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『幸せの形 』
水城・司0922)&村上・涼(0381)

 わずか十五分間の暗闇の中で、何が起きたかを知る者は、ほとんどいない。
 解放された人質たちは、口を揃えて、お巡りさんに助けてもらった、と、主張した。
 だが、実際にそれを調べてみたところ、警察官がスタンドプレイで突入したという事実は、ない。
 SATが行動を開始する寸前に、全ては終わりを迎えていた。
 一階、二階の強盗たちは、足腰が立たないまでに何者かに叩きのめされていたが命に別状はなく、三階では、スプリンクラーの水を頭から被った犯人たちが、不運にも配電盤の電線に引っ掛かり、感電し気絶していた。
 ほんの少しの不思議と、上手い偶然が重なったのだと、警察組織は、無理矢理に自分自身を納得させるしかなかった。
 防犯カメラの片隅にお情け程度に残されていた証拠映像だけでは、真実を窺い知ることなど、到底出来ようはずがなかったのである。



 我先にと脱出を図る人質たちに紛れて、村上涼も走っていた。外に出ると同時に、素早く身を翻し、ビルの谷間の影の奥に紛れ込む。
 五十人の人間と交換になった唯一の女性警察官として、涼は、良くも悪くも注目を浴びていた。
 本当にこの組織に属しているならともかく、所詮は一日だけの付け焼き刃的な存在だ。可能な限り、目立ちたくはなかった。のこのこ群衆の前に出て、安っぽい三流雑誌のリポーターに揉みくちゃにされるなど、絶対に御免被りたい。
「……来い!」
 ぐい、と、横から腕を引っ張られる。
 振り返った視線の先には、予想と違わぬ人物が立っていた。
「大事にならなくて良かったわねー。人質も無事だし」
 事態の重さを今ひとつ正しく認識していないらしく、村上涼はすこぶる呑気である。ぷつんと水城司の堪忍袋の緒が切れるのに、一分と時間を要しなかった。
「この馬鹿!」
 むずかる涼を腕力に任せて捕まえて、まるで猫の子のようにパトカーの中に放り込む。
 仮にも人質救助に一役買って出たお手柄警察官に対し、何たる扱いだと、涼は地団駄を踏んで抗議した。
 頭の中に怒濤のように浮かんだ罵詈雑言を、途中までは、流暢に吐き出していたのだ。それが不意に口を噤んだのは、やや遅まきながらも、相手の怒りの気配に気圧されたからに他ならない。
「な、なに? 何怒ってんの? ちょっと冗談じゃないわよ? こっちは死にそうな目にあってきたってのに、どうして無事脱出できた後にもケンケンガクガク叱られなきゃならないわけよ? 納得いかないわよ。これは!」
 走行中のパトカーだが、構うものかと涼がドアの取っ手を引っ張る。ロックがしっかりかかっていた。手動では解除できないように事前に設定するのも、司は決して忘れない。
 赤灯を消し、車両は滑るように移動した。徐々に、しかし確実に、交通量の少ない場所へと向かって行く。涼の顔に、初めて不安の色が浮かんだ。
「どこ行くのよ」
「どこに行きたい?」
「あのね! 聞いてんのは私! パトカーで人浚う気!? 降ろしてよ!」
「駄目だ」
「ふざけんじゃないわよ。本当に……」
「駄目だ」
 街灯の数が、まばらになってきた。都会は闇の濃度がそれぞれに違って、ここは一層薄暗い。
 今年最後の凶悪事件の爪痕も、魔都の端にまではまだ届いていないようだった。相変わらず、静寂が、場の真の主となっていた。

「大丈夫、って言っていたな。その根拠は、どこにあるんだ?」

 不意に、司が口を開く。
 涼は膝の上で拳を握り締めた。
 上手い言い訳は、考え付かなかった。根拠など無い。あえて言うなら、勘だった。楽観視していたのだ。実際に死なずに済んだわけだが、運が良かっただけという思いは、拭い去れない。

