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『めんそーれ!! 』
守崎・啓斗0554)&守崎・北斗(0568)



 海鳥が鳴く。
 晴れ渡る空。繰り返す波の音。純白の砂浜。
 強い日差しが、すべてを輝かせる。
 まるで奇跡のような美しさ。
 あまりにも美しい海。
 だが、この海に何万もの命が消えた。
「だからこそ美しい‥‥のか‥‥?」
 少年が呟いた。
 緑の瞳に、憂愁の色が降りる。
 海は何も応えず。
 波濤だけが、ただ無限に連なっている。
「‥‥‥‥」
 少年は、べつに失望したりしなかった。
 最初から答えなど求めていなかったから。
 表情を消したまま海岸線を歩く。
 守崎啓斗という。
 彼はこの地の人間ではない。旅行者だ。
 琉球の‥‥沖縄の歴史など、文字でしか知らない。
 滞在期間が過ぎれば東京へと帰る、無責任な傍観者である。
 自嘲めいたことを思いながら、ふと砂の上に手を伸ばす。
 指先がつまんだのは、小さな桜色の貝殻。
 貝殻に耳を当てれば、悠久の海音が聞こえるという。
 わだつみの歌のように。
 ゆっくりと貝殻を顔に近づける啓斗。
 聞こえる‥‥。
 バリバリと。
 ガサガサと。
 ガリガリと。
 包装紙を開く音や、咀嚼する音だ。
「‥‥‥‥」
 心底嫌そうな顔をして、啓斗が振り返った。
「ひょひはの? ひゃひひ」
 冬眠前のリスみたいに頬を脹らませた弟がいる。
 北斗という。
 ほとんどそっくりな顔。違いは瞳の色だろうか。兄が若草の色なのに対して、弟は海と同じ色だ。
 造形は同じでも行動はずいぶんと異なるようで、両手にいろいろと食料を抱えている。
 余談だがいまの台詞は、「どしたの? 兄貴」である。
「‥‥おまえずっと食ってるよな‥‥こっちきてから‥‥」
 感心するというより呆れた口調で、兄がいう。
「だって旅行っていったら現地の美味いもん食わねーと」
 ばりぱりと軽快な音を立てて、ちんすこうが北斗の口に消えてゆく。
 宇宙の深淵。ブラックホールのようだ。
「そういうもんかね‥‥」
 そのうち光の粒子まで食べてしまうのではないか、と思いながら、啓斗が肩をすくめた。
「そうさっ! 義務なのさっ!!」
「義務かよ‥‥」
「DNAの呼び声さっ!」
「そこまでいうと嘘だろ‥‥さすがに‥‥」
「うはははー」
 くだらないことを話しつつ、砂浜を歩く兄弟。
 相反する相似形。
 双子によく使われる言葉だ。
 極端に似ているものは無意識のうちに正反対の行動を取る、というものである。
 そうして役割を分担することによって、それぞれの個性とする。
 なんとなく判るような、そうでもないような理屈だ。
「この海の向こうに、ニライ・カナイがあると信じられてきたんだ。この地では」
 兄が言う。
「なにそれ?」
 弟が問い返す。
「まあ、神の地とか理想郷とか、そんなニュアンスだな」
「へぇ」
「でも、海の向こうからやってきたものは災厄ばかりだった。大和民族、アメリカ軍‥‥」
「二へぇ」
「‥‥全然興味ないだろ? 北斗」
「まぁな〜〜」
 これもまあ、相反する相似形のひとつだろうか。
 もっとも、この手の話はなんとなく当てはまるように感じてしまうものだ。
 心理ゲームなどと同じで、自分がたどり着いた場所以外を読んでも、けっこう当たっていたりする。
 ようするに、無難な解答を並べておけば納得してしまうわけだ。
 害になることではないので、楽しむ分には一向にかまわないだろうが。
「お前に話した俺がバカだったよ‥‥」
 がっくりとうなだれる啓斗。
「まあまあ兄貴。人生ラクありゃ苦もあるさ」
 ぽむぽむと肩を叩いて慰める啓斗。
 当然のように、効果などなにもなかった。


