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『師匠と呼ばせて! 』
夕乃瀬・慧那2521)&真名神・慶悟(0389)


 新年のおサル捕獲大作戦以降、夕乃瀬慧那(ゆのせ・けいな)は浮かれていた。
 そう、まさに浮かれていたといって良いだろう。
 机の上にあるおサルの像を見ながら頬が緩むのを止められない。
 その理由はと言うと、祖父の逝去以来ずっとずっと捜し求めていた陰陽師の師を探していたのだが、おサルを捕獲しに行った神社で偶然陰陽師の真名神慶悟(まながみ・けいご)という青年と知り合えたからだ。
 新年の運試しに行った先で慶悟に出会ったのはもう、運命……きっと祖父の導きに違いない。
「絶対、真名神さんに師匠になって貰うんだ!」
 えいえい、おー!と、慧那は誰も居ない部屋で気合を入れた。
 母親のクローゼットの中からこっそり拝借してきたデコルテのあたりが大きく開いたシックでドレッシーなワンピースと母の一張羅であるリアルラビットファーのコート。
 髪をそれっぽくアップにして、今までしたことがないので見よう見真似でしっかりフルメイクまでしている。
 ドレッサーの大きな鏡に映った慧那の全身はまだまだ幼さの抜けない彼女には違和感ありありの姿だった。
 一体ぜんたいなぜ慧那がそんな奇天烈な格好をしているかという理由を説明するには少々時間を
遡る必要がある。

 とにかくもう1度どうしても慶悟に会いたくて―――慧那は自分が持ち得る限りの人という人に真名神慶悟という人物についての情報を得ようと東奔西走した。
 だが、慧那の祖父の代でほぼ陰陽師としての家業は廃業となってしまったため、慧那には当然そっちの筋からの情報は望めない―――まぁ、そちらの筋に知り合いが居れば、もっと早くに師匠と呼べる人に出会うことができたのだろうから当然といえば当然なのだが―――そのため、慧那が得られるのは女子高生の口コミ情報だけだ。
 だが、普通の女子高生に陰陽師などという特殊な職業の知り合いなどそうそう居るわけもなく、もう半分諦めなければいけないのかと思い始めていたときだった。
 それが以外にも身近なところから情報が飛び込んできた。
 友達専用の着メロが鳴り携帯に出た慧那の耳にその台詞が飛び込んできた時は慧那も一瞬耳を疑った。

『慧那ちゃんが探してる人ってあの陰陽師のお兄さんだったんだね〜』
「え!? 知ってるの?」
『うん。あたしも会った事あるもん。あたしの友達の知り合いなんだって』
「本当に!?」
 友人の友人が知り合いらしく、慧那が慶悟を探しているらしいと聞いてその友人から慶悟が普段現れそうな場所をいくつか聞いてきてくれたのだという。
『草間興信所とかにも時々ふらっと来るらしいんだけど、しょっちゅう顔を出してるバーがあるらしいからそこに行けば会える可能性が高いって言ってたよ』
「お願い! そのそのバーの場所教えてっ!!」
 きっと電話の向こうでは友人が電話を当てていた耳を押さえて顰め面をしていることくらい普段の慧那なら簡単に想像できただろうし、友人をそんな目に合わせるような大きな声を出すことなど滅多にない―――。
 まぁ、そのくらい、『普通』の状態ではなかったわけなのだが。
『そう言うと思ってばっちり聞いてきたよ♪』
「ありがとうっ!」
『じゃ、これから慧那ちゃんの家に行き方描いた地図FAXするから』
 バーの場所を描いた地図などが両親の目に触れては大変だと、携帯電話を持ったまま慌てて1回のFAXのところまで慧那は急ごうとして、重要なことを思い出した。
「――――ちょっとまって!……その地図って……誰が描いたの?」
『え? 友達だけど』
 電話の向こうの友人はとても気さくで元気で気が利く良い子なのだが、いかんせん絵心にはとても不安があることは本人以外には周知の事実であった為、慧那はその返答を聞いて胸を撫で下ろした。
 とにもかくにも、そうやって届いた地図を持って慧那は両親に見つからないように再び2階に上がった。
 地図を見ると、慧那の自宅からも電車を使えば行けそうな距離である。

