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『鎮・ソロデビューへの道!〜転の巻〜 』
鈴森・鎮2320)&鈴森・転(2328)

 春一番が一部の地方で吹き去り、暦の上では春になったそんなある日。
久しぶりに気温が上がり、太陽光が優しく降り注ぐその下で…
鈴森・転(すずもりうたた)は、のんびりまったりとお茶をすすっていた。
 このままの調子で春になるのか…また寒くなるのか…
できるなら、春になってくれればいいのになぁ…そんな事を思いながら。
 鳥のさえずりさえどこからか聞こえてきそうな雰囲気の中、
転は静かにお茶を口に運び…
「兄ちゃん!!今から暇だよな?!」
 突然、座っていたベンチの下から顔をのぞかせた小さなイタチの姿を見て思わず吹き出した。
飛沫がそのイタチの顔にかかりそうになり、イタチは慌ててそれを避ける。
「あぶねー!なにすんだよ兄ちゃん!」
「ごめんよ、鎮…でもお前がいきなりそんなところから顔を出すから」
 口元を拭きながら苦笑する転の隣に、小さなイタチ…鈴森・鎮(すずもりしず)はちょこんと飛び乗った。
その背中に紐で何かを巻きつけている。鎮はそれを手に取ると、転の前にぽん!と置いて。
「これ、兄ちゃんの好きな高級堂の和菓子詰め合わせ!」
「それは…朝から並んでもなかなか手に入らないというあの…」
「徹夜で並んだんだぜ!兄ちゃんの為に!!」
「ありがとう、鎮…それで?お前がこんな物を持ってくるからには何か裏がありそうだね?」
「その通り!兄ちゃんに頼みがあるんだ!って言うか…」
 鎮はきちんと座りなおして、改めて長兄、転の顔をじっと見つめた。
転も末の弟の顔を真剣に見つめる。
何か困りごとでもあったのだろうか…と、転が心配そうにその瞳を揺らした時…
「兄ちゃん!俺を男にしてくれ!!」
 鎮が、ベンチにべちゃっとへばりつくようにしてそう叫んだのだった。
本人はおそらく土下座をしているつもりなのだろうが、
ハタから見たら、小さなイタチがかわいくベンチの上にへたっているようにしか見えないだろう。
転はそんな鎮を両手で起こして、ぶらーんと抱え上げ、じっとある一点を見つめ…
「何言ってるんだ?お前、ちゃんと男じゃないか?」
「ちっがーう!!そういう意味じゃねぇー!!」
 鎮は思わず顔を真っ赤にして渾身の力をこめてツッコミを入れたのだった。
わかって言ってるのか、わかってないのか、転は微妙な表情を浮かべて鎮をベンチにちょこんと座らせ。
「話してごらん?僕にできることなら力になってあげるから」
 かわいい弟のためだ…転は鎮の頭をぽんぽんと叩きながら微笑んだのだった。



