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『10時間の攻防 』
W・11082586


◆ 10

 ピッピッピっと規則正しい機械音が響く。
 部屋の中央に巨大なカプセルが置いてあり、多くのコードがそれに繋がれていた。
 その中で眠っているのは1人の少女。
 鳴っているのは、少女の脳波だった。
 カプセルを取り囲むように複数の人間がいる。いずれも纏う空気が尋常ではなかった。
「もうすぐだな。……彼女が目覚めれば、世界は変わる。」
「……後10時間ほどでございます。」
 忍び笑いが漏れる。
「全ては我らが思うままに。」



◆ 6

「がっ。」
 短い声を上げて、男はがっくりと倒れこんだ。すぐに地面に血溜まりが広がっていく。
 W・1108 (だぶりゅー・いちいちぜろはち)はそれを見ることなく、周囲を窺っている。 この基地に忍び込んで、すでに2時間が経つ。
 1108は隠密型の戦闘ゴーレムだった。彼の任務はただ1つ。融解された少女を無事に助け出すこと。
 光学迷彩を使用していても、さすがの異能集団だ。勘が鋭い奴に幾度となく発見されかけた。それでもなんとか、敵方に知られることなく中心部へと近付いて来ている。
「……どこにいるんだろう。」
 時間の猶予はない。少女の能力が覚醒する前に助け出さなければならないのだが、進むべき方向が分からなかった。
 1108はあえて人のいそうな方へ足音も立てずに進んでいく。
 手には2本のシザーハンド、通称「ヴェート」を持っている。先ほど男を殺したのもこれだった。人間の首なら簡単に切り裂ける。接近戦に長けており、1108お得意の武器だ。
「むっ。誰かいるぞ!」
 たどり着いた先には2人の男がいた。運悪く、1人は勘がいいらしい。すぐに1108の存在を感じ取り、警戒を露わにする。
「連絡をしておけ。侵入者だ。」
「了解。」
 先に殺るなら、連絡をしようと遠ざかる奴だろう。敵が集まってこられるのも困るし、少女を移動されては堪らない。
 1108に気付いた男も場所までは確定できていないようだ。1108は高速で鉄球「ファフニール」を投げつけた。頭が果実のようにパカンと割れ、赤い液体が周囲に飛び散る。
「なんだっ?!」
 シュルっと鉄球に繋がれていた鎖が1108に戻ってこようとする。男はそれに気付いて、1108のいる場所に当たりをつけたらしかった。
「はあっ!」
 放たれた力の渦は1108のすぐ横を通って壁にぶつかった。
 ぐにゃと音がして、硬いコンクリートの壁が凹む。
 かなりの威力だが、当たらなければ意味はなかった。
 1108はすぐに距離を詰めると、「ヴェート」で男の首を掻き切った。
 あっという間に2つの死体が出来上がる。
「さて。やはり警備が厳しい方にいると見たほうが確実のようだな。」
 1108は何事もなかったかのように、奥へ奥へと進んでいった。



◆ 4

 どれほどの敵を殺しただろう。「ヴェート」が血塗れで、動きが鈍くなっている。血糊を拭い、元の切れ味に戻してから、再び移動を開始した。
 ふと人の気配を感じて顔を上げると、コツコツと足音が聞こえてくる。
「消えた生命反応は20……。」
 光学迷彩を使用している1108に近付いてきたのは女性だった。
 包帯で両眼を覆っており、盲目のようだ。それでも、足取りに不安な点はなく、異能力者であることが分かる。
「これより先には行かせません。」
 バレているのだろうか。
 視線の先が分からず、判定が出来ない。
 だが、1108が左右に移動すると、彼女の顔向きがそれに従って動く。
 異能力者とはいえ、相手は丸腰だ。1108は「ファフニール」を放った。
 バシっと1108と女の間に火花が散る。
「……バリアか!」
 驚いている暇もなかった。弾かれた瞬間、横から影が飛び込んでくる。
 辛くも「ヴェート」で防いだ。
 鈍い金属音が響く。
 相手の男は刀を持ち、しっかりと1108の姿を捉えていた。防がれたと分かると、男は瞬時に1108と距離を取る。
 1108は次なる攻撃に備えて女を振り返った。
 だが、女はさっきと同じ場所に佇んだまま動いていない。
 男もすぐには次の攻撃に移らなかった。
 2方向から包囲され、場が硬直する。
(……戦略か?)
 彼らが最も戦いやすい体勢なのかもしれない。だったら、下手に動けば餌食になってしまう。
(それとも……ただの時間稼ぎか。)
 それならば、もたもたしてはいられない。少女が異能力に覚醒してしまったら、1108の任務は失敗だ。
 どう切り抜けるか。
 1108は隙なく2人を睨みつけた。



