに残っていた使用人たちは厨房で夕食の支度をしていたし、母親はどうやら自室にていつもの如く、趣味の刺繍でもしているようだった。
 広間に大股で入ってきたラルフに気付いたのはジュディのみ。
 ジュディは咄嗟に手入れの手を止めて振り返った。
「あ、お父さま、お帰りなさい! そうそう、領主様は何て言ってらしたの?」
 ラルフは大股のまま広間の中を見回すと、扉の方から、ジュディの屈み込んでいた窓辺へと歩み寄ってゆき、ジュディの傍らに膝をついてその口元にほのかな笑みを見せたのだ。
「……ジュディ。こういう時は俺の事を『パパ』と呼んでもいいんだぞ?」
 ジュディはその第一声に驚いて、思わずラルフを見上げた。目をまんまるくして。
「おとうさ……パパ。あの手紙の、あたしからのお願い、聞いてくれるの……?」
 ラルフは笑みを口元に刻んだまま、大きく頷いた。
「もっとも、俺も『パパ』なんて呼ばれるのは、慣れていないしな。使用人たちの前ではいつも通りに呼んで欲しいが」
 どこか照れたような表情を浮かべてジュディの瞳を見詰めた。
 いつも厳しくて、娘の目から見ても貫禄たっぷりで、男らしさを絵に描いたような父の姿を見ていたジュディは、生まれて初めて見た気がする父親のもうひとつの側面に驚きの表情を隠せなかった。やっぱりジュディの目はまんまるのままだった。
「ほんとに、ほんとに『パパ』って呼んでもいいの?」
 まだ色々な意味で信じられないような気分だったジュディは問い返した。
 すると、ラルフはそっとジュディの耳に口元を寄せ、笑みを含ませた声で囁いたのだ。「俺たちふたりきりだけの時は、許すよ……俺の愛するジュディ。……こんなところは、本当なら家内にも見せたくはないんだがな」
 最後は声を上げて笑ったラルフだったが、その時、使用人の扉をノックする音が聞こえた。そして、小さく扉の開く音。
「ご主人様、お嬢様、夕食の支度が整っておりますので食堂へ」
 その声を聞いて立ち上がったラルフの表情が、いつもの厳格で、精悍で、歳不相応に凛々しい表情へと戻るのを、ジュディは呆気に取られたように見詰めていた。
「わかった。今、行く」
 低いが相変わらず響く声でそう短く応えると、ジュディを促し、食堂へと向かったのだった。

 ジュディは、そんなごく最近の日々の事を思い出しながら、美しい沖合いの光景を眺めていたのだが。
 ザクリ、ザクリ、と重い砂を踏む足音が近づいて来たのを聞いて、ジュディは振り返った。
 ラルフがジュディの元へと歩み寄ってくるところだった。
「ジュディ、どうだ? 初めて見る海の感想は?」
 どこか得意そうにも見えるラルフの表情を見て、ジュディは思わず笑ってしまった。
 そして、彼女が感じた気持ちを精一杯ラルフに伝えようと、言葉を選ぶのに苦労してしまった。
「すっごく素敵!! とっても綺麗!! 池も小さな湖も見た事はあったけれど、海ってこんなにこんなに広いのね! どこまでもどこまでも続いていて……「すいへいせん」って言うの? 海の果てる所を見れるなんて、想像もつかなかった! でも、海って、池や湖とはちょっと違って、こんなにも空の色と一緒なんだ、って。波の間に太陽がの光がキラキラ輝いて、それに、太陽が、ちょっと揺れているけどそのまま映ってて、まるで、お日様がふたつあるみたい! それにね、それにね、あたし……パパと一緒に初めての海を見れる日が来るなんて、思いもしなかった……」
 ラルフは、ジュディの感動しきりの様子に満足そうな笑顔を見せた。その笑顔も、けして屋敷の中では見せた事のない笑顔だった。
 しかし、ラルフは笑んだまま、首を横に振る。
「ジュディ、違うぞ。水平線が海の果てじゃない。あの水平線が見えるあたりは、まだまだごく近い距離だ。あの向こうには俺も見知らぬ島もある。大陸もある。今は見えないだけだが、俺が行った事のある大陸だから、確かだ。そうだな、ジュディが冒険家を目指すならば、いつか船に乗って旅をする事もあるだろう」
 そう頷いてから、ジュディとともに水平線の彼方を眺めていたラルフは、ジュディの方を振り返った。それまでの笑顔とは打って変わった真摯な面持ちだった。
「……ジュディ。冒険家になりたいというのは、本気なんだな?」
 ジュディは思わず畏まって、こくり、と頷きを返す。ついでに、ごくり、と固唾を飲んだ。
「ジュディ。冒険家がいかに厳しい生業である事はわかっているのだろうな?」
