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『いちご牛乳〜君想う故に〜 』
氷女杜・六花2166)&氷女杜・静和(2452)

「またそれ飲んでいるの? おばあちゃんはいつも同じなのね」
 このフルーツパーラーのオーナーである孫娘が、カウンター越しに笑っている。
 六花の手にはいちご牛乳。「そう、これがいいんじゃ」と返しつつ、手の平に力を注いだ。
 会話に夢中で少し温くなったパック。その周囲に雪の結晶が舞う。ほどよく冷やされたいちご牛乳を、六花はまた口に運んだ。
 その様子を、愛すべきダンナ様である氷女杜静和が見つめていた。妻である六花は、現在幼子の姿をしている。そして、静和もまた24歳である娘の祖父とは思えない若い姿。
 静和をコーヒーカップを弄びつつ、己が妻のちぐはぐな可愛らしさに、ことさら穏やかな黒い瞳を向けているのだった。

 六花は雪女郎。
 真の名は柳絮。
 過去、北陸では名の知れた雪を操る能力者。その強い力から恐れられ、彼女に近づく者はなかった。
 しかし、ただひとりは違っていた。それが静和だった。
 彼と出逢い、巡る時間と新鮮な喜びを感じていた六花。だが、運命はふたりの「これから」を激変させてしまった。
 取り戻せない昔。
 今更悔いても仕方ないというのに、六花は思わずにはいられなかったのだ。
 そう――あの時も。

                        +

「わぁ〜、これが『東京』なのか!? すごいぞ、なんと華やかなことじゃ」
「気に入りましたか? ……ずっと貴方に見せたかったんですよ」
 六花は大きく頷いた。見る物すべてが新鮮で目が廻る。
 開発が盛んに始まっていた頃の『東京』。
 街を飾る色彩の鮮やかさ、行き交う人の多さ、白と灰色に包まれた北陸とは天地を逆にしたような賑やかさ。
 小躍りするように視線を巡らせている六花を静和は、満足げに見つめた。白い肌にしなやかな動き。二十歳過ぎの柔らかな印象は、出会った頃には考えられなかったものだ。
 静和は、走っている自動車にしきりに目を凝らしている六花の手を握った。
「あ……あの、静和なに? 六花は騒ぎ過ぎたか?」
「いいえ、そろそろ喉が乾いたんではないです? すごくたくさんお喋りされてましたから」
「子供扱いしないで……うう、やっぱり喉が乾いた――あ! あそこは何の店じゃ?」
 六花は頬を軽く膨らませた。そして指差したのは、東京で初めて完成した『喫茶店』だった。 
 透明な板に囲まれたケースには、色とりどりの飲み物が美しく飾れている。
 目を輝かせ、六花は鼻を擦りつけんばかりに見入った。
「ここに入りますか? 六花さんは好きそうですね」
 店員に誘導され窓際のテーブルにつく。
 ふたり、対面に座って見詰め合った。先ほど見た自動車について談笑する。注文をする段になり、六花は淡い桃色の飲み物を頼むことにした。
 静和に牛乳が入っていると聞き、ますます楽しみになった。

 ふと、硝子越しに外の風景に目をやった。
 行き交う人の中に、仲睦まじい夫婦の姿を捉えた。
 六花の胸が強く痛む。

 ――六花は雪女郎。静和は半妖体質。いづれは別れがくる。

 いつも頭の片隅から離れない不安。忘れようとしても、事あるごとに蘇ってくる。
 静和は退魔士として出会った頃、六花を助けるために戦い瀕死の傷を負った。それを助けんがため、六花はあらん限りの妖力を彼に与えたのだった。結果、静和は助かった。
 しかし、大量の妖力を得てしまった彼は人間であるにも関わらず、半妖体質を持つことになってしまった。
「これで、あなたと生きて行けますね」
 そう言って笑ってくれた静和を思うと、自責の念に駆られてしまうのだ。
 硝子に映る自分と彼の姿を眺めた。一見同じ年頃に見えるが、ふたりの上で確実に『時間』過ぎていく。六花は妖力で現在の姿を保つことが可能だが、半妖体質の彼は次第に年老いていくしかない。普通の人間よりも長寿であることには変わりはないのだけれど。

 永久に。
 永久に一緒に過ごしたい。

 願望が頭をもたげ、いっそ彼がただの人間であったならよかったのか――とも考えた。
 ならば自分のしたことは、静和を助けたことは彼にとって不要だったのではないだろうか。
 店員がいちご牛乳を六花の前に置いた。
 幸せそうな色の飲み物。そっと口をつけた。

 甘くて、切ない味。
 安心できる静和の腕の中のような心地良さ。
 それが、今は不安を底上げする。込み上げてくる焦燥。 

 六花は押し黙った。
「……どうかしましたか? 疲れたかな?」
 心配そうに静和が覗き込んだ。小さく丸い眼鏡の下で、黒い瞳が優しさをめいっぱい放っている。
 六花の心は破裂寸前。
 もう耐えられなかった――未来への不安に。
「六花のしたことは間違っていたのか!? 静和は老いる、六花は老いない。同じ時間を生きられないのならば、そのまま人間のままでいた方が、静和はよかったんではないのか?」
「六花さん……?」
 突然のことに、静和は目を丸くしている。
「傍にいたい。静和は恐ろしくないのか……六花は恐い。静和を失うのが恐いのじゃ」
「――私は恐くありませんよ、六花さん」
 震える両手。静和の大きな手が包み込んだ。
 六花は顔を上げた。涙が零れて、頬を濡らしている。
「貴方がそんな不安を抱えていたなんて、気づいて上げられなくてすみません……。私は貴方の傍にいられることだけで幸福なんです。どんな姿になろうと、貴方の『想い』が変わらないなら、私は恐くないのですよ」
「静和……六花は――」
 そっと手が握られた。暖かな体温が伝わる。
「うん……。六花はずっと静和の傍にいるから……」

 喉の奥に残る甘い味。

 互いの心が永久に寄り添っていくと知った日。
 その記憶。
 その想い出につながる味。
 いちご牛乳は六花の好物になった。

                            +

「六花さん、いちご牛乳美味しいですか?」
「分かったことを訊くな……ふふふ、美味いに決まってるんだから」
 静和と六花。人間と雪女郎。
 いつまでも変わらない『想い』で結ばれた夫婦。
 互いが何者であっても揺らがない。
 より添ってより添って、天上へと続く長い階段をゆるりと昇っていくのだろう。

 永久なる想いは心色。
 甘き喉越し、願いを馳せん。

「お代わり!!」
「ええーっ! おばあちゃんまだ飲むの!?」
「ははは、六花さんの必需品ですからね」
 今日もまた、店内に和やかな時間が過ぎていくのだった。

□END□

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 こんにちは! いつもありがとうございます♪ 杜野天音です。
 やや〜素敵なダンナ様ですね!!
 こんな大切な話を書かせて頂けて、とても光栄ですvv
 六花さんの若い頃の絵姿を見てみたいものです。静和さんのあの落ちついた物腰は、
私の好みだったりします(*^-^*)
 しかし、六花さんがいつもいちご牛乳を飲んでいたのには、素晴らしい想い出があった
からなんですね。いつでも幸せを確認できるなんてイイですよね。
 これからも素敵な夫婦であり続けて欲しいと願います! ありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年01月23日

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