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『White illusion 』
七瀬・雪2144)&森村・俊介(2104)

 森村俊介の自他共に認める不肖の弟子は、最近、小遣い稼ぎに、なんと師匠の写真をブロマイドにしてクラスメートに売りさばいていたらしい。
 それを聞いたときなど、風の力をもってしても帰還の叶わない遙か異界の彼方にまでも放り出してやると、本気で殺意すら抱いた森村である。
 ともかくも、あらゆるコネ、能力を駆使して、魔術師は、その不本意な自分グッズを手早く回収した。
 全く、弟子は、ろくなことをしない。おとなしく手品だけを一生懸命学んでいれば可愛いものを……また灸をしっかりと据えてやらなければ!
 加えて、口が軽いとは、ついぞ知らなかった。例の大凶おみくじの件を、面白おかしく触れ回っていたらしい。七瀬雪は、森村のくじ運を、随分と曲解して覚えていた。
「森村さんは、とても運がいいそうですね。おみくじで凄かったって、お弟子さんから聞きましたわ」
 なるほど。間違ってはいない。
 確かに森村は凄かった。違う意味で凄かった。滅多にない大凶おみくじを、これでもかと言うくらい引き当てる、その能力。
 何の役にも立ちやしない。笑い程度は取れるかも知れないが……森村は魔術師で、お笑い芸人ではないのだ。大凶おみくじなんか大量購入しても、虚しさが募るばかりである。一刻も早く忘れたい記憶だと、森村は、我知らず溜息を吐いていた。
「そのくじ運の強さを、是非、今日、発揮して下さい!」
 だから違うと言っているのに。
 雪と森村は、駅前の商店街に来ていた。
 冬のキャンペーンまっただ中の、小さなアーケード街。さして広くもない道を挟んで、個人の商店が軒を連ねる。
 どことなく田舎びた雰囲気が、雪は好きだった。洒落たブティックなどよりも、こちらの方が、落ち着くほどだ。それに、さすがに生活雑貨は安い。幸いにして、荷物持ちを買って出てくれる青年もいることだし、雪は、この時とばかり、細々したものを買い漁っていた。
「はい。福引き券。向こうの会場で引いてきてね。当たるといいねー」
 もらった福引き券を携えて、雪が行列に並ぶ。
 順番が来ると、森村さんが引いて下さいとせがんだが、魔術師は断固として拒んだ。
 自慢ではないが、森村は、金目の物を、クジやら福引きやらで当てた試しがない。大凶おみくじに限っては、よほど神様に嫌われているらしく、人間離れした技を披露するが、それ以外は、ごくごく平凡な運しか持っていないのだ。いや、二十三年間の人生の中で、一度も当選した事実がないことを思えば、普通人よりも運は悪いのかも知れない。
 ともかくも、自分が引いては駄目なのだ。
 参加賞のティッシュばかり、これ以上はいらない。
「雪さんが引いて下さい。雪さんの買い物でもらった券ですから」
「そうですか……?」
 ほんの少し残念そうながらも、雪は意外に素直に福引き台に向き直った。
 天使だろうが、長生きしていようが、女性は、得てして福引きが好きなものなのである。
「三等、当たって下さいっ!」
 雪が狙っているのは、三等らしい。景品は何だろうと森村が掲示板を眺めやる。最新型電気ポット。最近は、天使も家電好きの模様だ。
「はい。ハズレ…………って、大当たり!?」
 商店街の福引き係が、カランコロンと手に持っていた鐘を大きく鳴らした。反射的に雪は万歳をして歓声を上げたが、はたと、転がり出てきた玉の色が、狙っていたものとは違うことに、気付いた。
 金色。
 何だか豪華な色だ。
 もう一度、商品の張り紙を見つめる。金の玉は、特賞。北海道スキー旅行ペアでご招待、と、なっていた。
「きゃー! 森村さん! 大当たりです! 大当たり!! 北海道ですって!!!」
 冷静になると、そんな大騒ぎするようなものではないのだが……福引きで当てたとなると、また格別。
「くじ運の強い彼女を持って、幸せモンだねぇ。おまけにこんな美人さんだ」
 商店街の店員が、羨ましいね、と森村を振り返る。すぐさま赤くなった雪とは対照的に、魔術師は、悠然と、どうもと答えた。
「あの。森村さん。お忙しくなければ、で、良いのですが……北海道、一緒に行きませんか?」
 こそりと耳打ちする雪に、もちろんですと、森村が頷く。
「行き先は……ああ、ここですか。良いスキー場ですよ。初心者には滑りやすいはずです。ナイターの設備もしっかりしていますし。僕は富良野の方が好きですがね」
 雪が、わずかに首をかしげる。
「森村さん。行ったことあるのですか?」
「ええ。何度か」
「森村さん、本当に、何でも知っていらっしゃるのですね……」
 天使の呟きに、魔術師は苦笑で返す。
「僕は大した物知りではありませんよ。弟子の悪行にも、しばらく気付かなかったくらいですから」
「ブロマイド、ですね」
 雪が、殊更にポーズを付けて、森村の前でくるりと回る。翻る白いコートの藻裾に目を奪われた一瞬に、森村にとっては悪夢としか言い様のない物が、彼女の華奢な指先に、掲げられていた。
「福引きの五等賞。森村さんの、ブロマイド。これが、私にとっての、一番の大当たりなのかも知れませんね」
 そのブロマイドを、雪から取り返すために、森村が、あれやこれやと虚しい悪足掻きをしたというのは……また別の話である。



