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『今ひとり列車に乗る僕 』
宇奈月・慎一郎2322

「ぱんぱかぱ〜ん!」
 12センチのホールケーキを大皿に乗せてリビングへ運ぶこの男、宇奈月慎一郎。
 ケーキには蝋燭が26本。
 この日、目出度く26の誕生日を迎えた彼は、祝いの言葉も歓声も、自分で自分に言う。
 決して友達がいないワケではない。ただ、平日の夜に彼の住む田舎まで訪ねてくれる暇人がいなかった。
 寂しくなんかないさ!これくらいの事で寂しがるような大人じゃないさ!
 でもやっぱりちょっと侘びしいので切り分けたケーキの大きな苺をフォークの先で意味もなくつっついてみたりする。
「うむうむ。そうですか、僕もとうとう26才ですか」
 残しても仕様がないのでせっせとケーキを切り分けては口に運びながら、慎一郎は自分の年齢に満足そうに頷く。
「26才!そう、26才!」
 26才と言えば、一人前になるため修業の旅に出るべき時。
 オイオイ、26才で一人前になる修業かよ!随分遅いんじゃないんかい!?などと疑問を持ってはいけない。世の中には30を過ぎても一人前になっていない人間などごろごろいるのだから。兎に角、26才になった者は1人で修業に出ると言うのが魔法使いの掟なのだ。
「住み慣れた我が家を離れるのは少し辛いですが、これも掟。仕方がありませんねぇ」
 流石にケーキを1人で食べきるのは難しかった。
 途中で諦めて、慎一郎はこの日の為に準備しておいた鞄を抱えて、家を後にした。


 理想的な街は案外すぐに見付かった。
 海が近く、人口もそこそこ。街の中央に大きな教会があり、時間毎に時を告げて鐘が鳴る。
 パン屋の裏にでも空き家があれば喰うに困らないだろうと思ったのだが、流石にそこまで都合良く行く筈もなく、慎一郎は粉屋の2階に部屋を借りる事にした。粉だって練って焼けばパンになる。今から始めようとしている仕事がすぐに収入に繋がらなかったとしても、当分は貯金で食いつないで行ける筈だ。
 ――うちの2階で一体何を始める気だい?
 粉屋のおかみに問われて、慎一郎は躊躇う事なく宅急便だと応えた。
 もうずっと前から決めていた事だ。
 慎一郎は粉屋の店先に小さな慎ましい看板を下げさせて貰った。
 『どんな物でもその日の内にお運びします』
 ――何だいこりゃぁ……?おばけかい?
 と、粉屋のおかみには大層不評だったが、慎一郎にとっては可愛らしい相棒である土星ねことバイアクヘーのイラストも添えた。
 土星ねこと言っても頭が土星のように禿げた猫と言う訳ではない。美しいとは言い難いが玉虫色の、遙々土星からやって来た猫だ。
「お客さんが来ると良いですねぇ」
 粉屋の店番を押しつけられつつも、慎一郎は前の通りを行き交う人がもしや宅急便を頼みに来ないかと、日がな一日番台の椅子に座り続けた。
 そんな日が数日続いた後、漸く1人の物好き……ではなく、客が大きな箱を抱えてやって来た。
「いらっしゃいませ!」
 初めての客に目を輝かせる慎一郎に、その客は何故か声を潜めて届け先を告げる。
「ああ、海沿いの通りですね。はぁはぁ、住宅地の奧の一番古い家へ……」
 伝票に書き込んでから、慎一郎は箱を持ち上げてその重さを量る。
 箱は大きさの割に随分軽かった。
「いいか、絶対に落とすなよ!落としたら死ぬぞ!」
 落としたら殺すぞ、ではなく、落としたら死ぬぞ、なのか?と疑問に思いつつも、慎一郎は笑顔で迅速且つ丁寧に届ける事を約束した。
 さあ、漸く宅急便屋としての仕事だ。
 慎一郎は嬉々としてバイアキーに跨り、お供に土星ねこを連れて空に飛び立った。
 時間は十分にある。音楽でも聞きながらのんびり行くか……と、愛用のPCにCDを入れて携帯して行く。
 しかし、あっと言う間もなく慎一郎は届け先に到着する。CDはまだ1曲目の途中だ。
 バイク便よりも巷に蔓延っている各種の宅急便屋よりも早い。
 依頼さえ多ければかなりの収入に繋がるのだが……などと思いつつ、配達先の呼び鈴を鳴らす。
「こんにちは、宅急便です」
 出てきた老女に慎一郎はこれ以上ない営業スマイルを浮かべて伝票を差し出す。
「えぇと、ここにサインを……はい、どうも。」
 受取人のサインを確認してから、慎一郎は箱を差し出す。
 老女はそれをとても大事そうに、そして嬉しそうに受け取った。
「まぁまぁ、もう来たのね、早いわ。有り難う、早速出してあげましょうね。窮屈だったでしょう?」
 言葉の前半を慎一郎に、後半を箱に向けて言いながら老女は慎一郎の目の前で箱の蓋を開けた。
「おやおや、」
 中に入っていたのは、生後間もないと思える子猫だ。3匹いや、4匹ほどいる。
「猫でしたか!」
 成る程、だから『落としたら殺すぞ』ではなく『落としたら死ぬぞ』なのかと納得しながら慎一郎は箱の中を覗き込んだ。
「親猫がこの子達を産んですぐに死んでしまったものだから、うちで面倒を見る事にしたのよ」
 言うと、老女は箱を大事そうに抱えて家の中に入っていった。
 こうして、第1便はいともアッサリ終了。
「のんびり歩いて帰りますか」
 1日の内に2人も客が……なんて事はまず有り得ないだろう。慎一郎はついでに街を探索するつもりで、のんびりと歩き始めた。


