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『特殊な風邪の治療法 』
和田・京太郎1837)&鬼頭・郡司(1838)

 凡そ人間の居住空間には間違っても向いていない場所。それが下宿屋『飛流』である。
 どのくらい向いていないかといえば、 隙間風とか雨漏りとかラップ音とか。夏は灼熱地獄となり冬ともなればシベリアと化す。そもそもが本当に文明国の首都なのかと疑いたくなるような有様だが家賃もまた本当に土地の家格が異常とも言われる日本の首都なのかと言いたくなる程に安い。
 立って半畳寝て一畳。
 雨漏りは天井にガムテープでも張れば応急処置にはなるし、隙間風もまた壁に目張りの一つもしておけばいい。ラップ音(家鳴りではなく本当に何かいるかもしれない)は気にしない。
 寝れればいいんだというむくつけき野郎どもの巣となっているのが現状である。
 和田・京太郎(わだ・きょうたろう)と鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)の二人もまた、そうした都会難民のうちであった。

「ぶえーっくしゅん!!!!」
 実に豪快な音と共に飛び出した鼻水を啜り上げた京太郎はそれで脱力したかのようにへなへなとその場に経たり込んだ。
 昨夜辺りからどうもだるいと思っていたが朝になって制服に袖を通そうとした辺りでそれは確定事項となった。まあ都会難民生活などしていれば、馬鹿でも風邪を引こうというものだ。
「うーチキショウ……参った」
 京太郎が畳の上にへたりこんだままくじくじと鼻を啜っていると、安普請の上に古く油も差していないドアが勢いよく開かれた。
「う〜っす! ガッコ行くぞガッコ〜♪」
「……なんでおまえそんな元気なんだよ」
 ドアを開けた褌雷鬼はその京太郎の反応にきょとんと目を瞬かせた。普段なら『下宿が壊れたらどーすんだよ!』だの『勝手に行け!』だのという反応を示してくれる筈だからである。
 愛しの息子に会いに天上界から降りてきてこんな穏やかな朝の挨拶は初めてではないだろうか。
 感動に打ち震えた郡司はその衝動のままにぴょーんと京太郎に抱きついた。
「そっか! やっと俺のこの溢れるふせいあいを受け入れる気になったんだなっ!」
「父性愛くらい漢字でいえよ!」
 数を200までもまともに数えられない褌雷鬼に対しては完全に無茶な要求である。
 それはさておき抱き疲れて怒鳴ったはいいものの、そこで京太郎の気力もレッドゾーンをオーバーした。
「おい? おいおいおい〜?」
 自称父親の声も遠い。
 頭は痛いしぼーっとするし鼻は出るし関節は痛いし喉は痛いし。
 見事に風邪の症状のオンパレードだ。
「ん? なんかお前熱いぞ?」
 京太郎にしっかりと抱きついたままきょとんと郡司がその顔を覗き込む。
「……熱あるんだよ」
「なかったら死んでるじゃん?」
「だから風邪引いてんだよ!」
 怒鳴ると直ぐに頭に響く。京太郎は意地も忘れて郡司の腕の中にへたりこんだ。流石に郡司もこれは遊んでいい状態でないことには気付いたらしい。さっさと最愛の息子を解放すると、敷きっぱなしの万年床に息子を横たえた。
「ガッコは?」
「……いけるわきゃねーだろ」
「だよなっ♪」
 電話電話電話〜♪ と郡司は鼻歌交じりに部屋を出ていく。この都会の離れ小島、何故か公衆電話はあって、更に使用頻度も高い。携帯と言う文明の利器からは見放されているものが多く住むが故かもしれない。
 何が嬉しいのか(多分学校がサボれるからだろう)浮かれて出て言った郡司を見送って、京太郎は布団にもぐりこんだ。
 とりあえずお使い犬程度の事はできるらしいな、と、酷い認識を新たにしながら。

