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『いつか誰かの 』
櫻・疾風2558

 僕は消防士だ。錬金術師でもある。名前はまだない。
 ――わけはない。子供の頃から慣れ親しんだ櫻・疾風(さくら・はやて)って名前がある。
 現在バリバリ勤務中。この火を消し止める事が僕に課された使命なんだ!
「すうわあくうるあああああああああああ!!!!!」
 美しくない発音だけに必死である事が丸分かりな悲鳴が僕を呼ぶ!
 イッくぜえ! 僕はこれだけは譲れない。決して譲れない!
 僕を呼ぶ声。僕を求める声。まだまだ理想には及ばないけど、それに答えていれば必ず辿りつけると信じてるんだ。

 僕は『いつか誰かのヒーロー』になりたい。



 黒い煙が天を覆いつくしていた。
 否、覆い尽くすかに見えた。焼ける家屋はその炎の上がる屋根から真っ黒な煙を天へと吐き出していく。
 ランドセル姿の押さない疾風少年にはそれが天国を汚そうとする悪魔のようにさえ見えた。
 学校帰り鼻歌でアニメのテーマソングなどを歌いながら牧歌的に下校していた疾風にとって、その光景は悪夢以外の何者でもなかった。炎と言うものが轟音を立てるものだということを、初めて知った。
 駆けつけた消防隊員が必死の消火活動を行っていた。
 これは後になって知ったことだが、死亡者まで出て四棟を全焼させた、かなり大きな火事だった。
「うわ……」
 己と同じ立場の野次馬に押されこけつまろびつどうにかこうにか体制を立て直すと、そこはもう火の粉がかかりそうなほどの現場付近だった。
 消防士が怒鳴り声を上げて野次馬を牽制し、そして消防車から伸びたホースの先を炎へと向ける。ご近所の人達なのだろうか、バケツリレーまで始まっている。
 現場は混沌としていた。
 火なんて水をかければ消えるじゃないか。
 そう思っていた疾風の常識はものの見事に覆された。
 燃え上がってしまった炎はそう簡単には消えてくれない。見本のように今疾風の眼前で炎は踊っている。
 恐怖を、確かに感じた。
 その時だった、今しも焼け落ちようとしている家の中から、一人の消防隊員が駆け出してきたのは。
 顔は真っ黒、制服らしき銀色の衣装もやはりすすでもこびりついたかのように真っ黒になっている。疾風の前を駆け抜けていくその身体は、触れてもいないのに分かるほど、酷く熱い。
 正しくその男は炎の中から駆け出してきたのだ。
 その男は疾風に目もくれず、野次馬の中で涙目をしていた一人の少年に駆け寄った。

「にゃあ」

 場違いなほど暢気な鳴声がした。



 それは仔猫だったんだ。
 消防隊員がその腕の中に庇っていたのは、小さな茶トラの仔猫。
 あの時、すすで真っ黒になった顔に笑顔を浮かべて仔猫を取り出した消防隊員を見たあの時、僕は感動した。
 生まれて初めて、魂を揺さぶられたんだ。
 当時の僕と同じくらいだったその男の子は、泣き笑いのような顔で、だけどキラキラ光る目で、消防隊員を見返していた。
「ああ! 僕のヒーロー! ファイアレッド!」
「……誰だそれは」
「僕もいつか誰かにあんな顔を向けられたい。そうあの時心に誓ったんです」
「いやだから、ヒーローまでは百歩譲って認めてやっても言いとしてなんだそのファイアレッドって」
「その為に僕はお祖父さんについて、錬金術を学んだんです」
「……無視かテメエ」
 僕はぐぐっと拳を握り締めた。
 あの日の僕はきっとあんな顔をしていたと思うんだ。
 仔猫を受け取った男の子と同じ、感動と尊敬と……色んな物がつまった顔。
 そんな顔を、いつか僕も誰かに向けられたい。きっと僕も、誰かのヒーローになってみせる。消防士として!
「僕のお祖父さんは術で金を作ろうとするし、妹も弟もブランド品や新車とか……だけど僕はこの力を消防のために役立てないんです! 水しか錬成できなくても良いんだ、僕、一生懸命でしょう先輩!」
「ほーお、そーかそーか」
 先輩は僕を見て疲れたようにっていうか寧ろ呆れ果てましたというように言った。
 まあ僕はまだまだ半人前だし、仕方ないとは思うけど。
「……そう言うことはな、せめて半人前になってからいいやがれ!」
 がすっと先輩は行き成り僕を蹴った。
 痛かった。
 そしてごううっと、あの幼い日に聞いた炎の音がした。



 因みに疾風達が出動したその日の火事は三棟が全焼。
 出動が早かった割に被害が拡大したのは、疾風が練成した水のおかげで周囲の家屋が乾燥しまくった為であった。



「ファイアレッドになる前にまずファイアーマンになれ!」
「僕はちゃんと消防士ですよ!」
「お前は現状じゃ放火魔の方により近いんだ!」

 ――ファイアレッドになれる日は遠い。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月26日

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