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『欲しい 』
雨草・露子1709

 灰暗い希望が足元に煌々と。
 一切の音、鉄器で世界から切り離されたみたいに。
 だから事実がそこに在る、空気も忘れ去らす真、魔法で飾る意味も無く、罪と罰の次元を超えた、そんな、事柄。
 父の死体。
 遺体が乗るベッドは何一つ特別ではない。部屋でさえ、普通に明かり、普通に医者、何より自分が普通に有る。有る物が有る当たり前。
 けれど、父は無く。
 交通事故で轢かれたらしい。内臓が破裂したらしい。一瞬の出来事はまだ多くが謎らしい。だが《亡き父》の効能は、君を悲しみにするだろうと、親戚が来ない子供を医者と警察は慰めるのだけど、少年は、――唇を歪ませようと。
 菓子の欠片程で良い、少し上へ曲げるのだ。悟られないよう、静かに、強弱を定めず。誰にも、自分にも言われた訳で無いのに、少年はそう動いている。笑みを。
 灰暗い希望が、足元に煌々と、虫の羽根くらいの、大きさ明るさ。
 ああ、堕ちていってる。
 転がっている。
 父が死んだのです、己を母の名で呼ぶ彼が。人間の癖に喋る鳥のように、ぎこちない夢を続けた彼が。
 夢がほどけて。
 雨草露子はその事を、紐にくるまれるように。ああだけど、
 貴方も此処には無くて。
 悲しみがあるとすれば、その為に。
 春の事、


◇◆◇


 春の事。麗らかが猫の声を誘い、華の色も空気に混じって、辺りが穏やかを謳うのだけど、彼の心は染めやしない、だけれども、だけれども、
 貴方に浸る。
 授業という枠により厳かに静まり返るのは、学校。生まれた風は全域へと渡り、少年と、そして女性の居場所にも作用している。だからまるで鳴っているようだ、視線を手向けるだけの、音伴わぬ仕草が。
 他意も無く微笑んでくれる彼女でさえ。
 保険医、白衣、黒くて長い髪、きっと母と同じ年頃だろう、へ、
 顔を赤くする。それにも反応する。熱があるのと声かける。違う、とか細く喋る。
 手のひらが、額にあてられた。それと同時に顔も近づいた。
 面の一つ一つがいちいち際立ってしまって。極上なんて言葉を当てはめたら箸が転がるようにおかしいけど、余りに素直な顔立ちなのは確かで。唇と頬、瞳と髪、彼女の形容が心に柔らかく突き刺さる。
 そしてその後にやってくるのはぬくもりで。ここでしかけして得られなかった物で。
 だから、それから、そうだから、彼女の傍らの住人として、永久を築こうとしていたのに。なのに、


◇◆◇

 手で触れようにも、零れた水は何処にも無い。
 あの春の次の今の春、に、奪われ、て。
 中学二年生、彼女の転勤。なんて現実的だらう。

◇◆◇


 そういえば、こんな事。
 雨が降っていたから六月なのか六月だったから雨が降ったのか、言及で求められないが、出会って少し間が有ってから。
 虐めは、傘も奪われる。だから濡れる。登校中でありながら山の天候に見舞われた彼は、ホームルームを消して、保健室へと流れて。冷たさが肌を張り詰めて、もやがかかる意識を掻き分けながら、引き戸を横に滑らせた。
 一瞬の映像は写真と同じで鮮やかに焼き付く。全くの油断が生んだのだろう、
 ――下着姿という対象は、少しの硬直と、全身を焼くには十分で。
 彼女が何かどうこうする前に、露子は戸を閉めた。そして目を開いたまま屈み込む。下を向いて、眼で見たのを反芻して、いけない事で、駄目で、どうしよう、
 再び戸が開いたのは間も無くだった。
 露子はその時嫌われると思った。地獄よりも酷い無の世界だ。
 けれど、
 、
 心配だった。
 濡れていて着替えしていた自分より、更に深く濡れた少年の心配。所詮、保険医の仕事といえばそこまでだけど。
 ともかく保険医は優しい指先で、水で重い服を脱がせていく。
 青い恥ずかしさで身を焦がしたのはその時。
 彼女が好きという残酷に、全てを委ねたのもその時。
 白い肌に、意味も無く指が食い込む。
 痕に触れた。


◇◆◇

 此処に居るの、
 忘れないで、僕は、
 欲しくて。ゆっくりとうずまりたい。欲しい。
 思春期と依存。

◇◆◇


 心では何も殺せなかった。父を終わらせたのは物理だ。
 では引き止められなかったのは、心か物理か、いやもうすでに、鋏で断ち切られていたか。嗚呼、何故ここまで普通なのか、狂いは何処にあるというのか。
 、
 自分?灯台の下?
 、
 ならば、今に届くようずっと、あの人と抱擁を。赤子が帰るように抱擁を。そうすれば、分かれる事も無かった。
 目を閉じれば、思い出としてそれが甦る。むず痒い鮮烈は、しっかりと残っている。
 耳元で何か囁かれる都度、びくりと、弱いモノとして震え上がっていた。喜びがあった、従属があった、居たい、彼女と、ずっと――そう言葉を並べもして
 子供の夢は呆気なく打ち捨てられたのだけど。
 いくら目を凝らしても、父の遺体があるだけで、彼女は現れない。なのに目を閉じると、甦るのだ。
 灰暗い希望が足元にある。
 でも、目前にある絶望へ、音も無く叫んでいる。消えてしまった彼女へ、全身を音にして、ひたすらにひたすらを重ね続けて、
 届くように、
 、
 けど、
 今此処にある者に、叶う訳無く。
 唯物事が普通に、唯希望だけが此処に。その中で。
 露子の声が、しばらく、狂うように行われていた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月16日

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