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『『サラダデイズ』 』
西王寺・莱眞2441)&嘉神・真輝(2227)
 うららかな5月の始まり。
 今日は連休の初日。
 正午過ぎという時間になってようやく莱眞は布団から這い出すと、寝癖のついた髪を掻きながら、部屋を見回した。
 このマンションに引っ越してきてもうだいぶ経つが、まだ部屋の半分をダンボールが占領している。
「やれやれ。いい加減なんとかしないと、ガールフレンドも呼べやしない」
 莱眞は自分の無精を棚に上げて、八つ当たり気味にダンボールを蹴った。
 本当になんとかこの邪魔なダンボールをどうにかしたいが、だけど、やはりいっきに片付けるとなると、相当に骨が折れる。しかももう何の罠か時刻は昼過ぎだ。
「あ〜ぁ、妖精さんが片付けてくれないかな〜」
 などとくだらない寝言を起きている時にほざく莱眞。
 しばしベッドの上に寝転んで、だいぶ見慣れてきた天井を見つめていた莱眞はおもむろに起き上がった。その顔には何か天啓が降りた聖職者・・・もとい、思いっきり面白い悪戯が思い浮かんだ悪戯っ子そっくりの表情が浮かんでいた。
「ふっふっふ。俺としたことがなんと愚かだったんだ。妖精はいないが、ランプの精並に使える奴がいるじゃないか」

 ******
 莱眞はスッキプを踏む感じで、リズミカルで軽やかな足取りで、エレベーターに乗った。
 ケージが向かう先は、屋上だ。
 ちーん。
 ケージが屋上に到着して、扉が開くと、莱眞は軽やかに地上に舞い降りた天使かのように、にこりと純粋無垢に微笑んで、大きく息を吸う。
「まーきちゃ〜ん♪」
 大声で彼の名を呼んだ。
 呼ばれた方、嘉神真輝はびくっと体を震わせてから怯えた小動物のように莱眞を振り返り、彼を確認すると、思いっきり嫌そうな顔をした。
 ぴょんぴょんと鞠が弾むような足取りで、莱眞は真輝の前に立つ。
「ああ、まきちゃん、おはよう。なんていい朝なんだろうね♪ ぼかぁは、嬉しいよ。まきちゃんに朝から会えるなんて。もうそれだけで、ここ最近の疲れも癒される感じ、みたいな♪」
「もう13時だ。朝じゃない。昼だ。それにどこの言葉だ、それは? ってか、おまえは何人だ?」
「んー、日露のハーフだけど戸籍上は日本人だね」
「・・・」
 真輝は煙草を口から離すと、紫煙と一緒に大きく溜息を吐いた。ひどくひどく疲れたように。
「ったく、災厄だな」
「俺は最高だよ♪」
「帰るわ」
「どこに?」
「部屋に」
「んじゃ、俺も一緒に行こう。お昼はまだなんで、よろしく、まき♪」
 頭痛を堪えるような顔でエレベーターに向かって歩いていた真輝は、足を止めて、振り返ると、ものすごくイイ笑みを浮かべて、莱眞の胸元を両手で鷲掴んだ。
「おまえは年がら年中その頭に咲いている花にここで光合成でもさせてろ」
「うわぁ、ひどいなー、まき。それがキミを追って、このマンションに引っ越してきた親友に言う言葉かい? ぼかぁ、哀しいよ」
 もちろん、真輝のいるこのマンションに引っ越してきたのはただの偶然だ。だけどこう言ってやった方が真輝の反応が面白い。
(ほら、ものすごく真剣に嫌そうな顔をしている。ほんとにわかりやすいなー、彼は)
 にこにこと笑う莱眞。
 それに比例して、真輝の顔は何かストレスを溜め込んでいくかのようなひどく面白い表情になっていく。
 ・・・笑いそうだ。
 ・・・ダメだ、噴き出す、笑いを堪えられない。
「ぷっぅ。あはははははは」
 莱眞はつい笑ってしまう。
 それを見て、片眉の端を跳ね上げた真輝は彼の頭にげんこつを落とした。
 だけどその怒りの行為すらも真輝を玩具のように扱う莱眞にかかったら、
「ひどーーーーいぃ。空手部員を虐待した次は、親友を虐待するの? そんなひどい事ばかりしてると、美術室に駆け込んで、先生に言いつけちゃうぞ♪ って言うかぁー、そんな事ばかりしてるから天罰で161cmから159cmに縮んだんじゃなくって? ぷぷ」
 真輝の口から煙草がぽろりと落ちたのは突っ込みどころが多々あって、まずどこから突っ込めばいいのか途方に暮れたからだ。
「最初から一個一個突っ込め♪」
 その真輝のフリーズの原因を簡単に察知して莱眞はにこりと笑って、親友に助言する。莱眞の仕事場は教師をやっている真輝と同じ学校の食堂だ。そう、RPGや小説に漫画の世界での情報集めの必須場所であるのが酒場なように、リアルの世界でもやっぱり色んな情報は食堂に集まってくる。ただでさえそんな学校中の情報が集まる食堂が仕事場なのに、それに付け加えて莱眞のアンテナは高いために彼が学校内で知らない事は実は無いのだ。もちろん、情報集めは高校生の時からずっと玩具である真輝をいじめるため…もとい、高校の時からの親友である真輝の悩みにすぐに答えられるようにという名目のために。
 真輝は深い皺を刻んだ眉間に右手の人差し指をあてて深く深く息を吐き出すと、
「あーーーー、で、誰と誰が親友だって?」
 ものすごく爽やかなイイ笑みを浮かべて、落ち着いた紳士的な声でさらりと言った。
「うわぁ、ひど。多々ある突っ込みどころの中からあえて一番最初に突っ込むのがそこって言うか、親友じゃん、俺ら」
 鼻の穴を広げて、毅然と言い切った莱眞に真輝は苦虫をまとめて5,6匹噛み潰したかのような表情をしてみせた。
「あー、今でもこうして瞼を閉じると、親友と初めて出会った時の光景がありありと浮かぶよ。うん」
 それは莱眞にとっては懐かしく大切な楽しい高校時代の、そして真輝にとっては不本意な高校時代の思い出であった。