「う〜ん、バーかぁ」


■■■■■


 そんなわけで、偶然といえば偶然、情報を得て慧那は慶悟に会うべくバーに行く為に頑張って少しでも『大人』に見えるように……というのも慧那がそんな格好をした理由のひとつでもあっったが、もうひとつ理由があった。
 慧那とて全く何にも気付かない無知で愚鈍……愚鈍ですめば良いが、犯罪級に鈍感な人間というわけではないので、おサルの一件の時に慶悟が慧那と組むことに対してあまり乗り気でないような様子だったのはきっと慧那が陰陽師に毛が生えた程度の半分素人同然だったのもあるだろうし、慧那が子供子供していたせいもあるということくらい判った。
 陰陽の業については一人ですぐにどうこうなれるものでもなかったので、せめて少しでも子供っぽさを減らして大人っぽく振舞えば少しは慶悟の弟子になるという野望に近づけるのではないかと思ったからだった。
 路地裏に近い薄暗い道の少し階段を降りた半地下のような判り難い所にバーの入り口がある。
「よし!」
 小さく呟いて、気合を入れて慧那は 慣れない細くて高いヒールの靴―――これもお母さんのものをこっそり拝借してきた―――によろよろヨチヨチとおっかなびっくりその階段を降りてバーの入り口にまずは立った。
 きょろきょろとあたりを見回し、人が居ないことを確認してから、慧那はおもむろにカバンの中から慧那の唯一の味方(?)を取り出した。
 人型に切ってある真っ白い紙。
 慧那が使える唯一の式神―――紙人形である。
「いい、中に真名神さんが居るか確認してきてね」
 小さく印を切ってその式神をバーのドアの隙間に滑り込ませる。
 待っている間、慧那はいつ式神が手や足、頭を隙間から滑らせて戻ってきてもすぐに気付くようにしゃがんで入り口のところをじっと凝視していた。
 待っている間、一人として他のお客さんが来なかったのを慧那はひとえにラッキーだと思っていたが、本当はあからさまに背伸びをして似合わない格好をしている少女がバーの入り口にしゃがみこんでいる姿があまりにも奇異として人の目に映ったため皆見てみぬふりをしていただけなのだが……。
 そして、待つこと数分。
 こっそり入ってこっそり出てきた式神は、
「ど……どうだった?」
と主である慧那に聞かれて、短い腕でぎこちなくも精一杯『丸』を作った。
「……よ、よーし。慧那ふぁいと!いっぱーつ!」
 某ドリンクのような掛け声を自分にかけて慧那はドアノブに手をかけてゆっくりとまわしながら―――ドアを押した。


■■■■■


 カランカラン……


 ドアの内側に取りつけられていた鐘が小さく鳴った。
 行き付けのバーで一人カウンターに座り、いつものように水割りと肴をちびちびとやっていた慶悟はその音に気付き何気に視線を入り口に向けた。
 知人か、全く見たこともない客か、それとも……。
 別に一人で飲んで居ることに飽きたわけでもないが、こうやって予定もなく一人で飲んで居ることにも少し飽きて居たのかもしれない。それとも、単なる条件反射だったのか。
 まず慶悟の目に飛び込んできたのはハイヒールを履いた華奢な足首。
 その足が妙にふらふらとした足取りでゆっくりと階段を降りる。
 自然と慶悟の視線が徐々に上に上がっていく。
 階段を一段一段降りるたびに揺れるスカートの裾。
 艶のあるファーコートの前はきっちり閉まっていて―――次の瞬間、慶悟はそのまま固まった。
 何だったら半分くらい瞳孔が開いているのではないかと思うくらい見事な硬直具合だった。
 ファーコートのせいで体のラインは見事に隠れていた為、その顔を見るまで慶悟が全く気付かなかったのは、酔っていたせいにしたい。
 したかったが―――足取りがふらふらしていたのは酔っていたせいではない……ただ単にハイヒールを履いて歩くということ事態に慣れていなかったせいだと、今となっては慶悟もはっきりと断言できた。

 
「真名神さん!」
 慧那が声をかけても真名神は全く反応を返してくれなかった。
 あきれられて無碍にされているのかと慧那は凹みかけたが、ここで凹んでいる場合ではないと、いつぞやのように、
「真名神さん。やっぱり私、真名神さんに師匠になって欲しいんです! 一生懸命頑張りますから、だから弟子にしてもらえませんか? おねがいします」
 そう言って慧那はめいっぱい頭を深深と下げた。
 束の間の沈黙―――慶悟が大きく息を吐いて、そして、
「俺の方から連絡をするから」
と言った。
「ホントですか!?」
「あぁ、ホントだ。ここじゃなんだから……」
 そう言って慶悟はペーパーナプキンに胸ポケットから取り出したボールペンを渡してきた。
 慧那はうきうきと喜びを隠し切れない様子で自分の名前住所携帯番号メールアドレスを書き記した。


■■■■■


 後日談―――


 次に慶悟と待ち合わせたのはよく行く近くの甘味処。
 慧那はまず自分の力量―――というか、自分が出来ることだけを慶悟に伝えた。
 テーブルの上には注文したぜんざい2つと慧那が自分の力量を説明するために出した紙人形が置かれている。
 すると慶悟は、
「じゃあ、まずグラスに入った水を御してみてくれ。今の力量を見るための練習だから……少し変化を与えるだけでいい」
と言った。
 慧那はそう言われて、じっと目の前のグラスの水を凝視する。
 ……
 ………
 …………
 バシャッ!!!
 漣すらなかった水面が、突然壊れた噴水のように吹き出し……慶悟の前髪を見事に濡らした。
「ごめんなさい」
 お店の人が持ってきたタオルで慌てて慶悟の髪を吹く。
「……ま、まぁ、こういうこともあるさ」
 微妙に慶悟の声が震えているのは気のせいだろうか?
 慶悟はとりあえず落ち着くべくひとつ深呼吸をして、煙草を銜えた。
 そして、慧那が、
「あ、あたしあと火はもうちょっと使えるかも!」
「え? あ、おい……」
 失敗を挽回しようと必死な慧那は慶悟が止めるまもなく、今度は煙草に意識を集中させた。
 そして―――
 慶悟の煙草の先が唐突に火を吹いた。
「キャ!!」
「うぉ!!」
 煙草は猛然と燃え上がりその火は勢いあまって慧那が出していた紙人形に燃え移った。
「キャ――!! ごめんなさいごめんなさいぃ―――――!」
 店の中は一瞬のうちに騒然となった――――


 とりあえずは時間をかけて練習だな……と、火を消した慶悟が脱力したように慧那に告げた。


Fin
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月13日

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