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『ガトーショコラのレシピ 』
倉前・高嶺2190)&倉前・沙樹(2182)

「……非生産的だな」

ぽそり、と。
呟くのは艶やかな黒髪を腰の辺りまでまっすぐに伸ばしている、やや気が強そうに見える少女。
その呟きを聞いたのか、聞いていないのか――少女の隣に立つ、肩につく辺りで髪を切り揃えた優しげな外見の少女が18センチか21センチの型か、と聞いてくる。

「……どちらでも同じだろう」

知らず知らずの内に、倉前・高嶺の眉間に皺が刻まれていく。
周りは楽しげなクラスメイトたちで溢れているのに自分だけが浮き立てない。
出来うるのならば、今回の調理実習は――そう、授業でさえなければ――サボってしまいたかった。
保健室で勉強するのでも図書室で本を読むのでも良いから。
だが、サボろうとしている内に隣に立つ――従姉妹である、倉前・沙樹に捕まってしまい、不本意ながらこうしている訳で。

先ほど呟いた声よりも大きな溜息が出てしまいそうなのを、どうにか高嶺は押さえる。

「うーん、どっちも同じかなあ? でもね、皆でで食べるなら大きい方が良くない?」
「…そう思うのなら21センチにすればいい」
「そうね……」

上の空で沙樹が答えるのを聞きながら、高嶺は忌々しげに黒板へと視線を走らせた。

黒板には大きく、だが達者な文字で。

「本日の実習:ガトーショコラ。家族で食べても良い様に大きな型で綺麗に焼くこと」と書いてあった。

……何故に世間にバレンタインと言うものがあるのだろう。

誰に聞いても、きっと答えられないだろう事を――高嶺は考えつつも、未だ悩む沙樹の為に18センチの型と、材料を取った。



                    *****


・ガトーショコラを作るには。

まずはメレンゲを作るための卵白3個分とグラニュー糖を60g。
無論下準備も忘れずに。
薄力粉とココアは合わせてふるっておき、チョコとバターは湯煎などして溶かしておいたり、型にはきっちりバターを塗っておく。
オーブンは焼く工程に入る前に余熱で温めておくことも重要。

「……意外と下準備が面倒だな」
薄力粉とココアをふるいにかけながら高嶺が呟くと沙樹はメレンゲを作る手を止め、
「た、高嶺ちゃんってば、そんなこと言わずに……えっと…まだオーブンへの余熱はしないでもいいのよね?」
と、高嶺へと問い掛けた。
覚えているくせに聞いてくるのは少しでも調理実習に参加してほしいと言う沙樹の思いやりなのだろうか。
苦笑してしまいそうになるのを、どうにか微笑の形へと変える。
「…それは焼く工程に入る少し前だ、少し前」
「……う、うん……にしても、メレンゲって…意外と体力勝負……」
「頑張れ、沙樹…応援してる」

……そう、お菓子作りには根気と体力が本当に必要なのである。
が、それを恐れず、きっちり秤で量った材料たちを混ぜ合わせていけば意外にも簡単。

ちなみに、メレンゲは固いメレンゲを作った後、薄力粉とココアを合わせた物を加え、それにまず半分だけを使用。
しっかり、それらを混ぜ合わせた後に溶かしたバターとチョコを加え、再び混ぜたら、更に残りのメレンゲを加えて。
此処の工程でメレンゲの白が無くなるまで、綺麗に混ぜ合わせていくのがポイント。

(…しかし…皆、器用なものだな……)

楽しそうに作っているクラスメイトの面々を見て高嶺は、つくづく感心してしまう。
中には胡桃を砕いたものを入れる人もいたりで、「贈り物」とした本日の調理実習における皆の創意工夫というのは凄いものがある。

「……どうにか、混ぜ合わせるのも型に流すのも完了…美味しく出来ると良いんだけれど」
「沙樹がやったんだから、大丈夫だろう。…家に帰ったらお祖母様と食べるか」
「材料、量ってくれたのは高嶺ちゃんじゃない。…んー、そうね……お祖母様とご一緒に食べましょうか」

後は――型へと流し込んだなら、170度のオーブンで40分程焼いて、出来上がりだ。

仕上がりを楽しみにしつつ、そんな会話を繰り広げたふたりに、クラスメイトが質問をしない筈も無く。

「…ねえ、今…"お祖母様"って聞こえたけど…ふたりとも本当にあげる人、居ないの?」

クラスメイトの質問に、ふたりは顔を見合す。
高嶺は、幼い頃の傷が原因で男の人があまり得意ではなく、沙樹は沙樹で高嶺の事が心配で、かつ大事で――沙樹にしたら高嶺が大切な人、ではあるけれどチョコを渡す…と言うのとは、また違い。

