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『remain 』
榊杜・夏生0017)&城之宮・寿(0763)
●May I help you?
 東京・某駅構内――『Dolphin』という名前のコーヒースタンドがある。近頃とみに増えてきたアメリカ西海岸系のそれではなく、従来から見かける系統のコーヒースタンドだ。
 夜7時前、店内は部活終わりの高校生や、仕事帰りのサラリーマン・OLなどで賑わっていた。といっても客全員がそうではなく、隅の方には弦楽器――サイズからしてチェロだろうか――のケースを携えた細身の青年の姿も見えるのだが。
 ともあれ夜9時過ぎに閉店のこの店としては、1日最後のピーク時間帯である。あと1時間もすれば、嘘のように客足が引いてゆく。コーヒーより酒が恋しい時間帯に入るからであろう。
「いらっしゃいませ! お客様、ご注文をどうぞ」
 カウンターの中では、アルバイトの少女が元気よく客の注文を尋ねていた。彼女の名前は榊杜夏生。高校1年の小柄な少女である。
 夏生の年齢と今の時刻、これらから考えればそろそろアルバイト上がりの時間であってもおかしくはない。が、夏生にそのような素振りは見られなかった。
 それもそのはず、夏生は自ら望んで遅番のシフトに入っていたのだから。しかも可能な限り、全て遅番を選んで。それは何故か?
 もちろん理由はある。というのも、この店にはある噂があったからである。
(あと2時間かあ……)
 ちらっと壁にかかっている時計を見る夏生。2時間後は閉店時刻だ。では閉店時刻を待っているのかといえば、半分だけ正解。待っているのは――幽霊の登場だ。
(今日こそは遭遇出来るのかな?)
 夏生はふう、と小さく溜息を吐いた。
 前述の噂、それは幽霊が出るというものだった。けれども大々的に知られた噂という訳ではない。もしそうだったら、こんなに客が来るはずもない。
 しかし――確実に噂はあった。夏生自身、複数の人間からこの噂を耳にしたのだから、少なくとも噂が起こるに十分な『何か』があった可能性はあるはずだ。ミステリー同好会所属である夏生の好奇心を揺さぶるには、これで十分だった。
 聞いた話では、出るのはサラリーマンの幽霊で、その時刻は閉店間際。つまり夜9時だ。それゆえに、夏生は遅番のシフトへ入り続けている訳である。幽霊と遭遇するために。
 だが悲しいかな、夏生にはいわゆる霊感というものに縁が遠かった。幽霊など姿を現す機会もないし、気配も感じない。上達するのは接客技術とコーヒーの入れ方ばかりという始末。
(……時給悪くないし、環境も悪くないから、まあいいけどねー)
 前向きというか、ちゃっかりしてるというか……ともあれ、夏生に特別焦った様子は見られなかった。

●飲む青年(not酒)
 さて、夏生が幽霊のことを考えていたその頃。店の隅の席では、チェロケースを携えサングラスをかけた金髪の青年が、ピルケースから錠剤を取り出して飲もうとしている所だった。
「……ン……」
 青年――城之宮寿は錠剤をおもむろに口の中へ放り込むと、コーヒーで一気に胃の中へ流し込んだ。そしてテーブルに肘をつき、両手で頭を抱え込む。
「つっ……」
 頭でも痛むのだろうか、眉をひそめる寿。とすると、先程の錠剤は頭痛薬か。
「……さっきの馬鹿のせいだな」
 寿は小声――『馬鹿』の部分がやや強調されていたが――でそうつぶやくと、軽く目を閉じた。よく見れば、左手の甲にうっすらと血のようなものがついていた。けれども寿の左手には傷は見られない。ひょっとして……返り血か何かか?
 そして、寿は自らの頭を抱えた態勢のまま、微動だにしなくなった。周囲の喧噪など、自分には関係ないかのように。

