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『■ヨーロッパの初詣?■ 』
アデルハイド・イレ―シュ0063)&オルキーデア・ソーナ(0038)
 一昨年と去年、そして去年と今年は、いろいろとアデルハイド・イレーシュの身辺を変化させた。
 12月31日の夜、イレーシュはオルキーデア・ソーナと二人で新年を待ちながら、去年一年間の出来事を振り返っていた。
 まさか戦争が起こるとは思っていなかった、プラハでの平穏な新年。聞き慣れない言葉と見知らぬ文化に包まれたUME軍で過ごした、新年。そして今年、イレーシュはこのヨーロッパで、大切な人と新年を迎えようとしていた。
 カルネアデスが停止せず、UMEとプラハ、連邦の力で危機を乗り越えられた事や、慣れない土地で新年を迎えている中東の人々の事。イレーシュとオルキーは、一杯話し合った。
「平穏に新年を迎えられるって、とても素敵ね」
 優しい笑みを浮かべて、オルキーはイレーシュの手の中のグラスへスパークリングワインを注いだ。
「年末の為のとっておきよ。‥‥今日は飲んでくれるわよね」
 酒を飲んで大暴れいて以来、イレーシュは酒を飲まない事にしていた。しかしこんな幸せな一時に、飲まないとは言えない。
 イレーシュは苦笑混じりに、グラスを傾けた。

 イレーシュがベッドから起きあがると、外から小刻みにハンマーで叩く音が聞こえていた。何をしているのか分からないが、隣にオルキーが居ないのをみると、それはオルキーなのだろう。
 新年早々オルキーは何をしているのやら‥‥。
 イレーシュは起きあがると、白いカーディガンをハンガーから取ると体に羽織って外に向かった。1月のヨーロッパは、足の先からはい上がるような冷気に包まれている。
 暖まったキャリーの中から出ないように、そうっとドアから外に顔を出すと、外で木材と取っ組み合っているオルキーと目が合った。
 オルキーは、せっかく新年を迎えたばかりの一日だというのに、全く色気も何もないつなぎを着ている。
「あ、イレーシュおはよう」
「おはよう‥‥は‥‥いいんですけど、何をしているんです?」
 イレーシュが聞くと、オルキーは出来かかった木材を掲げてみせた。木材は赤く塗られ、作り損なった窓枠のような形に組み立てられている。
「‥‥何‥‥なんですか、それ」
「これはねえ、ト‥‥トイ‥‥」
 さっ、とオルキーは傍らに置いた本に視線をやる。
「あ、トリイよトリイ」
 また訳の分からないものを作っているようだ。
「ニッポンの巫女さんが、使うものらしいわよ。ニッポンの門みたいなものなんじゃないかしら」
「そうなの? ニッポンの門って、みんなそんな真っ赤なの?」
「そうよ。それからね、こっちが新年に使うリースよ」
 と、オルキーはリースを取り出した。明らかに、クリスマスに使用したリースだ。飾りを殆ど取り払い、かわりにグレープフルーツを真ん中に付けていた。下の方には、年末の同人誌即売会で使用したチラシの残り紙が取り付けられ、ヒラヒラと揺れている。
「ねえオルキー、どこかおかしいと思いません?」
 じいっとイ
レーシュは、オルキーを見つめる。オルキーも少しはおかしいと思っているのか、視線を逸らした。
「そ、そんな事は無いわよ。ほら、写真の通り」
「だから写真を参考にするのは、止めましょう」
「‥‥イ、イレーシュ。こっちはお守りとハマヤよ」
 布製の小さな袋と、矢を取り出した。小さな袋の中身を開けようとすると、オルキーが制止した。
「あ、駄目駄目見ちゃ」
「何が入っているの?」
「‥‥分からなかったから‥‥」
 オルキーは申し訳なさそうに肩をすくめた。オルキーはお守りの中に、イスラムのお守りを入れたのだ。お守りには、一つ一つオルキーが祈りを込めている。
 それはオルキーの優しさがにじみ出ていていいのだが、問題はハマヤだ。
「これって‥‥」
 どう見ても、競技用のアーチェリーで使用する矢なのだが。
「この間行った街で、競技用の矢が倉庫に余っているのを見たのよ。それで、その矢とベルリンで仕入れた絵本を‥‥交換‥‥」
 毎度毎度、オルキーのイベントに対する熱意には感心させられる。
 イレーシュが寝ている間に、もうこんなものを作り上げていたとは‥‥。こんな風にせっせとお守りやら何やらを嬉しげに作られては、怒るにも怒れない。
「‥‥オルキー、冗談半分でこんな事をして、ニッポンの神様がお怒りになりますよ?」
「うちは真面目にしているわよ。このお守りは‥‥ちゃんとお祈りした。うちはただ、みんなが幸せになるようにお願いしただけよ。ヨーロッパの人もUMEも、誰かだけじゃなくてみんなが笑っていられれば、それがイスラムの人々の幸せにつながると思うもの」
 そういえば、ここ最近オルキーが毎日定刻にお祈りをしている姿を見た気がする。オルキーって、こんな熱心なイスラム信者だったっけ、と思ったものだ。
「わかったわ、オルキー。私も手伝います」
 イレーシュが答えると、オルキーは嬉しそうに笑った。

