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『天狗の沙汰 』
天波・慎霰1928

 ザアッと風が薙いで、少年が一生懸命熊手で掻き集めた落ち葉を再び散り散りに散らしてしまった。叫び声を上げて舞い飛ぶ落ち葉を追い、今までの苦労が一瞬にして無に帰した事を少年は嘆くも、風に文句を言う訳にも行かずに、途方に暮れつつ再び落ち葉を掻き集め始める。だが、その風は自然のものではなく、慎霰が天狗の翼で地面すれすれに高速で飛び、巻き起こした悪戯だったのである。勿論、少年の目に慎霰の姿は見える訳がない。楽しげな笑い声も聞こえる事はなく、黙々と熊手を動かす様子を、慎霰は一旦高い高い空へと舞い上がり、梔子色と茜色と伽羅色に染まった人の里を眺め下ろした。

 化け狸からの精神感応による連絡を受け、慎霰はその狸が住む山へと向かっている途中である。狸との遠隔会話に寄れば、仲間と化かしあいゴッコをして遊んでいたのだが、そのすぐ近くで遭難した登山者が自然に出来た室で休憩している事に気が付かず、化ける瞬間を目撃されてしまったのだそうだ。
 「ったく、バッカだなぁ。そ言うのは、ちゃんと確認してからするモンだろうがよ」
 慎霰にそう言われて、実際には見えないが、向こうで化け狸が恐縮してペコペコ頭を下げている様子が手に取るように分かり、慎霰は思わず笑い出してしまった。
 バッカだなぁと思うものの、それが慎霰の仕事である。慎霰が現場へと辿り着くと、そこには今しがた目撃した物の怪の話題で盛り上がっている男女の登山客がいた。帰る道が分からなくなり、困り果てていた事実など、すっかり忘れ去られているようだ。
 「…ま、いっか。よう、お二人さん!」
 慎霰は、まるで旧知の友人であるかのよう、気楽な調子で声を掛ける。振り向いた登山客が、目の前の少年を認知した瞬間、驚きでその目が見開かれた。何故なら、姿形は普通の元気な少年なのだが、その背中には黒い鴉のような翼があり、なにより先程まで人の気配なぞ全くしなかった所から不意に現われたからだ。驚き、絶句する彼らには構わず、慎霰は人好きのする笑顔で登山客の方に歩み寄る。
 「悪いけどさァ…ま、犬の糞でも踏んだかと思ってさ?」
 何の事か、と登山客が訝しげな表情をしたのを見て、慎霰が笑う。両手を彼らに向けて差し伸べ、片手ずつで二人の目元を覆うようにした。
 「俺の姿はサービス♪ どうせすぐに忘れるんだしよ」
 そう言った瞬間、慎霰の掌から眩い光が溢れ出た気がした。実際は、精神干渉の力が、そう言った形で人の目には映っただけなのだが、それを認識する事もなく、登山客は先程まで見た全てを、その脳裏から消し去られてしまった。
 呆然と目を見開いたまま、ゆらゆらと頭を揺らす彼らに笑みを向け、慎霰は自分の後について来る様に指示を下す。糸の見えない操り人形のよう、彼らはゆらりと緩慢な動作で立ち上がり、歩き出す。
 「んじゃ、ここを真っ直ぐ行けば普通の登山道に出るから。お前らは道には迷わなかった。最初からその登山道を歩いていた。今から二十歩歩いた後、お前らは意識を取り戻し、何事も無かったように下山していくだろう」
 まるで予言のような言葉だが、その言葉には力が籠められていた。覚束ない足取りで歩き出した二人の登山客は、慎霰が言ったとおり、二十歩後にはしっかりとした足取りに戻って、そのまま山を降りていった。

