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『『プロジェクトY 間欠泉に挑んだ男』 』
本郷・宗一郎2361
 ここにある男の記録がある。

 その男は、
『いいや、わしは負けん! ここで引いたら男が廃る! 孫のためにもわしはひけんのじゃああああぁああ!!!』
 孫のために間欠泉に挑んだ。

 その男は、
『女尊男卑はんたぁぁぁーーーーいぃ!!!!! あやかし荘の女どもは男の権利を認めろぉぉぉーーーー!!!!』
 あやかし荘の男の権利を叫んだ。故に彼は間欠泉に挑むのだ。

『次こそは勝って見せるのじゃ!』
 畳についた爪の跡はその男が下唇を噛み締めながら、間欠泉へのリベンジを誓った時に刻んだものだ。

 そう、男はその背に色んな物を背負って、戦っていた。
 それは孫への想いであり、
 同じ屋根の下に住む男たちのためであり、
 そして自分自身の誇りでもある。
 もはやその間欠泉との戦いは彼の日常となりつつあった。
 今日も男は間欠泉に挑む。

 そしてそれを冷ややかな眼で見つめる小さな影があった。
「むむ。あ奴め、今日も懲りずに間欠泉に挑むか」
 それはあやかし荘の支配者であり、動く法律書。嬉璃だ。
 先代の管理人の時まで、このあやかし荘が男子禁制の寮であった理由も、または今現在においても女尊男卑がまかり通る理由もすべてがこの座敷童である彼女にある。
 男嫌いの嬉璃。だが、その眼に宿る炎はただ男嫌いというのだけではあまりにも黒かった。
 女はラムネを飲みながら、いひっひっひと笑った。
 間欠泉に挑む男。本郷宗一郎。今また、彼に新たなる災いがふりかかろうとしていた。

