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『<デイライト・ハンター> 』
石神・月弥2269)&田中・緋玻(2240)


「『ゲバリオン 血の賜物』に……『超大無敵怪物ジュガラ』に……『デイライト・ハンター』」
 田中緋玻のもとに午前中に届いたものは、数本のビデオテープ。
「『デイライト・ハンター』?」
 彼女は蒼眸をひそめた。
「……なんだっけ、これ。こんなのやったかしら」
 緋玻という女は、仕事熱心と言えた。何しろ、今のように、数ヵ月前に引き受けた仕事の内容をすっかり忘れてしまっているのだから。彼女が忘れてしまうことには、映画の内容にも多いに原因があるとも言える。人間だけではなく、鬼の心も射止める作品の、何と数少ないことか。
 彼女に回ってくる邦訳の仕事と言えば、ゴアやスプラッタといったホラー・ムービーの類が主だった。たまに小説の翻訳の仕事もまわってくるが、それもまたbloodやintestinesやdieやkill you bitchといった言葉が目白押しなお話ばかりで、間違っても最近流行りのファンタジー作品が回されることはない。勿論、ロマンスやハートフル・コメディの作品が回ってきても、粋なスラングをこちらの流行り言葉に当て嵌めて訳せるほどの自信はあるのだが――訳す機会があるスラングと言えば、「ぶっ殺すぞ」や「このクソサイコ野郎!」なのが現状だ。
 身に覚えがない『デイライト・ハンター』も、恐らくその類の話であるはずだ。字幕確認の段階のテープなので、製品としてのパッケージもない。
「……後で観よう。ほんとに何だっけ、これ」
 黒髪をかりかりと掻きながら、緋玻は仕事部屋に戻ろうとした。締切が迫っている(ああ、確か明後日だ。現在、チェーンソーを装備した主人公がサノバビッチと叫びながら怪物に挑みかかっているシーンまで出来ている)仕事が残っている。残念ながら、ビデオを観る時間はない。
 と、戻ろうとしたところで、インターホンが鳴った。
 ドアスコープを除くと、見えたのは、ブルームーンストーンの目。
 こんな目を持っているのは、石神月弥くらいしかいない。


 緋玻は少し不機嫌であったようだと、月弥は少し冷や汗をかいた。
 扉を開けて顔を見せた緋玻は、僅かにしかめっ面であった。
「……あら、なんだ、あなただったの」
「や、やあ」
 一応おみやげ、と緋玻が最近気に入っているスナック菓子を差し出して、月弥は少しばかり引き攣った笑みを見せた。
「英語教えてほしいんだ」
「……どうしたの、急に」
 月弥という付喪神は、勉強熱心であった。知識を吸収することが快感であるのかもしれない。自分が単なる耳年増であることに気づいてからは、彼はとにかく何もかもを知りたがった。歳相応の才知を得ようとしているのだ。突然緋玻の元を訪れて、何か教えろと言い出すのは、これが初めてではない。月弥がそう切り出すたびに、緋玻は「どうしたの、急に」と返していた。
 そして月弥は、満面の笑みで答えるのだ。
「ディスイズザペンしか喋れないんじゃ、この世の中渡っていけないと思って」
「This is "a" penね。普通よく使われてるのは」
「うっ、唯一完璧だと思ってた英語まで間違ってたなんて!」
「……いま、忙しいのよ」
 しかし緋玻は、言葉と状況の割に忌々しいときの顔は見せなかった。むしろ、先ほどの不機嫌さは消えていて、苦笑さえ浮かべている。
「けど、あと2時間くらいで落ち着くわ。その間待ってくれるなら」
 ああそうだ、と緋玻はビデオテープを月弥に押しつける。2時間の暇潰しと言えば映画だ。英語の勉強も出来る。映画の内容を聞くことも出来る。知っている映画なら、後で語り合うことも出来る。お互いに損はないはずだ。
「これ、リビングで観てて。音は少し落としてね」
「『デイライト・ハンター』? アクションもの?」
「たぶん」
 緋玻は無難だがいい加減な返事をし、月弥をリビングに残して、仕事部屋に篭もった。月弥の差し入れはしっかり持っていったようだ。早速封を開ける音がした。
「『デイライト・ハンター』……」
 月弥はデッキにテープを入れると、テレビの電源を入れる。緋玻のリビングのテレビは大画面だ。何だかんだ言っても、緋玻は映画が好きなのだ。
 マイナーな配給会社のロゴが流れ、映画が始まった。


 暗闇の中いきなり人間の首が吹っ飛び、そこまでこだわるかと感心すらしてしまうほどにリアルな頚椎と筋組織と動脈のアップから始まる『デイライト・ハンター』。
「ぅわ?!」
『グフハハハハハ!』
『オーマイガ!』
『ジーザスクラァイスト!』
『グフハハハユゥマストダァイ!』
『ノオオオオオオオオ!』
 ブシャズバビシ。
「ひぃ?!」
『ヘルプミープリィィィズ!』
『ノーウェイ、ビッチ!』
 ぶちぶちぶち。
『ヒキャアアアアアア!』
「ひきゃああああああ!」


 隣室から響いてくる、絹を裂くような悲鳴に、緋玻は眉間を揉んだ。
「……五月蝿いわね……音量下げてって言ったのに……」
 しかし緋玻は、手を止めることなく軽快に仕事を進めていく。
 この調子なら、98分で終わりそうだ。


