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『空中楼閣 』
ケーナズ・ルクセンブルク1481)&イヴ・ソマリア(1548)

――静かなところへ行きたいと何故か思えた。

穏やかで、波風も立たないような平穏な場所。
逆巻く風さえも変えてしまうような、所へ。


                  +++


一月の週末に差し掛かるであろう休日。
ケーナズ・ルクセンブルクは隣に立つ――いつものトレードマークでもあるだろう水色のふわふわとした髪を茶色く染め、見事に変装しているイブ・ソマリアの手を引き、車の助手席へと座らせた。

車は、青の911カレラ4カブリオレ。
ケーナズの愛車でもある。

「ねえ、何処へ行くの?」
「それは行ってのお楽しみ…かな?」
「ふうん……じゃあ、楽しみにしてるわね♪」
「ああ」

シートベルトをイヴが締めたのを確認し、車を走らせる。
週末の所為だろうか、少しばかりの混雑があるようではあったが、裏道を知っている為、予想より早く目的地へと着く事が出来た。

ケーナズが今回どうしても見たかった静謐な、世界たち。
波風も無く、穏やかで自分の標となるであろう風景のある、所。

国立西洋美術館――宗教画が多数、保管されているとして有名な美術館でもあり、また違う意味で有名な美術館でもある。
…多分に、此処は知らなくとも上野公園を知っている方々は多いだろう。
その中にある美術館の一つであり、上野公園には様々な展示物を保管している場所が多いことでも有名だ。
国立図書館、科学博物館、日本美術館…他には水族館に動物園、上野の池には弁財天を祀る神社もある。
休憩したいのなら銅像のある近くに自販機と座れる場所もあり、中央には大きな噴水もあるので、鳩にエサをあげて和むのもいい……そんな、広大な広さを誇る場所。

冬なのに、綺麗な樹木が多くある―正しく森、と言うに相応しい緑の道を歩く。
人の声が所々で響きあい――雑音となる。

だが、それらもホンの僅かの間。

チケットを買い、美術館へと入ってしまえば不思議なほどに落ち着いた静かな時間が訪れる。


                  +++


「ね、どうして此処に来ようと思ったの?」

静かな場所だから、なのだろうかイヴが声を顰めてケーナズへと問い掛ける。
来てのお楽しみ、とは言ったが静かな場所へ来たかったとは中々言い出せず、唇にやんわりとした微笑を浮かべた。

「……どうしても、イヴと一緒に見たい絵があったから……かな?」
「ふぅん? でも私も綺麗なものを見るのは大好きよ。決して変わりはしない美しいもの……永遠不変。そう言うものがあるのだと…信じられるから」
「――永遠不変、か」

綺麗なもの。
美しいもの。

つい最近、庭園で樹をふたりで見てきたことをケーナズは思い返していた。

自らが、今ある思いの形。
何かをイヴから受け取ったような気がすること――そう言う様々なことを。

ふと。
足がとある絵の前で止まる。

神の子、イエス・キリストが磔にされたときの事を題材に描いた絵。

裏切り者、イスカリオテのユダの通告により捕まり十字架へ打ち付けられた彼の人は。

(……後悔することは無かっただろうか。何故、ユダを…年若い彼を使徒の中へ加えてしまったのかを)

彼により、死してしまう定めにあった彼。
裏切りと愛、嫉妬――憎しみ。

それとも、左の頬を打たれたら右の頬さえも差し出せと言っていただけに思うことは無かったのだろうか。
恨むよりも赦しを。
疑うより信じることを、と彼は教え歩く。

疑うことが好きなわけではない。
迷うことが好きなわけでもない。

ただ――どのように、その一歩を踏み出せるのか。
未だに、想い戸惑う。

「……イヴ」
「なあに?」
「君は――イエス・キリストが処刑されたことをどう思う?」
「……そう、ね。彼は、何時の時も人を信じていた。けれども彼に向かったものは」
「ああ」
「嫉妬と言う、人類最大の禁忌。神の子が禁忌によって滅ぼされるなんて……」

イヴはその続きを言っても良いものか一瞬戸惑った。
だが、続きを促すような強いケーナズの瞳に後押しされ言いずらかった一言をぽつりと零す。

「―――皮肉な、話ね。グリムの御伽話のようだわ」
「成る程。……この絵だけで随分と立ち止まってしまったね。少しばかりミュージアムショップを見て、それから付属のカフェでお茶にでもしようか」
「ええ。確か、そこにはモネの睡蓮があるって聞いたけれど…楽しみね」