 ******
「管理人殿。今日も看病をさせてしまってすまなかった。それに先日は、その、粗末な物をお見せしてしまって」
 宗一郎は布団の上で深々と土下座した。
「えっと、あの、先日の時の事はもういいです。前の時と同じように野良犬に噛まれたと想って我慢しますから」
 先ほどまで気絶していた宗一郎を看病していた管理人は水を張った桶にタオルを入れて、それを充分に水につけてから絞ると、丁寧に折りたたんで、大きなたんこぶができている宗一郎の頭にそれを乗せて、そう言ってから耳まで真っ赤にして、部屋を出て行った。宗一郎と管理人との感じはつい先日(リベンジと言う名の無謀)からずっとこんなよそよそしいまるで倦怠期のカップルのような感じだ。
 宗一郎は怯えた小動物かのようなその彼女の背を見送りながら大きな大きな溜息を吐いた。
「失敗。失敗。管理人殿に変なトラウマを植え込んでおらなければよいが」
 珍しくげんなりと溜息を吐く宗一郎。
 彼は濡れタオルを乗せたまま、ちゃぶ台の上のすずりに向かうと、墨をすり、それに筆をつけて、たっぷりと墨汁を筆に吸い込ませて、彼はその筆で、壁に貼られた紙に今日の日付が書かれた欄に大きな×を書いた。
「はぁー。今日も間欠泉に勝てなんだ」
 げんなりと溜息を漏らす。
 と、突然、彼のうなじの産毛が一本一本ちりちりとした。
 なんだ、この感じは?
 昔取った杵柄。宗一郎は素早く背後から感じた凄まじい殺気に振り返った。もちろん、念法をいつでも発動させられるように体を緊張させて。
 しかし、背後にいた人物を右目に映すと、彼はほっと緊張を解いた。
「なんだ、嬉璃殿か」
 そう、そこにいたのは大人ヴァージョンの艶っぽい嬉璃だ。
 そして宗一郎は思い出したように彼女にも頭を下げる。
「先日は粗末な物を見せてしまってすまなんだ」
「あー、もうええよ。そんなん」
 ヒステリックにきぃーきぃーと言われるのも、または管理人のようによそよそしくされるのも困るが、そんなん、と素っ気無く斬り捨てられるのもショックだ。
 肩を落とした宗一郎に嬉璃は着物の袖で色っぽく口元を隠してくすりと笑う。そして彼女は壁に貼られた紙を見た。
「打倒・間欠泉。・・・・見事に全戦全敗だねー」
「うぐぅ」
 宗一郎は渋い表情を浮かべる。
 嬉璃は捕まえたネズミを弄ぶ仔猫そっくりの笑みを浮かべて、
「そんなに間欠泉に勝ちたいん?」
「う、うむ。当然じゃ。最初こそはこのあやかし荘の女尊男卑を何とかしたくってその突破口になればと想って挑んでいたが、もはやここまで来たらそれも関係無い。これはわしの漢をかけた戦いなのじゃ」
「ふむ。なるほど、大和魂ということだねー」
 うむと頷く彼に嬉璃はくすっと笑って、懐から何かを取り出した。
「それは?」
 怪訝そうに眉根を寄せた宗一郎に、嬉璃は至極真面目な顔で説明してやる。
「これはね、間欠泉の蓋ぢゃよ」
 間欠泉の蓋? 宗一郎は小首を傾げる。間欠泉にそんなものがあるとは思えない。それにそれはどう見ても、ただのラムネの蓋だ。宗一郎もラムネが大好きで、よく瓶の中のビー玉を取ろうと指を瓶の口に突っ込んで、その指が取れなくなって焦ったものだ。まあ、それは置いといて、
「間欠泉の蓋とは?」
「うむ。もちろん、普通に考えれば間欠泉に蓋などあるわけが無い。これはな、闇アイテムぢゃよ」
「闇アイテム?」
「そう、闇アイテム【蓋】。これはどんな物にも蓋ができるアイテムぢゃよ」
 なるほど、どんな物にも蓋ができるのならば、噴き出す間欠泉をもこの【蓋】で止められるということ。ならばあの忌々しい間欠泉を封じた後はゆるりと温泉に浸かり・・・
「ダメじゃ。それはあの忌々しい間欠泉に勝ったと言えるのじゃろうか?」
 宗一郎は頭を抱えて、苦悩の声を出した。なんだかそれは彼にとっては楽な道に逃げるようで我慢できないのだ。
「これは異な事を言う。もちろんのろんぢゃ。噴き出る間欠泉をこの【蓋】で封じる。それは立派に勝ったということぢゃろうて」
 嬉璃の言うことはもっともに聞こえる。
 しかし渋る宗一郎。
 だけどそんなのは嬉璃にはお見通し。そう、この男の性格など・・・
「よいか、宗一郎。おんしがどう想おうが、それはおんしの勝手ぢゃが、これだけは確か。間欠泉の噴き出る温泉に入るよりも、この蓋で間欠泉を封じる方がより難しく試練ぢゃ!!!」
 びしぃっとポーズをつけて嬉璃は言った。
 そして嬉璃の言った、より難しく試練ぢゃ!!! という言葉が宗一郎の中で何度もリピートされる。
 宗一郎はぎゅっと拳を握った。そして寝巻きを脱いで、褌一丁になると、気合のポーズ(よく応援団などが、オッス、をやる時にするポーズ)をした。
「わかったのじゃ、嬉璃殿。この本郷宗一郎、漢にかけてこの【蓋】で間欠泉を封じてやろうぞ」
「うむ。がんばれ。わしもおんしの間欠泉に挑む姿に心打たれた。ならばわしがおんしの対間欠泉用の修行のコーチをかって出てやろうぞ」
「おお、それは本当か。ありがとう、嬉璃殿。そなたがわしの味方についてくれるのなら百人力じゃ」
 ここに新たな同盟が生まれた。
 宗一郎は心よりその嬉璃の申し出に感謝し、彼女の手を取った。
 だが宗一郎は知らなかった。真実を・・・。

 ******
「よし、宗一郎よ、忍者はその超人的な跳躍力を得るために、成長の早い植物を植えて、徐々に成長していくその植物を毎日飛び越える事で足腰のバネを鍛えたという。ならばおんしも近所の銭湯を借り切って、そこで修行ぢゃ!」
 びしっと人差し指を立てて、言い切る嬉璃。
 闇アイテム【蓋】をぎゅっと強く握り締めて、頷く宗一郎。
 そしてあやかし荘の近くにある銭湯は本郷コンツェルによって貸切にされ、そこを特訓場所にして宗一郎の修行が始まった。
 まずはあの冗談じゃねーって感じのって言うか、まず常人は触れることすらできぬ間欠泉の百度を越える温度に耐えられる肉体を作らねばならないということで、徐々に風呂に張った水を温めることにした。
「う、うぎゅ、つ、冷たい」
 温泉大好きの宗一郎は熱いお湯は楽勝だが、冷たい水は勘弁だった。時期は真冬。あやかし荘ではクリスマスツリーが飾られている頃だ。そんな季節に水風呂なんて!!!
「あ、えっと、まずは普通のお湯から始めんか?」
 己が身を両腕で抱きしめながらがくがくと鼻水を垂らしてそう言う宗一郎の頭を嬉璃はハリセンで叩いた。
「なにをおんしは甘えた事を言っておるのぢゃ!!! そんな事であの間欠泉に勝てると想っておるのか??? ローマへの道もまずは一歩からぢゃ。肌をあの間欠泉に耐えられるようにしたければ、愚痴を零さずにわしの特訓に耐えるのぢゃ!!!」
 ハリセンでばしっと手の平を叩いて鋭い声でそう言いきった嬉璃に男はこう想ったそうだ。

