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『本屋と幻の本 』
葉子・S・ミルノルソルン1353)&本男(0589)&メイ(0595)

●悪魔、企画する。

 ベルファ通りは、ソーン一の歓楽街である。
 夜ともなれば酒盛り男や、色艶やかな女の声で溢れかえる場所だ。日間、ウロウロとしていた子供達の姿は消え、ともすれば荒々しい怒声が飛ぶ事も珍しく無い。
 その通りから一つ折れた脇道に、紅茶屋『mellow』はあった。
「この店の『2号店』を作ろうヨ。天使の広場になんて、どオ? 悪魔の俺様が考えた、なんて素晴ラシいアイデア」
 カウンターに腰掛けていた青年は、そう言って、うひゃひゃと笑った。闇色をした翼が背中で揺れる。ひょろ長い足を組み、両手はポケットに突っ込んだままであった。黒と銀とに不揃いの瞳をしており、耳は尖っていた。
 彼の名は、葉子・S・ミルノルソルン。自らが名乗った通りの悪魔であった。
「二号店……?」
 それを聞き眉根を寄せたのは、この店の店長である。店長と言っても、まだ若い。年にして十代半ばから後半の少年で、名をメイと言った。穏やかで、どこか頼りが無い。線も細い。ガラスの月を思わせるような大きな金の瞳の下、もしゃもしゃと食べているのは紙だ。
 彼は元『ヤギ』であった。何故、人の姿をしているのか。それには深くて浅い事情があった。
 メイは明らかに不服そうな顔で、ごくりと紙を飲み下すと葉子を見た。メイは雇われ店長である。懐に余裕など無かった。
「……葉子さん。そんなお金が、いったいどこに……?」
「エー、いらっしゃるジャン。無駄にお金持ちっぽいヒトが、ソコに」
 二人揃って頭、右。
 陽光差す店内の一角に、その男は座っていた。まるで聖域と言わんばかりに、陣取ったテーブル席から、ある種近寄りがたいオーラが発せられている。
 俯き加減の細面にかかる銀糸。背もたれにゆったりともたれ足を組み姿は、麗、礼、怜の三つの文字が良く似合った。
 名を、本男。本専門の行商人である。切れ長の目が見下ろしているのは、一冊の本だ。彼は何より本を愛していた。彼が動いて手に入らぬ本は無い。どんな危険な場所へでも、本の為なら飛んで行く。
 そして、そんな風にして手に入れた本を、ヤギが食べたらどうなるのか。
「あの人に頼むの? でも、どうやって……??」
 生き証人、メイは声を潜めた。本男の本を食べたが為に、『人化の呪い』をかけられたヤギである。迷惑千万な話ではあるが、二人の間には被害者と加害者の立場が双方に成り立っていた。
 そんな状態で、果たして本男は財布の紐を緩めてくれるのだろうか。確かに、本男なら店の一軒や二軒や五軒や六軒なら、簡単に建ててしまうかもしれない。だが、あれは本男なのだ。
 メイは、カウンターの上にあった伝票を、おもむろに口に運んだ。
「きっと、無理だよぉ……」
「そこをなんトカ。ウマいコト言いくるめて?」
「言いくるめられるかなぁ……」
「られなかったら、二号店はムリでしょ? トコロで、ソレ、食べて良いの? 店チョー?」
「?」
 メイは、葉子が指さす物を見た。自分の口元である。無意識に半分ほど食べたのは、本男のオーダー伝票だった。紅茶専門店にも関わらず、『coffee』と書かれていた部分は、すでにメイの腹へと消えている。残るは店名だけであった。
「ひゃぁ! たたた食べちゃった!」
「ヤギだからネ? 店長。まー、その分も上乗せして、ドーンと出資して貰えばイイじゃない。俺様にチョット考えがあるカラ〜」
 葉子はヒラリと身を翻し、カウンターから飛び降りた。楽しげに背中を丸めてうひゃひゃと笑う姿に、メイは手を振る。
 本男は、相変わらず『世界』に没頭しているようだ。カップから上がっていた湯気は、すっかり無くなっていた。

