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『最強タッグ 』
伍宮・春華1892)&天波・慎霰(1928)

 初対面の春華に向かって『それ』が無い頭をぺこりと下げた時、春華はコイツならイイ相棒になれる……そう確信した。

 「……ん?」
 慎霰がトイレから元居た居間に戻ってきた時、いつの間にやら増えていたモノに気付いて首を捻った。
 「…おかしいなァ…こんなの、さっきは確かになかったよな……」
 それは、一脚の椅子だった。 マホガニーか何かで出来た、優雅なラインを描く猫足に豪奢な刺繍入りのクッション部分、肘掛までついた如何にも古めかしい、俗に言うアンティーク家具と言った感じの椅子である。結構大き目の椅子だから、慎霰が見落としていたと言う事はまず考えられない。だが、誰かが運び込んだにせよ、たった数分の間に音も立てずにここに運び込む事も不可能に近いだろう。考えられるとすれば春華の仕業だろうが、その当の春華はと言えば、慎霰が席を外した時もそして今も、台所の方で何やらガタゴトと物音を立て続けていたから、それはあり得ない。
 「……。まぁいいか。に、しても座り心地の良さそうな椅子だな」
 その椅子のクッション部分、何かの花か蔦かを図案化した模様が、まるで慎霰に『座って♪ねぇ、座ってよン♪』と色目をつかっているかのような気がした。さすがに、椅子の色気に負けた訳ではないが、その想像する所の感触につい心引かれ、慎霰は椅子へと背を向けると、そのまま腰を下ろそうとした。が。
 すっと―――ん!
 「…ッわ!?な、何だ!??」
 目を白黒させた慎霰が、ようやく自分が床に転がっている事に気付く。暫しそのままの姿勢で呆然と天井を見詰めていた慎霰だったが、自分が、椅子に座ろうとした瞬間に椅子を後ろに引かれてコケるという、オーソドックスな悪戯を仕掛けられた事を認めると、考える間もなく叫んでいた。
 「おいこら!春華!!」
 「あー?なんか用か?」
 そう答えて春華が居間の扉から顔を覗かせる。口をもごもごさせている所を見ると、どうやら台所でつまみ食いをしていたらしい。
 「おまえ、またつまみ食いしてたな。それをやるから材料がなくなって、夕飯の質が落ちるんじゃねぇか。…じゃなくて!おまえ、よくも俺をハメてくれたな!?」
 「何の話だよ。俺はずっと台所の方に居たぜ?慎霰が呼んだから来たんじゃないか」
 「……え?」
 確かに、居間には慎霰しか居なかった。しかも、椅子は居間と廊下と繋ぐ扉と向かい合うように置かれてあり、居間へはこの扉を通らないと入って来れない。つまりは、袋小路の中で慎霰は一人すっ転んだ訳であり、台所に居た春華が、慎霰に気付かれずに居間にやって来て、座る直前に椅子を引き、再び居間を出て呼ばれるまで台所で待機するなどと言う芸当は不可能なのであった。
 「…そっか。そりゃ悪かった」
 棒読みでそう謝罪する慎霰に、なんだよーと文句を漏らしつつ、再び春華は台所へと戻っていった。そんな春華の背中を、訝しげに見送った慎霰だが、もうひとつのツッコミどころはちゃんとツッコんでおく。
 「おい、つまみ食いはほどほどにしとけよ!」


