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『Valentine's War 』
久々成・深赤1370)&鬼柳・要(1358)

一月も半ばのとある日。
久々成・深赤は、むむむ……とカレンダーを睨んだ。
一ヶ月近く、まだまだ時間はある。
もし出来ないようならデパートでチョコに添える贈り物を買うという手も無いわけではない。

が!

(買うのは、どうもなぁ……初めてのバレンタインだし)

出来るのなら自分の手作りで彼に喜んでもらいたい。

(それに……)

深赤には、一つだけ――この日にしたい「ある事」があった。
その「ある事」とは。
チョコを贈る相手――鬼柳さんを名前の「要」で呼ぶこと。
彼女なのに、いつまでも「鬼柳さん」なんて他人行儀過ぎる。
けれど、何時呼んだら良いのかタイミングが掴めない――なら、いっそ、この一大イベントの日に呼んでみれば!等と思ってしまった訳で。

………乙女心は複雑なのである。

「…頑張らなきゃ。絶対ちゃんとしたの作るんだから!」

ぐっ、と深赤は手に力を込める。
材料も器具も全部揃えたし、チョコを作るための本や、編み物の本も買った。
後は――料理や手芸に必要なのは根気と体力のみ。
無論、腕が良いというのも必要条件であるかもしれないが、それは熱意でカバーする事にして。

(待っててね、鬼柳さん♪)

自分に向けられる優しい笑顔を思い出し、心に灯りがともるのを深赤は感じていた。


+++

RRRRRR………
RRRRRRRRRRRR………

トントン……
トントントト………

呼び出し音と同時に自分の指がリズムを刻んでいくのを抑えられずに鬼柳・要は、未だ電話に出ない相手のことを考えていた。
此処のところ、どうにも妙なのだ。
いつもいつも、元気一杯な筈なのに数度話し掛けても気付かずにぼんやりしている事が多く、何処か上の空で、ぽーっとあらぬ方向を見てしまっている。

「どうした?」と聞いても、首をぶんぶんと振るばかりで明確な答えは無いまま。
更に一緒に帰ろうとすれば「用事があるから!」

……あまりにも奇妙すぎて、何処か。

(なーんか、妙なんだよなあ……。……ん……?)

ふっと嫌な考えが頭に浮かぶ。

まさか、と首を振ってみる。
けれど、そう言う時に限ってますます強く悪い方向へと考えは向かって行ってしまい……。

(…嫌われてるから、電話に出たくないんだろうか?)

そう、結論づいた時に慌てたような深赤の声が耳に届いた。

『はい? 鬼柳さん?』
「お、おう。」
『……どうかしたの? どもってるよ?』
「いや…ちょっと考え事をしてたら、つい。明日、暇か?」
放課後、待ち合わせて何処か遊びに行こうかと考えていたのだが、受話器の向こうでは、言葉に詰まった深赤の声が聞こえ、
『え、えーっと……あのね、暫くは出かけるの…ごめんなさい』
その言葉を聞き、ますます悪い考えがまざまざと形を変え、浮かんでは消えて行く。
(………謝るのなら理由を聞かせて欲しいけどな)
だが、その言葉は言わない。
言ったところで深赤が「何でもないの!」と答えるのが解っているから。
だから。
「……そっか」
そうとしか言えなかった。
いや、言わざるを得なかった。
『本当にごめんなさい……。……あ! ちょ、ちょっとごめんね、お鍋が大変なことになってるから……』
「ああ」

通話を切ると、漸く要は大きな、大きな、息をついた。

(……嫌われてるんじゃなくて…もう既に避けられてるのかもな……)

あっていても上の空、電話をして誘いをかけてもあの調子――悪い考えはますます加速していき、歯止めを知ることが――無かった。


+++


(……悪いこと、しちゃったかな?)