 それを聞いたジュディは、少し困り顔なった。
 今まで、冒険家の成功した伝説ならば、本や話では聞いたことがあっても、冒険者の実際については疎かったのだ。その上、ラルフは今まで滅多に土産話のついでの苦労話などしてくれなかったから、尚の事、冒険者が日々をどんな風に暮らすのか、苦しい旅をするのか、そう問われると、想像程度しかつかなかったのだ。
 悩み顔のまま、黙ってしまったジュディに、ラルフは言葉を続けた。
「俺はな、元は戦士だった。今でも現役の戦士だと俺は思っているがな。だが、戦争が無ければ、戦士は廃業するしかない。初めは少し旅にでも出て、伝説の財宝でもひと当てするか、ぐらいの気分で自称冒険家になったつもりだったよ。だがな、冒険家というのは、ただの戦士以上に厳しい生業だという事を、旅をする日々で思い知らされた。ジュディ、冒険家に必要なのは何だと思うか?」
 ジュディは、うううん、と唸った後に、小声で答えた。
「……好奇心とか、体力とか……えっと戦士でも大変なんだったら、戦う力かなぁ?」
 自信無さそうにジュディが答えると、ラルフは少しだけ口元を綻ばせた。
「それも必要な事ではあるな。飽くなき好奇心。尽きる事の無い探究心。そして体力は絶対的に必要だ。どれだけの長旅になっても容易な事ではくたばらないくらいの体力、そして病気にでもなってみろ、命取りだ。そして、戦う力、これも必要。世界は広い。ジュディの……俺も知らない魔物たちがたくさんいるだろう。それと対峙せねばならなくなった時に時にどうするか。自分よりも弱い物であれば、退治するのも良い。だが、相手の力を見極める能力を見につけねばならんと同時に、いかなる時でも非常時を考えて逃げ道を確保する事も大切だ。ジュディ、ひとつ教えておこう、冒険というのは、普通は単独で……つまりひとりでするものだ。つまり、ひとりであらゆる困難に立ち向かい、生き延びねばならん。そのためには何が重要か。知識だよ。まずは生きるためには食べる物を調達しなければならない。そのためには何が食べられる物で、何が食べてはいけないものかを知らなければならない。薬草や毒草の知識も必要だ。もし怪我をしたならば、そのあたりにあるもので、即座に応急処置が出来ないとそれも下手すると命に関わる。それに、地理にも詳しくないといけないな。どんな地形が歩きやすいか、どんな地形が危険地帯であるか。地図を手に入れる事が出来るのならば、その地図を的確に読み取る知識も必要になる。場合によっては、自ら地図を作らねばならない時もある。そう、ありとあらゆる知識が必要だ。……ジュディ、どうだ? 冒険者というのは案外と厳しい生業だろう? ひと口に冒険家と言っても、とても奥が深いものなんだ。お前はそれでも冒険者になる気はまだあるか?」
 いつしか、真剣な面持ちで、ラルフの語る冒険者に必要な事柄を聞いていたジュディは、やはり少し自信の無さそうな顔つきをしていたが、暫くの間考えた後、ぐっと顔を上げてラルフを見上げた。その表情、唇の形、瞳の色は、決意に満ちていた。
「パパ。あたしは冒険者になります。そのためにはどんな勉強でもします。あたしは……まだまだ冒険家になれる資格なんてないくらいに何も知らないって事、パパの話でよくわかった。でも、これから頑張って頑張って色んな事を勉強して、修行を積めば、絶対になれるよねっ? あたし、パパみたいな冒険家になって、色んな世界を知りたいの! この国の事も良く知らないあたしだけど、この国の事だけじゃなくて、他の国にも旅をして、やがてはパパみたいな大きな人になりたいっ!」
 ジュディはいつの間にか、両手の拳を握って、やや前のめりになりつつ、ラルフに訴えていた。
 ラルフは、そう熱く宣言するジュディを暫し黙して見詰めていたが、真剣そのものだった表情を緩めると、また日を照らして輝く沖合いへと視線を投げた。
「……俺はな、色々な職業を転々としてきた。元は戦士として名を挙げたかったから身体を鍛えていたが、時代が変わるにつれて、その需要も今のところはない。だから、その時その時の気の向くままに……まあ、気紛れと言っても良いかもしれないが、体力労働にも従事したり、城の警護団の一員になったり、時には悠悠自適の生活をしてみたり、と好き放題やってきたつもりだ。だがな、俺にとって、最も生き甲斐があり、かつ、命を賭けた生業が、この冒険家だった。そう、常に命を賭けねばならないほどに危険な生業だ。俺の冒険者知り合いでも命を落とした者が何人もいた……」
