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『A fearful chocolate cake! 』
田中・緋玻2240)&芹沢・青(2259)&巳杜・靜(2283)

「ちょっとあなた達、暇でしょう?手伝いなさい」
 2月も二週目に入りまだまだ寒い季節。
外には出ずに室内でまったりと話をしていた青と靜の二人の元へ、
突然やってきたかと思うと開口一番そう告げる緋玻。
その手にはなにやら色々と入っていそうな紙袋が見える。
「なにを勝手に俺達が暇な事を前提に話を進めようと…」
「暇でしょう?」
「…そりゃあ忙しくは無いけど…暇でも…」
「でもさ、でもさ、バイト代出るなら青もやるよね?緋玻ねぇ、手伝うって何を?」
 小さく首を傾げつつ緋玻に問い掛ける靜に、緋玻は小さく微笑みを浮かべ。
「チョコレートケーキ」
 表情一つ変えずにきっぱりと答えた。
はい?と、思わず青と靜が顔を見合わせたのは言うまでもない。


■■A fearful chocolate cake!■


 キッチンには、エプロン姿の三人の姿があった。
どこから持ってきたのか白い割烹着に三角巾をかぶった緋玻と青。
こちらもどっから持ってきたのか、ピンクのフリル付きのエプロンドレスを来た靜。
一見すれば、青の両手に華状態に見えそうだが、靜は男である。念のため。
 それはさておき…これから作るものとはおおよそ程遠い出で立ちの緋玻なのであるが、
彼女の長くサラっと長い黒髪には、割烹着がやたらと似合っている。
日本懐石や和菓子でもその手から作り出されれば誰もが感心するのだろうが…
「で?チョコレートケーキと言っても作り方は?」
「知らないから、手伝って、って言ってるんじゃない」
「青、お菓子のレシピならここにあるよ♪」
「じゃあ俺がそれを見ながら手順を指示するから、緋玻さんはそれに従ってくれれば」
「ねえねえ、じゃあ靜はなにすればいい?」
「………できるのか…お前に…お菓子作りが」
 純粋に、思いっきり真剣な顔つきで聞いた青に、靜は心外だな!と言いたそうな顔をする。
しかし確かに靜はどちら勝つというと”食う”専門。頭数には入れない方が得策である。
「まあとりあえず!チョコレートを細かく刻んで溶かさないといけないから…」
「それくらいなら出来るわ…靜、手伝って」
「りょーかい☆」
 緋玻は紙袋から、お徳用の板チョコレートをどっさり取り出してまな板の上に置く。
一体何人分作る気だ?!と言いたくなるくらいの量のチョコレートの銀紙を靜が手早く剥がし、
さりげなくその端っこを割って口に運びつつ、緋玻が包丁でザックリザックリと削っていく。
それを次から次へと鍋に放り込んで…
「火にかけるのね」
「…そうそう…直火焼きでこんがり…って、そんなお約束な!!」
 コンロに鍋をどかっと置いて、しかも強火で一気に加熱する緋玻を青が慌てて止める。
やってはいけないお約束パターンその1。”チョコレートの直火焼き”である。
「チョコは湯煎で溶かさないと!ほら、別の鍋にお湯を入れて…それから…」
「青に任せたわ。次の段階、教えてくれる?」
「ちょっと!?」
 ポン、と肩に手を置いて微笑む緋玻に、嫌とは言えない青だった。
仕方なく…お湯を沸かしながらレシピの手順を読む。
「小麦粉をふるいにかける作業があるから…ボールとなるべく目の細かい…」
「ねえ緋玻ねぇ、これがいいんじゃない?」
「そうね、使いやすそうだし…」
 こればっかりは問題もおこらないだろうと、青は湯煎でのチョコ溶かしに専念する。
しかしその脇では、”茶漉し”に小麦粉を入れて地道にふるいをかけている緋玻のと靜の姿が…
「ってどれだけ時間かかると思ってるんだ―――!!」
「なんだよ青ー!さっきから叫んでばっかりだと、血圧上がるよ?」
「茶漉しとかは仕上げのココアパウダーとかに使うって相場は決まってるんだよ!
小麦粉をふるいにかけるのに茶漉し使ってたら効率悪いだろ!どう考えても!!」
「なに怒ってるのよ?青…カルシウム不足?」
 ねえ、と緋玻と靜は顔を見合わせる。
まるで自分の方が悪い事をしているかのように思えて、青はがくっと肩を落とした。
やってはいけないお約束パターンその2。”小麦粉を茶漉しでふるいにかける”である。
「そんな奴…他にいない…絶対にいない…」
「なにひとりでブツブツ言ってんのさー?次は?次!」
 やたらと楽しそうに靜は目を輝かせて青の手元のレシピを覗き込む。
青が次の手順を説明する前に、靜は自分で納得したらしく。
「緋玻ねぇ、次は生卵の白いトコ使ってメレンゲとか言うの作るんだって」
「ああ、それならわかるわ」
 こればっかりは間違えようの無いステップである。
青も安心して火傷しないように気をつけながら、再びチョコレートを溶かし…。
「卵は新鮮なものに限るわね」
 ボールを用意して緋玻は新しい卵のパックを取り出す。
そして卵を割って、ボールに白い部分を入れて…泡立て器でしゃかしゃかと混ぜ―――
”じょりじょりぎゃりじゃりぢゃり…”
「ってなんでそんなもの凄い音がしてるんだ――?!」
 慌てて振り返った青が見たもの。
それは、ボールの中で卵の白い部分…”カラ”を必死で砕いて混ぜている緋玻の姿だった。
「緋玻さんっ!常識で考えたらわかるでしょう!?それはカラですよ、カラっ!!」
「落ち着きなさいよ、青。卵の白い部分って言えばこれじゃないの?」
「普通は白身ですよ!白身!!」
「だって、透明じゃない」
「そ、それは確かにそうですけれど…」
「ちょっと靜、白じゃなくて透明って言ってくれないと間違うでしょ」
「ごめん!緋玻ねぇ!」
 両手をパン!と合わせて、謝りながら様子をうかがう靜。
緋玻は流しに捨てた卵の白身を手ですくいながらボールに戻していた。
「緋玻さん、まさかそれ使ったりしないよな…」
「失礼な事言わないで。勿体無いから美容パックに使うだけよ」
「そーだよねー!緋玻ねぇも、もう900歳だも…」
 思わず言いそうになった靜だったが、緋玻の恐ろしく鋭い視線を受けて固まる。
蛇に睨まれた蛙、いや、鬼に睨まれた蛇…の図が青の目の前に広がっていた。
やってはいけないお約束パターンその3。”卵のカラでメレンゲを作る”である。
「だからそんな間違いするような奴なんか他に…」
「青ー、ブツブツ言ってないで手を動かしてー!」
「なんで俺がっ…」
 ほぼやけくそ状態になりながら、
青はボールの中のチョコレートをひたすら溶かし続けるのだった。



