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『情けは人の為ならず 』
刀伯・塵1528)&葵(1720)

 がやがやと言う喧騒が通りを絶え間なく包む。
 アルマ通りはソーンの中心的通り。建物と物資と人が集まり、そしてざわめく場所だ。
「どこでも変わらないねぇ、こういう場所は」
 刀伯・塵(とうはく・じん)は深深と息を吐き出し、こきこきと首を鳴らした。おっさん臭いというなかれ、立派におっさんなのだからしょうがない。
 塵がこの土地に何故だか知らないが流れついてから結構な時間が立っている。
 帰りたいというその願望は隠居と同じほどに未だ強いが、その願望が現実のものとなる可能性が低いと言う認識も、やはり隠居願望同様になってきている。
 どうやって着いたのかも分からないのに、どうやって帰るかなどわかるわけもない。
 隠居なんぞさせてもらえないのに隠居したいと切望する。同じようなものであろう。
 尤もそれを認識できるようになったのには多分に『慣れ』が関係している。少々時間はかかったが、この世界に大分なれてきたおかげ様で、前ほど滂沱の涙を流しつつ嗚呼中つ国へ帰りたいと喚く回数が減ってきたのである。
 結構哀れな中年だ。
 さてその哀れな中年は特にすることもなくブラブラとアルマ通りを歩いていた。日常特にやる事もない辺りは或る意味隠居願望がかなっているとも言うのだが、縁側で渋茶に膝猫肩は孫という隠居の理想図式からは隔たっているため塵に自覚はない。
 店を冷やかしつつ、食料などを買い込んで、塵は人の流れに流されるままに歩を進めた。
 天気はすこぶるいい。生まれ育った土地でも時代でもなくとも、空の色はかわらないのだなとほのぼの思いながらそのまま広場へとでると、そこに一際目に付くなんだかよくわからない物体を見つけた。
 太い指で顎などしゃくりつつ首を傾げる。
 広場の片隅にそれはあった。あったと言うかいた。まああったでも間違いはないような風情ではあったが。
 見事に真緑の髪の青年がその場でぽやんと天を見上げて口を開いている。
 見れば中々に整った甘い顔立ちの青年なのだが、その全くと言っていいほどしまりのない顔がその資源をものの見事に崩壊させていた。
 変なものを見たなあ、で済ませてその場を立ち去れるようなできた人間であったなら、そこらじゅうに養子を抱えるような事もなかっただろう刀伯塵30歳。夢は猫と渋茶と孫の肩叩き。
「何をしてるんだ?」
 真緑の髪の青年はすぐには反応はしなかった。かくんと天を見上げていた首を戻し、続いて塵へと視線をうつす。その間20秒オーバー。実にスローである。
「……光合成」
「あ?」
 光合成。緑色植物が光エネルギーを用いて行う炭酸同化作用。普通、二酸化炭素と水から炭水化物と酸素がつくられる。明反応と暗反応から成る。ひかりごうせい。
 行うのは緑色植物であって人間ではない。
 なんかちょっと逃げちゃ駄目かなーと言う意見が塵のココロの中の三つの人格の内の一つから囁かれたが、残り二つとの多数決によって棄却される。
「いや、一体どうした? こんな所に座り込んで?」
「だから光合成」
「いやそうじゃなくてだな」
「ああ」
 漸くわかったというように青年はポンと手を打った。
「迷子なんだ」
 何故光合成の前にその単語が出てこないのか、暫く悩んでしまった塵だった。

「と言う訳だからどーにかならないか?」
「いや行き成り上がりこんでこられてというわけとか言われてもわかんないんだけど」
 シェリル・ロックウッドは実に胡乱な目で、塵と葵(あおい)と名乗った光合成青年を眺めた。塵は顔見知りではあるが、だからといってその頭の中まで見通せるわけでは断じてない。そんな特技があったならこんなところでちまちま店なんぞ経営せずに預言者として売り込みをかけているところである。
「いやコイツが迷子でな」
「迷子預かり所じゃないんだけどうちの店」
「いやもう少しなんつーか根源的な意味でだな」
「根源的な意味での迷子って何よ?」
「人生の指針とか以後の展望とかについてなんだが」
「あんたいつから怪しい宗教はじめるようになったのよ?」
 塩でも撒きそうな顔になったシェリルに『違うっ』と塵が怒鳴る。
 会話の流れからいくと全然違わない。
「そうじゃなくてな。これからどうしていいかわからんと言うんだ! 俺にもわからん!」
「んな情けないこと威張って言うんじゃないわよ!」
「だーかーらー二人でわからなくても三人居れば分かるかもしれんだろうが! 枯れ木も山の賑わいとか豚もおだてりゃ木にも乗るととかだな!」
「……塵……それを言うなら三人寄れば文殊の知恵……」
「もうおそーい!」
 そして塵は人生を後悔した。

「で、だからつまりあたしに塒とか仕事とか探して欲しいと」
「ああ……」
 葵がこっくりと頷く。その脇では見事に顔を腫らせた塵が暖炉の木炭を拾ってきて床に写経などしている。
「まあそこの親父は兎も角、そう言う話なら相談に乗らないでもないけど」
 そこの親父を静めた黄金の右拳を開き、シェリルは手元にあった帳面をパラパラと捲る。
「職種に希望は?」
「いや……そもそも僕は何故ここにいるのか自分がどんな存在なのかもよく分からない……」
「いや怪しい宗教はもういいから」
「宗教じゃないんだが」
 最早決め付けているシェリルに何を言ったところで無駄である。それ以前の問題として未だ塵の与えた不機嫌がとれきっていないのだから聞いちゃくれない。
「えーと特技は水芸と光合成ね。そーすっとここかしらねー」
 ひらんと帳面から一枚の紙を抜き取ったシェリルは葵にそれを示した。が、
「……すまない、読めない」
 まあソーンの住人でない見事な次元の迷子なら仕方がない。言葉が通じるだけめっけもんである。
 シェリルはきょとんと目を瞬かせて、次の瞬間にまりと笑った。
「えーとそこの親父が場所なら分かるはずよ」
 そう言ってシェリルはその紙にさらさらとペンを走らせた。どうやらサインをしているらしい。
「これもって、それに案内してもらえばいいわ。じゃ、そういう事で」
 物理法則に逆らった怪力を持って、シェリルは床に阿弥陀経を書ききって更に般若心経へと移っていた塵を摘み上げ葵共々店の外へと追い出した。

「おらああ! なぁにやってんだ新入りい水が足りねえぞ水があ!」
「おらそこサボってんじゃねー! とっとと磨けやあ!」
 怒号響き渡る。
「……何でこんなことになってんだ?」
「……わからない」
 ぶうぶうという豚の鳴声もまた喧しい。
 二人は水をまき床を磨く大掃除の真っ只中であった。

『掃除その他代行可能。特技、怪力と水芸。シェリル』

 行かされた先はアルマ通りにある白山羊亭。
 立派な何でも屋としての、人生を二人は果敢に歩み出していた。

 情けは人の為ならず。そして己のためにもあんまりならないと言う証明のような出来事であった。
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聖獣界ソーン
2004年02月12日

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