 七瀬雪は、スキー初体験。
 例に漏れず、転びまくる。
 へっぴり腰で、よたよたと滑ってくるところなど、見ていて微笑ましいくらいに、可愛い。
 が、本人にとっては、これは死活問題だ。支えると言うにはあまりにも頼りない板っきれ二枚で、よくぞあんなスピードが出せるものだと、雪は、周りをひゅんひゅんと通り抜けて行く人々に、感心を通り越して、もはや感動してしまう。
 雪とは対照的に、森村はスキーが上手かった。完全にノンストップで、山の頂上から一気に滑り降りてしまうほどの腕前なのだ。しかも、本人に聞くと、スノーボードの方が得意だと言う。
 これ幸いと、雪は森村に経歴などを聞いてみる。カナダに在住したことがあると、ようやくぽつりと白状してくれた。なるほど、ウィンタースポーツはお手の物。道理で上手いはずである。
「ごめんなさい。森村さん。こんなにお上手なんて、知らなくて……。私と一緒にいても、退屈でしょう? 私のことは気にせず、思う存分、滑ってきて下さい」
「僕は、自分がこうしたいと思ったら、遠慮せずそれを実行できる人間です。僕がここにいるのは、貴女と一緒に滑っている方が楽しいからですよ。ですから、僕に気を遣う必要はありません」
「でも……」
「僕はね。そもそも、性格上、急かされるのは何事も好きではないのです。景色を見ながらのんびりと滑るのも、一つのスキーの楽しみ方です。せっかくのナイターに、脇目もふらずリフトを往復するのは、勿体ないですからね」
 昼は時間を存分に観光に費やしたため、夜に冬のスポーツを楽しんでいた。照明が完備されて、どこも不自由なく明るいし、緩い斜面を選び抜いて滑っているので、何も危ないことはない。
 二往復もすれば十分かな、と、森村は、雪の様子をさり気なく伺う。初めての者には、ナイトスキーはかなり負担になる。本人が大丈夫だと言っても、体の方は正直に悲鳴を上げるはずだ。旅行は三泊四日もあるのだから、一日目でダウンするのは得策ではない。
 山の頂上から見る夜景は、絶景だった。
 森村のマンションの比ではない。
 だが、ふと振り返った先には、黒雲が重く渦を巻いている。嫌な気配だと思ったのも束の間、信じられない早さで、吹雪いてきた。山の天気は変わりやすいが、それにしても急激すぎる。二人は慌てて近くの山小屋に避難した。
「無断で入って、大丈夫でしょうか?」
 そこは、休むための場所ではなく、スノーモービル等の機材を一時置いておく保管庫らしい。電気も通ってないので、真の暗闇だ。雪が明かりを求めて小さな光を召喚したが、普段の彼女からは考えられないほど、弱々しい輝きになっていた。灯火を持続させるだけの力もないらしく、すぐに掻き消えてしまう。
「駄目……です。ごめんなさい。森村さん……。今日は……」
 今日は蝕の日。
 月が陰る夜。
 天界の者は、天后の影響を受けやすい。体に満ちる天使の力を、星の軌道が狂わせる。吹雪をおさめるどころか、小さな明かりも作れない。四肢を廻る力の脈が、不自然な流れを示す。制御できない。
 項垂れた雪の頬に、不意に、森村が、何かを押しつけた。カイロだった。
「森村さん?」
「天候回復を待ちましょう。山の天気は変わりやすいから、すぐに吹雪もやみますよ。焦っても、ろくな結果は生みません」
 魔術師は、あくまでも悠然と構えている。
 彼の方も、何かしらの不思議な力を持っているのに、それを使う気配もない。
「でも……ずっと吹雪がやまなかったら、凍えてしまいます」
「やみますよ。早ければ、一時間もしないうちにね」
 迷う様子もない、返答。
 彼がそう言うのなら、間違いないのだろうと、確信する。安堵すると、外で猛威を振るう吹雪の声までも、何かの音楽に聞こえてくるから、不思議なものだ。
 そう言えば、嵐を題材にした曲は多い。人間という生き物は、どんな恐ろしい自然災害をも芸術に変えてしまう、ある種の図太い才能を、生来、備え持っているのかもしれない。
