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『Ghost Valentine's Day 』
蓮巳・零樹2577)&言吹・一子(2568)

 ほとんど。
 滅多に。
 いや……全然と言っても過言ではないくらい客が来ない言吹一子(ことぶきいちこ)の骨董屋に、そのアンティークドールが持ち込まれたのは、三週間も前のことだった。
 建物に人払いの術など施し、店のくせに商売気のないこの骨董屋には、例に漏れず、怪しの道具が陳列されているが、その中においては、人形は、むしろおとなしい物の部類に含まれた。
 特にタチの悪い念が詰まっているというわけでも無さそうだし、見た目にも大切にされて、古さの割には、よく手入れが行き届いている。
 お値段は、まともに買えば、ゼロが六個は並ぶというとんでもない代物だが、こんな古道具の辺境くんだりまで流れてきたところを見ると、相続争いだの何だのに巻き込まれた過去もないのだろう。
 そう。おとなしかったのだ。人形は。
 2月14日、セントバレンタインデー。
 一部の者にとってはおめでたいはずの、実は菓子屋の陰謀渦巻く、今日この日を迎えるまでは。

「今日は特別なの。今日に、絶対に渡さなければならないの。ねぇ、手伝ってよ。彼にチョコレート渡したいの。手伝ってくれる? 手伝ってくれるわよね? こんな可哀相な女の子の幽霊、ほっぽいて遊び歩くなんて、出来るはずがないわよねぇ……ちょっと聞いてる?」

 朝っぱらから、ずっとこんな調子なのである。
 どうやら、人形の元々の持ち主の霊が、とり憑いていたらしい。何か居るな、とは、一子にもわかっていたが、害が無かったから歯牙にもかけなかったのだ。
 が、しかし、おとなしかったのはタダの演技で、実は、虎視眈々と、2月14日が訪れてくれるのを、今か今かと待ち続けていたらしい。
 一子は、初め、目を閉じ耳を塞ぎ、人形の訴えを無視することにした。
 猫は基本的に面倒が嫌いである。それは化け猫の一子とても例外ではない。命令されるのも嫌いである。化け猫なら、なおさら気に食わないに決まっている。

 だが、幽霊の少女の根性は、大したものだった。

 機関銃のように、自らの可哀相な境遇を訴えること、一時間半。ついに一子は観念した。耳を塞いでやり過ごす方が、どえらい苦労だという事実に、遅まきながらも気付いたのである。
 心を決めると、一子の行動は早かった。
 さすが猫。
 そして、意地悪でもあった。
 さすが妖猫。
「わかりました。僕の友人に、人形のエキスパートがいます。彼を巻き込み……ではなくて、協力してもらいましょう。なに、大丈夫ですよ。性格は悪いけど、腕は確かです。態度もでかいけど、顔は良いので鑑賞には大いに耐えます。あなたも、どうせ引きずり込む……ではなくて、手伝ってもらえるなら、不細工より綺麗な方が、良いに決まっていますよね?」
「それは真理だわ」
 人形は満足そうだ。
「決まりです」
 こうして、性格は悪いが腕は確かで、態度はでかいが顔は綺麗な人形使いが、哀れにも、この騒動に巻き込まれることとなったわけである。



