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『 初めての… 』
中藤・美猫2449)&梅津・富士子(2477)

 …美猫に耳と尻尾が生えた。
 そう聞かされて、富士子は複雑な思いで溜息を吐いた。
 …来るべき時が来た。
 いつかは来るであろうその時を自分は楽しみにしていたのか、それとも恐れていたのか…。
 自分の血がそうさせたのだということは明確だ。
 確かな血の繋がりの証、同族意識…確かに喜ばしいと思える反面、自らの血のために普通の人生を歩めないだろう孫娘を思うとやりきれない思いもある。
 …人より丈夫な体、人にはない力。
 それは決していいことばかりではなく、人の世界溶け込んで生きるには重荷になることもある。
 人として生きるのか妖として生きるのか…ともあれ力の正しい使い方を導いてやることは必要不可欠。
 …たった一人の身内、この世で最も大切な孫娘。
 籠の鳥のように庇護し、守り愛することは容易いがそれは違うと知っている。
 美猫が幸せになれるよう…自由に、自分の足で歩いていけるよう、できる限りの事をしてやろう。
「…負けるんじゃないよ。」
 小さく呟いて、富士子はそっと布団の中でそれこそ猫のように丸まる美猫の頬に指を滑らせた。
 昼間散々泣いたせいだろう、目元が赤い。
 …この子が幸せになりますように。

 その日、おばあちゃんは見たことがないくらい静かな顔をしていた。
「…おはよう。」
「朝ご飯を食べたら、大事な話があるからおばあちゃんの部屋においで。」
 怒ってるのとも哀しいのとも違う見たこともない顔。
「う、うん…」
 なんだか気圧されてしまってどんな話なのか聞くことが出来なくて、美猫はおずおずとうなづくことしかできなかった。
 白いご飯と焼き魚、卵と納豆と、それからとうふと長ネギのお味噌汁の朝ご飯。
 いつもと変わらないはずなのになんだか違う味がするような気がして、美猫はお椀半分ほどでお箸を置いてしまった。
「…何のお話?」
 神妙な面持ちの祖母の前に正座して、美猫はおずおずと尋ねた。
 祖母は黙ったまま一向に口を開こうとしなかったからだ。
 深く溜息を吐いて、富士子は目を閉じる。
 少し考える素振りを見せた後、彼女はそう問うて来た。
「…何から話したらいいかねぇ…美猫は猫の声が聞こえるね?」
「…うん。」
 誰も信じてくれなかったけど、おばあちゃんは信じてくれた。
 でも他の人に話しちゃダメだとだけ教えられて深くは教えてもらえなかった。
「自分が普通の人間と違うということにも、気付いてるね?」
「……うん。」
 重ねて問われ、居心地の悪い思いで膝を擦りあわせる。
「昨日、お使いの時に猫耳と尻尾が生えてきたって話を電話で聞いたよ。」
「っ、あのっ…えと…」
 …どうしよう、ヘンな子だって思われる。
 顔がかぁって熱くなって、鼻の奥がつんとして、涙が出ちゃうかも知れないと思った。
 そのおかっぱの小さな頭の上に、温かい感触が触れた。
「…おばあちゃんもそうなんだよ。」
 思いがけない言葉に顔を上げようと…したらぎゅっと抱き締められて遮られた。
「ごめんね、今まで黙ってて…おばあちゃんのせいなんだよ。」
 あったかいおばあちゃんの胸に抱き締められて、温かさと規則正しい心臓の音に安堵する。
 目を閉じて大きく深呼吸をしたらだんだん落ち着いてきて、もっと小さかった頃みたいに、猫がするみたいにおばあちゃんの胸にぐりぐり頬を押し付けた。
「美猫は悪くないし、少しもヘンじゃないよ。ただおばあちゃんの血を引いてるだけなんだよ。」
「おばあちゃんの血…?」
「…おばあちゃんはね、妖怪なんだよ。」