 ******
 二人の初めての出会いは高校の廊下だった。
「って、あれ、あの購買のおじちゃんに嘘教えられた?」
 莱眞はげんなりと溜息を吐いた。
「やれやれ。美しさとはほんとうに罪だな。あの購買のおじちゃんはどうやら俺の美貌に嫉妬をしたようだね。ふふ」
 単に彼が道に迷っただけだ。購買のおじちゃんの名誉のために言わせてもらうが、彼はちゃんと丁寧に教えていた。ただ莱眞が彼のその説明を聞かずに、購買に買い物に来ていた女子生徒をナンパしていただけだ。だから彼は道に迷った。
 しかしそんな事は認めずに、莱眞は悲劇に浸った。嫉妬に狂った購買のおじちゃんの呪いによって自分は永遠にこの校舎から出られずに死んで、そしてきっとこの学校には美少年の幽霊が出るという噂が立つのだろう、と予想した未来に陶酔する。
「ふっ。死すらも乗り越えて、俺は女性のハートを掴むのか」
 などと馬鹿を言っていると、
 向こうから、ショートカットのかわいい女の子がやってきた。
 げんなりと姿勢を崩していた莱眞は、なかなかにポイントの高い彼女を視界に映すと、びしっと背筋を伸ばした。
(ん〜、髪の毛さらさらで、細身で、身長も低くって、ものすごく美人。いいねー。だけどマイナスポイントは貧乳かな? まあ、でもそれは育てる楽しみがあるわけで。まずは毎日牛乳をプレゼントして、あとは風呂の中で手の平を胸の前で合わさせてぎゅっと力を込める運動をしてもらってって、バーカ。ありゃ、どうみても男やん)
 莱眞は肩をすくめる。
 莱眞が着ている服は私服だ。しかしこれは彼が転入生だからではない。この学校は珍しくも制服と私服の併用が認められているのだ。身なりは生徒の自主性に任せられている。幼い頃から莱眞に社交界の礼儀作法などを叩き込んできたばーやが見たら、きっとものすごく嘆いただろう。彼女は最近の、プライバシー保護と我が侭とがごっちゃまぜになった世風をひどく嫌っているから。
「まあ、それはいいんだけど」
 廊下の窓から差し込む光りを浴びながら歩いてくる彼は本当に美しい。真ん中に窓ガラスが寄せられて左右の隅っこに空いたスペースから吹き込んでくる風に前髪を爽やかに舞わせている姿は本当に天使のようだ。
 しかし・・・? と、莱眞は小首を傾げる。確かにこの学校は制服・私服併用校だが、しかしそれは名目だけで、ほぼ96パーセントの学生が私服だ。残りはちょっと独特の世界を持つ者たちが制服を着ているだけ。はて? 彼は、どのような世界を持っているのであろうか?
 そんな疑問に悩む莱眞に答えはもたらされた。
 窓の向こう、向かいの校舎から大声で彼は呼びかけられる。
「今日もかわいいよぉーーーー、まきちゃーーーーーん」
 男の声。
 まきちゃん、と、呼ばれた彼はわずかにその眉目秀麗な顔を不機嫌そうに崩したが、それを無視。
 それを見て莱眞は思わず吹き出しそうになり、そして理解した。
(なるほど、そういう事ね)
