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『平均外見年齢(約)40歳 』
御母衣・武千夜1803)&立花・一臣(2571)&城田・京一(2585)


「いやあ、これは、何と言うか、死ぬね」
「うん、風速は軽く見積もっても21.58メートルといったところだね」
「わはは! あんまり俺たちがイイ男だから雪の精が帰したくないんだとよ!」
 がたごととあちこちが軋む山小屋で、窓の外を眺めていた男たちが呑気に言葉を交わした。
 人里離れた山中で、男3人が遭難しているところである。小屋の外は猛吹雪だ。一寸先も見えない闇の中、1ミクロン先も見えない激しさの降りっぷり。
 今頃下界ではニュースのひとつでも流れているのだろう。

■現在行方不明
 御母衣武千夜(年齢不詳)
 立花一臣(32)
 城田京一(44)
■以上3名はスキー中に消息を絶つ。吹雪による視界不良のため捜索活動は難航しており、午後7時30分をもって一時休止。吹雪が収まり次第再開。


「参ったな、明日はオペが入ってるんだよなあ」
 ヒゲが伸び始めた顎を撫でながら、青い目の壮年がぼやく。
「あぁ、でも何か風速も降雪量もひどくなってく一方なんだよねー」
 小屋の壁に木炭で計算式を書きこんでいるのは、銀の目の壮年。
「外に出て雪の精とちょっくら話をつけてくらァ!」
 必要以上に声を張り上げ、小屋の外に飛び出していったのは、銀髪の壮年だ。

「……御母衣くーん。死ぬよー」
「もうちょっと声張らないと聞こえないよ、立花君」
「御母衣くーん。死ぬよー」
「さっきとあんまり変わってないね」
「あぁ、喉かれちゃった。普段大きな声出さないからなぁ。城田くんが呼んできてよ」
「わたしが呼んだところで来ないと思うな」
「うん、だったら、僕が呼んでも同じことだと思うけど」
「ああ、それもそうか。頭いいねえ」
「頭いい同士、255目並べでもやらない?」
「あ、それはいい」
「どっちが先手?」
「わたしは後手でいいよ」
「僕も後手ー」
「……わたしが先手でいこう。ここにマル」
「うん、そう来たかぁ」
「うぉー!!」
「「おかえりい」」
「畜生め! 山の精が話に割り込んできやがった!」
「ということは無理? 吹雪は止まないの?」
「雪の精が疲れるまで待つしかねエな!」
「御母衣くん、声大きい。雪崩起きちゃうよー」
「さすがに雪崩には勝てないなあ。ここ、マル」
「甘いね。ここバツ」
「あァやられた」
「で、ふたりはそこでバツとかマルとか何やってんだ」
「遺言を書いてるところなんだよ、四次元語で。或いは宇宙人にSOS信号を出しているともいう」
「本当か?! インテリは違うな!」
「嘘は良くないよ、立花君」
「きみは嘘の塊だよねぇ、城田君」
「――撃ち殺すよ?」
「わぁ、よしてやめていやだぁ。うん、ここにマル」
「冗談だよ。じゃここにバツ、と」
「オイ!! インテリふたり!! 腹ァ減ったな!!」
 どさッ!

 青い目と銀の目のインテリが振り向く。ちなみに、青い目のインテリが城田京一44歳、都内の総合病院の整形外科医。銀の目のインテリが立花一臣32歳、某国立大で数学科の助教授をやっている。インテリふたりを前にして豪快に吹雪を笑い飛ばしている体育会系は、御母衣武千夜だ。彼は年齢不詳で住所も不定だった。とりあえず40代後半に見えるが、日本人には見えない(人間にも見えないかもしれない)のが特徴だ。
 それはしかし、3人が3人ともそうだった。壮年だが、それなりに顔立ちが整っている上に目の色がなかなか珍しいもので、一見多国籍軍にも見えるのだった。
 3人は何となく出会い、何となく意気投合して、いつの間にか友人関係となり、週末にスキーにやって来ていた。
 スキーやったことないんだよねぇ、マクスウェルの方程式より面白いのかなぁ、という一臣の(不用意な)一言が切っ掛けだった。面白いものだよ、骨を折る危険はあるけれど、もし折ってもわたしなら診てあげられるね、という京一の(余計な)意見が話を膨らませた。ようしじゃあ行こうじゃねエか、いい山を知ってるぜ! と、武千夜がとどめを刺したのである。
 そして現在、3人は遭難している。気がついたら吹雪いていて、武千夜ですら道を見失っていた。スキーとストックはどこかに吹っ飛んだか埋もれた。ちなみに武千夜だけスノーボードだった。一番歳上なのだがボードというのが一番若い感じだ。
 見つけた山小屋にはある程度の非常用食料と薪があり、大人ひとりが一晩を過ごすのには困らないのだが、男3人がいつ止むかもわからない吹雪が止むまで過ごすのにはあまりにも頼りない備蓄といえた。
 ただ救いなのは、この3人の男が普通の男ではなかったということだ。
 共食いを始めそうな様相もあるが、それ以前に死にそうにないというか。とりあえず彼らなら生き延びるだろう。たぶん。いや絶対。
 証拠に、いま山小屋の中に武千夜が投げこんだのは、白目を剥いて舌を出した、まだ温かい熊の死体だった。


