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『渦。 』
高遠・紗弓0187

『俺と付き合ってみない?』
 その言葉だけが、脳裏から離れずにいる。
 自室のベッドに深く座って、かくんと頭を垂れたままにしていた私、高遠紗弓(たかとお・さゆみ)は先日起こった事のことを、未だに整理できずにいた。

 彼との時間は退屈ではなかった。それは解る。…多分。
 お酒を、勢い良く飲んでしまったせいで、私は一気に酔いが回ってしまって…記憶が、凄く曖昧なものになってしまっているから…。きっと、ちゃんと時間をかけて話を出来れば、もっと…。
「……もっと?」
 『もっと』何だというんだろう。私は自分の考えをそこでとめて、軽く首を振った。
「きっと、…ほら、女の子になら、誰にでも言ってるのよ、うん」
 誰もいない部屋の中、私は独り言を繰り返す。頷いてみたりもして。
 人当たりの良い、明るい彼。たぶん、女の子ウケがいいんだと思う。リードが、上手いような気がしたから。
 写真のこと…。自分の写真のことも、話をした記憶がある。それに対して、私の頭の中では嫌な印象は残っていない。という事は、気持ちのいい会話が出来てたということで…。
「……ああ、もう…」
 私は膝の上に両肘をつき、垂れたままの頭に手をやり、髪を梳いた。
 こんなの、『私』じゃない。だいたい、独り言を繰り返すこと自体、珍しいと自分でも思ったりするんだから。
 せめて、目が覚めたときの状態が、あんなもので無かったら。
 酔いつぶれた挙句、目が覚めてみれば、自分の体は彼の部屋、彼のベッドの中…だったなんて。『何も無かった』と言うのは、もういい。多分彼がそう言うのだから、それは真実。
 『恋人』であれば、よくあるシチュエーションなのだと、思う。
 でも、私と彼は、そう言う関係ではない。
 むしろこれから、『そう言う関係になろう』と言った状態を、彼は望んできて…。
「…………」
 私、何を考えているんだろう?
 彼は『付き合おう』と言っただけ。『好きだ』とか、そんな言葉をもらったわけじゃなくて。…でも、私は、彼に好かれているのだろうか?
 …好かれている?
 どうしてそんな、都合のいい方向へ、思考を巡らせてるんだろう?
「ちょっと、まって…」
 違う。根本的に、何が間違ってる気がする。
 私はまた、口から言葉を零して、そのまま後ろへと倒れこんだ。
 ばふん、と空気が膨らんで、そして潰れる音が、妙に大きく耳に響いた気がする。
 シャラ…と、逆十字のネックレスが私の首を這って、耳元に滑り落ちた。
 落ち着こう。私、色々と考えすぎなんだ…。
 そう、心の中で言い聞かせて、ゆっくりと、深呼吸を数回繰り返す。
「…………」
『付き合ってみない?』
 また、彼の言葉が繰り返す。
 もし…。もしもだけど、私があの場所で承諾の言葉を吐いていたら、彼はどう言う反応を示したのだろう。
『そんなの、変』
 現実に、私が答えた言葉はこれで。背を向けていたから彼の反応は解らなかった。
 私が彼の部屋を出るまで、彼の顔を見ることも出来ずに。怒っていたのだろうか?それとも、あきれていたのだろうか。
 そこまで考えると、ますます気になってしまって、何だか苛々する。
 結局、私は何をしたいんだろう?
 軽そうなイメージの男性。
 きっと、からかわれただけ。だから、あの時のあの言葉は、からかい半分で出た言葉。
 そこまで考えを巡らせてしまうと、今さっきまでの苛々は、見事にどこかへ吹き飛んでいった。
「…そんなんじゃ、ない…」
 私は腕を上げ、それをそのまま自分の閉じた瞳の上に降ろして、顔を隠すようにしながら、小さく呟いた。言い聞かせるかの、ように。
 この感情は、何なのだろう。マイナスに持っていこうとすると、とても悲しい。
 一体、どうしたらいいのだろう?私は、…私が、どうしたいの?
「…はぁ…」 
 自分で吐いてみて驚いたけど、溜息が重かった。
 そんなの、自問自答しても、答えなんて見つからない。…私だって馬鹿じゃない。わかってるんだ…。
 腕を上げ、手のひらを目の前に持ってくる。そしてそれを腕を伸ばして高く上げ、見上げた。自然に、遠くでそれを見る瞳に、なってしまう。
 整理の出来ないまま、彼に会えるのだろうか。会って、どんな顔をしたらいい?どんな言葉を、かけたらいいのだろう。
 会いたい…と、思っている、私がいる。
 こんな、何にも整理出来ていない状態で。それどころか、自分でぐちゃぐちゃにしてしまった、この状態で。
 それでも今、彼に会いたいと、思ってしまう。
 答えは出ない。出せない。だからこそ、彼に会いたい。
 もう一度会えば…会ってみたら、答えが見つかりそうな気がするのだ。上手く、話せるかどうかは、自信は無いけれど。

 不思議な、ひと。

 私はあの、不思議な人が、こんなにも気になって仕方が無い。
 自分の心の奥で、燻っている何か。頭の中の、もやもや。そんなもの、全部を彼なら、表に出してくれるような、気がするから。
 この、私の中の全てをひっくるめた気持ちが、『何』であるのかの、答えを。

『付き合ってみない?』

 もう一度、聞かせて欲しい。
 貴方の口から。
 その言葉を。
 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月12日

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