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『能楽師とわんこ 』
久住・良平2381)&氷川・笑也(2268)

 気になっている人物がいる。
 登下校の時にすれ違う程度の関係なのだが、どうしても彼を見付けてしまう。
 彼にまとわりつく匂いが気になるのだ。どことなく哀愁が漂う、悲哀に満ちた匂い……彼を見かける度に久住・良平(くずみ・りょうへい)は姿見えなくなるまでずっと、彼の姿を無意識のうちに眺めていた。
 彼の名は確か氷川・笑也(ひかわ・しょうや)といった。すれ違い様に挨拶をしているので、全く見知らぬ仲ではないが、学年も違うし会話をする事も殆どないため、どういった人物かは実のところ良く分かっていない。
 ただ、彼はどこか違っていた。
 常に表情を変えずクールに人と接する彼に、自分と良く似た……凡人と違う何かがある、そう本能でそう感じていたのだ。
 その考えが間違いでないことを、良平は後に知ることになる。
 
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 その日も実家の紹介で依頼を受けて、笑也は依頼人との待ち合い場所へ向かっていた。
 裏山を登る道の途中に、小さな廃屋がある。依頼人はその前を指定してきた。
 人の手が入らないためか、廃屋へと続く道は細い獣道しかない。
 指定された廃屋は山の斜面を切り崩し建てられた別荘だった。
 ふと見上げると、崖の上に墓と地蔵の姿が見えた。後ろを振り返り、斜面の下に並ぶ神社や寺院の位置を確認して、笑也は「なるほど」と小さく呟いた。どうやらこの建物は、墓と神社をつなぐ霊道の真ん中にあるようだ。
 浮遊霊が仕事の邪魔をしないよう、簡易的な結界を施していると、依頼人の男性がようやく姿を現した。
 依頼の内容はこの廃屋となった別荘に取り憑く霊を追い払い、浄化して欲しいとのこと。
「わしは他に用事があるんで、また終わったら電話をよろしく頼むわ」
 後は任せたといわんばかりに男はそそくさと山を下りていった。
 せわしない奴……
 そう思いながらも、笑也は懐から1つの扇をとりだしながら廃屋へと近付いていった。廃屋へ1歩歩みを進める度に、吐き気を催す邪気が強くなって来ているのを感じた。
 扇を広げて、浄化の舞を始めていく。
 邪気はゆっくりとひとつに固まり、巨大な魔物を象りはじめていく。
「私も今日は早く帰りたいのです。遠慮なくいかせて頂きますね……」

 雑草の生い茂る道を華麗な足取りで駆けていく良平。両腕でカゴを抱え、実に楽しそうな表情を浮かべていた。
「あいつらお腹空かせてるだろうな、これみたらびっくりするかな」
 良平の腕の中にはみかんやイチゴをはじめとした旬の果実達がカゴにおさめられている。ほんのりと漂う甘ずっぱい果実の香りは、初春の冷たい風にのり、瞬く間に掻き消えていく。
 道を通り抜けた先には開けた広場と、誰も使っていない屋敷があった。
 良平は拾った猫達をその建物に連れて来ては、こうして食べ物を届けてあげているのだ。
 ふと、屋敷周辺の様子がおかしいのに気付き、良平は歩みを止めた。
 広場の真ん中で舞いを踊っている青年がひとり。優雅で滑らかな動きはどこにも隙がなく、まるで刃の様に鋭い力を秘めていた。
 彼を取り巻くように黒い渦のようなものが渦巻いている。体中にまとわりついてくるため、動きにくそうだ。
 呆然と見つめていた良平だったが、はっと思い直し、彼の名を呼んだ。
「氷川……せんぱいっ!」
「来ないでくださいっ!」
 直後に厳しい声を返され、良平はビクリッとその場に立ちすくんだ。
「で、でも……」
 ちらりと屋敷に視線を向ける良平。中で待っている子猫達の幼い声ははっきりと良平の耳に聞こえていた。
 ……まだ、大丈夫か……
 だが、いつ渦が猫達に気付いて襲いかかるか分からない。そう思案していながらも、良平はほぼ無意識に地を駆け出していた。
 
