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『そこからつながる 』
桜木・愛華2155)&藤宮・蓮(2359)

 口実だったのかもしれない。
 それでもいいと思う自分は、すでにどこか違う次元へと迷いこんでいるのかもしれない。
 入り込むことを自ら禁じた区域。そのはずなのに――。
 俺は猫に会いに「CureCafe」へと向かっていた。
 心の闇へと向かう思考に反して、歩みは意外にも軽やかだった。

                +

「愛華!! あそこのテーブルお水少なくなってるわよ」
 母の声が飛ぶ。
「はぁい。今、行くところですよぉ〜」
「返事はいいから、すぐ行って頂戴ね」
 愛華は「もうっ」と膨れっ面。
 それも一瞬。カウンターを出ると笑顔を浮かべて銀のトレイを掲げた。

 喫茶店「CureCafe」は繁盛店。
 日曜日ともなると、人の入りは激しい。だからもっぱら、愛華の休日は注文するお客様のお相手と食器運びに費やされている。
「人使い荒いんだからなぁ……でも、猫ちゃんのこともあるし、がんばんなきゃね♪」
 先日のこと。
 捨てられていた猫を家に連れ帰っていた。
 愛華がすごく気になっている藤宮蓮くんから託された猫。だから、土下座してもお小遣いを返上しても、飼わせてもらおうって思っていた。
 でも、口開くと案外簡単に飼うことを承諾してくれたのだった。
 驚くと同時に嬉しかった。けど、もちろん条件というものもある。

  1.店には絶対に入れない。部屋だけで飼うこと。
  2.できるだけ店を手伝うこと。

 そう、今懸命に働いているのは、2番の約束を律儀に守っているからなのだった。父母が約束させた理由は分かっている。飲食店で子猫を飼うなんて、自分でも珍しいと思う。自宅兼用の店舗ともなれば当然。
 飼ってもいいと言ってくれたことが本当に嬉しかった。
「そう言えば……蓮くん、面倒見るって言ってたっけ?」
 笑顔で注文を取りながら考えていた。彼が店に来たことは数えるほどしかない。けれど、これからは会えるかもしれない――との可能性を見出して、思わず口元が揺るんだ。
 その時だった。
「おまえさ…何、ニヤついてんの?」
「えっ!? ひゃぁっ…あっうく……」
 振り向くと妄想していた蓮くん、その人。
 叫びそうになるのをなんとか押さえ、出てこようとする驚きの声を強引に飲み込んだ。
「な、な…なんで、蓮くんがこ、ここに……?」
「おまえなぁ……。覚えてないわけ? 猫の世話するって言っただろ」
 肩をすくめて蓮くんは顎で右を指した。つられて視線を移動すると、注文が途中で困っているお客様の顔が見えた。
「あわわ! ご、ごめんなさいぃ〜……あの、お次のご注文は何でしょうか?」
 慌てる私の姿を母がちらりと見ている。

 わぁ〜ん……せっかく蓮くんが来てくれたけど、休めないよぉ……。

 絶望的な気持ち。
 蓮くんはと言えばからかって満足したのか、カウンター席に座ってコーヒーを注文している。
 ここは素直に頼んでみるのがいいかもしれない。
「お願い!! 1時間だけ、抜けてもいい? あ、あのね…蓮くんが――えっと猫を拾ってくれた人なんだけど、会いに来てるの。それでね…」
「何? 愛華に会いに来てくれたの?」
「やっやだ…そんなわけないよ。蓮くんは猫に会いに来たんだよ……そんなわけ――」
 横目で彼を盗み見ると、父の入れたコーヒーを飲んでいた。遠く、少しブルー掛かったガラス越しに空を見つめているようだった。
 
                          +
 俺にとって初めて入る部屋ではない。白壁と柔らかな色調でまとめられた室内。花瓶の花。
 ベッド下にあるクリーム色のラグに座り込んだ。
 初めてではないはずなのに、愛華からは以前と同じような緊張感が伝わってくる。階段を上がっていた足元も、微妙に揺らいでいた気がした。