ケーナズは、その言葉を聞き嬉しそうに微笑む。
静かなる像や絵は何も語らない。
けれど、その中に人は自分たちにとっての救いを見る――綺麗でいて、そして儚くて虚ろであるからこそ想い宿るがゆえに。


                  +++


ミュージアムショップにあるモネの睡蓮も、やはり素晴らしく、それらについて様々な話をしながら少しの休憩を取るべくカフェへと入る。
美術館もそうだが、ミュージアムショップにせよ、此処にせよ本当に手入れが行き届いて落ち着く気持ちになる。

いや。
もしかすると手入れが良いのではなく。

(少しだけ思考を変えてみようか――イヴ、君が居るから綺麗に見えるのではないかと)

……悪くは無い。

誰かが居る、と言うだけで風景が違って見えるというのであれば。

そんな思いがケーナズの内部で上手く働いたのだろうか、少しばかり色々な話をしてみようと言う気になった。
興味が無いだろうから、で話せなかった事を。

「そう言えば、最近は人が食べるものさえ困る事が多いのだけれど、ね」
「ええ、鳥インフルエンザとかあるし…ちょっと怖い…わね」
「ああ、だが今現在急ピッチで色々と抗体やワクチンなどの作成作業をすすめていてね…上手くすれば老人や子供のみ優先だったワクチンも上手い具合に行き渡るかもしれないんだ」
「素晴らしい事ね……ふふ、でも珍しい」
「何がかな?」
「ケーナズがそうやって仕事の話をしてくれる事がよ。いつも私の仕事の話は聞いてくれるけど……ケーナズは滅多に自分の話をしないから……」
イブはティースプーンをくるくる回す手を止め、
「だからね少しだけ…寂しくて……聞くことができて嬉しい」
晴れやかな空のように、にっこり微笑んだ。
「イヴにしたら意外かも知れないが実は私は自分の仕事には、かなりのやりがいを感じてたりもするんだ。今まで言わなかったのは、興味が無いからではないかと思っていたからだよ」
「誰が興味が無いと思うの?」
「イヴが、かな……実際、薬の開発や抗体がどうのと聞いても、つまらないのではないかと」
「……し、信じられないッ!!」
「―――?」

ケーナズはいきなり、叫びだしたイヴに内心強い驚きを隠せなかった。
興味が無いと思っていたから言わなかった。
多分、華やかな世界に居る彼女にはこう言うことを話せば退屈だろうと。

だが、イヴはケーナズを見つめ、言葉を続ける。

「……どうして大事な人の仕事の事がつまらないなんて思えるの……?」
胸に突き刺さるような言葉にハッとする。
自分が境界を作っていたのだ。
つまらないだろうと決めてかかっていたのは、他ならぬ自分自身でしかなく。
「…………すまない」
「謝らなくてもいいから。……けどね? そう言う風に思われてたなんて、心外だって事は覚えておいてね?」
「……肝に銘じておこう」
「なら、良いわ♪ あ、ねえ…やっぱり好きな仕事とは言えストレスとかたまったりしないの?」
「たまったりしない、と言いたいところだが…一般企業に勤めている以上人間関係のストレスは当然ある」
「……やっぱり……」
「だがね、それでも社会に貢献できる今の仕事を誇りに思っていることに変わりは無い……私が作る薬や何かで人々が少しでも痛みや熱から解放される……素晴らしいことだと、思うよ」
「本当ね、とても素敵なお仕事と思うわ」

イヴの言葉に微笑を浮かべ、ケーナズはまだ仄かに温かい紅茶に口をつける。
興味が無いだろうから、で括っていた話が出来たことで思考を変えた時のように柔らかな想いが絶えず自分の中に溢れていくのを感じながら。

(結局カッコつけているだけじゃ駄目、と言うことか……)

時には素の自分を見せたりしなければ。
一歩を自分から踏み出さなければ状況は変わらないのだ。

空中の楼閣を作りあげるような無理はせずに、まずは自分自身から――、

――歩みだす。


目の前の大切な人へ向かって。




・End・
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秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月28日

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