 それから数時間後。
もうすっかり夜も更けて、日付も変わりつつあった。
デジタル式の時計に目をやると…2月13日。もうあと少しで14日になる。
修羅場と化したキッチンには、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていて、
その中心に、目の前にある出来上がったモノを見て、嬉しそうに目を細めている緋玻の姿があった。
「出来たわ…これがあたしの理想としてたチョコレートケーキ…」
 しっとりとしていて、それでいてどっしりとしている…一応、本格派のガトーショコラ。
一体どれだけの材料を使い、どれだけの失敗を積み重ね、
どれだけの時間を使えば出来上がるのだろうと思っていた青だったが、
なんとかやっと緋玻の思うようなケーキが仕上がりほっとして椅子に座ったままで脱力していた。
 果たして味がどうなのかは定かでは無い。
何故なら、緋玻も青も靜でさえも味見をしていないのだから…。
 靜は残った材料をつまんだり、試しに青が作ってみた焼き菓子をつまんで幸せそうである。
これでもうやっと解放されて眠れる…そう思い、青が休もうと体を起こす。
「さ、これからラッピングと小物を作らないとね…青、靜!」
 そこへ、緋玻がにこにこと微笑みながら二人に声をかけて来た。
もうほとんど眠りそうになっていた青はそのひとことでしっかりと覚醒したのだった。
「まだ何か作るのかッ!?」
「なになに?食べ物なら靜は手伝ってもいいけど?」
「ケーキだけじゃ素っ気無いでしょ?だから、ケーキの上に乗せる砂糖菓子とか…」
「―――そんな…」
「ラッピングも容易しなきゃいけないわね…青、買ってきてくれる?」
「まさか…こんな深夜に…」
「青、大丈夫だって!コンビニあるし!砂糖菓子ってあのサンタみたいなのでしょー?
ケーキの上に乗ってるようなのなんて誰でもすぐにできるって!」
 にこにこと笑いながら言った靜だったのだが、
彼がそんなに世の中甘くないという事に気付くのは…それからさらに数時間後になるのだった。
やってはいけないお約束パターンその4。”ラッピングや小物の用意を後回しにする事”である。
「ほんとにな…先に用意しとけよ…」
 青はフラフラになりつつも、コートを手にして夜の街へ…
ラッピングの材料を買う為に足を踏み出したのだった。