 鬼じゃ・・・。鬼コーチじゃ。

 そして男は鬼コーチと共に忌々しい間欠泉を闇アイテム【蓋】で封じるべく修行を積み重ねた。
 毎日、マイナス8度の水から、100度を越える熱湯に5時間浸かり、
 ぼこぼこと煮えたぎる熱湯の中に潜って、男は鬼コーチに言われた通りに1000まで数えた。
 時には湯船の端から端までカエル泳ぎもした。
 潜りながら太極拳もした。
 そうすべては間欠泉を闇アイテム【蓋】で封じるために。

 そしてそれを見つめながら嬉璃はほくそ笑む。
「ふっふっふ。まんまとひっかかりおって、間抜けめ」
 ???
 そこには男を想う鬼コーチはいなかった。
 いたのは自分を酷い目にあわせた男に復讐をする女だけだった。
 そう、ここですべてを明かそう。
 間欠泉に挑む男。だがその真摯なまでの彼の行為が誰も傷つけなかったかと言うと、やはり彼は人生の常で、二人の乙女を傷つけていた。

「えっと、あの、先日の時の事はもういいです。前の時と同じように野良犬に噛まれたと想って我慢しますから」
 管理人の彼女はそう言っていた。
 そう、宗一郎はまずは初めて間欠泉に挑んだ時と、
 つい先日、
 二回も彼はうら若き娘に見せてしまっていた・・・。

 そして嬉璃にも・・・
 嬉璃は思い出す、つい先日の事を。
「・・・・・・・・・・ぎゃぁーーーーー」
 宗一郎を助けに来て、モロにそれを見てしまった管理人は悲鳴をあげた。色気もそっけもないただ嫌悪という感情のままに大きく開いた口から迸らせた声にならぬ声を。
「いやぁぁぁぁーーーーーーー」
 管理人はもう完全に我を失っていた。
 その場に腰が抜けたようにぺたんと座り込む。
 泣く。
 本気で泣く。
「え、あ、あの、管理人殿」
 宗一郎は若い女性に泣かれて狼狽するばかりに、自分がどんな格好をしているのかを忘れてしまっていた。
 もはや自分が犯罪行為をおかしていることすらにも気が付かずに管理人に近づいていく宗一郎。
 近づいてくる真っ裸の宗一郎に泣き怯える管理人。彼女の視線はもうあそこに固定されてしまっている。
「いやぁーーーー。来ないでぇェェェーーーーー」そして彼女は泣き叫びながら身近にあった風呂桶や石鹸などを投げて、
 そしてそれはもうお約束というかなんというか・・・・
 ・・・・その、つまり、
 宗一郎は管理人が投げた石鹸に足を滑らせて、
 そして濡れた風呂の石畳の上を滑っていって、
 彼が滑っていった方向っていうのは、
 つまり、嬉璃の方で・・・・・・
「う、うわぁ、戯け。こっち来るんぢゃないのぢゃ」
 そんなこと言われても、実は宗一郎は、管理人が投げた風呂桶が頭にクリーンヒットしていて、気絶しており、だからもう慣性の法則に従って、嬉璃の方に滑っていくだけなのだ。
「お、おわぁ」
 ぼん、という音が漫画なら聞こえそうな感じで、大人ヴァージョンになった嬉璃。それでなんとか宗一郎を弾き飛ばそうとしたのだが、時既に遅し。
 真っ裸の宗一郎に押し倒される感じで、宗一郎と絡み合いながら、男湯の石畳の上に転がった。

 そう、嬉璃はその時に裸の宗一郎に押し倒された。
 これはあやかし荘に住んでいる者ならば誰でも知っていて、そして暗黙の了解のうちに黙っていることであるが、実は嬉璃は男性と付き合ったことがなかった。実は彼女は純粋培養な乙女なのだ。
 その彼女を男は真っ裸で押し倒した。
 あまつさえこれは本当に偶然で、その時、宗一郎は気絶していたのだが、彼の顔は大人ヴァージョンの嬉璃の豊かな胸の谷間に埋められていた・・・。