「―ってなわけでさ、立派な鎌鼬になるために頑張ったんだけど色々あってさ…
だからとにかく俺、あやかし荘の三下さんを絶対に最初に転ばせて、切って、カラシ塗ってやりたいんだ!」
 あやかし荘への道すがら、イタチ姿から人間の姿になった鎮は力をこめて転に訴えた。 
「なるほどね…三下さんといえば確かあのさえない人だね…そんなの簡単そうだけど…」
 お前はあんな相手さえ転ばす事も出来なかったのかい?と言いたげな表情を鎮に向ける転。
鎮は言葉に詰まって、視線を背けた。その視界に、見慣れた風景が飛び込んでくる。
 それは以前、特訓の為にターゲットを探して彷徨っていた時に見かけたムキムキマッチョマンが…
今日も同じ場所で同じように得意のポーズを誰に見せるでもなく披露している風景だった。
 あの時、さすがに自分どころか兄ですら倒せないだろうな…と思ったそのマッチョマンだったのだが。
「面白い標的がいるね…鎮、見ててごらん」
「へ?」
 転はそう言ったかと思うと、颯爽とそのマッチョマンの近くまで移動し、
すいっと…軽く右手を前方に上げ、軽く握っていた手の平を相手に軽い何かを投げるかのように開いた。
するとその指先から”風”が巻き起こり、マッチョマンに向かっていく。
そう大きな風や突風でもないはずなのだが…ポーズをキメまくっていたマッチョマンは足元をとられ、
何も無いところではでにスッ転んだのだった。
「す、すげー…すげー!!カッコイイ!!転兄ちゃん!!」
「おいおい、これくらい出来ないでどうするんだ?お前もやるんだよ」
「お、俺も?できるかな…」
「できるさ…!」
 転はそう言って優しく鎮に微笑むのだが、転の動きには決して無駄がなく、
全てが舞うような軽やかでしなやかな動きで…どう考えても鎮には不可能としか思えない。
自分の手の平をじっと見つめながら考え込む鎮の肩に転は優しく手を添え、
「それじゃあまず空き缶でも倒す練習からはじめてみようか?」
「――わかった!」
 頼りになる兄の姿に、鎮は心底尊敬する眼差しを向けるのだった。
転は道端に転がっている空き缶を手に取ると、近くの空き地へと鎮を連れて行く。
その空き地の隅っこの地面の上に空き缶を置いて、鎮の後方に下がった。
「さ、やってみて」
「え?いきなり?」
「とりあえず、お前がどんなやり方をしてるのか見たいからね」
「……わ、わかった…」
 ドキドキしながら、鎮は空き缶をじっと見つめる。
呼吸を落ち着けるために深く深呼吸をして、精神統一する。そして、両手を合わせて”風”を作ると、
手刀を切るような動きで”風”を空き缶に向かって投げつけた。
ふわっと沸き起こった風は、砂埃を巻上げて空き缶へとぶつかる…のだが…
「あ、あれ!?」
 空き缶はカタカタと揺れるだけで、転ぶ様子は無かった。
その代わり、その空き缶の脇に落ちていたチラシの破片だけが空に舞い上がって、落ちた。
思い起こせば、前回、三下を転ばそうとした時も…手に持っていた紙しか舞い上がらなかった気がする。
もしかして…紙より重いものを転ばせる事が出来ないのか俺!と、冷や汗を額に浮かべる鎮だったのだが。
「お前は力の無駄が多いんだよ…ただ”風”を作って投げればいいってもんじゃない」
 転はそう言うと、再びあのマッチョマンを転ばせた時のような動きで空き缶に”風”を投げる。
すると鎮とは違い、点の投げた”風”は空き缶だけに当たり、チラシを動かす事無く空き缶だけを倒したのだった。
「的確に目標だけに集中させるんだよ?」
「で、でも…そんなこと言ったってさ…!俺だってやってるつもりなんだぜ!?でも…」
「”つもり”や”でも”はいらないよ、鎮」
 先ほどまでの優しい微笑みと違い、厳しい眼差しで見つめる転。
鎮は思わず何も言えずに口篭もって俯いてしまう。
「いいか?ちゃんと僕がやっているのを見るんだよ?」
「わかった」
「僕がやる通りにやってみてごらん」
 転は倒れた空き缶を再び立たせて、鎮の隣に並んで…”風”を作り出す。
鎮の為に自己流ではなく、基本的な動きで。その動きをじっと、鎮は細かい所まで見つめる。
それこそ指の動き一本一本すらじっと見つめ…頭の中にしっかりと刻み込んだ。
鎮がやるような手の動きで、転は空き缶へ風を投げる。
ほとんど変わらず鎮と全く同じようにやっているのだが…”風”はやはり綺麗に空き缶だけを倒した。
カランという音が響いて、止まる。
転は満足そうに頷いて空き缶を起こすと、振り返って鎮に微笑んだ。
「よーし!!」
 鎮はぐっと拳を握って気合いを入れる。
そして、精神集中。転のやっていた通りに、”風”を作り出した。
目標を空き缶だけに絞って、真剣な顔をしてその風を投げつける。
しかし、転と同じようにやっているつもりでも…その風は空き缶を少し揺らしただけで通り過ぎてしまった。
「鎮の場合、力を入れすぎるから駄目なんだ。もっと肩の力を抜いて!ほら深呼吸…」
 言われるままに、吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜をくり返す鎮。
それまでドキドキとしていた心音が少し落ち着いてくる。
再び鎮は両手を合わせると、記憶に刻んだ兄の動きを再生するように手を動かした。
「よし!その調子!」
 背後からの兄の応援を受けて、鎮は手を空き缶に向けて突き出す。
ふっとそう強くない”風”が巻き起こって、地面を這うように進み…空き缶の足元にぶつかる。
すると、ぐらっと空き缶は大きく揺れて…軽い音をたてて地面に転がったのだった。
「……で、できた!!できたよ兄ちゃん!!」
「うん。よくやった。でもまだ確実なわけじゃないよ?
ほら、さっきのチラシも一緒に飛んでるだろ?実戦じゃ、周囲のものを倒しちゃ意味が無いんだから。
その標的だけを転ばせるようにしないとね。さあ、気を抜かずにもう一回だ」
「よーっし!!」
 上手くいった事実と兄に誉められた嬉しさとで、鎮は満面に笑みを浮かべて頷く。
俄然やる気が出てきたらしいそんな弟の姿を見つめつつ…転は嬉しそうに微笑んだのだった。



