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『舞い花 』
坂乾・透憶2290

 声が、聴こえる。
 誰もいない場所で。
 世界にひとりだけの場所で。
 我輩に、囁く。
(お話をしましょう?)
 必死に首を振ることもあった。
 その頃の我輩はまだ、耐えることしか知らなかったから。



 花を携えて佇む。
 そのホームは、もうすっかり元の姿を取り戻していた。むしろ、さらに立派になったような気もする。
(――当たり前か)
 あれからもう8年近く経っているのだから。
(そう)
 あれは我輩が小学3年生の頃だった。
 どこからともなく聴こえてくる声に、いつも返事をしていた。”どれ”の声なのかがわかると、会話を楽しんだ。
(我輩には)
 喋るはずのない”物”の声が聴こえていた。
 とても嬉しかったし、楽しかった。
(世界は友だちにあふれている)
 我輩はすべての物と、仲良くなる権利を得たのだと思った。
(でも――)
 引き換えのように、人の友だちを失った。
「嘘つき!」
「物が喋るわけねーだろ?」
「居るんだよなぁ。妖精が見えるとか霊が見えるとか――物と話せるとか言う奴ッ」
(どうしてなの?)
 友だちのことを、友だちには信じてもらえなかった。だから人の輪の中にいる時、我輩は耐えるしかなかったのだ。
(お話しましょう?)
 今はそんなこと言わないで。
(私たち、あなたとお喋りしたいわ)
 でも我輩は耐えられないの。
 自分はいい――でも皆をバカにするような発言は、許せなかった。
(それでも――)
 そんな我輩を信じてくれた人はいた。――そう、両親だ。
「皆羨ましがってるだけよ」
「そうさ! なにせ物とお友だちになれるのはお前だけなんだからな」
「気にすることないわ。明るく振る舞っていなさい?」
「お前が楽しそうにしてれば、信じる奴も出てくるさ」
 信じて、励ましてくれた。そのおかげで、我輩は元の明るさを取り戻した。そして何人かの、友だちも。

     ★

 それからどれくらい経った頃だろう?
 両親が結婚記念旅行へ行くことになっていた。我輩はその間くらい2人で楽しんでほしいと思ったから、留守番を申し出ていた。
 見送りの朝。
(我輩は、見てしまった)
 見えてしまった。
 両親はこれから、新幹線に乗る。
 2人とも笑顔で、とても楽しそう。
 しかしその駅のホームには――爆弾が仕掛けられている……
(我輩はとめようとした)
 それが見えたということは。
(でもうまくとめられなかった)
 考えたくはないけれど。
(だって楽しみにしていた2人を、知っていたから)
 信じたくはないけれど。
(でも真実を告げずに上手に説明するには、我輩は幼すぎた)
 死が――近いということだ。



 両親は、逝ってしまった。



 我輩もその場にいた。
 けれどすべてを知っていても、何ができよう? 小学生の戯れ言を、誰が信じるだろうか。
(目の前で消えた)
 両親を見守ることしか、できなかった。
 我輩は自分を責めた。
(当然だ)
 もしうまく2人をとめることができていたら。もし誰かが我輩の言葉を、少しでも信じてくれたら。信じてもらえるくらい、大きかったら。
”物は喋らない”
 そんな常識すら、打ち破ることができたら――
(誰も、死ななかったのに)
 その後我輩は、親戚ではなく両親の友人に引き取られた。何故なら我輩がそう望んだからだ。
(合わせる顔がない)
 親戚の人たちの顔を見ると、向こうは当然そう思っていないのだろうけど、どこか責められているような気がしていた。そんな中で生活するなんて、耐えられそうになかったのだ。
 それに。
(誰も笑いかけない)
 皆憐れみの顔をしていた。
 でも両親の友人は、違った。
 我輩に微笑みかけ、手を差し伸べてくれたのだ。

     ★

 新幹線の到着を告げるメロディが流れる。
 ホームは途端に騒がしくなり、それとは対照的に音もなく新幹線が滑りこんで来た。
 人が入れ替わる。
(こんにちは。キレイな花をお持ちですね)
 新幹線の声が聴こえる。
「にははっ」
 思わず笑って、横を通り過ぎる人々の視線を少しだけ集めた。
(とっても軽い花なの)
 我輩が発明した、花。
(――どなたか、亡くなったんですね)
 驚いた。
(どうしてわかるの?)
 これはあの時の新幹線だろうか。――いや、違う。
 すると新幹線は、多分苦笑した。
(少しだけ、哀しそうな顔をしていますよ)
 言われてから、そうかもしれないと思った。
「……そっか」
 それを隠すように、にこりと笑う。
 発車のメロディが流れる。
 もうすぐ行かなければならない。
(では、さようなら。また逢いましょう)
 新幹線は丁寧に挨拶をしてくれる。
「うんっ、また逢おうね」
 我輩が口に出しても、今度は振り返る人はいなかった。誰かと別れを惜しんでいると、思われているのだろう。
 それがなんだかおかしくて、我輩はまた、ひとり「にはは」と笑った。
 新幹線が動き出す。そしてひと時の風を生む。我輩はその風に、手にしていた花を乗せた。
 ふわり舞い上がる。
 花は流れに乗って少し踊ってから、新幹線を追っていった。
(また、逢おうね)
 今度逢う時には。
(きっと持ってくるよ)
 人と物が友だちになれる。
 最高の発明品を――。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年02月02日

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