「わぁ、この熊どうしたの?」
「わっはっは! 俺に掴みかかってきたから軽く投げ飛ばしたんだ。……打ち所が悪かったらしい」
「……熊って今時期冬眠してるんじゃないのかね?」
「腹減ったら穴ぐら出てメシ探すこともあるぞ。今まで何度そういう腹減らしイに遭ったかわかんねエな」
「食べられるのかなぁ、こういうの」
「食べられるさ、スパイスかけて火を通せば」
「なんでスパイス?」
「野生動物の肉には臭味があってね……とても火を通しただけじゃ……」
「へぇ、詳しいねぇ」
「44年も生きてればね」
「なんだァ、まだ半世紀も生きてないのかよ」
「あのね、御母衣君……男は大概1世紀も生きられないものだよ」
「で、スパイスはあるの?」
「ある」
「何で持ってんだ?」
「こういうときのためにね」
「こういうときのために色々持ってるよねぇ。でも城田くん、あれは銃刀法違反……」
「……何を見た?」
「あぁ、さっきスキーウェアの袖からぅわぁ殺されるー」
「なに、心配は要らない。すぐ死ねるから」
「おい医者、素人にヘッドロックはよせ、危険だろうが」
「ギブギブギブギブ」
「ちっ」
「何で舌打ちだ」
「……で、食べる?」
「あー、朝から何にも食べてないんだよね。城田くんに首折られなくても死ねるなぁ」
「俺は餓死する予定が出来たぜ、わはは!」
「……御母衣君、捌くの手伝って」
「ようし!」
「僕は見学。わぁ、大胆。あぁ、スプラッタ。きゃあ、グロテスク」
「ヘンな野次飛ばされると手元が狂うよ。あー、レーザーメスほしい」
「この毛皮も、乾きゃ寒さしのぎになるんだがなア」
「最悪、3週間は食べなくても生きていけるけど」
「吹雪が3週間も続く確率は天文学的に低いよ。計算しようか?」
「してもいいが、俺にもわかるように説明してくれよ」
「まあ、あれだね。人間も一応食べられないこともないし、大丈夫だろう」
「あー、僕は真っ先に殺されるのかなー。怖いなー」
「立花君はあんまり食べる部分なさそうだから心配要らないでしょう」
「うん、痩せててよかった」
「新鮮だから熊刺しいけるか?」
「やめといたほうがいい。寄生虫がいるかもよ」
「なアに細かいこと気にしてんだ!」
「城田くんはお医者さんなんだから、御母衣くん。細かいこといちいち気にするよ」
「ほんと細かいよな」
「熊刺しやるなら止めないよ。でもわたしは遠慮する」
「遠慮すんなインテリ! わはは! 食えェい!!」
「あー、服が汚れるったら」
「あんたにも泥だらけになって遊んでた頃があっただろうが!」
「こら、立花君!」
「わぁ、なに?」
「煙草を吸ったら撃ち殺す!!!!!!」
「うん、もう吸っちゃった。ほら見て輪ッかー」
「殺気立つな、俺が相手になってやるから」
「癌になるよこの野郎!」
「熊食って落ち着け! 腹減ると気が立ってダメだ」
「あー、この煙草ももう人生で最期の1本なのかなぁ。今僕はこめかみに銃をつきつけられています原因は煙草と熊刺しです誰か助けて下さい……と、壁に遺言をば……」
「どりゃアア! これが俵投げだァア!」
「あ痛ッ!」
「あ、僕まだ生きてる?」
「俺は去年から機嫌が悪いんだ! K−1と相撲ではK−1の方が強いと証明されたからだ! 気をつけろ! 俺は火がついた導火線だぞ! 俺の心臓は爆弾だ!」
「ちょっ、と肩が、外れ、た……」
「あー、城田くんがかわりに何か死にかけてるね」
「整形外科! 自力で治せ!」
「モルヒネ……あれどこやったっけ……」
「煙草って麻薬だよねぇ」
「あ痛たたたたたた……」
「やつはな、準備期間が2ヶ月しかなかったわけだ。あのハラじゃ勝てん。もう少し時間があれば……悔しいな」
「あの試合は結果を計算するまでもなかったねぇ」
「やつに失礼なことを言うなー!」
「今さっき御母衣くん、失礼なこと言ってたような気がするけど、あれは空腹による幻聴かなぁ……」