 ──三十分後。
 葉子は、鼻歌交じりに戻ってきた。銅像のように動かない本男をチラリと見たあと、懐から取り出したのは一冊の本だ。金茶色の装丁に金色の刺繍が入っているが、所々破れている上に砂っぽく、中身も全体的によれよれとしていた。曰くは、大いにありそうである。
「ドォ? ソレっぽく見えるでショ?」
「うん。あの人が好きそう。でも、葉子さん……ソレ、どうしたの?」
「そこはホラ、企業ヒミツ? 破ったり砂まみれにしたり濡らしたりオープンで焼いてナンていませんヨ?」
 したんだ。
 そう、メイは思った。だが、どこから突っ込んで良いものか迷って、結局これだけ口にした。
「……まぁ、いーケド」
「じゃあ早速、本男の旦那をクドいて見まショウか」
「騙せるかな」
 二人は『聖域』に歩み寄る。本男は微動だにしない。テーブルを挟んで立ち止まった二人は、顔を見合わせた。
 メイが声をかける。
「本男……さん」
 どこか嫌々。本男は、顔を上げずに言った。
「ヤギが、私に何か用ですか?」
「あぁ、うん。大事な用が……ってか、『ヤギ』って俺には『メイ』ってちゃんとした名前がっ!」
「それでもヤギには違いありません」
 撃沈。メイの背中に、微妙な哀愁が漂った。事実なだけに、反論が出来ないようだ。だが、こんな会話もいつもの事。間に立つ葉子は、フォローしようともしない。
「旦那に耳よりな情報があるんですがネー?」
 店長と従業員と本屋しかいない店内に、静けさが走る。本男は依然として本から目を離そうとしない。
 面倒なのだ。大事な用とは言っても、ろくでも無い話に違いないと、決めつけていた。ヤギもヤギなら、葉子は悪魔で下僕だった。本男が、何となく召還した雑用係りである。そんな二人に貸す耳は無い。
 今は、素晴らしい午後の読書タイムなのだ。
「断る」
「まだ何も言ってないのに」
 と、突っ込むメイを押しとどめて、葉子は続ける。
「旦那? 旦那は確か、本を探シテましたよネ?」
『本』と聞いて、本男の眉がピクリと動いた。それを見逃す葉子では無い。すかさず言葉を継いだ。
「ドーモ俺様。さっきの散歩で、偶然にもスゴイ一品を手に入れちゃったらしいのよネ? ソレを旦那にお持ちしてみまシタ」
「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつきたまえ。あぁ、そこのヤギ。コーヒーのお代わりをくれ。すっかり冷めてしまった」
「ヤギ……」
「行ってラッシャイ、店チョー。嘘じゃないヨ? ホラ、ここに」
 本男は、やっと顔を上げた。メイを見送ったのでは無い。葉子がチラリと見せた、懐のブツに目が行ったのだ。
「焦げているな」
「中身も、カラッカラに乾燥してるヨ?」
 胡散臭そうな表情で、本男は葉子を見た。葉子は目を逸らさず、うひゃひゃと笑っている。
 カウンターでは、メイがここぞとばかりに新しい伝票を書いていた。コーヒーの数は二つ。帳尻はあったようだ。これで、間違いなく二杯分は請求できる。メイは、小さくガッツポーズをとった。
 そんなメイの怪しい行動を、本男はしっかりと見ていた。
「魂胆がみえましたよ? ヤギが伝票を食べてしまい、それで葉子が囮になって、私の注意を逸らしている間に、新しい伝票を起こした、と言う訳ですね?」
 ガシャン、とメイがサイフォンをひっくり返した。あわあわと慌てる姿に、葉子はやれやれと首を振る。
「旦那がいらナイなら、俺様にも用が無いノで。この本は、元の場所に戻しマ〜ス」
 葉子はクルリと踵を返し、漆黒の翼を広げた。
 信じるべきか、否か。一瞬見た限りでは、果てしなく曰くがありそうだが、単に果てしなく汚いだけにも思える。
 焦げている本。乾燥しきった本。どこかの火事場から、持ち出されたのであろうか。難を逃れたのであろうか。だとすれば、高価な本に違いない。葉子が何故、それを所持しているのかは謎だが、相手は羽のある身。行こうと思えばどこへでも行く事が出来る。そこで見かけた物をこっそりくすねるのに、良心の呵責は感じ無いだろう。何せ、悪魔なのである。
 それに、相手は駆け引き好きだ。何を企んでいるのかは分からぬが、確かにその懐に本はある。そしてそれが、どこかで眠っていた『お宝』で無いとは言い切れない。
 そんな間違った勢いで、本男の算盤は次々と弾かれていった。本に盲目な男は、誘惑に負けたのである。
「分かりました。その相談とやらに乗りましょう。ただし、嘘は許しません」
「ハイハ〜イ、俺様、いつだってショージキ。だって『悪魔』だし? この本が旦那の探しテル本かドーカは、旦那の鑑定眼にお任せ」
 悪魔だから、怪しいのだ。
 本男は、手にしていた本にしおりを挟んで、テーブルの上に置いた。長い足を組みかえ、まじまじと葉子を見る。
「まず、その本をどこで手に入れたのか、教えていただきましょうか」
「とある、お金モチの家」
 うひゃひゃと、葉子は笑った。全くの嘘である。本当は、この店に訪れるお客の一人に頼んで貰った、ゴミになる寸前の逸話集である。それを破ったり、砂まみれにしたり、水に浸したり、オーブンで焼いたり、他にも色々とは、口が裂けても言えない。
 本男は、判断に迷い無言である。
「はい、お待たせしました〜」
 メイは白い湯気の立つカップを本男の前に置き、お盆を抱えたまま葉子の横に並んだ。チラチラと、葉子を盗み見る。大それた事をするには、度胸も勇気も足りないヤギであった。
 本男の指先がカップに伸びる。
「それで? 私にどうしろと?」
「旦那は、話が早いネ? ようは簡単。これを、紅茶屋『mellow』二号店と交換シナイ?」
「無い物と交換は出来ません。つまり──出資しろ、と言う訳ですか」
「さすが、本男の旦那! わかってるじゃナイの」
 葉子はしたり顔で頷いている。こんな突拍子も無い話は、断られるだろう。メイはぼんやりと本男を見つめた。その顔が、以外にも縦に動く。
「仕方ありませんね」
「え! そんなに簡単に!?」
 メイは目を丸くした。パチリと、葉子の指が傍らで鳴る。意図も容易く商談はまとまってしまったのだ。
 本男は記憶の隅々を辿り、あの本の情報を検索した。だが、『見た事が無い』と言う以外、何も当てはまらなかった。見た事が無い以上、本の行商人としては、手に取って確かめる義務がある。知らない本があってはならないのだ。
 かくして、誰かの家でゴミになってた本一冊で、紅茶屋『mellow』は、目出度く二店目を構える事となったのである。