 良平の右腕が巨大な獣の腕へと変化し、邪気を文字通り切り裂いた。
 再び集まろうとする邪気を切り裂き、良平は再生されるより早いペースで粉々にしていく。
「これ以上はあなたに迷惑がかかります……」
「そんな事言ったって、こんな状況放っておけるかよ! それより、手を休めないで続けろって」
 にっこりとほほ笑む良平。だが、その両腕には細かな傷が走り細く赤い筋が出来ていた。
 ぎゅっと唇を噛みしめ、笑也は再び舞を始める。
 扇をあおぐ度に邪気は空気に溶けて霞み、だんだんと威力が衰えてきているのがはっきりと分かった。
 後少しで舞が完成する、その直前だった。邪気がゆらり……と宙でうごめき、2人とは反対方向に動きはじめた。
「しまった!」
 良平はあわててその動きを阻止しようとしたが、間一髪のところで逃げられてしまう。
「く、くそっ……!」
「……大丈夫」
 耳元で聞こえる静かな声と共に、ふわり……と暖かな空気を感じた。
 とん、と笑也は地面を踏みしめ扇を邪気に向けた。
 強い風が一気にわき起こり、あっという間に邪気の黒い影をかき消した。同時に静寂と張りつめた空気が小屋を囲む空間を支配する。
 一瞬の変化に呆然と辺りを見回す良平だったが、すぐさま思い直して小屋へと駆けていった。
 舞を終えた後の脱力感を呼吸法で整え、笑也もその後を追う。
「よかった、お前達、怪我はないか?」
 良平の姿を見付けたとたん、駆け寄ってきた子猫達に、良平はにこやかな笑顔で迎え入れる。子猫と互いにじゃれ合う良平はふと視界の端で笑也の口元がほほ笑んだような気がした。
 振り向いて彼を見ると、もうすでにいつもの見慣れた無表情にもどっていた。
「……何か?」
「……あ、いや。なんでもない……でも、凄いんだな。あんな大きいのが、あっという間に消えちゃうなんてさ」
「でも万能ではありませんよ。準備の舞のときはとても無防備ですからね……」
「たしかにそうだな……っと。そこ、血が出てるぞ」
 何気なくすっと近付き、良平は自然な動作で腕の傷口を舐めてやった。
 さすがにそう来るとは想像していなかったのか、突然の行為に笑也は目を見開いてうろたえる。
「あ……っ、ごめんごめん、ついな」
 と、良平の胸に抱かれていた子猫が良平の真似をするかのように、しきりに傷口を舐めはじめた。
 くすぐったさに顔をしかめる笑也と、苦笑いを浮かべる良平。
 ふと、笑也は懐からチョコレート菓子を取り出し、子猫にほんのひとかけらだけ与えてやった。
 もう一度半分に割り、さりげなく良平に手渡す。
「あ、有難う……」
「こちらこそ、助かりました」
 ぽつりと言葉を返し、笑也は残ったチョコレートを小さく切り崩して、集まって来た子猫達にそれぞれ与えてやった。
 夢中にチョコにかじりつく子猫達を眺めながら、良平は軽くチョコレートをひとかじりした。
「……ん? なんだこれ……」
 おそらく手作りのチョコなのだろう、クリームがまぜられて甘く軽やかになってはいるのだが……チョコを溶かす時に失敗したのか、お焦げのような苦みが敏感な良平の舌を刺激した。
「クラスの子がくれたお菓子でしたが……何か変でしたか?」
「あ、いや……ちょっと不思議な味のするお菓子だなぁ……なんてなっ」
 せっかくもらった物だからあまり否定するわけにもいかず、良平はなんとか甘くて苦いチョコにかじりついていた。
「ところで、おまえ何でこんなところにいたんだ? さっきの変なのは一体なんだ?」
 良平の質問に笑也の表情がわずかに曇った。しばらくの沈黙のあと、いつも通りの哀しさを漂わせながら笑也はぽつりと呟く。
「時がきたら、お話し致します……」
 じゃれつく子猫を抱き上げ、笑也はそっと頬にある古傷に手を添えた。
 
 おわり
 
(文章執筆:谷口舞)
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東京怪談
2004年02月03日

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