 そこでラルフは言葉を一区切りし、傍らのジュディを見下ろした。
「ジュディ。俺は、お前が幼い頃から冒険家に憧れていた事は知っていたよ」
 その言葉を聞いて驚いたのはジュディだった。今日はどれほど驚かされる日だろうか。「……パパ……知っていたの……?」
 ラルフは口元に苦笑いを浮かべて言葉を続ける。
「お前は小さい頃から、事あるごとに、古い冒険家の伝説の本を読み漁っていたからな。友達から借りてまで読んでいただろう? 俺だってそれくらいは知っている。」
 苦笑を湛えていたラルフは、ひと息、溜息のような吐息をつくと、ジュディ、と呟いた。
「俺はな、そんなお前を知っていたからこそ、本当は冒険家の道を歩ませたくはなかったんだ。俺は男だが、ジュディ、お前は女性だ。ただでさえ危険な冒険家の生業にまたひとつリスクが加わる。女だてらに冒険者になるな、と言っているわけではない。女性にはより厳しい生業だ、と言いたいんだ。その意味では、男以上にあらゆる面で研鑚を積まねばならんだろう。だから、俺はお前を、やがては俺が何ひとつ不自由なく暮らせるような男を探し出して、お前が結婚し、子どもを産み、平和で幸福な家庭を持てるようにと。そんな女性にさせたかったがために、それなりの紳士に相応しい淑女となるべき教育を施してきたつもりだった。……お前が、幼い頃に母親を亡くし、母親の愛情をほとんど知らずに育ったのが不憫でもあったからな。今度こそ、お前には辛い思いをさせたくはなかった。だが、俺の思いとは反して、お前は成長するごとにお転婆娘になって……」
 ジュディは、笑いを含ませて語るラルフとは裏腹に、どこか今にも泣きそうな表情でラルフを見上げていた。
「……ねぇ、パパ。ひとつ、訊いていい?」
 ん? と、ラルフはジュディを怪訝そうに見下ろした。
「パパはママが亡くなって悲しかったでしょ……? あたしは小さ過ぎてよくわからなかったけど、ママの事、愛していたんだよね……?」
 ラルフは即答した。「当たり前だろう」と。
「俺は彼女にひと目惚れしたが、その後、俺の気持ちが伝わって付き合うようになる内に、俺には勿体無いくらいの魅力ある女性だと言う事を知ったよ。優しくて、洞察力に優れていて、賢明で、知性があって、それでいて女性らしさを失わない、まるで俺を包み込んでくれるような人だった。だから、俺が結婚を申し込んだ時に、承諾してくれた時は、この俺が天にも昇るような気持ちを味わったんだ。ああ、勿論、巷でも有名な美女だったしな? ……ジュディ。お前は成長するごとに、かの人の面差しに似てきた。俺は嬉しいのだが、少し複雑な気分だよ。……ああ、ちなみに言っておこう。今の家内はジュディ独りでは俺の不在時に屋敷の切り盛りを出来ないだろうと思ったからだ。お前には苦労をさせたくなかった。俺のようにはな」
 そうなのだ。今のジュディの母親は、ジュディとは血の繋がりがない。
 元はジュディの教育係として幼い頃から長年屋敷に雇われていたために、ラルフからも信頼を得たのだ。そして、屋敷の一切を任せられるようになった。ジュディは「お母さま」と一応呼んではいるが、ラルフにとっては、互いの利害が一致した「仮の夫婦」といったところだった。そして、ラルフも、彼女には、ジュディへの愛情表現のような感情は、ほぼ持ち合わせてはいなかった。すべては、ジュディの幸福を願ってこその、ラルフの選択だったのだ。
 ラルフは、少しばかりの哀しみを帯びた声音で、ぽつり、と呟いた。
 ジュディはその言葉を聞き逃さなかった。
「……俺は今でも彼女を愛しているよ。生涯、忘れる事はない。……そして、その彼女との間にたったひとり生まれたのが、ジュディ、お前だ。お前を愛さない俺なんか、有り得るものか……」
 その言葉を耳にしたジュディの胸の内は熱くなった。
 パパはそれほどまでに、あたしを想ってくれていたんだ、と心の中で呟いた。
 今までラルフがいつになく雄弁に語ってくれた言葉のすべては、ジュディの将来を案じての言葉だった。
 そして、ジュディには、ラルフが暗に、「だからこそ最愛の娘には危険な道は歩ませたくなかった」と聞こえたような気がした。
 今ならばジュディには、ラルフの唯一の親としての気持ちもわかる。
 自分の意志だけで冒険家になりたい、と手紙を出した事さえ少し軽はずみだったような気がした。