此処最近、放課後に逢う事があっても作りかけのマフラーの事が気になって話をロクに聞かない、と言う事も多くなっているし……。
手芸屋に寄って帰る時でさえ「用事があるから!」と逃げ帰る始末。
……かなりヤバイと自分でも思う。

(ああ見えても鬼柳さん、繊細だったりするし……うぅ、同時にふたつ以上のことが出来ない不器用者でごめんなさい……)

"お鍋が大変なことになっている"と言って電話を切った、けれど。

実際は――やっぱり、マフラーだったりする。
編目を綺麗に作ろうと思うから、かなりの手間もかかるのだ。
十四日までに間に合わせなくてはならないのにまだ半分にも満たないまま。

ふう、と深赤は困ったような、楽しいようなどちらとも取れる微笑を浮かべ、
「……今日も徹夜、かな……でも」
息を吸い、心の中で言葉を呟く。
ちゃんと呼べるように、まずは声に出さずに。

(当日までに渡せるように…頑張るから……要、さん)

心の中では不思議とすんなり呼べた彼の名前に励まされたような気持ちになりながら深赤は再び、編み棒を動かす。
ひとつひとつの目を数えながら。


+++

休日。
とあるコンビニのレジカウンターに、要は居た。
一緒に隣に立つ少年が細々としたところを整理しつつ、要へとゆっくり、問い掛ける。

「……何でそんなに仏頂面なわけ?」
相手の気遣うような言葉に視線を遠くずらしそうになってしまう己を感じながらも要は気まずそうにカウンターを拭いた。
「別にいつもと変わらないって……品出し、してこようかな」
荷が確か着ていた筈だ。
大した量ではないけれど質問に答えずとも良いし、時間をつぶせて一石二鳥。
だが、そう考えたのが解ったかのように、
「品出しなら、さっきやったから次の便が来るまで大丈夫だよ」
そう相手に言われ、要は返答に詰まった。

あれから。
全くと言って良いほど電話をかけず逢っても居ない。
お陰で最近は真面目に休日はコンビニのバイトや道場の稽古に明け暮れている。
どうしてなのか、考えるだけで嫌だ。
ぐるぐる悩むのも本来なら性に合わない――その、筈だ。
だから考えないように動く、それだけ。

なのに。

「……まあ、だから二人でレジに立ってても大丈夫。まあ、言いたくないなら別に良いけども」
隣に立つ人物は自分から聞いてきた癖にさらりと「別に良い」等と言う。
一緒にバイトするようになって仲良くなった人物だが、どうにも感情が読みにくい。
が、それが今の要の状態にとって有難い事も確かだった。
「……すんませんねぇ……って言うか、あんたも何でそう無愛想かな」
「…何でだろうね? ああ、そう言えばもうじき――バレンタインだね。鬼柳君は貰う予定は?」
「お? あー……多分、義理チョコは沢山もらえるか? 甘いもの好きなら分けるぞ?」
「うーん、欲しいような気もするけど僕も義理なら沢山もらえるんだ」
ぼそっと呟く言葉に要は微笑う。
「お互い、寂しいバレンタインだな」――深赤が聞いていたら慌てそうな言葉を呟きながら。



+++


「…出来た! うん、綺麗綺麗♪あったかそうだし……」
漸く、出来たマフラーに瞳を細めながら深赤は、うんうんと深く頷いた。
あとは、これを綺麗に包んでチョコと一緒に渡すだけ。

(…これなら喜んでくれるかな?)

喜んでくれるといい。
努力が報われるか、報われないか、その時になってみないと解らないけれど。
多分、笑ってくれる筈――だと思うから。

「さて、と」

深赤は口に出してそう言うと立ち上がり、台所へ向かう。
お爺ちゃんの分と鬼柳さんの分、ふたつ。

(逢えなかった分、色々込めて作らないとね)

…とは言え、お爺ちゃんには毎日逢えているから、こちらに込めるのは日々の感謝。
――色々込めるのは、ごめんなさいを含めて鬼柳さんへ。

そして深赤は一つ目のチョコを犠牲にする覚悟で二人の男性に贈るトリュフを作る。
時折、チョコを湯煎にかけながら、声に出して名前を呼ぶ練習をしながらも。

たった一人の人を呼びながら、作り続ける。
声に出すたび、募る思いを宥めつつ。

――さて。
深赤の贈り物は、要に喜んでもらえるのだろうか?