 やれやれとばかりに自分の手で肩を揉むと、慎霰は再び空へと舞い上がろうとする。その時、先程の登山道を数人の人間が登って来る事に気付いた。この山は、中腹までは傾斜もなだらかで、本格的な登山から気軽なハイキングまで、幅広く楽しめる山だった。今、坂道を登って来る若者達も、その後者であるらしい。足元は一応スニーカーだったりアウトドアシューズだったりするが、その身なりはいずれもトレーナーにジーンズなどの軽装だ。勿論、これでも妙な所へ紛れ込みさえしなければ何ら問題は無い。だが、慎霰が気にしたのはそんな所ではないのだ。
 「天狗ぅ?」
 明らかに馬鹿にしたような響きで、それを声に出す。ぴくり、と慎霰の眉が引き攣った。
 イマドキの若者は、心霊スポットやオマジナイ等はある程度信用していても、天狗のような如何にも物語的な怪異は信用するに足りないらしい。それは、慎霰を初めとする天狗の一族が、己らの存在を悟られないように用心深く立ち回った努力の結果なのだが、そんな事を人間達が知る由もなく。天狗の存在を、迷信だ、馬鹿らしいと笑い飛ばす若者達を前にして、慎霰がひっそり握りこぶしを固めている事も、当然気付く事はなかった。
 『いかん、冷静にならねェと…知らねェんだからしょうがねェ、なんも分からんクソアホガキに怒っても、ムダなだけ…ここは俺がオトナにならねェとな』
 慎霰と言えど、自分を慰める術は心得てはいるようだ。…ただ少しリミッターが切れるのが早いだけで。だが慎霰とて天狗の一員、幾ら馬鹿にされたとは言え、そう簡単にキレる筈は無かった。が、若者の一人が、歩きながら食べていたハンバーガーの包み紙を、ぽいっと無造作に山の中に捨てた事にはさすがにカチンときた。慎霰は人差し指と中指を揃えて立てて片手を上げ、素早く振り下ろす。巻き上がった風が一枚の枯れ木の葉を吹き飛ばし、ぺし!と今しがたゴミを捨てた若者の顔面を叩いた。
 「イテっ!」
 「馬鹿だなぁ、それぐらい避けろよ」
 若者達の可笑しげな笑い声が響く。木の葉がヒットした若者も、首を捻りながらも笑っていた。だが、木の葉程度ならまだしも、次に空き缶が吹っ飛んできて、額にクリティカルヒットした時には、さすがに心配そうな表情になった。
 「おい、大丈夫か?寝ぼけてんじゃないだろうな?」
 「…ああ、うん……」
 額を撫でながら、若者は訝しげに首を捻る。次の瞬間、物凄い強風が一瞬だけ吹き荒び、それに足を取られた若者の別の一人が、ものの見事に前方にすっ転んだ。しかも、その若者の意思ではなく、何かに操られるかのよう、両腕が伸びて前を歩いていた男のズボンを引っ掴んで(と言うか掴まされて)から転んだのだ。しかも不幸な事に、掴まれた若者はと言えば、ジーンズを腰履きしていた為、当然それは足首辺りまで引き摺り下ろされて、みっともない恰好を晒す羽目となる。
 「うわっ、なにすんだよ!」
 「わ、悪ぃ…んだけどよ……」
 転んだ若者は何か言いたげだったが、何かに操られたような気がした、なんて言っても信じて貰えそうに無かったので、そのまま口を噤んだ。それを見ていた慎霰が、にやりと口端で笑う。再び二本の指を揃えて伸ばし、空に向けて振った。
 バラバラバラ!と音を立てて上空から何かが落ちて若者達の頭を攻撃する。悲鳴を上げて若者達が逃げ惑い、それが収まった頃に何事かと確認すれば、それはドングリだった。
 「…なんで、こんな急に、沢山の数のドングリが…?」
 ぞくっと若者達の背筋を冷たいものが這う。最早、自然現象の域を超えていた。だが、慎霰の勢いは止まらない。小さな横笛を取り出すと軽快な曲を奏で始める。その音色は人の可聴音域ではなかったが、人の無意識に働き掛ける事は可能だった。
 「う、うわわ!」
 素っ頓狂な叫び声は、最後尾を登っていた若者だ。声に驚いて皆が振り返った瞬間、その瞳の全てが驚きで瞬かれる。叫び声を上げた若者が、くるくるとバレリーナのように回転しながら、坂道をするすると登ってこようとしていたのだ。
 「な、なんだよ、これ!」
 「助けてくれー!か、身体が勝手にー!」
 「うわぁッ、近付くなー!」
 口々に叫んで恐怖に駆られた若者達が、我先にと駆け出して山を降りていく。その様子を見送って、慎霰が腹を抱えてげらげらと大笑いしていた時だった。
 「いい加減にしろ!!」
 「ぎゃあッ!?」
 ガツン!と力任せに振り下ろされた拳が、慎霰の頭の天辺に炸裂する。まさに目から火花が散り、慎霰はその場に蹲って痛みに呻いた。
 「せ、先輩…ひでェ、手加減っつう言葉の意味、知らねェっしょ……」
 「煩い。おまえなぁ…やり過ぎだっつうの。天狗の里の掟、忘れた訳じゃねえだろ?」
 じろりと睨みを効かされ、慎霰は涙目で先輩天狗を見上げた。

 その後、先輩に連れられて帰った隠れ里で、慎霰は罰として、次から次へと落ちる落ち葉を掻き集める仕事を一人でさせられた。集めたかと思うと先輩達が悪戯を仕掛けて落ち葉を宙へと舞い上がらせてしまう。その度に、笑って空へと逃げる先輩達に怒鳴り返しながら、慎霰は途方に暮れつつ、長老の許しが出るまで黙々と手を動かすのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月13日

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