「どうせ、危なくなっても、誰かが何とかしてくれるとか、思ったんだろ? 都合良く助けに来てくれる、ってな」
「そんなこと思ってないわよ」
「考えてみるんだな。村上嬢。救いがたい馬鹿でなければ、心の何処かに甘えがあった事実に、気付くはずだ」
 ぐっ、と、涼が押し黙る。
 司の言葉は、いちいち的を得ていた。認めるのはかなり腹立たしいが、確かに甘えはあったのだ。死ぬはずがないと、タカをくくっていた。
 涼は、水城ほど、「死」に慣れていない。いや、涼だけではなく、全ての人間がそうだろう。死は、元来、一般の人々にとっては、最も縁遠いものなのだ。毎日掃いて捨てるほども人が死んでいるのに、それは、結局、自らにとって蚊帳の外の話でしかない。
「俺は、万能じゃない。いつだって、失敗ばかりだ。本当に取り返しのつかない事態になるまで、気付かない。わかっているのに……守れなかったことの方が、多いんだ」
 普通の人間よりも、後悔の数は多いのではないかと、考える。
 時間が経てば、傷は癒えると誰かが言ったけど……その傷口が塞がらないうちに、またこじ開けられたら、どうすればいいのだろう?

「頼むから、消えないでくれ。俺の目の及ばない、手の届かない所に行かれたら、どうしようもない」

 車両が、止まった。
 丈高いビルの隙間の、闇の死角。ひどく疲れた様子で、司が、大きく息を吐き出した。黒い革手袋を填めた両手は、ハンドルを握ったままだ。その手の甲に、額を、乗せるような形で押し当てた。
 良かった、と、呟く。
 無事でいてくれて、生きていてくれて、良かった、と。

「ごめん……」

 これが、あの水城司?
 いつも傲慢なほどに自信家で、その自信に見合うだけの能力の高さを備えていて。毒舌を吐かせたら右に出る者はなく、毎度毎度、涼をいたぶることにかけては、恐ろしいほどの才能を発揮する。
 あの、水城司なのか?

「ごめんね……。心配、かけた」

 恐る恐る、涼が、宿敵に手を伸ばす。意外に柔らかい黒髪に、触れた。司が、涼を引き寄せた。互いに互いの背に腕を回し、強く、抱き締める。その生を、その存在を、確かめ合うように、長く長く、一つに溶け合うような形になっていた。

「無茶しないわよ。これからは」
「信じられないな」
「どーゆう意味よ!? 人が下手に出れば……」
「お前は、いつも、大丈夫、なんて当てにならない台詞を吐いては、自ら火の中に飛び込んでいくからな」
「人が殊勝に出てやれば、何たる言い種よチョット!!」

 早くもカッカしてきた涼を面白そうに眺めやり、司が、ほんの一瞬だけ、唇を重ねた。

「いつも、俺が守ることの出来る場所にいてくれ」

 約束の内容は、すぐに反故になりそうな気配。
 まぁ、いいさ、と、司は笑う。

 約束は、何度でも、何度でも、繰り返してやればいい。
 いずれ、それが、習慣になる……その日が来るまで。





【ほんの少しの後日談】

 数日後、警察組織に、ある苦情が寄せられた。
「お巡りさんが、パトカーの中で、いちゃついていました! 市民の安全を守る警察官が、何たる体たらくですか! こんな事で良いと思っているのですか!?」
 もてない奴のやっかみだろうが、ともかくも、文句を言われたからには、対処しなければならない。
 しぶしぶと、それは誰だと、警察内で密告を促す文書が回された。
 むろん、水城司、村上涼の名が上がるはずもない。二人は警察官ではないのだ。そもそもそんなつまらない苦情があったことすら知らなかったし、仮にこの事態を聞いたところで、痛くも痒くもないというのが、本音だった。
「パトカーを私有車両化して、デートに使ってはいけません!」
 実に馬鹿馬鹿しい規則が、数日後、律儀に素直に立ち上げられた。
 
 ちなみに、この話を、後日、耳にした村上涼は…………どんな就職氷河期にぶち当たろうとも、絶対に警察官だけにはなるまいと、心を決めたとか。
「ヤダヤダ。警察って、みみっちいわねぇ……。私はパス! 公務員にはなりたいけど、お巡りさんだけは、絶対にパス!」
「それが正解だな。世のため人のため、村上嬢自身のためにも、もっと実害の少ない職業を選ぶべきだ」
「実害って……何よそれ。私が警察官になったら、実害アリだとでも言いたいわけ!?」
「大ありだろう。俺の心臓がもたない」
「…………え」
「なに赤くなっているんだ?」
「キ、キミがいきなり変なこと言うから!!」
「どんな?」
「えっ。あっ。うっ……」
「怒るか、どもるか、赤くなるか、どれか一つにしろよ。忙しい奴だな」
「この人でなし!!」
「まぁ、確かに、俺は、普通の人間ではないからな」
「意味が違うー!!!」
 いつもながらの、馬も食わない言い争いが、始まった。

 これも幸せの形?





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東京怪談
2004年01月26日

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