『はぁ…今日もなんだか…色々あったなぁ…』
 あやかし荘近くの路上で、三下・忠雄はとぼとぼと歩いていた。
今日は早めに仕事が終わって帰途についているらしい。
そんな彼の後方の電信柱の陰で…二人の妖怪がじっとその様子を見つめていた。
もちろん…三下はそんな事に気付くはずもなかった。



「さあ、鎮。ここからが本番だ」
「空き缶はなんとかクリアできたからな!後は三下さんを倒せれば!!」
「できるさ、鎮なら」
 頭を軽く撫でるように叩きながら言う転の言葉に、鎮は嬉しそうに笑む。
兄が自分を認めてくれている事も嬉しいし、応援してくれる事も嬉しいのだ。
「いいかい?相手は人間だ…空き缶と同じ強さじゃ転ばないからね」
「わかってるよ!大丈夫!」
 鎮は自信ありげにすいっと前に出ると、空き缶の特訓で得た通りに”風”を作り出す。
少し力を強めにして、ターゲットを三下の足元だけに絞って…
「いっけー!!」
 軽い掛け声とともに、”風”が鎮の手から投げ出される。
路上の砂を巻き上げながらそれは真っ直ぐに三下の足元まで向かい、彼の足に当たる前に…
「き、消えた…?」
「ほら…だから言っただろう?風の速度と量と力が足りなかったんだよ」
「でも俺、ちゃんと力強めに…!」
「それだけじゃ駄目なんだよ?いいかい?言ったろ、相手は人間なんだって。動くんだから。
相手との距離や相手の体格をちゃんと考えてやらないと」
「それって算数?難しいなー!」
「簡単なことだよ」
 転は短く言うと、軽く手を上げ、三下を指差す。
その指先から”風”が起こり、前方を歩く三下の足元をさらった。当然、思いっきり転ぶ三下。
何もないところで転んだのが不思議だったのか、周囲をきょろきょろと見渡していた。
電信柱の陰に隠れてそれをやり過ごし、転は次に道路脇にあったバイクに手を突き出した。
再び風が舞い、バイクを空に浮かばせる。
『うわああああ!!く、空中浮遊!?空飛ぶバイク――!?』
 自分の近くにあったバイクが突然空に浮かんで、三下が驚いて尻餅をつく。
鎮はその様子を見て、思わずくすっと笑いをこぼした。
「こら!よそ見してる場合か?ちゃんと見たのか?」
「え?もちろん!三下さん相手とバイク相手じゃ全然やり方違うんだよな?うん!見た!わかった!」
「じゃあ次は鎮がやってごらん」
 転はバイクを静かに地面に下ろす。
立ち上がりながら、まじまじとそのバイクを見つめる三下へ、鎮は再び”風”を放った。
『うわわわっ…』
 なんとか消えずに三下へと到達した”風”だったのだが、
足元ではなく頭上をかすめ、しかも三下の髪を撫で上げる程度で去って行く。
悔しそうに鎮は拳を振り下ろすと、再び手を構える。
そして兄が何も言わずとも…自分で考え、力を調節しながら”風”を次々に繰り出したのだった。