 あ〜あ……何もしや、しないっての……。

 どんなイメージを持たれてるんだか、イマイチ疑問に思いつつ周囲を見渡す。
 赤いゲージ。遊び盛りの子猫がいるにしては綺麗に整えられている。
「あの、紅茶飲むよね? ……お菓子もあるんだけどいる、かなぁ?」
「もらう――……」
 ガラステーブルには母親が用意しただろう、紅茶。
 わずかに羨望を感じ、俺はあわてて話題を猫に戻した。
「それで、コイツの名前決めた?」
「えっ!? ……あ、あの、まだ決めてなくて――」
 俺が猫のことを頼んでから、すでに5日が経過しようとしている日曜日。
 モジモジと頬を赤らめている愛華の横で子猫があくび。着替えられなかった制服のリボンを遊び相手に、盛んにじゃれついている。
 軽くため息をつきつつ、差し出された紅茶を口に運んだ。
「俺が決めてやろうか?」
「ほんとに? う、うん!! 蓮くんが拾った猫だもん、私じゃどの名前が気に入るか分からないから……お願いしてもいい?」
 グッと顔を近づけてくる愛華。おそらく自覚症状はないんだろう――と熱くなりそうな頬を反らした。
 例え恋人同士でなくとも、気に入った女のこんな表情は心臓に悪い。
 ――他の男にはして欲しくない……かな?
 愛華に片寄っていく思考に参ってしまった俺は、思いつく限りの女の名前を連呼した。
「すずか、りえ、ゆな、まちこ……ゆりこ…それから――」
「ええーーー、みんな女の人の名前……」
 愛華は見事に頬を膨らませてしまった。予想通りとはいえ、困る――いや、俺は嬉しいのかもしれない。
 機嫌を損ねた彼女を振り返らせたいと思う、強い衝動。
 俺がこんな気持ちになるのは、愛華だけ。

 信用。

 この言葉が使える人間も、きっと目の前で顔を真っ赤にしている雪ウサギだけに違いない。
 人差し指。
 そっと伸ばして、白く柔らかな頬を小突いた。
「もぉ……蓮くんのバカ…」
 諦めの呟きとともに振りかえった笑顔。誰かと重なる。
 記憶と思い出。
 残像と幻影。
 思考の波の果てに――ひとつの名前が浮かんだ。
「……マリア…」
「マリア――それ、いいね! この子すごく優しいんだよ。ピッタリ♪ 聖母マリア様からとったの?」
 失った過去。
 失った愛情。
 置き去られた感情。
「ま、そんなとこかな……で、名前それでいいのか?」
「うん!! 蓮くんがつけてくれた名前だもん。それに、この子は愛華と蓮くんとふたりの子猫だからね」
 よくもまぁ、恥ずかしいことを口に出来るもんだ。
 半分呆れて、半分胸が熱くなった。
 愛華の黒いスカートの上に『マリア』がちょこんと座っている。
 時折、白いレースを弄んでは甘い声を上げる。
「お菓子くれるんじゃなかったか?」
 俺の言葉にあわてて階下へと降りていく少女。

 残されたクッションの上。
 俺を捨てた人の名をもらった子猫は、眠そうな欠伸をした。
 今、俺の分も幸せそうに――。


□END□

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 まずは、謝罪を。
 たいへん納品が遅くなり、申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
 これからは受注量の管理を余裕あるものにしたいと思っております。

 さて、作品の方は如何でしたでしょうか?
 愛華一人称と蓮一人称で仕立ててみました。愛華は気づかないうちに、蓮くんを癒しているのでしょうね。
 どんな言葉よりも笑顔が一番胸を暖かくするものだと思います。
 これからふたりがどんな風に心を通わせていくのか、とても楽しみですvv
 今回は素敵な続きの物語を書かせて頂き、ありがとうございました!!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月20日

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