「何か、お話して下さい」
 雪が、森村の隣に腰を下ろす。渡されたカイロが、暖かかった。
「どんな話を、ご所望ですか?」
「子供の頃の、お話」
「雪さんは?」
「いつも、地上を見ていました。そこに行きたくて、行きたくて。毎日見ていても、飽きると言うことがなかったです。ずっと、下界が、憧れでした。私の住んでいた世界を、天国と言う人もいるけれど……私にとっては、この地上こそが、本当の楽園です」
「この、汚い世界が?」
「汚いですか?」
「極端な世界です。この上もなく綺麗なものも、この上もなく汚いものも、両方ある」
「どちらもあるから、綺麗なものが、より美しく見えるのだと思います。両方あるから…………きっと、私は、ここが好きなんです」
「気を付けないと、その白い翼が、闇色に染まりますよ。ここは、そういう世界ですから」
「黒い翼の天使になったら、森村さんは、もう、私を見ていてはくれませんか?」
「黒い翼の天使になったら……」
 魔術師は、微かに笑った。
「喜ぶかも知れませんね。僕は、卑怯な人間ですから。貴女が天界に戻らないですむと、普段信じたこともない神とやらに、感謝を捧げてしまいそうですよ」
 その時、真っ黒な窓の外に、ぽつりと、明かりが見えた。
「止んできましたね」
 森村が、立ち上がる。
「森村さんの子供の頃のお話、聞かせて頂きたかったです」
「面白くない話ですよ。今と同じ、可愛くない子供だった、それだけです」
 外はまだ少し吹雪いていたが、ゆっくりと降りていく間に、完全にやんだ。
 欠けた月が再び輝き、地上の星々が、存在を主張する。
 一時的に止まっていた照明が、煌々と白銀の地上を照らし出す。粉雪の一粒一粒が、宝石のように煌めいて舞っていた。手で掴めるのではないかと思うほど。身を切るように寒いのに、それすらも、忘れそうになる。
「天界よりも、綺麗……」
 山の大部分を降りて、遙か下方に、ロッジが見える。
 安堵のために油断した。あっと思った瞬間には、雪は派手にすっ転んでいた。
 初心者の、ど素人の、これでもかと言うくらい、容赦のない転び方だった。スキー靴そのものが脱げて、呆然としている雪の目の前で、左足のスキーが颯爽と斜面を降りて行く。さようなら、と、スキー板に後ろ足で砂でも掛けられているような気分だった。
「嘘……」
 森村が、雪の隣に移動した。まだショックの抜けきれない雪を、有無を言わさず抱き上げる。
「も、森村さん?」
 真っ赤になって、じたばたと手足を動かす。大丈夫です、と訴えたが、左足首が意に反して悲鳴を上げた。
「怪我人が、無理に歩こうとしては駄目ですよ」
「だ、大丈夫です。白魔法ですぐに直して……」
「蝕で力が使えないのに?」
「あ」
「こう見えても、貴女一人を抱えて降りるくらいの力はありますよ」
「い、いえ。あの……本当に、自分で歩けますから」
「片足スキーで、ゲレンデを滑るつもりですか? それは僕にも出来ませんね」
「う」
 どうやら、森村の方が、雪より何倍も口が達者なようである。観念した天使を抱いたまま、魔術師は、足だけでスキーを捌いて下山した。



「森村さん。あの……私がひどい転び方したこと、他の方には内緒ですよ?」
「言いふらしたりはしませんよ」
「それで、あの……出来れば森村さん自身の記憶からも、消去して頂けると……」
「それは難しいですね」
 何しろ、呆然として座り込む雪の様子は、この上もなく可愛らしかったので。
 抱き上げて、ロッジではなく、別の場所に浚ってしまいたくなるほどに。
「うぅ……。忘れて下さい。恥ずかしいです……」

 一生覚えていますよと、魔術師が、心の中で返事をした。





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2004年01月26日

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