 だが、ジュディは即座に、首を横に振った。
 そして、またラルフを見上げた。
「パパ。あたしを鍛えて。男の人以上に体力や戦う力がいるのだったら、あたしはパパに負けを認めさせられるくらい、女戦士になれるくらいの戦う力を身につけたい。剣でも弓矢でも槍でも何でも使えるようになりたい。それに体力作りの仕方も教えてください。毎日、毎日欠かさず頑張るからっ! 色々な勉強は……図書館があるから、そこで頑張って勉強する。だから、あたしを一人前の冒険家になれるように、パパが知っている色々な事を教えて。あたしは、絶対パパの……ラルフ・マクドガルの名前に恥じない冒険家になってみせるから! もし、あたしが冒険家になるための修行を一日でも怠けようとしたら、いつものようにお尻をぶって叱って!」
 必死な表情で、無意識の内に背伸びまでして決意のほどを言い募る娘を見下ろして、ラルフは、何を考えていたのか無表情に沈黙していたが、ふ、とひと息をつくと小さく笑った。
「ジュディ。お前の気持ち、強い志はよくわかったよ。ならば、俺が今まで見聞きし、これまで経験した事を、余さずお前に教える事にしよう。冒険家になるためのアドバイスならば出来る。だが、修行を積むのは、ジュディ、お前自身だ。お前自身の意志なのだろう? だったら、『怠けたら叱ってくれ』などと俺に頼るのはやめろ。それは甘えだ。俺はお前に指針を与えはするが、その鍛錬をするもしないもお前の自由だろう。怠ければ、お前が一人前の冒険家になれないだけの話だ。俺は決めたからには、そこまでお前を甘やかしはしないぞ? 自分で自分の限界に挑め。己を知る限り、己の限界はいくらでも突破する事が出来る。これが俺からの激励の言葉だ。……それに、俺はお前を、おしとやかな淑女に育てる事は諦めたが、レディではあると思っているからな。いくら父親とは言え、年頃の娘の尻を叩くのは気が引けるようになった」
 ラルフの最後の言葉は、冗談めかしたように言っていたものの、ジュディの頭の中には、「自分で自分の限界に挑め」と続いた言葉がぐるぐると回っていた。
「……自分を知る限り、自分の限界はいくらでも突破出来る……?」
 ジュディにはいささか難しい言葉のように思われた。奥深い言葉のようにも思われた。 彼女はひとしきり、父から与えられた多くの言葉を咀嚼しようとして考え込んでいたが、不意に、ラルフが傍らでひとつ伸びをした。
「お前と久しぶりに長話をしている間に、もう日が暮れてきたな。そろそろ帰るか……」 来た時と同じように、ザクリ、ザクリ、と砂音を立ててラルフが歩き出す。
 ジュディは思考を一旦ストップさせて、「パパ、待って」とラルフを追いかけて走り出した。
 海岸から少し離れた所には、二頭の馬が杭に繋がれふたりが乗るのを待っている。
 ラルフに追いついたジュディは、不意に思い出した。
「ねぇ、パパ。結局、領主様にはどんな冒険の報告をしたの?」
 ラルフは歩きながら娘の今更な問いに笑って答えた。
「ジュディも見ただろう? 俺が天馬に乗って帰ったのを。あの珍しくも貴重な天馬は領主に捧げたさ。他にも、隣国各国の情勢を把握したから、その報告と、ついでに詳細な地図を作成したからそれも献納したな。おかげで、ここ数年は衣食住に困らない生活を送れそうなほどの報酬を頂いたよ」
 父の冒険者としてのみではない有能さに改めて感心していたジュディの耳元へ、しかし、ラルフの顔が寄せられた。
「……だが、お前に贈った天馬より貴重過ぎる伝説の『風の貝殻』の事は内緒にしておいたからな? これは俺とお前とだけの秘密だぞ?」
 ジュディは耳元に囁かれた低い笑みを含んだ声音で紡がれた言葉を聞いて、一瞬目を丸くし、それから飛び切りの笑顔になった。
 ――パパとあたしのふたりだけの秘密を持てた……!――
 空に闇の帳が下りる前に帰ろうと、馬に乗り、走らせ始めたふたりだった。
 ラルフは最後にジュディへと、また照れたような表情でひと言告げた。
 ――屋敷に戻ったら俺の事は「お父さま」と呼べよ?――と。
 ジュディは、楽しそうに笑って良い返事を返したのだった。

     <了>  
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年02月19日

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