 …だから美猫も1/4だけだけど人間ではないのだと聞かされて。
 最初は吃驚したけど、でもずっと前から知っていたみたいにすとんと胸の中に落ちてきた。
 猫の声が聞こえることとか、人に見えないものが見えることとか、耳や尻尾のこととか。
 ぐちゃぐちゃになっていたパズルのピースがあるべきところに収まったみたいな感覚。
 …血が知っていたと言うことなのかもしれない。
 美猫はまだ小さくて、それを上手く言葉には出来なかったけれど。
 妖怪として、おばあちゃんに最初にもらった課題は『自分の力だけで猫の姿になること』だった。
 人間として生きるか、妖怪として生きるかとか、難しいことはよくわからないけど、突然猫耳が生えてきたりするのは普通に生活する上で問題があると言うことはわかる。
 だからまずは自分の力を良く知って制御することを覚えること。
 その第一歩として、まずは自分で猫の姿なってごらん、と申し渡されたのである。
『美猫ちゃーん、がんばってー!』
 観客は4匹の猫達。
 皆真剣な面持ちで美猫を応援してくれている。
『猫になったら一緒に遊びに行こうよ!』
『人間じゃいけないとこに行こう!』
「人間じゃいけないとこって…?」
 そう尋ねたら猫達は首を傾げてそれぞれ違う方向を指差した。
『ええと…天井裏!』
『屋根の上がいいよ、あと木の上!高いとこ!』
『床下は?鼠がいるよ?』
「…屋根の上行って見たい…猫さん達と同じ景色、見れるんだよね。」
 …天井裏とか床下はちょっとごめんなさいだけど。
『うん、いい眺めだよ、あったかいよ!』
『屋根の上ー!』
 楽しそうに笑う猫達に促されて、美猫は顔を上げた。
 少し怖いけど、わくわくとどきどきもたくさんあって、胸がぽかぽかする。
「…がんばる!」
 ぎゅっと自分の手を握り締め、美猫は小さく頷いた。

 …最初は猫耳と猫尻尾だった。
『…耳と尻尾だけじゃダメだね。』
『…うん、屋根の上には危ないね。』
「…うん…。」
 頭とお尻に意識を集中させすぎたのかもしれない。
 どうしても昨日の猫耳と尻尾を思い出してしまって。
「耳と尻尾にこだわらない方がいいよ、全身に気を使ってもう一度やってみてご覧。」
 そう言われて、またぎゅっと目を閉じて猫になれ、猫になれって念じてみる。
 どういう感覚かよくわからないからどんな風にしたらいいかわからなくて、でも必死で。
『…ちょっと惜しいね。』
『…うん、サイズは猫だね。』
「きゃっ!」
 言われて目を開けたら、目の前にはおっきな猫さんの顔があった。
『もうちょっと小さかったら銜えて運べるのにね。』
 そう言って銜える真似をされて転がりそうになってバランスを取る為にわたわた腕を動かして美猫はどうにか地面とキスを免れた。
「び、びっくりした…」
 …どうやら人間の姿のまま猫サイズになってしまったようである。
 空が全然高くて、庭が凄く広い。
 猫さんの視点ってこんなんなんだ…。
『もーいっかい!もーいっかい!』
 猫さん達に応援されて挑戦すること一時間以上。
 疲れて、もう止めちゃいたいって思った時、ふと顔を上げたら長い糸見たいのが目に入った。
 黒くてしなやかなそれを目で辿って…ついた先は自分の鼻先…ピンク色の。
『…あれ?』
 手を見てみたら、白い。
 白くて丸くて、掌にはピンク色の柔らかそうな肉球がある。
『わーい、やったあ!』
『てんじょー屋根の上ー!』
『やったぁー!』
 一緒になってじゃれあって、笑って。
 みんなと一緒に屋根の上とか、普段上ることが出来ないぐらい高くて細い木の上にも行った。
 いっぱい騒いで、笑って、たくさん遊んで。
「そろそろお昼だよ、下りといでー。」
『…はぁい!』
 おばあちゃんの声に振り向いて、猫独特の軽い足取りで美猫は地面に降り立った。
「その格好じゃ食べにくいだろ、そろそろおもどり。」
『はーい!』
 元気に返事をして、美猫はふと足を止めた。
『…どうやって戻るの?』

 …もとの姿に戻るのに、更に数時間を要したとか。

                                 −END−

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■         ライター通信          ■
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 御申込み頂きありがとうございました。 
 あまりどたばたコメディと言う感じにはなりませんでしたが、一生に一度のこと、と気合は入れて書きました(笑)。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
結城 翔 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月26日

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