「ふン ぬッ! ……OK、入った入った。汗かいたよ」
「あ、城田くん復活?」
「うん」
「よし、第2試合開始だな! 来い!!」
「武器は使っていいわけだね?」
「おお、総合ルールだ!!」
「戦争反対ー。暴力反対ー。ねー、熊食べようよー」
「そうだな、腹が減って力が出ねエ!」
「さっきわたしは3メートル投げ飛ばされた気がするけども」
「火事場の馬鹿力ってやつだな」
「冬場の馬鹿力でしょ」
「「ぶっ」」
「ウケた。わーいやったー」
「歓声が棒読みだけども?」
「オイ立花、そのライター貸せ。このヤブ医者が生は嫌だってぬかすから炙ってタタキにする」
「残念、もうオイルないんだよ。ほら、火ぃつかなーい」
「なに! 最後の火を煙草に使ったってのか!」
「だから煙草は死を招くわけだよ」
「でも輪ッか楽しいよー」
「……つーことで生か? まさかこのストーブん中突っ込むわけにも……」
「コンロあるよ。あと小さいけどアルミ鍋も」
「いろいろ持ってきてるねぇ」
「どこ入れて来てんだ? そんな大荷物じゃなかっただろ」
「さあ、どこだろ」
「四次元ジャケットだ。そうだ。そうなんだよきっと。そうなんでしょ?」
「立花君、スパイスかけて」
「あーもー誤魔化すー」
「焼け焼け! いい匂いがしてきた! しっかしちっせエ鍋だな!」
「うん、でもこのコンロの火力だとこの鍋の大きさが妥当なところだね」
「脂身の部分はわたしがもらっていい?」
「だめー」「ダメだ!」
「何だ、みんな好きなのか」
「でもあれだなぁ。うん、28過ぎたあたりからあんまりこってりしたのは苦手になったなぁ。脂身大好きだったのにさぁ」
「「あー」」
「歳とるのって、なんかさ、あれだよねぇ」
「「んー」」
「お酒もなんかどんどん呑めなくなるしさぁ」
「「あー」」
「うん、脂身美味しいねぇ」
「「あッ!!」」
「いたいやめて肉を投げないでよー」
「おまえ俺が育ててた脂身を!」
「やっぱり撃ち殺すことにした!」
「あー、僕はまだ書いてる途中の論文があるから……殺すのはそのあとにしてよ」
「よしきた」
「約束だよ」
「うん、これ焼けてるっぽい――わぁ」
「……御母衣君、その箸をどけたまえ」
「……ヤブ医者、その箸どきやがれ」
「脂がハネたハネた、熱いよもう」
「どるァ!」
「あ痛ッ!」
「あッ、無ェ?!」
「うん、脂身美味しいねぇ」
「「……ぶっころす……」」
「ふたりとも目ぇ怖い怖い。……あ」
「何だ?」
「雪、ちょっとおさまってきたみたいだよ」


 1月某日、遭難者3名は無事救出された。3人とも血濡れだったため、小屋には誰か他に一人いて生き延びるために凄惨な悲劇が繰り広げられたんじゃないかとか色々救助隊員は考えたらしい。実際はそんなことなくてただ熊が妙に濃慣れた感じで解体されていただけだった。
「城田くんてさ……」
「ん? なに?」
「ヒゲのびるの早いねぇ」
「剃らないで病院行ったらどうだ? ヤブ医者っぽくていいぞ! わはは!」
「……ふたりともね、失礼」
「また3人でどっか行こうか?」
「ああ、構わないよ。……それまできみが生きていたらね……」
「……月が出てる夜は後ろに気をつけろよ……」
「じゃ、わたしは月のない夜を担当する」
「うん、極限状態の中の人間の心理って面白い。特に食べ物が絡むとね」
 しかしながら元気な3人はしっかり雪入りのビニール袋に熊肉を入れて下山しているのだった。山は綺麗に大切に。
 ちなみにもう一度言うがこの3人は友人同士だ。




<了>
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月30日

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