 夕陽が西の空へと沈みかかった頃―――
先ほどの路上で、三下は前に進めずに首を傾げながら涙目になっていた。
転が、鎮の為にと”風”で三下の行く手をブロックした為だ。
そんな事実に気付く事はなく、鎮はただひたすら…三下へと”風”を投げつづけた。
額に浮かんだ汗が、頬を伝って顎から地面に落ちていく。
腕もだんだん重くなってきて…今にも座り込んでしまいそうだった。
 しかし、鎮はめげなかった。
せっかくここまで頑張ってきたのだ。諦めたくは無かった。
「絶対…転ばしてやるんだ…っ!!」
 鎮はそう呟いて、一度、深呼吸をする。
そしてキッと目を見開いて―――
「転べ―――!!」
 左手をさっと上げ、繰り出された”風”は真っ直ぐに三下の足元へ向かう。
その”風”は途中で消えることも頭上に流れる事も無く…綺麗な線を描いたまま三下の足元をさらった。
『わわわわわっ!!』
 ドタッと、にぶい音がして三下がその場につんのめるように転倒する。
わが身にまたしても何が起こったのかわらからずに、倒れたままで不思議がる三下だったが…
それ以上に呆然とした表情で…鎮は立っていた。
 未だに、目の前の出来事が把握できない…そんな感じの表情だった。
地面に這いつくばっている三下の姿。
なにかに蹴つまづいたわけでも、誰かに押されたわけでもない。
それはまぎれもなく…
「鎮、やったな…おめでとう」
「……転兄ちゃん…」
「頑張ったな」
「…俺、もしかして…やったのか?できた?三下さん、転ばせられた?!」
「ああ」
 にっこりと微笑む兄の顔を見て、鎮はやっと…状況を飲み込んだのだった。
「やったー!!!できた!できたよ転兄ちゃん!!」
 鎮は嬉しさに叫び声をあげて、思いっきり飛び跳ねる。
人間からイタチに変身してみたり、再び人間に戻ってみたりして…文字通り全身で喜びを表現する鎮。
「俺、とうとうやった!!一人でできたんだ!!」
 ガッツポーズを作り、それを頭上に突き上げる鎮。
「やればできるんだ!俺も兄ちゃん達みたいにできるんだ!!」
 飛び跳ねて、ソロデビュー成功の喜びにひたる鎮…だったのだが。
「それはいいけど鎮。転ばせた後、斬り付けないとカマイタチにはならないよ?」
 静かに告げた転の言葉に、鎮はぎしっと固まったのだった。
「―――しまったぁぁぁぁ!!!」
 慌てて鎮が見ると、三下はすでに起き上がって遠く前方を歩いている。
追いかけてみたところで…もうすぐそこはあやかし荘。
どう考えても間に合いそうも無かった。
「まあ…今回は”転ばせる”事が出来たんだから…良かったじゃないか?な?」
「でも、転兄ちゃん…」
「お前はよくやったよ。焦らず頑張ればいいだろ?」
 柔らかく微笑んで、鎮の頭を撫でる転の優しさに…鎮は自然と目に涙が浮かぶ。
しかしそれをこぼしてはいけないとぐっと堪えて、服の袖でがしがしと拭った。
「ちくしょー!!おぼえてろよ三下ぁ!!
絶対、絶対に転ばせて切って…カラシワサビトウガラシMIXの鎮スペシャル塗りつけてやるからな――!!」
 
 渾身の力をこめて叫んだ鎮の言葉は、果たしてその本人に届く事はなく…
暮れていく夕陽が静かに飲み込んでいったのだった。





【=終=】


※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月18日

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