「だから、どうして、僕に話を振るんだよ」
 蓮巳零樹(はすみれいじゅ)が、面白くもなさそうに、腕を組む。
 この綺麗な顔で、不機嫌も顕わに睨まれたら、大抵の人間は気後れがしてしまうものだが……一子には、そんなもの、痛くも痒くもない。
「なに言ってるんですか。人形のエキスパートが。困っている人形がいるんですよ。助けてあげるのが、人の道というものでしょう」
「どうせ、手に負えなくなって、僕も巻き込みに来ただけだろ」
「そこまでわかっているなら、話は早い。さぁ、努力を惜しんではいけません。頑張って下さい。ここが腕の見せ所です」
 人形を、零樹の腕の中に、そっと横たえる。にっこりと微笑んだまま、一子はくるりと回れ右をした。逃げようとした襟首を、すかさず零樹が掴んだ。
「ちょっと待ちなよ。どこ行く気?」
「猫は自由気ままな生き物なのです。行き先を尋ねるなんて、無粋ですよ」
「ああ、そう。無粋大いに結構さ。逃げる猫をとっ捕まえるのに、品良く振る舞ってはいられないからね」
 零樹に吊り上げられた格好のまま、一子は、大きく溜息を吐き出した。
「本当に、可愛げなく成長しましたねぇ……。誰の影響でしょうか……」
「わかっているのに、聞くんじゃないよ」
「聞きたくなるのが、人間の心理というものです」
「人間じゃないくせに……」
「細かいことを言う人は、将来、大物になれませんよ」
「こんな曲者の化け猫を吊り上げている時点で、僕は大物だと思うけどね」
 ともかく、人形……もとい幽霊の、「バレンタインデーにチョコレートを彼に渡そう大作戦」が始まった。



 彼にチョコレートを渡すの!
 と、大いにはりきっていた割には、人形は、肝心のことを何ひとつ覚えていなかった。

「君の名前は?」
 わかんない。
「住所は?」
 覚えてない。
「電話番号は?」
 知らない。
「彼の名前は?」
 何だったっけ……。

 どうしろというんだ。
 零樹は唸った。思わず、こめかみに手を当てる。頭痛がしてきた。
 だいたい、自分の電話番号を知らないって、どういうことだ? お前は幼稚園児か!?
「何か覚えていること、ありませんか?」
 一子が尋ねる。人形が答えた。
「彼は美形だったわ」
 ああ、そうかい。
「背が高くて、運動神経が良くて、成績もすごく上位だったの」
 なんで、そんなくだらないことを覚えているのに、自分の名前もわからないんだ?
「顔を見ればわかるわよ。あ、この人だって」
 日本の人口は、約一億二千万。男性比率は、約半分。
 現在時刻、午前9時30分。
 タイムリミットの深夜0時までの14時間30分の間に、六千万人全員と会わせろと言うのか。この人形は。
「何か思い出してもらわないと、困りものですねぇ……」
 どこか呑気な一子の声を背中に聞きながら、零樹は、何だか、人形と猫と両方の子守をしているような、そんなやるせない気分になってきてしまうのだった。
「一子……。キミも少しは努力の痕跡を見せなよ……」
「猫は怠け者なのです。これは一般常識ですよ」
 


 相手に会える会えないは別として、チョコレートだけは用意した。
 零樹と一子が根気よく情報を引き出したおかげで、少し、わかってきたことも増えてきた。
 が、しかし。
 とにかく時間がない。
 少し待ってくれと、時計に叫んだところで、絶対に、針は止まってはくれないのだ。気付けば、午後11時を回っていた。
 霊の少女が通っていた学校までは、突き止めた。更には、学校に忍び込んで、実際に少女に中の様子を見せて、お目当ての彼がいた教室までも、確定できた。
 だけど、時間がない。
 教室がわかっても、そこから「彼」の住所氏名を割り出すのは、困難だった。もっと手間をかけても良いのなら、一つ一つ、名簿でも虱潰しに当たっていくという方法が有効だが、それをしていたら、確実に、約束の時を過ぎてしまう。
「この際、15日にもつれ込んでも、良しとする?」
 蓮巳零樹が、相棒を振り返る。黒猫の化身は、仕方ないですね、と、軽く肩をすくめた。
「学校侵入の前科持ちがいる間に、このクラスの名簿を盗んで来るとしましょう。職員室にならありますよね。頑張って下さい。零樹」
「他人事のような顔して、僕に全て押しつけようとしても、無駄だよ。忍び歩きなら、一子兄さんの方が得意だろ。ほら行くよ。僕は無料奉仕と時間外労働は、極力、しない主義なんだ」
「認識不足です。零樹。猫は足音を立てますよ。観察がなっていませんねぇ……。まだまだです」
「誰を観察しろって? 一子兄さんのことかい? 何なら、もう一回、一緒に風呂に入ろうか? 女に化けてくれるなら、じっくり観察してやってもいいけどね」
「本っっっっ当に、可愛げなく育ちましたね……。こんなに歪んで……。お兄さんは悲しいですよ」
「幼い時分から、タチの悪い化け猫に弄ばれてきたからね。教育の賜さ」
 


