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『お正月の過ごし方 』
露樹・八重1009

「よう、おめでとさん」
 ちまちまちまちまとデスクによじ登ってきたその存在に、草間はぞんざいな声をかけた。
 正月くらいはこの興信所も華やいでいる。煙草の灰の被害の著しかったデスクも綺麗に拭かれているし、来客用のテーブルセットは炬燵に様変わりしていた。尤も草間はあまりその炬燵には入らないのだが。
 新年も二日。暇人の年始にも慣れてだれてきた辺りである。そのぞんざいな新年の挨拶も納得の行くものだったが、ちまちまな存在はむうっと頬をふくらませた。――ぞんざいさが理由ではなかったりしたのだが。
「むう、おめでとうなんでーす」
 露樹・八重(つゆき・やえ)はそう言うとひょこんとデスクから飛び降りた。

 面白くない。
 実年齢が実年齢だけにお年玉も貰えず、兄は勿論恋人にかまけていて、知り合いもなんだかんだで出払っている。
 それにそれにそれに。
「あたしはたんじょうびなんでーすよー」
 ぼそっと呟いても草間には聞こえない。
 一月二日。それは正月二日目でもあったが八重が生まれた日でもあった。
 ――誕生日を主張できる年なのか、と言う辺りは、あまり突っ込んではいけないらしい。

「……おい」
「むう、こうしつあるばむはおもしろくないのですー」
「…………おい」
「あ、こっちはまんざいやってるんでーす、じゃあこっちにきまりでーすね」
「………………おい」
「わかてのげいにんさんがおおいんでーす」
「……………………おいっ!」
 ばしんと炬燵の板を草間は叩きつけた。振動で浮き上がった八重は慌てて重箱にしがみ付く。
「どしたんですかー? らんぼうはだめなんでーすよ?」
「お前の胃袋の方がよほど乱暴だろう!」
 草間が指さす部屋の隅には空になったお重やらパックやらが山と詰まれている。
 新年年末と暇人が暇なりに屯していた事務所には、暇人が暇にあかせて作ったおせち料理や、暇ではない人が心を込めて作ったおせち料理、暇人が宴会用に持ち込んだパーティオードブル、暇人が年始挨拶に持ってきたデパートおせち料理やらが山ほどあった。それに日本酒やらビールやらのおまけもついて、のんびりぐうたらな正月を過ごすには十分な環境だったのだ草間にとっては。
 それが、八重が現れてものの一時間もしないうちに半数以上が見事なばかりに消えてなくなっている。
 その乱暴な胃袋の中へと吸い込まれて消えたのだ。どう消えたのかと言うと、勿論食われたわけだが。
「どこがですかー?」
「……お前の胃袋は一体何処へつながっているんだ?」
「どこへっていぶくろのつぎはしょうちょうにきまってるんでーす」
「内臓全部破裂してもまだ足りないほど食べてるだろうがお前は!」
「あまいものはべつばらなんでーすよ」
「甘くないものだけでも破裂するわ!」
「むむ」
 難しい顔をして八重が沈黙する。そうかわかったかと草間が顔を明るくした瞬間、八重はいった。
「このくろまめはすーぱーのなんでーす。あじつけがあますぎるんでーす」
 さっきののほうがおいしかったんでーす、と言う八重に草間はがっくりと肩を落とした。そのさっきのというのは多分草間もちょっと楽しみにしていた暇でない人が心を込めて作ってくれたおせち料理のことだろう。勿論真っ先に飯粒一つ残さずに空にされたのだが。
「……お前、一体なにしにきたんだ?」
「このえびさんのなかみはぐらたんさんでーす! むむむ、げいがこまかいのでーす、さめててもなかなかおいしいでーすね」
 聞いちゃいねえ。
 止めようと手を伸ばしても相手ははしこい体長10センチ。鼠やスズメを捕まえようとするようなもので、ちょろちょろと一向に捕まらない。その上いなくなったと思ったら給湯室のストックおせちの箱の中から、
「ほてるのおせちりょうりなんでーす!」
 と喜びの声が聞こえてくる始末。
「あ、あ、あああああ」
 嘆けど叫べとその胃袋とどまる所を知らず。
 草間のささやかな正月のご馳走は、瞬く間に食い尽くされた。

「たけひこおぢちゃことしもよろしくなのでーす」
「…………」
 草間に手を振ると、八重はひょこんと窓から姿を消した。
「うごきながらたべてたからあんまりおなかいっぱいじゃないでーすね。つぎはどこへいこうかなでーす」
 まだ食う気か!?
 とは誰も突っ込まない。聞く者がいないからだ。
 しかしその言葉が事務所内で呟かれても突っ込みは入らなかっただろう。
 草間武彦三十間近。お嫁さんもちょっと欲しいがその前にココロの平穏が欲しい今日この頃は、すっかりと自閉して泣きながら観葉植物に何か話し掛けていた。

 因みに、八重によって破壊された正月の平穏は、その後にやってきたどこかの青春小僧とその兄にお年玉を強奪される事によって、破壊どころか粉塵と化したという。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月14日

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