(そう言う"大切"じゃなくて…もっと、そう…家族みたいな)

護りたい、と言うと高嶺は怒るかもしれないし苦笑するかもしれないけれど。

うーんと無言で頷きあいながら声を揃え、
「…居ないな」
「ええ、居ないのよ?」
と、答えてもクラスメイトたちは、納得していないのか、
「本っっ当に?」
「高嶺なんて、他校の男の子からえらい人気あるのよ!? 自分でそれ知らないなんて言わせないんだから!」
「沙樹もねえ…もうちょい高嶺と距離置くとか…それぞれ美人なんだし、勿体無いよ、ホント」
等と矢継ぎ早に言う始末。

沙樹はやんわり微笑み「ありがとう、でもまだ興味ないから」と、あっさり攻撃を受け流し――高嶺は、仏頂面になりそうな顔を意識しながら「同じく興味ないし彼氏なんていらないから」とだけ返す。

"興味ない"

とは言え高嶺は本当に、この女子高の中にせよ他校にせよ、モテた。
何処か硬質な雰囲気が他の女子と違う雰囲気を醸しているからなのか、校門で待ち伏せされたことも一度や二度ではない。

だが本当に興味が無いので出来るのならば放って置いて欲しいと言うのが高嶺の本音でもある。

(ああ、そう言えば……)

バレンタインに「贈る」と言う名目の調理実習だから忘れていたけれど。

「……下校時が億劫だな……」

ふぅ。
溜息が嫌でも漏れてしまう。

沙樹は高嶺のその呟きを聞き、珍しく苦笑を浮かべた。

「今年もたくさん…チョコとか、その他色々貰いそうね? 人気あるもの、高嶺ちゃん」

特に下級生に――と、言いながら。
先日も下級生に調理実習で作ったシフォンケーキを貰っていたのを思い出し、苦笑から一転、くすくす笑いそうになってしまう。
軽く睨む高嶺の視線を感じ、「ごめん、ごめん」と呟くけれど面白いものは面白い。
かなりのしかめっ面になってしまっている高嶺だが、無論、沙樹への切り返しを忘れることは無かった。

「沙樹も貰うだろう? 主に――上級生のお姉さま方から。人気があるのはお互い様だ」

ひくっ。
沙樹の微笑が一瞬ではあるが微妙に歪んだ。

(ああ、そうなのよね……高嶺ちゃんを笑えないんだわ、私……)

……下級生なら、まだ断りようがあるけれど上級生ともなるとそうは行かない。
色々と貰いっぱなしになるのも心苦しいので小さなお礼の品をあげているのだが、これがお姉さま方にうけている要因であることを沙樹は全く気付いてなく。

沙樹としては貰ったからお礼を返している、だけなのだが……「礼儀正しい良い子」として、それらを喜ばないお姉さまが居ない筈もなく――また、お返しも気が利いている物を添えてくれるので更に感激され、お茶会などに誘われてしまったり……、一番酷い時などは全ての休日にお茶会が入っていたこともあるくらいだ。

「……少し、憂鬱ね……」
「全くだ。来月に何のお返しを贈れば良いのか暫く悩むことになるのかと思うと……」
ふぅ。
先ほど吐いた高嶺の溜息はそのまま、沙樹へ移る。
「本当に、その通りよね……けれどお返しを贈らないのも礼儀知らず、ってお祖母様たちに言われてしまうし……」

ぶつぶつ。
ふたりは、ふたりの真剣な悩みとして真剣に呟いているのだが、耳を大きくして聞いているクラスメイトたちにしてみたら「何、高嶺も沙樹も贅沢な悩みを言ってんのよ!?」にしかならなかったりするのだが。

そうこうしている内に、オーブンが軽やかな音をたて、ガトーショコラが焼きあがったことを伝える。
ゆっくり、静かにガトーショコラをオーブンから出す。
竹串でさして何もつかないかどうか、チェックしながら。

「高嶺ちゃん、ほら綺麗に焼けたよ♪」
「本当だ。これならお祖母様も喜んでくれるかな」

高嶺は沙樹の焼いたガトーショコラの上に綺麗に粉砂糖を振り掛けていく。
少しでも待つ人に喜んでもらえるように。

下校時は、お互い憂鬱だけれども――綺麗に焼けたケーキの贈り物がある。
その事が僅かながらもふたりを、幸福な気分にさせた。

来年もまた、自分たちを待つ人の為に何か作るのも良いかもしれない――笑みを交わし、そう言いあいながら。






・End・
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月12日

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