●21:04:44
「じゃあ夏生ちゃん、私は先に奥に戻るから後はよろしくね」
「あ、はーい。看板とシャッターですよね?」
 夏生が尋ねると、先輩らしきアルバイト女性店員はこくんと頷き、奥の従業員控え室へ戻っていった。時刻は夜9時、閉店時刻となっていた。
 それから夏生は外の看板のコンセントを外し、店内へと運び入れた。後はシャッターを降ろすだけである。
「あーあ、今日もまた遭えなかったなあ……」
 看板を床に降ろし、溜息混じりにつぶやく夏生。
「あー、もう! じらしてないで、幽霊出てこーいっ!!」
 もちろん店内には夏生1人しか残っていないのだから、今のつぶやきを耳にする者は他に居ない……はずだった。
「……うん……?」
「あ」
 声のした方へ振り向き、少し驚く夏生。店の隅に1人だけ客――寿が残っていたからだ。どうやら死角になっていたのか、気付かなかったようだ。
「すっ、すみません、お客様。本日はもう閉店なんですけど……」
 にっこりと笑顔を作り、夏生が寿へ話しかけた。閉店時刻となった今、速やかに穏便に最後の客を追い出さなければならなかった。
「……くそ、寝てたか」
 時計に目をやり、一瞬しまったなといった表情を見せる寿。が、それ以上何を言う訳でもなく席を立ち、足元に置いてあったチェロケースを持ち上げようとした。その時である。
「つっ……!」
 寿の頭に、ズキンと痛みが走った。眉をひそめる寿。
「お客様っ?」
 夏生は驚き、寿の方へ近付こうとした。すると、突然店内の照明がふっと全て消え――。
 ガラガラガラガラッ……ガシャンッ!
 シャッターの閉まる音が、店内に響き渡った。
「えっ……何で!?」
 慌ててシャッターへ駆け寄る夏生。けれどもシャッターはびくともしない。反転し、夏生は奥の従業員控え室へ続く扉の方へ向かった。
 夏生は何度も何度もノブをガチャガチャと回し、扉を押したり引いたりした。だが扉はまるで鋼鉄のごとく1ミリたりとも動かない。
「開かない……」
 呆然とつぶやく夏生。この状況が示すことはただ1つ。夏生と寿は、店内に閉じ込められてしまったということだ。

●遭遇
「…………」
 夏生が扉と格闘していた最中、寿は無言で店内の様子を窺っていた。自然と右手が懐へと向かう。
 やがて店内のある一角を向いた時、寿の動きが止まった。
「誰だ」
 寿がそう言った瞬間、その一角がぽう……と青白い光に包まれた。光の中心には、ややくたびれた様子で頬がこけた中年サラリーマンが立っていた。その姿は夏生にも見えていた。
「幽霊……?」
 何気なくつぶやく夏生。それが聞こえたのか、中年サラリーマンがぎろりと夏生を睨んだ。
「失敬な! 私のどこが幽霊だ!! それが客に向かって言う言葉か!! 全く、ここの店員はなっとらん!!」
 中年サラリーマンはそう怒ると、夏生の方へずんずんと向かってきた。一瞬怯む夏生。
「動くな」
 その時、寿が低い声で中年サラリーマンに言った。振り返る中年サラリーマン。すると寿が、右手に握ったマグナムを中年サラリーマンへ向けていた。
 肩や足とか、そんな部位ではない。銃口は頭部にピタッと狙いをつけていた。人間であれば、撃たれればまず間違いなく即死だ。
「……下手な動きすれば、容赦なく撃つぜ」
 左手でこめかみの辺りを押さえながら、再度寿が言った。はったりなんかではない……本気だ。
「ひっ、ひいぃっ!?」
 寿に気押されたのか、中年サラリーマンは慌てて両手を挙げた。いわゆるホールドアップの状態だ。
「……あれ?」
 思わぬ展開に目をぱちくりさせ、きょとんとなる夏生。
(本当にこの人、幽霊なの?)
 どうにも幽霊らしからぬこの行動。夏生でなくとも、疑問を抱きたくなるはずだ。
「う、撃つなっ? 撃つなよっ! わ、私はコーヒーを飲みに来ただけだぁっ! 生命だけはお助けぇーっ!!」
 叫ぶ中年サラリーマン。とても幽霊が言うような台詞ではない。しかし、状況は中年サラリーマンが幽霊であると指している訳で。