「あの…………もういいです」



 延々と続くと思われた軽口の叩き合いに、遠慮深げに割り込んだのは、人形にとり憑いた幽霊だった。
 いいです、の、何が良いのか、意味がわからず、二人は同時に沈黙する。幽霊の少女は、胸の前で両手を組み、何やら感慨深げに瞳を閉じ、一人納得したように、うんうんと、何度も何度も頷いてみせた。
「お二人が、どんなに強い絆で結ばれているか、今日一日で、本当によくわかりました」
 零樹と一子が、思わず顔を見合わせる。二人とも、完全に、少女の突飛な思考回路に、脳が置いてきぼりを食らっていた。
「私のために、これ以上、ご迷惑はおかけできません。二人ともこんなに想い合っているのに……貴重な二人きりの時間を無駄に使わせて、ごめんなさい。まだ間に合います。一子さん、チョコレートを零樹さんに渡して下さい。私、自分は渡せなくても…………お二人のその姿を見たら、成仏できそうな気がします」

 おい。
 ちょっと待て。
 
 恐ろしい予感が、二人の背筋を這い回る。
 この人形、何か凄まじい勘違いをしてはいないか?

「一子さんが、羨ましいです。同じ女の子として……。こんなに格好良くて、自分のことを想ってくれる彼氏がいて」
 あえて、注意書きを入れておこう。
 一子は男である。見た目は百パーセント女だが、性別は、男である。もちろん、男好き、などという不毛な趣味も持ち合わせてはいない。
 そして、当然のことながら、零樹も普通の健康な男だ。オスの化け猫に惑わされるなど、あり得ない。
 いったい、どこをどう引っかき回したら、そういう結論に達するのか。
 謎である。
 ものすごく。
「さぁ、お二人とも! 私に遠慮せず、チョコレートをどうぞ!!」
 きらきらとした眼差しで、少女が、二人を見つめる。恋は盲目とはよく言ったものだ。この迷惑幽霊、自分の感情にイッパイイッパイで、全然、全く、何にも、見えていない。

「こっ……こう来るとは、予想外だった……」
「……どうします?」
「一刻も早く成仏してもらうためだ……。背に腹は代えられない」
「人間、観念と諦念が肝心です。甘んじて受けましょう。……不本意ですが」
「それは僕の台詞だよ……」

 引きつった笑顔のまま、一子が、どうぞ、と、可愛らしくチョコレートを零樹に手渡す。
「ありがとう」
 零樹が、やはり、引きつった笑顔で礼を述べる。
「はい! そこで手を繋いで!!」
 幽霊少女から、指示が出た。二人が、しぶしぶと、手を繋ぐ。
「零樹さん! 照れちゃ駄目です! 恋人なんだから、肩くらい抱かなくてどーするんですか!!」
 違う…………何かが違う。
「一子さん! そこで首傾けて、零樹さんに甘えて下さい!!」
 この時、一子は、猫の姿に戻って、いつまでも、どこまでも、逃走したくなったそうである。

 一通り、少女好みの「恋人同士の絵」が出来上がると、彼女はとっても満足した様子で、しまいには涙まで流して、ありがとう〜を連呼しながら、本来あるべき場所へと還っていった。



「終わった」



 そう。終わったのだ。決して心地良くはない疲労感が、どっと押し寄せてくる。何よりも精神的に疲れ切って、その場に座り込みたい気分だった。
 が、この恐ろしい記憶をスッパリと忘れ去るためにも、ここから、一分一秒でも早く、離れたい。
 二人は、とぼとぼと、帰途に着いた。
 この光景を、実は、彼らの知人が見ていたとか見ていなかったとか…………。
 それは、また、別の話でもある。





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2004年02月16日

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