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『It is the last in the beginning. 』
加賀・沙紅良1982)&悠桐・竜磨(2133)


 それは年の瀬も押し迫ろうかという時期だった。
 いつものようにアルバイトを終えて帰宅したのはまだ空が暗い明け方。
 この調子だと、今日もきっと昼過ぎまで爆睡、目覚めるのはきっと日が日中で1番高く昇った頃だろう。
 自分の事ながら本当に大学を無事卒業できるのか不安は感じるが、なにせ家を出たせいで金がない。
 奇跡にも近い幸運さでこの新しさこの作りで本当にこの価格!?という格安マンションに入居出来たはいいが、先立つものがなければ生活も出来ない。
 そのため親には内緒でホストのアルバイトをしているのだが本末転倒というかなんというか、すっかり生活のペースがバイト8割大学2割とすっかり比重が逆になってしまった。
 そして、今日も今日とて帰宅時間は草木も眠る丑三つ時よりも更に遅いこんな時間。
 悠桐竜磨(ゆうどう・かずま)はなるべくご近所の迷惑にならないようにそーっとマンションのエントランスのドアを開けた。そこまで気を使うのもこの条件で格安という理由もあったが、このマンションの住人達との交流が妙に和気藹々としていて竜磨にとってもうこのマンションが本当に自分の“家”であり住人達が“家族”のような感覚を覚えていたからだった。
 足音を忍ばせてエントランスに入った竜磨は、
「よ、おかえり」
と、不意に声をかけられて飛びあがりかけた。
 悲鳴が出そうなところをなんとか抑えた竜磨は、極力抑えた声で、
「沙紅良ぁ〜、頼むぜ、おい脅かさないでくれよ」
といつの間にか自分の背後に居た加賀沙紅良(かが・さくら)に向かってそう言った。
 小学生がこんな時間に家を出歩くなんて……と言いたいところだが、沙紅良にかぎって言えばその範疇にないことは竜磨も重々承知していたので敢えてそれは口に出さなかった。
 マンションの外に居なかっただけ沙紅良にしては上出来といったところだろう。
「おっそいぜ、竜磨。待ちくたびれたよ、俺」
 外見は数年後が楽しみな美少女であるにもかかわらず口調は実にぞんざい極まりない。
 でも、それもやはり沙紅良だからという一言で片付いてしまう。
「待ってたってなんだよ」
「んー、実はちょっと竜磨に1つお願いがあってさー」
 よもやまたしても食い倒れツアーのお誘いじゃないだろうなぁ……と、少し怯えたような目で竜磨は沙紅良を見る。
 にっ……と、さくらは唇の両端を吊り上げるようにして笑みを浮かべた。

■■■■■

「正式なデートをしてみたい」
 それが、沙紅良が竜磨にした“お願い”だった。
 竜磨は、
「別に今そんなことしなくてももうちょっと年取れば嫌ってほど出来るだろう」
と言ったのだが、オンナ子供のワガママに男が勝てるわけがない。
 なんだかんだ言って、結局竜磨は沙紅良に押しきられ現在に至るわけである。
 “正式なデート”というからにはやはり外で待ち合わせから入るべきだろうという事で、竜磨はとりあえずマンション近くの最寄駅で沙紅良の到着を待っていた。
「遅いなぁ……」
 約束の時間を過ぎているにもかかわらずまだ沙紅良の姿が見えない。
 電話しようにも沙紅良は携帯を持っていない。1度マンションに戻ろうかと竜磨が考えた時、ぽんと肩を叩かれた。
 振り向くとそこには自分と同い年かそれよりも少し上の女性がにっこり笑っている。
 一瞬、店の客だったかなと記憶を探るがどうしても思い出せない。
 だが、全くの初対面といった感じではなく、何か頭の隅に引っかかるものを感じるのだ。
「待たせたな」
 美人といって良い容姿をしているのにこのぞんざいな口調。
 銀糸のような長い髪に青い瞳。
「……もしかして……沙紅良、か?」
「もしかしなくてもそうだろう。何言ってんだよ」
「何言ってんだよって、お前、その」
「ん? なんかオカシイか?」
 そう言って沙紅良は竜磨の目の前でくるりと回って見せる。
 どうも、母親の服を借りてきたらしく明らかに年齢に合っていない服装ではあったが、服装よりも何よりも―――
「お前のその見た目がオカシイんだろう。なんでいきなりそんなっ」
「そんなオカシイか、この服?」
「いや、だから服じゃなくってなぁ……」
 見当違いな返答に竜磨は脱力してしゃがみ込み頭を抱える。
 まぁ、常々、常人ではないと思っていたので今更沙紅良が実は人外魔境だったといわれてもそんなに驚愕するわけではないのだが―――唐突に座り込んでしまった竜磨を不思議そうに見下ろしている沙紅良の顔を、抱え込んだ腕の隙間からチラリと仰ぎ見る。
 やはり、予想通りというか予想以上に成長後は美人だった。
 しばらく、唸っていた竜磨だったが、本当に彼女が沙紅良だというのなら約束は守らねばなるまい。それに、よくよく考えれば10歳の将来有望な美少女を連れて歩くと傍から見たら単なるロリコン男だが、今の沙紅良を連れて歩けば確実に羨望の的―――多少の打算も竜磨の頭の中で働いてしまうのは無理もあるまい。
「あぁ、もう、いいか。沙紅良」
「ん?」
「じゃあ、デートってどう言うものか体験ツアーな」
と、竜磨はとりあえず電車でお台場を目指した。