 那覇の国際通りを曲がると、色とりどりの露店が軒を連ねている。
 南国の果物や野菜が所狭しと並べられ、威勢の良いかけ声が響く。
 その通りをさらに進めば、那覇市第一牧志公設市場だ。
「なかなか個性的な品揃えだな‥‥」
 啓斗が呟く。
 やや退き気味なのは、売っているものに原因がある。
 マンゴーやスターフルーツなどの果物はまだしも、とぐろを巻いたまま乾燥させたウミヘビとか、ブタの頭の皮とか、上から何十本も吊されている山羊の足とか。
 ある意味、エキサイティングな場所なのだ。
「けっこー美味いじゃん」
 常識的な兄の横で、非常識な行動を取っているのは弟だ。
 否、試食自体は非常識でも何でもないのだが、すべての露店で試食をするというのどういうものだろうか。
 しかも、ウミヘビだろうがカラフルな魚だろうが、毛嫌いせずに食べている。
 アンマー(おばちゃん)たちからみれば、元気で何でも食べる北斗は可愛いのだろう。どんどん試食の皿が渡され、若き食欲魔神はご満悦だ。
「‥‥父さん‥‥俺‥‥育て方を間違ったかもしれません‥‥」
 それとなく弟から距離を取りつつ、内心で怒濤の涙を流す啓斗だった。
 とはいえ、食欲のあるうちは運命から見放されずに済むという。
 小食で用心深くて陰気な北斗など、見たくもないのはたしかだ。
「兄貴。兄貴」
 啓斗の内心も知らず、にじり寄ってきた北斗が声をかける。
「なん‥‥っ!?」
 振り返った兄が硬直した。
 目の前にあったのは、ブタの頭の皮だったのだ。
 食べ物である。一応。
「お面みたいだろー」
「(一応)食べ物で遊ぶなっ!」
「いやいや。お土産これにしようかとおもってなー」
「‥‥もらった人が困るだろが‥‥」
「それが目的じゃん。喜ばせてどうすんだよ?」
 ものすごく真剣に問い返す北斗。
 土産選びについての兄弟の価値観は、火星と木星くらいの距離がひらいているようだ。
「‥‥俺はもう少し普通のお土産にするよ‥‥」
「たとえば?」
「呑める人には泡盛。呑めない人にはサーターアンダギーとか」
「かーっ! つまんねーっ! 檄つまんねーっ!!」
「なんだよ?」
「普通すぎるじゃんっ」
「こんなので良いんだよ。もらって気後れもしないし、食べ物だから邪魔にもならないからな」
「せめてシーサーとかっ」
 北斗が地団駄を踏む。
 やれやれと肩をすくめた兄が先に歩き出す。
 ブタの頭を一〇枚ほど購入した弟が続いた。
 堅実で苦労性な啓斗と、奔放でマイペースな北斗。
 これだけ性格が違うのに、やっぱり良いコンビなのだ。
「あれ?」
 啓斗が足を止めた。
「なしたの?」
 訊ねた北斗だったが、肩越しに兄の視線を追い、
「お、草間じゃん」
「ああ。どうしたんだろうな。一人で」
 兄弟の視線の先。
 とぼとぼと歩くアロハシャツの男。
 怪奇探偵の異名を持つ三〇歳だ。
「なんかー 背中がすすけてねーか?」
「うーん」
 下顎に手を当てて考える啓斗。
 言われてみれば元気がないように見える。
「奥さんと喧嘩したとか☆」
 きししし、と、北斗が笑った。
 じつに楽しそうである。他人の不幸は密の味、ということだろうか。
 軽く弟の頭を小突く兄。
「やっぱり、ふたりきりできたかったのかもな」
「あ。なるほど」
「新婚旅行も行ってないって話だからな」
 やや同情を込めて呟く。草間に対してではなく、細君に対して。
「そだなぁ。ついくっついてきちまったけど」
 珍しく北斗が反省するようなことを言ったが、
「でもまー ついてきちまったもんは仕方ないよなー」
 長続きはしなかった。
 くすりと兄が笑う。
 視線の向こうで三〇男が喫茶店に入って行く。
「慰めにいってやるか」
「さんせーっ」
 勢いよく応える弟。
 琉球の太陽が、ぎらぎらと照りつけている。
 住む人にも、来訪者にも、平等に激しく。










                         おわり


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東京怪談
2004年02月09日

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