 女が自分を辱めた男に復讐を誓うにはそれらは充分であった・・・。
 そして男はそんな女の心のうちなど知らぬままに言われるがままに修行に励んでいた。
 修行を始めたのが街にクリスマスキャロルが流れる時分。そして季節は、鮮やかな薄紅色の花が虚空を飾る春となっていた。
 その時には・・・
「うむ。完璧ぢゃ」
 宗一郎本人はいたって至極真面目な修行だが、嬉璃にとってはたんなる復讐劇であった修行は完了した。
 宗一郎の肌は毎日水から沸騰するまで熱したお風呂に入っていたために、完全な鉄の肌となっていた。彼はもはや火中の栗すら火中点心甘栗拳など使わずとも素手で取れるほどの熱さへの耐久性を持っていた。
 そしてその肺も強化され、彼はスキューバーダイビングの巣潜り選手権でも余裕で優勝できるほどの肺を手に入れていた。
 さらにはその銭湯に取り付けられた人工間欠泉体験擬似装置(本郷コンツェルン特別製の物でジェット噴射かのような勢いで水が放出される)による特訓で圧力への耐久性も手に入れた。
 まさしく太古からのトレーニング方式と最新鋭の科学によって、今またここに最強の漢が生まれた。
「わしは最強の肉体を手に入れ、そしてそれに付け加えて嬉璃殿にいただいたこの闇アイテムもある。ならばわしは見事、あの憎き間欠泉に勝てようぞ」
「うむ。期待しているのぢゃ」

 ******
 そして男は再びあやかし荘男湯の前に立った。
 そこにはすっかりと古くなった張り紙がある。男は懐かしそうに感慨深そうにその紙に触れて、そして暖簾をくぐり、脱衣所で、着物を脱いで、褌一丁になった。今までの厳しい特訓を共に潜り抜けてきた褌だ。そう、宗一郎にとってはもはや戦友も同じ。その褌ひとつを身につけて、
「くぅおらぁーー、間欠泉。今日こそ、わしはおまえに勝つ!!!!」
 びりびりと揺れる大気。
 微妙に変わっていく空気の匂いに味。
 来る!
 宗一郎は全力で走り、
 そして石畳を蹴って、
 勇猛果敢に今まさに吹き上がらんとする間欠泉に飛び込んで・・・・・・・
 そして男は・・・・・・・

「うぎゃぁーーーー、助けてー」
 そう、男はそれでも間欠泉には敵わなかった。
 どうしてか発動しなかった闇アイテム【蓋】を握り締めながら、男は吹き上がる間欠泉にただ弄ばれるのだった。
「おお、今回も見事によう噴き上がったねー」

 ちなみに、この特集を組んだ我が番組スタッフが嬉璃女史に質問したところ、宗一郎氏が厳しい修行を耐えられた心の支えであった闇アイテム【蓋】は見た通りにただのラムネの蓋であったそうだ。
 そう、あやかし荘の女尊男卑と戦う男の一番の敵はやはり嬉璃であったのだった。

 **ライターより**
 こんにちは、本郷宗一郎さま。
 ご依頼ありがとうございます。

 宗一郎さんはどうやらやっぱり、間欠泉には勝てなかったようです。
 彼の戦いはまだまだ続くようです。
 しかし、彼は今回のお話で随分と肉体改造をしたようですから、きっと近いうちには!

 宗一郎さんVS間欠泉 三回目ということで、前二話を引き継ぐ感じで書かせていただいたわけですが、やっぱり前回のライターさんたちの世界を壊していないか心配だったりします。^^;
 そしてプレイングでは嬉しいお言葉、ありがとうございます。
 とても嬉しかったです。
 今回のお話もお気に召していただけたらと想います。^^

 ちなみに僕の場合は、プレイングを読んで、設定を読んで、イラストを見て、お話を読んで、それから脳内でお話を構築するのです。
 そしたら直にワードで文章を書きます。
 そうですね。書き始めたら、いっきに書いてしまうので、調子がいい時はシチュノベ一話につき3時間ぐらいで。
 小説の神様が降臨してきてくれない時は一日ぐらいでしょうか?
 ご依頼していただけたノベルはできるだけ早く納品できるようには心がけているのです。^^

 それでは本当にありがとうございました。
 失礼します。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月26日

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