 風邪。
 呼吸器系の炎症性の病気で、単一の疾患ではなく、医学的には風邪症候群という。熱がでて寒けがし咳が出る。感冒(かんぼう)。ふうじゃ。
 とりあえず辞書を引いた郡司はむむむと唸った。
 辞書は割かし活用するほうなのだが如何せん辞書を引いても単語の説明の中の単語がまた分からなかったりするのだから困ったものだ。それだけならまだしも漢字も読めなかったりするのがもう壊滅的である。単語を無理矢理読んで、更にその意味を調べると今度は先ほど調べた単語にぶち当たったりもして――つまりなんか意味ない。
「っと、つまり、熱が出て寒くて咳がでるんだな」
 疾患や呼吸器系などと言うところはすっとばして、郡司はそう判断した。
 何しろ風邪などと言うものに縁がない郡司である。前言撤回、やはり何とかは風邪を引かないらしい。
「いよっし!」
 ぐぐっと拳を握り締めた郡司はいそいそと働き出した。
 寒いならと自分の部屋から使いもしない毛布を取り出してきて京太郎にかけ(流石に室内で火を焚くのは大家に禁止されていたので思い留まったが)、熱があるならと濡らしたタオルを京太郎の額にのせる。咳が出るならと秘蔵のカンロ飴を京太郎の枕元にそっと置く。
 しかもそーっと、そーっとだ。
 だるそうにしている息子に負担をかけないように、そーっと。
 世話を焼かれた京太郎は逆らう気力もなかったが逆らう必要もないことも同時に知った。
「……なんだ……まともな事もできるんじゃねーか」
 いつもの勢いで『看病』などされたら命に関わるんじゃないだろうか?
 その警戒がまぶたを落とす事を京太郎に躊躇わせていたが、それが杞憂と分かった今、京太郎は衝動に逆らわなかった。
 そのまますう、と、あまり安らかではないが眠りに落ちた。

 ――油断大敵。
 昔の人はうまい事を言う。

 びゅうううううううう。
 サウンド木枯らし。舞い散るのは木の葉ではなく粉雪だ。
 更に眼前には轟々と音を立てる滝壷。己の体を支えているのは雷獣。
 その冷たさに京太郎は眩暈がした。いや他の部分でも多分に眩暈を感じたが最も問題である部分に関しては意識がまだ認めることを拒否している。
 とりあえず理由はわからないまでも、現状何をされたのかはよーく理解できる。郡司の呼び出した雷獣によって、山中しかも滝壷前という冗談じゃない場所へ運ばれたのだ。
「熱を冷ませば、だるいのが直る!」
 エッヘンと胸を張るのは褌雷鬼。その呼称に相応しく、スタイルは正装の虎皮の褌一丁である。
 そしてそしてそして。
 京太郎は拒否していた一時にこの時漸く視線を落とした。
 上半身裸。裸足。そして、
「なんで俺が褌なんだよ!」
 しかも虎縞の。
「似合うぞ♪」
「似合いたくねーっつかそんな問題じゃねえ!」
「ん? それが気にいらないのか? お前の為の取って置きだったんだけどな?」
「だからそんな問題じゃねー!!!!」
 怒鳴った途端にくらっと絵妹が京太郎を見舞う。
 風邪の上にこんな姿で冬山にいるのなら当たり前すぎる。郡司は途端に心配そうに京太郎を抱き締めた。
「辛いか? 今治してやっからな?」
「へ?」
「冷やせば治るんだろ。だから♪」
「な――!!!!!!」
 ふわっと身体が宙に浮いた。そして、
「ばかやろおおおおおおおおおお!!!!!!」
 絶叫と共に、京太郎は滝壷へと落ちた。
 というよりも。
 突き落とされた。

 京太郎がその後一週間ほど完全に寝込んでしまったのは言うまでもない。

「一回じゃ効かなかったのか? ならまた♪」
「お前はもう何もすんなー!!!!!」
 父親への道と完治への道は、遠く険しい。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月29日

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