 ‥‥と、言った事を数時間後にはイレーシュも後悔する事となった。何が悲しくて、パリまで来てこんな格好で売り子をしなければならないんだか‥‥。
 イレーシュは、自分の格好を見下ろした。
 前回のイベントより更に露出が増した、巫女装束。寒い。寒すぎる。このままでは、終わる頃には自分の体力まで尽きている。
 しかしオルキーは、ケロッとした顔で売り子をしていた。
 オルキーは寒く無いのだろうか?
「イレーシュ、お守り追加ね」
「は、はい」
 イレーシュは、キャリーの奥に駆け込むと、お守りを入れた箱を抱えて出てきた。
 たしかにオルキーの思惑通り、人々は参拝に来てくれた。
 いや、参拝というよりも、新年早々サーカス団でも来たかのような騒ぎだ。パリの市民は、この格好はアラビア諸国の文化で、珍しい雑貨を売りに来たとでも思っているようだ。
 お守りはまだしも、ハマヤはさっぱり売れない。この矢が何なのかイレーシュにもオルキーにも説明出来ないのだから、市民とて単なる飾り立てた競技用の矢を買おうとなどするはずがない。
 オルキーは伸びない売り上げに堪えきれなくなったのか、キャリーの奥に引っ込んだ。
「‥‥オルキー?」
 イレーシュが奥をのぞき込む。するとオルキーは、キャリーの収納スペースから酒樽を抱えて出てきた。
 これには、イレーシュも言葉を失った。
 ただ立ちつくすイレーシュの横をすり抜け、オルキーは酒樽をでん、と前に置いた。
「何なのこれ、オルキー!」
「有り難いお酒よ。神様に捧げるお酒を、市民に振る舞うんだって」
「神様に振る舞うお酒なのに、なんで私達が飲むの? ‥‥それに日本のお酒って透明だって聞いたわよ?」
「だって、透明なお酒っていうとジンやウォッカしか思いつかなかったんだもん」
 ジンやウォッカが酒樽一杯手に入るはずがなく、オルキーはワインで代用しようとしたのである。
 何だからよく分からないが、これは新年の振る舞い酒らしい。これを飲むには、お金をこの箱に入れればいいらしい。
 市民はこう考え、お賽銭箱にお金を入れて、次々にワインに手を伸ばし始めた。
 もう訳わかんない。
 イレーシュはため息をついた。
 強烈なワインの臭いが周囲に漂い、イレーシュまで酒の臭いに飲まれそうである。口元を布で塞ぎながら、イレーシュはキャリーの奥に引っ込もうとした。
 その腕を、オルキーがぐいと掴む。
 オルキーはイレーシュの腕をしっかりと掴んだまま、ふらりと千鳥足でイレーシュにもたれかかる。
「‥‥仕方ない人ですね、オルキー‥‥お遊びが過ぎますよ」
「お遊び? お遊びっていうのはぁ、こういうの?」
 オルキーは嬉しそうに満面の笑顔を浮かべると、イレーシュの吹くの腰ひもを引っ張った。オルキーが引っ張ると、紐はいとも簡単に解け、はらりとイレーシュの体を伝って落ちていく。
「えっ? ‥‥ええっ?」
 イレーシュは、慌てて服に手をやる。しかしただでさえ少ない布の面積なのだから、イレーシュが止めようとした頃にはその殆どが地面に落ちた後。
「初日の出‥‥には遅いから、せめてイレーシュの太陽のような体をご覧アレ〜!」
 ‥‥嬉しそうに笑っている場合じゃないです、オルキーさん。

 さっきから、イレーシュはベッドに潜り込んだまま、オルキーと口をきいていない。
 あの後、キャリーの周辺は大混乱。客のうち男は喜んで押し寄せるわ、釣られて脱ぐ者も居るわ、女性は嫌悪の表情で遠のいていくわ、おまけにイレーシュとオルキーは‥‥。
「オルキー、私たち売春婦と間違えられたんですよ?」
「‥‥ごめんなさい」
 オルキーは沈んだ声で、謝罪の言葉を言った。
 とっても反省している。思ったより混乱が激しかったから。
 イそれはレーシュの身を危険にさらしてしまった事に対して、である。混乱したのはどうでもいいが、イレーシュに対しては申し訳ないと思っている。
 イレーシュは眉を顰めて、ぱたんとベッドに倒れ込んだ。布団を頭から被り、オルキーの視線から逃れる。
「‥‥もう知りません」
「イレーシュ?」
 こんなに怖い思いをしたのは、あの温泉事件以来である。温泉の時はオルキーだったからいいが、今度はそうではない。
「オルキーは、どんな衣装を着せようと私の事を守ってくれるって思っていました。でも違うんですね」
「違うわ、イレーシュ‥‥」
「違いません」
 イレーシュは、もう言葉を返さなかった。オルキーは悲しそうに黙り込んだ。オルキーは、顔をのぞき込もうとしている。
 こうしてしばらく、反省させておかなきゃ‥‥。
 イレーシュは疲れにより、眠りに引きずり込まれていった。
 ‥‥が。
 何か暖かいものが、体を這っている。
 その先がイレーシュの胸を掴んだ時、イレーシュは事態を察知した。がばっ、と起きあがるイレーシュへ、後ろからオルキーが抱きついた。
「オルキー、反省なんてちっともしていないんですねっ?」
「‥‥反省しているわ。‥‥でも、イレーシュの清らかな体が守られたか、確かめなきゃ」
 くすくすとオルキーは笑いながら、イレーシュを押し倒した。
「だって巫女って、清らかな乙女がなるものでしょ?」
「‥‥オルキーっ?!」
 これで許してもらおうって思っているの?
 イレーシュはきっ、とオルキーの顔を睨み付けた。ちっとも反省していない、笑顔。
 本当に、仕方ない人ですね。
 イレーシュはまた大きくため息をつくと、苦笑を浮かべた。

(担当:立川司郎)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年01月16日

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