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『想い忍ばせ、裏天井! 』
丹下・虎蔵2393

 虎蔵は、その日も凍えながら職務を全うしていた。
 彼の眼下にあるは、あやかし荘【薔薇の間】。
 そこには、彼の雇い主より守護を命ぜられた少女が生活している。
 任務とはいえ冬場の天井裏ほど寒いものはない。
 防寒具はあるものの、暖房器具を持ち込めないのは辛いものだ。
 しかしそれを耐えてこその影。
「大切なあの方を守るためならば、たとえ火の中、水のな……へっくち!」
 つぶやいた拍子に周囲のホコリが飛んだらしい。
 寒さも合わせて思わずくしゃみが出た。
「曲者ーーっ!」
 虎蔵のくしゃみが聞こえてしまったのだろう。
 部屋の少女は床の間に飾られていた槍を手にとると、エイヤッとばかりに天井を突いた。
 目の前の天井に穴が空き、二撃、三撃と追撃が続く。
 少女は小柄でありながら、身長の倍以上もある槍を振り回していた。豪腕である。
 ともあれ、守るべき人の身体能力について深く考えてはいけない。
 虎蔵は再び出かかったくしゃみをこらえ、少女の攻撃を回避する。
「いったい何の騒ぎ?」
 騒ぎを聞きつけ、住み屋の管理人が現れた。
 天井に空いた穴を見、次に少女の持っている槍に目をやり、言葉を失う。
 無理もない。
「天井裏に鼠がおるようなのじゃ」
 虎蔵は「違う」と言いたかった。「わたくしは鼠ではありません」と。
 しかし、何があろうとも虎蔵は自分の正体を明かすことはできない。
 彼の存在は、雇い主の面目にかけて絶対の秘密なのだから。
 名誉ある仕事とはいえ、四六時中の任務は幼い彼にとって過酷なものだ。
 それでも少女を守りたい一心で、虎蔵はひらすら少女の姿を追う。
 その行動はまさにストーカー……なのだが、当の虎蔵は全くと言って良いほどそれに気がついていなかった。
 彼は雇い主の命令を守っているに過ぎないのだ。
 なんとも実直な少年であった。

 その日、少女は住まいの住人と一緒にデパートへ買い物に出かけた。
 護衛である虎蔵ももちろん後を追う。
 少女の視界に入らないように、それでいて少女を視界から見失わないよう。
 電柱の影。マンホールの下。時には枝を持って木になりすます。
 虎蔵は遠目に少女の表情をうかがった。
 彼女は一緒に連れだった女性達と談笑している。
 大丈夫。気付かれてはいない。
(わたくしの姿はあの方には見えない。わたくしの姿はあの方には絶対に見えない)
 虎蔵は心中でそう念じ続け、少女の護衛を続行する。
 しかし、少女には見えていなくとも他の人間には丸見えなわけで。
 任務に集中している彼はその視線に全く気づいていなかった。
 虎蔵がまだ幼いこともあり、大概の人間は遊んでいるのだろうと微笑ましく見送った。
 役得というか何というか。
 虎蔵は周囲の様子には目もくれず、両手に擬装用の木を持ったまま小走りに少女を追った。
 デパートへ着いた一行は、めぼしいものを求めて歩き回る。
 しかし、デパートといえば色々な人間が出入りする場所だ。
 そこにはどんな人間がいるか、どんな危険が待ち受けているかわかったものではない。
(全力をかけてお守りしなければ!)
 虎蔵はそう意気込むと、マネキンになりすまし、バーゲンセールのワゴン下に身を隠し、尚も少女の護衛を続ける。
 店員がその姿を見て声をかけようかと思ったが、明らかに迷子とは違うようなので対処しかねていた。
「ああいう遊びが流行ってるんですかねぇ……?」
「さぁ……」
 ささやき合う店員をよそに、虎蔵はやはり少女の背を追いかける。
 やがて時が経ち、夕方。
 帰り際、帰途へつく少女一行を追い、虎蔵もデパートを後にした。
 デパートにいる間、少女は始終楽しそうにしていた。
 少女の一日を守れたことに安堵する反面、虎蔵はどこか満たされない気持ちを持て余していた。
(あの隣に、わたくしも一緒にいられたなら――)
 何度も考え、その度に雇い主の言いつけを思い出し、こらえた。
 少女が過ごした今日の日の記憶に、虎蔵の姿はない。
 明日も明後日も、少女の記憶に虎蔵が残ることはありえない。
 影とはそういう存在なのだ。誰にも知られることなく、守るべき者を危険から遠ざける。
 それはとても名誉な任務で、虎蔵の誇りでもある。
 デパートの外はもう夕暮れで、空は一面紅く染まっていた。
 虎蔵はその空を眺めると、唇を噛みしめ、守るべき人の背中を追った。

 夜を迎え、虎蔵は再び天井裏に戻っていた。
 家主が修理を頼んでおいたのだろう。
 朝方開けられた天井の穴は、あらかた応急処置がなされていた。
 少女も食事を終え、これから就寝しようというところだ。
 一日を無事終えられたことに安堵しつつ、明日もまた気を引き締めてかからなければと自分を戒める。
 そうして息を吐いた時、布団に潜りこんだ少女が天井を見上げて声をかけた。
「のぅ鼠。今日は楽しい一日じゃったぞ。また皆と買い物に行きたいものじゃ」
 その声に、思わず顔をほころばせる。
 明かりを消して眠りについた少女を認め、虎蔵はそっと目を閉じた。
 そうだ。隣に立つことはできないけれど、ずっと傍で見守っていることはできる。
 あの笑顔を守ることはできる。
 きっと、明日も少女は虎蔵のことなど知らずに一日を終えるのだろう。
 けれどそれを辛いとは思うまい。
「おやすみなさいませ。――様……」
 少女が微笑んでいれば、虎蔵はそれだけで幸せになれるのだから。

 しかし勘のするどい少女のこと。
「曲者ーーっ! 今日こそ退治してやるのじゃ!!」
 部屋の少女は床の間に飾られていた槍を手にとると、エイヤッとばかりに天井を突いた。
 目の前の天井に穴が空き、二撃、三撃と追撃が続く。
(何だか日に日に攻撃の精度が上がってきているような……)
 軽々と攻撃を避けながらも、虎蔵は内心気が気ではない。
 しかし、何があろうとも虎蔵は自分の正体を明かすことはできない。
 彼の存在は、雇い主の面目にかけて絶対の秘密なのだ。
 そうして、今日も虎蔵は少女を守るために護衛――もとい、ストーキングを続けるのであった。
 とはいえ。
「おのれちょこまかと! 覚悟ーーーー!」
 ざくっ どかっ バキッ
「ああああ! 今度鼠駆除するからやめてえええ〜〜〜」
 怒声。轟音。悲鳴。
 彼の存在がバレるのは、時間の問題……かもしれない。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
西尾遊戯 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月26日

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