■■■■■

 まずはその違和感たっぷりの服装からかな―――と、竜磨はゆりかもめに乗ってお台場に到着すると、まずは巨大ショッピングモールへと向かった。
 その中の店に入り沙紅良の総コーディネートを依頼する。
 どうも着せ替える本体の素材が良かった為かショップのお姉さんが張りきって沙紅良を飾り立ててくれた。
「どうだ?」
 試着室から出てきた沙紅良が竜磨の前で一回りした。
 トップは首元がくしゃっとしたタートルネックのカットソーにモヘアのボーダーニットを重ねその上にファー付きのブルゾン。下にはスカートは動きにくいと沙紅良が拒否した為にショートパンツ、流行りのロングのニーブーツ―――本来の大人姿の沙紅良はすらっと背が高くスタイルが良いので、ファッション雑誌から抜け出してきたモデルの様だった。
「いいんじゃないか?」
 ショップの店員も出来映えにはバッチリ満足しているらしい。
「ありがとうございましたぁ」
 店員の声に見送られながらショッピングモールから出る。
 年末で世の中が全般的に休日だけあって里帰り前の人なのかそれとも地方からの観光客なのかやたらめったら人で溢れ返っている。
 なるべく低いものを選んだのだが、慣れないブーツで人にぶつかった拍子に躓きかける沙紅良の腕をとっさにとった竜磨は、
「ほら」
と、手を差し出した。
「?」
「デートなら手ぇ繋がないとなぁ」
「そーいうもんなのか?」
「そーいうもんなの」
 携帯も持っていない沙紅良に迷子になられては厄介だし、一石二鳥とばかりに竜磨はそのまま沙紅良の手を握った。
「ほら、ショッピングも終わったし次は沙紅良の好きそうなとこに行くぞ」
 そう言って竜磨が連れて行ったのはお台場のレジャースポット、パレットタウンだった。
 公園を散策したり、当然大観覧車やいくつかの乗り物を制覇する。
 沙紅良は映画を見たりするようなデートよりも、活動的なものの方を好むだろうと考えた竜磨の読みはずばりとあたり、どれに乗ったときにも大興奮だった。
 特に絶叫マシン系の乗り物が気に入ったらしく竜磨がぐったりするほど、3回も4回も乗ろうと騒いで大変だった。
 その他にもメガウェブに行ったり、某テレビ局へ行ったり。
 日が落ちるのが早い冬なのでそうやって一通り遊び倒すとどっぷりと日が暮れてしまっていた。
 1日楽しんだ帰りの電車の中で、
「どうだ、満喫したか?」
と尋ねる竜磨に、沙紅良は、
「もう1つ行ってみたいとこあるんだけど」
と言う。
「デートって夜景見るんだろ?」
 見晴らしの良いとこ行こうと沙紅良が誘う。
 沙紅良が指差したのは東京タワーだった。

■■■■■

 東京タワーは相変わらずライトアップされて赤い光を放っている。
「あそこ行こうぜ、あそこ♪」
 そう言って更に沙紅良が指差したのは東京タワーの天辺。
「マジかよ!?人間の行けるとこじゃねぇぞ?」
とは言ったが、まぁ、今日は仕方ねぇかな……と竜磨は諦めたような笑いを浮かべる。
「目ぇつぶったら連れてってやるよ」
「マジで?」
 素直に沙紅良は目を閉じる。
 その沙紅良の腋と膝下に腕を回して沙紅良の両腕を自分の首にしっかりと回させ、所謂“お姫様抱っこ”の体制を取る。
「しっかり捕まってろよ」
 そう言うが早いか、竜磨はそのまま空を見上げ―――飛翔した。
「おい、沙紅良。もう良いぞ」
 そう言われて、沙紅良はゆっくりと目を開ける。
 すると沙紅良の眼下に一面に東京タワーの赤い光と首都高の流れるような車のライトの群れ、そして高層ビルや家々のまばゆい明かりが広がる。
「すっごいな〜」
 今日1番の歓声が沙紅良の口からこぼれた。
 しばらく瞬きもしないで見つめていたが、
「さんきゅ♪いい思い出になった」
と言うが早いか、子供の姿でいた時の沙紅良からは想像も出来ないような艶やかな笑みを浮かべて竜磨の頬に口付けた。
「俺、ずっと忘れないからな、今日の事」
 沙紅良はそう小さく呟いた。



 これが最初で最後の口付けであり、最初で最後のデートだったと竜磨が知ったのはその数日後のことだった。


Fin
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月14日

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