● 完成! 怪しくて可愛い紅茶のお店

 カウンターにテーブル席。ふっくらと固いソファ。奥には床の間付きの座敷がある。中央の囲炉裏は、心まで冷えた客を芯から暖めるかもしれない。
 古びた感じのシャンデリアが店内を照らしているが、これが目を離すと、一瞬のうちに蜘蛛の巣を張りそうな怪しさを醸しだし、置物、ポスター、雰囲気のどれを取っても、黒魔術的な匂いがして、不気味な事この上無い。
「まー、細かいコトは気にしない。楽しくやって行きまショウって感じ?」
 噴水きらめく天使の広場。掲げられた看板を見て、悪魔はうひゃひゃと笑った。

 さて──
 この話には、まだ続きがある。
 あの本はいったい、どうなったのか。
 店舗完成と同時に、葉子から本男の手に渡ったそれであるが、その瞬間、本男の目はキラリと光った。しかし、ヤギも悪魔もその事には全く気づかなかった。本男はパラリと本をめくり、満足そうに微笑むと、葉子とメイに言ったのだ。
「確かに、『スゴイ一品』のようですね」
 これが、何を意味するのか、悪魔とヤギには分からなかった。
 流れ流れて行方不明となっていた伝説の逸話集と言う事も、濡らしあぶる事によって、隠されていた『すかし絵』が現れると言う事も、鑑定眼があって初めて知る事実である。
 その本は『とある富豪』に、紅茶屋『mellow』十三店舗分の値段で引き取られて行ったそうだ。
 誰が得をしたのかは、言うまでも無い。


                        終
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聖獣界ソーン
2004年01月20日

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