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『混浴DEデート 』
矢塚・朱姫0550)&天樹・昴(2093)


「昴、温泉に行こう!」
 天樹昴(あまぎ・すばる)の恋人、矢塚朱姫(やつか・あけひ)は店に入ってくるなりカウンターの中にいた昴にそう言った。
 最近忙しくてろくにデートもしていなかったことだし、昴とて朱姫とデートで、しかも温泉に行くのは吝かではない。
「どこの温泉ですか?」
 そう尋ねると、朱姫は、
「秘湯だ、秘湯」
そう答えて、何やらおもむろにカバンから1枚の紙を取り出した。
 そこには東京から北へ……日光よりももう少し北のあたりの地図らしい。
「ほら、ここに湖畔があるだろう?」
 朱姫のすらりとした指が地図上の湖を指す。
「どこかの湖の畔を掘ると天然の温泉が湧いて自由に入れると言う噂を聞いて調べてきたんだけど、それがココらしいんだ」
 つまり、秘湯で露天でしかも混浴だと言うのだ。
 吝かではないどころか、寧ろお願いします―――だ。
「行くのか、行かないのか?」
 黙り込んだ昴を朱姫がじっと見つめる。
「もちろん、朱姫さんからの誘いですからね」
と、昴はにっこりと朱姫に微笑んだ。


■■■■■


 朱姫の高校の創立記念日で休みの平日、まず車に乗って高速で数時間ドライブだった。
 朱姫は車の助手席に座りご機嫌だ。
 どのくらいご機嫌かと言うと思わず鼻歌が出てしまうくらい。
 隣で運転している朱姫の恋人、昴は朱姫が嬉しそうにしているのが嬉しいらしくいつも以上に優しい笑みを浮かべている。
 ベタではあるが、ドライブ用に朱姫のお気に入りのCDも用意したしお弁当も用意した。
 CDは朱姫が持って来る代わりに、昴がお弁当を作った。
 もちろん、朱姫は、張りきってお弁当を作りたいと主張したが、長時間のドライブには音楽がつきものであるし自分は流行の音楽に疎いので朱姫の好きなCDを“ぜひ”持って来て欲しいその代わりにお弁当は自分が腕によりをかけて作ってくるからということで何とか一応の決着をつけたのだった。
 後部座席にはその、腕によりをかけて作ってきたお弁当と―――2本のスコップが鎮座していた。
そう、本日のメイン、温泉掘りの為の重要な道具だ。
 途中のドライブインで少し休憩を取った以外まったく寄り道もせず、目的地へまっすぐと向かう。
 高速を下りて、山道を30分も進んで、2人はようやく目的地である湖畔に辿りついた。
「すごいな」
「良い景色ですね」
 足元は少しばかり岩が露出していたが、思っていたよりも大きな湖には水が満ち、曇りのない水面に空が映っている。
 平日だけあって、湖の近くには人影は見えない。少し離れたところに小さな露天のような売店があるくらいだ。
 それでも一応車の車体で人目にはつきにくいような場所をキープして早速温泉掘りにとりかかった。
 言い出した本人であるだけに、朱姫もやる気まんまんで、
「さぁ、掘るぞ」
と、車からおろしたスコップ片手に掘り始めた。
 北海道に同様の湖畔の砂場を掘ると温泉の湧くいわゆる砂湯のようなところもあるというが、ここは今では使用されていない川上のダムのための貯水池であったためか大小の岩もあるので思っていたよりも掘りにくかった。
 ちょっと掘るとスコップの先に石が当たりその石を除けてからまた掘り進める。
 ちょっと掘るにもずいぶんと時間がかかった。
 なんとか30cmほど掘ったのだが、まだお湯が涌き出る様子はない。
 張りきって掘り出したはいいが、なかなかお湯が出てこないし、すんなり掘れないわで朱姫は1時間ほどたった頃にはすっかり“掘る”という作業に飽きてしまった。
「なぁ、昴、少し休憩しないか?」
 朱姫はそう声をかけたのだが、昴はいつになく必死の様子で掘りつづけている。
「すーばーるー……昴ってば!」
 何度も朱姫が名前を呼んで、ようやく昴は振り向かない。
「休憩していて良いですよ、朱姫さんの分も俺が掘りますから」
 そう言って、一見普段と同じ雰囲気なのだが、見た目で隠しているもののその実、昴は一心不乱に掘っている。
 それもこれも、露天の混浴、しかも―――実はココが昴にとっては1番重要なのだが―――それが朱姫と一緒にだ。更に言うなら、他に人影はなく2人っきり。
 これで張りきらなければ男じゃない。
 なんだか掘るのに必死でかまってくれない昴に、朱姫は少し拗ねそうになったが、でも温泉を掘ると言い出したのは自分だし―――ジレンマに陥りつつも、
「じゃあ、温泉が湧いたら呼んでくれ」
と、朱姫は離れたところで少しだけ休憩することにした。
 レジャーシートを敷いてお弁当の入ったバスケットを車からおろし、その中からポットを取り出して喉を潤す。
 少し休憩をして昴の為にポットのコーヒーを持って行こうかと思ったその時だった、
「朱姫さん、お湯が出ましたよ」
と昴が朱姫を呼んだ。
「本当か!?」
 朱姫が昴の元へ行くと、確かに直径1.5m、深さも1.5mほどの穴にじわじわとお湯が湧き出していた。
 そっと朱姫が手を伸ばす。
 その指先に触れたのは確かに暖かいお湯だ。
「すごい、すごいな昴!」
 少し興奮気味に頬を紅潮させる朱姫に昴は少し誇らしげに笑みを向ける。
 だが、
「でも、2人で入るにはちょっと狭いな」
と朱姫は顔を曇らせた。
 確かに、大人2人が入るには少し手狭ではある。
「疲れただろうし、昴が先に入ればいいよ」
と、朱姫は頑張って掘った昴を労うためにも1番風呂を勧める。
 だが、朱姫のその労いの言葉は昴にとっては全く全然労いにはなっていなかった。
 むしろ、1人で先に入るのでは全く意味がない。
「朱姫さん、先に向こうの露天のほうにでも行ってお土産でも見てきたらいいですよ。その間にもうちょっと頑張って掘っておきますから」
と、昴は朱姫に勧めるが、朱姫は首を縦には振らなかった。
「そんな無理するな」
 逆にそう笑顔を向けられると昴はそれ以上朱姫の勧めを断ることは出来ずに、
「判りました」
と、心で涙しながらも折れることになった。
 

 そう、結局はいつものように朱姫の“勝ち”となり、露天で混浴の温泉に交代で入ることになったのである―――


■■■■■


 慣れない土木作業紛いに疲れてしまったのか、帰路の途中、朱姫は助手席で眠っている。
 期待が大きかっただけに表には出さなかったが昴は密かにがっかりしていた。
 何故かその次の瞬間、不意にある事実に思い当たり、昴は愕然とする。
「もしかして……」
 そう、たった今気付いた事とは―――


 昴の能力を使えばもしかして、2人分掘れたのではないか―――と言う、かなり悲しい事実だった。


 気付いてしまったことにかなりショックを受けた昴だったが、
「……楽し…かったな……昴」
すっかり眠ってしまっている朱姫が小さくそう呟いて、笑った。眠りながら。
 眠り姫の笑顔に、まぁ、朱姫さんが楽しんでくれたのならそれでいいか……と、昴は苦笑を浮かべた。


Fin

 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月19日

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