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『小鳥と妖精さんと神様のお告げ 』
草壁・小鳥2544

妖精を、信じるか?
『神様の予言』とやらを告げる、妖精さん。
信じる、信じないは個人の自由だけど、あたしは、信じてる。
……現にいるんだしな。

大浦天主堂。
長崎にある日本最古と言われる教会。
国宝にも指定されている建物だが、その美しさは今も変わる事がなく長崎の海を見下ろすように建っている。
ここには観光客、修学旅行が多く訪れ、草壁小鳥もまた高校の修学旅行で天主堂を見上げていた。
「ふぅん……もっと古臭い建物かと思ってたけど、結構綺麗だな」
集団での見学を終え、自由行動がしばらく許された生徒たちはそれぞれ仲の良い友達とはしゃぎながら散っていく。
小鳥は特に誰とつるんでいる訳でもなく、また愛想の良くない彼女を誘う友達もいない。
お陰でのんびり読書をする事が出来る。
小鳥は木陰になった比較的静かなベンチへ座るとさっそくいつもカバンの中に入れている単行本を取り出し読み始めた。
黙々と読み続けていた小鳥だが、ふっと視界の上を過ぎった白い物に本から視線を外して、上を見上げた。
そこには、人がいた。
……いや、人と呼ぶには違和感がある。
その人のようなものの背中には真っ白な羽が一対あり、そして、明らかに小さい。
小鳥の手の平くらいの背丈だろうか……
「……なんだ、アレ」
眼鏡を指で押し上げ、じっとふよふよと宙を漂っているソレを見ていると、向こうも小鳥に気がついたらしい。
小さな顔を向けると、これ以上ない満面の美しい笑みを浮かべて小鳥の前に下りてきた。
『こんにちは』
「…………」
『貴方は私の姿が見えるのですね?良かった……』
ほぅっと息を吐き、にこにこと小鳥を見るその小さな羽人をただ黙って無表情に見ていた小鳥はまた視線を手の中の本に落とした。
「やれやれ。外で本を読んでるからな、太陽光線で少し目をやられたか」
『違いますよ。私は目の錯覚でも幻想でもありません。私は、天使です』
自分の事を天使と名乗った小さな人に、小鳥は顔を上げる。
「天使?妖精じゃないのか?」
『違いますよ』
にこにこと浮かべる優しげな笑みは、確かに天使と称しても良いかもしれないが……
「……天使なんて大層すぎるな。妖精で十分なんじゃないの?」
『違いますってば〜』
「はいはい、分かったから。用がないならサヨウナラ」
最初は驚いたが、少し話してそれ程大した事はないと判断した小鳥は読書の続きをする為その自称天使を手で追い立てるように払った。
『用はあります。今、人を探しているのです。人々を危機から回避させてくれる人間を』
小鳥はちらり、と一瞬視線だけを向けるが顔は上げなかった。
『夕方六時に市内で衝突事故が発生します。一台は大型トラック、もう一台は……あなたたちの乗ったバス』
「なんだって?」
やっと顔を上げた小鳥に、天使は少しだけ微笑むがすぐに表情を引き締めた。
『これは、神のお告げです。どうか、人々から危機を回避して下さい』
だが、そう言われて二つ返事で了解出来るほど小鳥の神経は単純ではなかった。
この目の前にいる自称天使の言っている事の真偽は分からない。何せ、未来の事なのだから。
そして、何よりこの目の前にいるモノ自体の存在すら怪しい。
神のお告げだとか言ってるのも胡散臭いし、大体場所が場所だ。出来すぎてるようにも小鳥は思えた。
「……だったら、あんたが回避すればいいだろ」
『いえ、私は……』
「おーい、草壁。こんな所で何やってるんだ?ぼーっと遠く見つめてブツブツ言ったりしてさ」
クラスでも比較的良く喋る男子が、小鳥に声をかけて来たのだが、小鳥は眉を潜めた。
「え?お前、見えないのか?」
「何をだ?」
「何って……あたしの目の前にいる……」
そこまで言って、小鳥はハッとふわりと浮いている天使を見た。
「どうしたー草壁ー?」
「いや……何でもない」
男子は変な奴、と言いながら遠くで呼んでいる友人の方へ走って行った。
「そうか……あんた」
『はい。私の姿を見ることが出来る人間はごく僅か』
そう言って日の光の下、穏やかに微笑んだその顔を見つめ、小鳥は小さく溜息を吐いた。
「言っとくが、まだ信じてる訳じゃないからな……」
半信半疑……いや、疑の方がまだ強いのだが、小鳥はとりあえず目の前の自称天使のお告げを信じる事にした。
「で、どうすればいいんだい?妖精さん」
『妖精ではありませんってば』
「はいはい。で?」
『……私はお告げをするだけ。それ以上でも以下でもありません』
にこりと、笑みを向けられ、小鳥は額に指を当てた。
「……つまり、自分でどうにかしろって事か」
『はい』
この妖精はどっか抜けてるのか?と思考の片隅で思いながら、小鳥は本を閉じると立ち上がった。
「……兎に角、やるだけやってみるかぁ」
そして、小鳥は天主堂を見上げた。