+++

二月十四日。
怖くて見れなくなりつつある携帯電話が、とある人物の着信音を鳴らした。
じっと、要は液晶画面を見る。
確かめるように、文字を追う様に。

RRR……。

何の用事なのか、そう思いながらも電話を取ってしまう。

「……はい、鬼柳です」
『あ、鬼柳さん? あのね、今から逢える?』
「今から? ……何処に居るんだ?」

時刻は既に夕方、と言うより夜に近い。
陽が少しのびたとは言え、辺りはもう暗く街灯の明かりがぼんやりと道を照らしていた。

『んとね。鬼柳さん家の近く』
「そっか……んじゃ……どうすっかな……寒いだろうし、近くって事はコンビニあるだろ?」
『うん、その中で待ってようか?』
「いや、その隣にコーヒーショップがあるから、そっちの方が良い」
『解った、じゃあ待ってるね』

軽快な音を立て切れる電話を見、本当に何なのだろう、と思いながら、要はスニーカーを引っ掛けるようにして、履いた。

――深赤と逢う事自体、既に「久しぶり」と言った方が良いような気がしながら。

(どう言う顔をして逢えば良いのか解らん辺りがミソかもな……)

怒るべきなのか、仏頂面で行くべきか、はたまた表情を無くし無愛想に徹するか。
悶々と考えてしまうけれど、家からはホンの僅かな距離過ぎたし、それに。

(…駄目だ、やっぱり笑っちまうわ……)

姿を見つけてしまえば笑みが浮かんでしまう。
それは、深赤も同じなのだろう、要の姿を見ると満面の見慣れていた笑顔が要を迎えた。

「あ、鬼柳さん。良かったあ…来ないかと思ってた」
「呼び出されたんだから来るだろ、当然。――で?」
「えっと……お、怒ってる……?」

びくびく。
そんな擬音さえも聞こえてきそうな深赤の態度に要は指先で軽く深赤の額を弾いた。

「ま、このくらいはな?」
「い、痛い……で、でもね、まずはこれを見て? それからなら、文句も何でも受け付けるから!」
「…また随分と剛毅だな…って、本当にこれ……」
何だ、と言葉を続けたかったのだが、包みの中身を見た瞬間に合点が行った。

(つーか…なら言ってくれりゃあ俺だって……)

額を数回、掻く。
驚かせたかったのだろう深赤の気持ちも解らないではない。
解るのだが楽しみにして居たかった、と言うのも我が儘な男心ゆえにある。

それでも。
包みをしっかり受け取ると、くしゃりと深赤の頭を撫でた。

「…サンキュな。…とは言え次回からは、こう言うことを内緒にしたらペナルティ一回増やしていくんで宜しく」
「ぺ、ぺなるてぃ…って……」
「そうだなあ…まあそれはその時のお楽しみ、という事で♪」
「ひ、酷!! …か……」

(あ、あれ?)

深赤は、それ以上言葉を紡ぐ事の出来ない自分に驚きを隠せなかった。
チョコを作るときに呟いても、心の中で呟いても、すんなりと言えたのに。

なのに。

――なのに。

本人が前に居ると言うだけで、名前を呼ぶ事が難しくなる、なんて。

「か? ……"か"が、どうしたんだ。深赤?」
「か……か……牡蠣フライがね!?」
「はぁ!? 牡蠣フライ? 食いたいのか?」
「え、えっと…そうじゃなくって……その……あの……」

(…だ、駄目だあ…やっぱ言えない……)

牡蠣フライ、なんて、いきなりの言葉で誤魔化してしまったけれど。
…気付いてくれてるのかな?

(…言わなきゃ解る訳ないか…うぅっ)

深赤の頭を撫でていた手が、ぽんぽんと肩をたたいた。

「……何を言おうとしてるのかは良く解らないけど、その気持ちだけは有り難く受け取っておく」
「あ、ありがと、鬼柳さん……」


そして。
――その後、やはりきちんと要の名を呼べたのは深赤の夢の中。
色々あって、一緒に横になりうとうととしていた要が、それを聞き「も、もう一度言ってくれ深赤っ」と起こしそうになってしまったが、深赤は少しばかり幸福な眠りの中。

――眠りと同じように幸福な、夢を見ていた。




・End・
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月09日

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