◆ 3

 場所は移動していたが、お互いの距離に全く変化がない。
 1108が襲えば2人は逃げ、1108が逃げれば追ってくる。
 時間稼ぎの線が濃厚になった。
 どれくらい時間を稼ぐ気なのか分からないが、1108のもち時間が刻々と削られているのは確かだ。
 焦りが生まれる。
 女はそれを見逃しはしなかった。テレパスか何かで伝えたのだろう。男が懐に飛び込んでくる。接近戦になれば、1108にも自負がある。なんとか捌いた。
(……おかしい。)
 違和感が抜けない。
 1108は無作為に通路を選んで逃げている。
 2人に追い込まれないように注意していたが、どうしても行っていない方向があるような気がするのだ。
 厳密には分からない。いや、分からないようにされている。
「小賢しいな。」
 1108は行かせまいとしている方向に突進した。男が阻んでくるが、多少の怪我も恐れずに突っ切った。
 今まで極力怪我をしないように攻防を繰り広げていたので、油断していたのだろう。
 ここまで踏み込まれるとは思っていなかったためか、切りつけられた傷も、内部電気回路に影響するものではなかった。
 場が崩されてしまえば破るのは容易い。
 慌てて追い縋る男に警告をしようとした女を「ファフニール」が襲った。
 彼女がそれに気を取られた隙に男に向かって「ヴェート」を向ける。
 自分の守りで必死になっていた女は、男を守ることが出来ない。
 じゃきっと男の腕をちょん切った。血飛沫が回廊を赤く染める。
 上げかけた女の悲鳴はすぐさま放たれた第2弾の「ファフニール」によって掻き消されたのだった。



◆ 1 

 強敵だった男女のペアをやっつけた後、1108は極度の迷子に陥ってしまっていた。
 基地は広く、無闇やたらと逃げたせいで、場所がよく分からなくなってしまった。
 そして、異能力者たちは自分たちの力では叶わないことを悟ったらしく、逃げの一手を講じている。
 探しても探しても同じような廊下ばかり。
 あまりに時間を食いすぎると、少女を移動させられる可能性も出てくる。おそらく必死でそちらに向かっていると思うのに、それらしき人物に会わないのだ。
 あと、どれほどの猶予があるのだろう。
 1108は焦る心をなんとか押し留めて、周囲を探る。人間が息を殺している気配がないかどうか、注意深く辺りを窺った。
 ピッピッピと鳴る音。
 すぐ近くの部屋の中から聞こえてくる。
 呼吸音。
 隠れている、よりは眠っているかのような穏やかな呼吸。
 1108はすぐにその部屋に飛び込んだ。
 敵でも構わない。もし余裕があれば、殺す前に場所を問い質すまでだ。
 部屋の中央に、大きなカプセルが置いてあった。たくさんのケーブルが繋がれている。
 中を覗き込んで確信した。
 助け出すように言われていた少女自身だ。間違いない。
 1108はチューブを引っこ抜き、カプセルを力任せにこじ開けると、少女の身体を抱き上げた。
 ぐったりとしているが生きている。異能力に目覚めた様子もなかった。
 傍にあったパソコンの画面に、大きく「48:17」という数字が書かれており、刻々とその数を減らしていた。
 1108がカプセルを壊したせいで、その数字の現象も止まってしまったが。
「任務完了。」
 1108は少女を連れて、速やかにその場を後にした。



 *END*

PCシチュエーションノベル(シングル) -
龍牙 凌 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月22日

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