 気を取り直した慎霰、夕食前に汗でも流すか、と一番風呂と洒落込む事にした。
 マンションの屋上でのドラム缶風呂も趣があって好きだが、最近はマンションに備え付けの、ジャグジー付きの広い浴室もお気に入りだ。慎霰の今までの生活の中には無かったものだし、何よりもゴーッブクブクと真っ白に泡立つジェット噴水が気持ちいい。バブルバスの素を入れてモコモコのアワアワにし、泡を天井に向けて飛ばしながら、のんびりと暖かい風呂を堪能していた。
 …こっそり忍び寄る、何かの影にも気付かずに。
 「…っと、さーてそろそろ上がるか。あんまのぼせると、折角の夕飯が旨くなくなるからなー」
 等と独り言を漏らしながら風呂から上がり、身体中についた泡をシャワーの湯で洗い流すと絞ったタオルを腰に巻き、浴室から出ようとした。真ん中で折れ曲がって開く形の浴室と脱衣所を繋ぐ扉を、いつものような調子で押したが。
 「…………あれ?」
 ぐいぐい、と改めて腕に力を籠めてみるが、扉はウンともスンとも言わない。大して丈夫でもない風呂の扉だ、慎霰が力を加える度にプラスチック製の板が撓むのだが、それでも扉は開こうとしないのだ。
 「な、何だよ、これ!つか、いつの間に!?」
 開いた扉の隙間から脱衣所を覗いた慎霰は、思わず声を上げた。
 風呂の扉は脱衣場の方に向かって真ん中が折れ曲がって開く仕組みになっているのだが、その蝶番の部分をつっかえて塞ぐように、先程のアンティークな椅子がどっかりと置かれているのだ。いい素材を使っている所為でか、元々重いその椅子は、まるで椅子自体が足を踏ん張っているかのよう、幾ら慎霰が押しても引いてもびくともしない。大体、誰かいつ、この椅子を慎霰に気付かれる事なく、ここに置いたと言うのだ。幾ら鼻歌など歌ってご機嫌だったとは言え、研ぎ澄まされた感覚と注意力を持つ天狗の慎霰が、脱衣所での気配に気付かない訳がない。それも不思議であったが、まずはここから脱出する事の方が先決だ。こんな所で、春華なりここの家主なりに助けられるまで竦んで待っていななんて、知られたら笑い者にされるのがオチである。
 「…よーし、見てろよ……」
 くい、と腕捲り(って裸だから真似だけだが)をして気合いを入れた慎霰は、数歩後ろへと下がると勢いをつけ、だぁあッ!と掛け声つきでダッシュで扉へと向かう。そのままの勢いで肩から突進し、力づくで扉をブチ破るつもりだ。実際、柔いプラスチックの扉など、慎霰の力に掛かれば他愛も無い。筈だった。
 「ッ、ゥうぎゃ―――!」
 慎霰の計算では、自分の肩で扉の蝶番部分を押し、力づくで、例え扉を破壊してでもあけて脱衣所へと出る筈だった。が、慎霰の肩が扉にぶつかる寸前、何故かいつの間にかそこには先程の椅子はなく、つまり遮るものの無い中折れの扉は、いつも通りの力があれば充分開く筈で…必要以上の力と勢いがついていた慎霰は、何の抵抗もなかった為、勢い余って脱衣所から廊下まで、ごろごろと転がり出てしまったのだ。勿論、腰にタオルを一丁巻いただけの姿で。
 「……何やってんだ?」
 またも呆然とする慎霰の視界に、上下逆向きの春華の顔が映った。廊下で仰向けになる慎霰を、まだ口をもごもごとさせた春華が頭の方に立って覗き込んでいたのだ。
 「……ぁー、いや……なんだ……」
 「いっくら風呂上りだからって、ンな格好でのんびりしてたら風邪引くぜー」
 そう声を掛け、手をひらりと振りながら春華が台所へと戻っていく。そんな背中を見送ってから慎霰が視線を脱衣所へと移すと、例の椅子は扉を塞ぐ格好ではなく、脱衣所の端にひっそりと佇んでいるだけであった。
 「…つか、それにしたっておかしいだろ……」
 風呂に入る前には確実にそこに無かった椅子。首を捻る慎霰を台所の影から見詰める春華は、笑いを堪えるのに必死だった。