 そこまでこだわるかと言いたくなるようなこだわりが随所で光るスプラッター・ムービー『デイライト・ハンター』。主にそのこだわりは血糊の量、内臓と死体のリアルさ、悲鳴の質に見られる。怪物は制作費が少し足りなかったのか、CGでもロボットでもなく特殊メイクと着ぐるみで表現。ギャラもそんなに出せなかったらしく、若い無名な役者ばかり出ているので、ティーン・ムービーとも一応呼べるだろう。
 日の光を狩る者と呼ばれるに相応しいその怪物は、666年に一度目覚め、ただ己の快楽のためだけに殺戮を繰り返すという非常にマダファカな野郎であった。
 その爪にはちょっと引っ掻いただけで人間をたちまち消費期限が過ぎた血袋に変えてしまう神経毒が含まれ、唾液は生物の意識を保ったまま筋組織を弛緩させる麻痺毒100%、身体は9mmパラベラム弾をBB弾のように跳ね返す鱗に覆われ、その牙はチタンをも噛み砕く。ジーザス、こいつはどうやったら殺せるんだ!
 そこに現れた金髪碧眼の美少女こそがかの怪物をぶっ殺せる唯一の存在、怪物が目覚めた時世界のどこかで(大抵アメリカ合衆国)生まれるという『救世主』なのであった。まさにジーザス!
 しかし美少女はまだ力に目覚めていないただのティーンエイジャー。救世主を殺そうとアメリカはロサンゼルス郊外に現れた怪物は殺戮の限りを尽くす(予算の都合で殺されるのは10人ほどだ。そして殺されるのは美少女の友人たちである)。パーティー中にこっそり会場を抜け出して暗闇の中であんなことやこんなことをしていたカップルは一際ひどいやり口で殺される。「二手に分かれるぞ!」と言い出したスポーツマンは首をすっぽ抜かれ、「すぐ戻る!」と言ったインテリ系は目を潰された後にガレージに吊るされた。死体を吊っているのは勿論死体の腹から引っ張り出されたはらわただ。
 終盤、最愛のボーイフレンドをぶっ殺され(麻痺毒で身体をやられた上に四肢をちょっとずつもいでいかれるという最悪なパターン)、ひとり怪物に追い掛け回されるはめになった少女は、警察署や軍基地に助けを求めればいいものをわざわざ暗闇の中墓地に逃げる。そこに何故か運良くチェーンソーやナタやプロパンガスやガソリンがあったのでキレた少女は泥と血にまみれながら怪物と対峙(救世主の力はどうした?)、血飛沫をブーブー噴きながらもみ合う美少女と怪物の姿はよくよく見るとかなりお似合いのカップルなわけだ。

『ダァァァイファッキンマンスタアアアア』
『グガアアアアアファッキンビィイイッチ』
『ダァイダァイウキイイイイ』
『グシャアアウチオウチグギャアア』
『ユゥルウウウズファッキンガアアアイ』
『オー! オー! オー!』
 ずがぁあああああああんんんヌ。

 お察しの通りラストは爆発オチだ。


「……これはシリーズ化されるわね……」
 派手な爆発音に誘われて、緋玻は仕事部屋からリビングに来ていた。すでに、大詰めだった今の仕事の方も、同じようなオチを迎えたところだった。あとはヒロインとそのボーイフレンドが「これで終わったのよね」「ああ」と言ってキスして終わりだ。『デイライト・ハンター』の場合、ボーイフレンドが死んでいるのでこのラストはない。
 一から十までセオリー通りの内容だ。これでは緋玻が覚えていないのも無理はなかった。
「ん?」
 月弥の姿が見当たらないことに緋玻が気づいたのは、エンドロールが始まってからだ。
 軽くリビングを見渡し、いつもソファーの片隅に置いてある昼寝用の毛布がないことに気づく。
「ちょっと、月弥……あなた、何してるの?」
 そうして、緋玻はリビングの隅でプルプル震えている毛布の塊に近づいた。毛布の下から、ガクガク震えながら月弥が顔を出す。青褪めた顔、中途半端に開け放たれた口、瞳孔が開いた目、『ゾンビ』という表現が相応しい。
「ひ、ひひひひどいじゃないか、わわわわかっててこんなものみみみ観せたんだろ!」
「あら、まさか、怖かったの?」
「にに、人間がぐじゃあって溶けて! へごわって潰されて! あべしって叩き割られて! にぎゃあって引き千切られて!」
「……よくあることじゃない」
「嘘だ! 俺、そんな場面100年生きてて一度も生で見てないよ! あああ!」
「そんなに怖いなら、後で観てみるわ。それで、今日のあなたの用事……」
「あー! 亜米利加人怖い! 英語怖い! あーあーあー!」
「アメリカものでそんな印象持っちゃ駄目よ。ドイツとイタリアのスプラッタなんて、アメリカ産のより凄いんだから。――あ、確かさっきコレと一緒に来た『ゲバリオン』はドイツ人が監督だったわね。台詞英語だったけど。あれ観たら、月弥の反米精神も改善するかしら」
「あー! やだやだやだやだ! エニワン、ヘゥプミィプリーズ!!」
 しかし、緋玻は鬼なのだ。にこやかに月弥を毛布から引きずり出すと、今日の英語の勉強に用いる教材を、『ゲバリオン 血の賜物』に決定したのだった。




<了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年02月12日

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