●そうすべきだと、誰かが彼女に囁いた
「あのぉ……」
 少し思案した後、夏生は中年サラリーマンに話しかけた。
「お客様、ご注文は?」
「……馬鹿か?」
 今の状況を無視した夏生の言葉に、寿が思わずつぶやいた。普通、こういう時に言う台詞ではない。
「あ、だってコーヒーが飲みたいって……」
 唇を尖らせる夏生。何となく、そう言うのが最善だと感じてしまったのだから仕方がない。しかし中年サラリーマンの反応はというと――。
「お、注文を聞いてくれるんだな!」
 中年サラリーマンはとても嬉しそうに言った。そして普通のコーヒーを注文する。
 注文を聞いた夏生は、さっそく準備に入った。幸い、コーヒーの機械の電源は落ちていなかった。
「いやあ……ようやく私の注文を聞いてくれる店員が居たよ。何故かここしばらく、私を幽霊だと言って注文を聞いてくれないんだよ。まあ最近残業続きだったからなあ……幽霊に間違われるほど痩せたっけなあ? でも、帰りにここで飲む1杯のコーヒーがとても美味しくてねえ……」
 夏生が用意している間、1人で語る中年サラリーマン。話の内容からすると、この店にはよく足を運んでいたようだ。ちなみにその間も寿の銃口は、中年サラリーマンをしっかりと捉えていた。
「お待たせしました!」
 コーヒーカップを手に、中年サラリーマンのそばへやってくる夏生。中年サラリーマンはそのカップを受け取ろうとしたのだが――。
 ガチャン!!
 カップは中年サラリーマンの手をするっと通り過ぎ、床へと落ちて粉々に砕け散ってしまった。コーヒーが床に水たまりを作る。
「これは……」
 呆然としたようにつぶやいた中年サラリーマンが、はっとした表情を見せた。
「……ああ……そういうことなのか……」
 中年サラリーマンは、どうやら何かを悟ったようだった。自分が今どういった状態にあるのかを。
「私はもう……ここのコーヒーは飲めないんだねえ……残念だ……残念だよ……」
 そう言って寂し気に笑うと、中年サラリーマンの姿はすぅ……っと消えていった。

●21:12:21
 中年サラリーマンが消えると同時に、店内の照明がパッと点った。
「…………」
 小さな溜息を吐き、マグナムを懐へ仕舞おうとする寿。もう頭の痛みはなかった。
「ええっと……」
 夏生は寿がマグナムを仕舞う様子を、じっと見つめていた。明らかに、マグナムのことを突っ込んでいいのか迷っている様子である。
「忘れろ」
 寿はぼそっとつぶやくと、チェロケースを持ち上げシャッターを開けて外へと出ていった。
「……忘れろって言われても」
 ぽりぽりと頬を掻きながら夏生が言った。それから、床に散らばったカップの破片を集めるべく、ほうきを取りに向かった。
「うーん、幽霊は見たし、成仏もしたみたいだし……全てこともなしのはずなのに、何かすっきりとしないなあ……。何でだろ」
 破片を掃きながら、首を傾げる夏生。どうも何かが引っかかっているのだ。それに気付くのは、破片を片付けた直後である。
「あ! もう遅番に入り続ける必要ないんだ!」
 肝心の幽霊が成仏したのだから、そういうことになる訳だ。閉店間際に、あの中年サラリーマンが現れることはもうないのだから。
 数年前3つ向こうの駅で昏倒し亡くなった中年男性が居たことを夏生が知るのは、この1週間後のことであった。

 何にせよ、これはまだ夏生と寿の面識がなかった頃――今から少し過去の話である。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月18日

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