「青、靜…ありがとう!」
「いえ…」
 白々と夜が明けて太陽がその姿を現しはじめた頃。
綺麗にラッピングも済ませたケーキの箱を手に、満足そうに笑みを浮かべる緋玻の姿があった。
キッチンにはもうすでに力尽きた青と靜の姿。
精根尽き果て、辛うじて意識がある程度のまさに生きる屍。
そんな二人に反して、緋玻はしっかりとメイクアップもして服も着飾って…。
「そう言えば緋玻ねぇ…なんで突然チョコレートケーキなんか…」
「あら、言ってなかった?」
「聞いてないですけど…」
「今日は何の日?」
「2月14日の…って、あ!もしかして…」
「そう!その通り」
 恋する乙女のような笑顔で、緋玻は嬉しそうに言う。
今までそんなイベントには見向きもしていなかった緋玻なのに…
「まさか…900歳の緋玻ねぇにもやっと春が…?」
「靜?何か言った?」
「な、なんでも…!」
「まあ、そう言う事だから…ちょっと出かけてくるわね?」
 緋玻はそう二人に告げると、ウキウキとした足取りで部屋を出て行く。
玄関では新調したブーツを履いて、鏡に姿を映して身だしなみを整えて。
「じゃあいってくるわね…後、宜しく」
「いってらっしゃーい…」
 弾んだ緋玻の声と打って変わって、力なく二人は返したのだった。
なぜなら、緋玻が出かけていったという事は…後片付けは必然的に二人の仕事になる。
やれやれと重い腰を上げて、疲れた体を必死で起こし…
「それにしても緋玻ねぇがバレンタインなんて…」
「まあ、今年はそういう気分になる出会いがあったんじゃないか…?」
 普通ならお菓子作りには使わないだろうというような器具を洗いながら、青は苦笑いを浮かべる。
やたらと嬉しそうだし、張り切っていたのだから余程気に入っているのだろう、と。
「でもさケーキってそれなりに美味しそうだったよねー」
「そりゃあ努力の賜物と言うか…」
「途中で食べたりしないかな?緋玻ねぇ」
「…それは…」
 あれだけ頑張って作ったのだ。
相手に届ける前に食べてしまうようなことはあり得ないだろう。
青はこげついた鍋やらフライパンをお湯につけながら、
今頃、緋玻がどんな顔をして想い人の所へと向かっているのだろうと思い浮かべ…
「緋玻ねぇって…ケーキだけじゃなくて…たまに、人も食べるよね…」
 ぼそり、と言った靜の言葉に、青は片付けていた手をピシッと、止める。
ぎぎっと音がしそうな動きで視線を静かに向けると、靜は微妙に真剣な顔つきをしていた。
「…美味しそうな人見つけたから、チョコレートケーキで油断させておいて…一緒にがぶっ!とか」
 まさかねー!と、自分で言っておいて笑い飛ばす靜だったのだが。
「――!!」
 青は声にならない声をあげて、慌てて立ち上がった。
あれだけ頑張って作ったケーキだ。
届ける前にで食べてしまう事はあり得ないだろう…
しかし。届けた後で、その相手もろとも食べてしまうという事は…
「って、あれ?青?どうしたの?どこ行くの―――!?」
「あり得る…あり得すぎる!!」
「青ー!?」
「贈り先の人っ…はやく…はやく逃げて――ッ!!」
 玄関を飛び出し、必死で追いかけながら叫んだ青の声は…
無念にもすでに電車に乗った緋玻にも、その緋玻の”相手”にも届く事は無かった。
やってはいけないお約束パターンその5。”ケーキをエサに人を呼び、食べてはいけない。”である。
「だからそんな奴他にいねえって――!」

 2月14日バレンタインデー。
恋人たちや片想いの者たちの一大イベントであるこの日。
東京の人口がひとり減った…か、どうかは…定かでは無い。





■E・N・D■□■



※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
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2004年02月10日

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