 制服とは男子用と女子用とがある。つまり制服を見れば、それを着ている人物が、男か女かは一目瞭然なわけで。そう、だって、女の子に関しては百戦錬磨の莱眞だって、まきちゃんと呼ばれていた彼が男子用のブレザーの制服を着ていなかったら、女子と間違えて、いつもと同じようにフェミニスト全開で彼に接していたはずで、
 つまりは彼が制服を着ているのはそういう事。
(どうやらものすごくその天使のようなかわいい女顔のせいで困ってるみたいだね、まきちゃん)
 莱眞という人間は男は完全にアウト・オブ・眼中で、女の子に対してだけはフェミニスト全開で優しく接する。だけどそれでも男だって気に入った奴はそれなりにかまうわけで、
 それで・・・
「やあ、お嬢さん。おはよう。今日も気持ちのいい朝だね。朝日を浴びながら歩くキミを見た僕の心臓は思わず驚きのあまりに止まってしまったよ」
 その彼、嘉神真輝を気に入ってしまったらしい。
 莱眞は彼が男だとわかっていて、わざと女の子扱いした。
 ぺらぺらと彼は軽薄を絵に描いたような口調で実に軽やかに真輝に話し掛ける。
 どんどん怒りのゲージが溜まっていくのは、それに比例して彼の眉間に刻まれる深い皺で見て取れた。
 莱眞は想う。
(実に面白い玩具を見つけた)
 そしてぷちんと、何かが切れるような音が聴こえそうな程に真輝のこめかみに浮かんだ青筋がぴくぴくしてきたのを見た時に、莱眞はとどめをさした。
「俺とつきあわない彼女♪」
「だぁーーーーーーーーー。黙れ、ウザい。誰がお嬢さんだ、蹴るぞ、コラァ」
 と、真輝が言った時に、上段前蹴りが放たれていたのはお約束。
 しかし、莱眞はそれを軽い身のこなしで紙一重に避ける。
「うーん、照れちゃって、かわいいぞ、この」
「殺す。ぶっ殺す」
「殺したいほどに俺を独り占めにしたいと?」
「ぐぅわぁぁぁあああーーーー。黙れぇーーー。頭が腐りそうだァ」
 本気の正拳突きや蹴りを放つ真輝に、それを軽くかわす莱眞。
 それはまるでダンスを踊るかのようで。
 そんな真輝の直情的なところがまた、莱眞の遊び心をくすぐった。
 その日から莱眞は真輝にストーカーのように張り付いて、彼を玩具にする。そしてそんな二人の姿は、やっぱり周りにはものすごく仲のいい恋人がじゃれあっているようにしか見えなくって、学校中に西王寺莱眞と嘉神真輝ができている、という噂が流れるのに三日もかからなかった。
 ちなみに真輝が密かに片思いしていた女教師に「嘉神君。その、人の恋愛は自由だから、だからその、嘉神君が誰を好きになろうと先生にはそれに対して何かを言える権利ってのは無いんだけど、だけど男の子同士じゃ、子どもはできないよのぉ!」と、涙ながら言われた時は、彼はその後一週間寝込んだそうだ。
 わずか3年の半年だけの莱眞と真輝の高校生活であったが、その半年は充分に莱眞に玩具である真輝との楽しい思い出を、そして真輝に莱眞との最悪な思い出を作らせた。