 その後も慎霰の周りには何故かあの椅子が付き纏い、何かと不可解な事が続いた。どう考えてみてもそれは人為的な何かが絡んでいるとしか思えず、だがその元凶として思い当たる相手はと言えば。
 「春華ッ、どこだ!?」
 「あー?」
 いきり立つ慎霰に対して、春華は間延びした声で姿を現わす。それはいつでも、例の椅子のある位置からかなり離れた所から登場するので、立て続けの椅子絡みの悪戯とは無縁と考えるしかなく。だが、こんな事を仕出かすのは百歩、二百歩譲っても、春華しか居ず…。
 「おかしい…おかしいぞ、一体何なんだ、……」
 眉を顰めて腕組みをし、ソファに座って壁に向かう慎霰は、余りに深く己の思いに耽っていた為、傍目にはまるで居眠りしているかのように見えた。それで油断が生じたのだろうか。その慎霰の背後、ソファの後ろを何かがトテトテと歩く。その気配に気付いて何気なく振り向いた慎霰が見たものは。
 「…………」
 思わずあんぐり、顎が外れて慎霰は『それ』をまじまじと見詰める。そこには、四本の猫足を動物のように交互に踏み出し、自ら歩いている例のアンティーク椅子がいたのだ。
 「な、な、な、なんじゃこりゃ―――!!」
 慎霰の悲鳴に、椅子も焦って掻けない汗を掻く。四本の猫足をわたわたとバラバラに動かし、その場から逃げようとした。その背凭れをはっしと掴んで引き止め、慎霰は腰掛け部分をガツンと踏み付け、椅子の逃亡を阻止すると、その大焦りの顔(顔などないけど)を半目で覗き込む。
 「……てめぇ…そう言う事か……おいこら、春華!!」
 「あー?…………あ」
 先程までと同じように間延びした声で返事を返した春華だったが、慎霰がカタカタと震えて逃げようとしている相棒を踏み付け、そして相棒はと言うと物言わぬ椅子ながら春華に助けを求めて肘掛けをくねくねさせているのを見ると、さすがにその語尾は引き攣った。
 「…おい、春華。有体に白状しやがれ」
 「あー、なーんだ、バレちまったんならしょうがねえや。それ、友達から貰ったんだ。自分で動く椅子。面白いだろ?」
 「面白かったのはてめぇだけだろ!最初にすっ転ばされたのも風呂場に閉じ込めようとしたのも、さっき歯ァ磨いてたら後ろから足を殴り付けやがったのも…」
 「あ、それは殴らせたかったんじゃなくて、後ろから近寄って膝かっくんしてこいって言ったんだけど、相棒が失敗してさ〜」
 「つか、椅子を相棒と呼ぶな〜!」
 ガッ、と気を荒だてた慎霰が、その波動を目に見えない刃に変えて放つ。危うくそれに切り裂かれそうになって、それを横っ飛びに避けた春華が慎霰を睨み返した。
 「なんだよっ、ちょっとからかっただけじゃねーか!そんなに怒らなくってもいいだろっ、慎霰のケチ!」
 「ケチってなんだよ、ケチってのは!大体、春華が俺を笑いものにしようとしたのが間違いだろッ!?」
 こいつで!と慎霰が例の椅子を蹴飛ばそうとする。すると椅子は自らの意思で飛び退き、慎霰の踵を寸前の所で避けた。すちゃっと着地した後、椅子は行け!との相棒の掛け声を聞いて俄然張り切るよう、四本の足で床を蹴ってジャンプをし、がぁっと無い口を開けて無い牙を剥き出しにして慎霰へと飛び掛っていった。
 「ちっ!」
 その、椅子とは思えぬ素早い動きに慎霰は舌打ちをする。慎霰の背中から、真っ黒な天狗の羽根のイメージだけが突如現われ、そこから鋭い木の葉のように飛び散る天狗の羽が、椅子目掛けて降り注いだ。一枚一枚がよく切れる刃物のような威力を持ったそれは、瞬く間に木製の椅子を切り刻み、椅子は空中で分解されてそのまま重力に惹かれて落下した。慎霰の力は、自力で動く椅子をただの粗大ゴミへと変貌させたのだ。
 「あーあ、勿体ない……」
 「自業自得だ、アホ。せめてコイツが天狗の妖力で動く椅子だったなら、このまんま残して置いてやっても良かったんだがな」
 真剣に残念がる春華に、ふふんと鼻を鳴らして慎霰が笑った。


 さて、その数時間後。
 相棒の椅子も破壊された事でもう隠れている必要もなくなった春華は、今度は居間でテレビなど見て寛いでいる。その背後に忍び寄る怪しい影…と言っても、勿論それは慎霰以外には有り得なく。
 「春華」
 「んー?」
 名を呼ばれ、何とはなしに振り向いた春華が、そこに立って片手を掲げる慎霰を見てヤバイと思った瞬間には既に時遅し。慎霰の催眠能力に、如何な天狗とは言え、油断している時では逆らう事もできず、春華は実にあっさりと慎霰の意識に支配下へと下った。
 「…さぁて、覚悟はいいな……?」
 にやり笑う慎霰、この後春華は炊事掃除に布団の上げ下げまで、とことん慎霰にコキ使われたのだ。我に返った後、妙な筋肉痛に呻くと同時に、己の行動を後になって反省させられる羽目となった春華なのであった。
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東京怪談
2004年01月15日

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