「草壁!草壁小鳥はどこだ?!」
遠くで小鳥の担任教師の怒鳴り声が聞える。
そして、何人かの足音と話し声が行き交うのもちゃんと小鳥の耳には入っていた。
だが、小鳥は座ったまま本を読んでいる。
単純だが、小鳥は集合時間に遅れるという方法を取った。
今、小鳥のいる場所はトイレ。
隠れ場所としては一番オーソドックスかもしれないが、使用中のトイレを開けるような人間がそうそういる訳でもないのが事実。
ちらり、と腕時計を見る。
「ふむ……10分か。大体、どれくらい時間をあければ助かるんだ?」
『分かりません』
問いにへらりと笑いながら何とも無責任な言葉を返した妖精さんを無言で睨みつける小鳥はやれやれと本に再び目を戻した。
「……30分、遅れればいいか」
ふわり、と小鳥の右肩に座った重さの感じない体をちらりと見て、内心何故こんな事ををしてるのかと溜息をついたが、ここまでしたのだから仕方がない。
(ま、やるだけやるさ……)
度胸があると言うのか……肝が据わっていると言うのか……
高校生という若さにしては、老成している感が小鳥にはある。
休憩時間に読書するのと同じ感覚で30分の時間つぶしをした小鳥は集合場所へと行った。
もちろん、担任の開口一番は怒鳴り声で理由を聞かれたが、まさか『自称天使のお告げとやらで時間稼ぎをしてました』なんて言える筈がない。
「はぁ……ちょっと眠くなってウトウトしてたら時間が過ぎてました」
この小鳥のでっちあげた言い訳に、担任教師は一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに顔を赤くし再びガミガミと怒鳴りながら、小鳥をバスへと押し込んだ。
バスへと入ると、他の生徒たちの冷たい視線が刺さるが、そんな事を気にするような小鳥ではない。
大体、そんなものを気にする程度ではこんな酔狂は出来るはずがなく、自分の席へつくと、小鳥は再び本を開いた。
小鳥たちのバスは全部で五台で動いていたが、全台律儀にも小鳥を待っていたらしく、小鳥の乗る一号車を先頭に動き出した。
バスは長崎から次の宿泊地である熊本へ向かう為、高速へと乗った。

本に集中していた意識がふっと途切れ、小鳥は顔を上げた。
右肩に乗っていた自称天使が、小さな声で『そろそろだわ……』と呟いたからだ。
小鳥は腕時計を見た。
18時3分前。
小鳥は背を伸ばして前を見た。
大きなフロントガラスの先に伸びる高速道路には車の影はまばらだ。
だが、小鳥の目には数十メートル先を走る大型トラックの姿が飛び込んでいた。
小鳥の背に嫌な汗が流れる。
「おい……どうなってるんだよ。妖精さん」
小声で尋ねた小鳥に妖精さんは小さく顔を歪めた。
『私は、ただ告げるだけ』
この言葉に、小鳥は大きな溜息を吐いた。
そして、立ち上がり、運転席へと向かう。
「ん?おい、草壁。どうした?席についてろ」
それを見咎めた担任が声をかけてくるが、小鳥は無視して運転手の隣に立った。
「あの、どうかしました?」
中年の運転手もどうしたものか、少し困惑した感じで小鳥に声をかける。
小鳥も困ったのは同じで、少し考え頬を掻いた後、言った。
「あのですね、もう少しスピード落としても良いんじゃないっすか?」
『は?』
運転手と担任の声がハモる。
「いや、安全運転って大事でしょ?」
「それはそうですけどねぇ」
苦笑を浮かべる運転手に、呆れたように担任が小鳥に言う。
「お前な……お前が集合に遅れたから、こうやって急いでもらってるんじゃないか。変な事言ってないで早く席に戻れ」
「いや、だけどね、先生。事故というのはいつどこで起こるか分からないものだしさ」
「バスの運転手さんは、言わばプロだ。信用して席につけ」
だんだんイライラとして来た担任だが、ここで引き下がる訳にもいかない。
幸いにも担任とのやりとりに気が取られ、速度は緩くなって来ている。
小鳥は腹を括った。
「そうは言いますけど、バスの事故件数が年間何件起きているか知ってますか?そのうちこういった観光バスの事故件数は?バスの方が安全運転していても、前の車が……例えば、あの前を走るトラックとか……」
「危ないっ!!!」
運転手の鋭い叫びに反射的に小鳥は前を向いた。
と、右から左に大型トラックが接触スレスレに視界から消えていく。
同時に大きく揺らぐバスの車体。
「うわっ!事故った!!」
後方で一人の男子生徒が声を上げた。
『どうやら、危機は回避できたようです』
自称天使の声を聞き、小鳥は大きく安堵の溜息を吐いた。

そして、今。
何故か妖精さんはまだ小鳥の右肩にいる。
時々、『神様のお告げ』をしながら……


PCシチュエーションノベル(シングル) -
壬生ナギサ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月02日

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