 *******
「初めてまきを見た時、天使みたいだって思ったよ。これホント♪」
「アホ。死ね。俺に彼女ができなかったのはおまえが原因だ」
 真輝は突きを放ちながら莱眞に本気とも冗談ともつかぬ声で言った。
 その突きを軽く紙一重でかわしながら莱眞は気障ったらしく前髪を掻きあげながら、にんまりと笑う。
「ちっちっち。ダメだよ、まき。自分の意気地の無さを人のせいにしちゃあ。俺は言っただろう? 謝恩会が終わったら、先生に告白しに行けって。それをおまえはさんざん屁理屈をつけて逃げたんじゃないか。もしもあの時に、ちゃんと告白していたら今頃おまえはパパになれていたのに」
 目を細める真輝。その彼が何かを言おうと口を開こうとした瞬間に、莱眞は絶妙のタイミングでイイ笑みを浮かべる。
「ああ、だからかな、まきが美術教師に惹かれているのは。あれだけ面と面向かって好きですって言われたら意識しないわけないもんな。最近はすごく気になりはじめてんだろう、まき? ひょっとしてさっきも彼女の事を考えながら煙草をふかしてたとかさ。いっひっひっひ。恋するお嬢さんは切ないねー」
「黙れ、ウザい。誰がお嬢さんだ、蹴るぞ、コラァ」
「って、蹴ってるじゃん。しかも本気で。反省中じゃなかったの、まきちゃん♪」
 避けながら言う莱眞。
「やめた。反省期間はもう終わりだ。キャッチフレーズももう変える!!!」
 突きや蹴りを放ちながら叫ぶ真輝。
 その呼吸はぴったりで、なんだかんだ言っても、この二人、仲がいいようで。
 突き出された拳を紙一重で避けると同時に、その伸びきった拳が引かれるよりも早く、真輝の懐に入り込んで、彼の形のいい顎を指で掴んだ莱眞はキスする直前まで顔を近づけて、にこりと微笑む。
「で、実際、彼女とはどうなのかなー? 先ほどまでの反省期間の発端となった事件で悩んでいるまきを彼女が優しく励ましたっていう情報も入ってるんだけど。実際、そんなんされたらもう萌え萌えだよね。どうだい、この際、彼女にしてしまったら。んー、まきの人生最高の出逢い。なんなら俺がまきと彼女のデートのプロデュースしてあげるから、どう、俺の部屋の掃除をしない? ダンボール、溜まっちゃってるんだよねー♪」
 ぴきっと額にさらに青筋を浮かべて固まる真輝。
 莱眞はにっこりと笑って、
「俺のお気にのアンティークカップがある美味しい喫茶店教えてあげるよ、まきちゃん♪ だから一緒に俺の部屋の掃除をしよう♪」
「あー、死ね」
 叫ぶ真輝。
 微笑む莱眞。
 それは結局は真輝が莱眞の部屋を片付け、なぜか遅い昼食と豪勢な夕飯をつくるはめになるわずか数刻前のうらかかな午後の風景であった。

 **ライターより**
 こんにちは、西王寺・莱眞さま。嘉神・真輝さま。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。

 少しプレイングの設定を変えさせていただきました。
 どうだったでしょうか、今回のお話は?
 笑っていただけましたか?
 サラダデイズ=青臭い日々ではなく、未熟な日々。
 莱眞さんと真輝さんはまったく昔と変わっていない関係のようです。
 そういうのってすごく大切な事ですよね。
 これからもきっとこの二人はこんな感じでやっていくんでしょう。^^
 
 今回、莱眞さんが真輝さんをいじめているネタは、以前に真輝さんにご依頼いただいたシチュノベを読んでいただくと、わかると想いますので(またよりこのノベルも楽しんでもらえると想います^^)、よろしければ、お目を通してやっていただけますと、幸いでございます。

 それでは本当にありがとうございました。
 失礼します。


PCシチュエーションノベル(ツイン) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月27日

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