「知れば知る程、良い街ですねぇ。すぐにこんな街が見付かるなんて、僕は何て幸運なんでしょう」
 探索ついでに買い物も済ませて、慎一郎は1人でにこにこ笑いながら公園通りを歩いていた。
 と、急に人々が騒々しく走り出す。
「おや、何でしょう?」
 わぁわぁと叫びながら教会の方へ向かう人々。慎一郎は耳を澄ませて少々様子を伺った。
 ――大変だ!墜落するぞ!
 ――乗客はどうなるんだ!?
「墜落……はて?」
 ――おおい!飛行船が事故だってよ!墜落するぞ!
 ――誰かどうにかしてくれぇ!
「飛行船、墜落……」
 ぼんやりと呟いてから、はたと我に返る。
「大変だ!」
 慎一郎は買い物袋を放り投げて走り出した。胸にはしっかりPCを抱きしめて。
「これはこれは!」
 人の走る方向に駆けて、辿り着いた教会前。
 空を見上げて、慎一郎は小さくため息を付いた。
 教会の、高々と掲げられた十字架の先に、飛行船が引っかかっている。
 今にもバランスを崩して墜落しそうだ。
 乗客が何人いるのか分からないが、墜落すればまず助からないだろう。乗客だけではない。この周辺に集まった人々だって危ない。
「助けなければ!」
 助けるとなると、空を飛ぶ能力が必要だ。
 となれば、人間の力ではどうしようもない。
 慎一郎は直ぐさま愛用のPCを開き、迷うことなく一つの呪文を代唱させた。

 『イア!イア!ハスター! ハスター クフアヤム ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム アイ!アイ!ハスター!』

 お世辞にも外見が良いとは言えないが、そんな事に構っている場合ではない。
 慎一郎はバイアクヘーを呼び出し、乗客を救うつもりだった。
 が、しかし。
「ギャーッ!!何じゃぁありゃぁ!?」
「ば、化け物だー!逃げろっ!!」
 人々が騒ぎ出す。
「ああ、いえ、確かに外見は悪いですが、乗客の皆さんをお助けしようと、」
 口を開いて慎一郎、ふと上空を見る。
 そこには彼が呼び出したバイアクヘーがいるはずなのだが。
「ええっ!?な、なぜにっ!?」
 そこにいたのは、バイアクヘーではない。
 破壊する者。
 バイアクヘーが仕えるハスター。
「そ、そんなばかなぁ……!」
 呆然とする慎一郎の目の前で、突如呼び出されてご立腹なさっているのか、たまには憂さ晴らしでもしたいのか、思う存分暴れ回る邪神様。
 その蛸に似た体が、飛行船に体当たり。続けて教会にも体当たり。くわえて近隣の建物にも一撃二撃三撃四撃……。
「あわわわわ……」
 逃げまどう住人に混じって、慎一郎もこそこそと粉屋へ向かう。
 大急ぎで2階へ駆け上がった慎一郎は荷物をまとめて駅へ。
 混乱に乗じてトンズラしてしまおうと言う考えだ。

 
 30分後、何も知らず駅にやって来た列車に慎一郎は飛び乗る。
「あ、あはあはあは…………」
 取り敢えず笑うしかない。いや、笑い事じゃないんだが。
 一番隅の席に小さく腰掛けて、慎一郎は窓から目を逸らせた。
 ハスターを見た者は発狂してしまうと言う。
 こうして美しい街が一つ、壊滅した。
 世の中に、邪神はいても神と仏はないようだ、と慎一郎は強く実感した。
「次の街を探さなければ……」
 彼は自分が『災い宅急便』である事実を知らない。



end
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月09日

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