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『初詣騒動 』
宮佐・鞠生2351)&西條・アドルフィーネ(2366)&那崎・緒深(2415)

 眠らない街が最も眠らないのはこの日かも知れない。
 それが例えば厳しい両親に監視されている子供でさえも、この日ばかりはほんの少しの目こぼしをしてもらえるだろう。そんな夜もある。
 TVでは特番が放送され、歌番組では衣装を競い合い、中継で鐘が鳴り響くその夜。
 数瞬の間を持って、日付と共に年が変わる。
 新年を迎える清冽な時。
 清冽でもあり騒がしくもある。
 大晦日から元旦へと移り変わる。そんな夜の話である。

 さて、目こぼししてくれる両親の慈悲に頼らない存在だって勿論いる。
 自室のベッドでシーツに包まれて宮佐・鞠生(みやさ・まりお)は寝息を立てていた。歌合戦も中継の鐘ならしも、格闘技にも興味のない鞠生は普段通りにさっさとベッドに入っていた。
 深夜零時。昨今では例外の方が幅を利かせているのかもしれないが、普通良い子はお休みの時間である。
 だから、その音は鞠生にとっては迷惑以外の何者でもなかった。
 ぱんぱんぱーん!
 すわ銃撃かと思うようなけたたましい音に、鞠生は思わずがばりと跳ね起きる。完全に反射で、意識はまるで起きていないのに体だけはしっかりと身構える。
「……っ」
 しかし響いたのは音ばかり。襲われる気配もなければ殺気そのものも感じられない。
(……なんだ?)
 心中のその疑問に答えたのは底抜けに明るい声だった。
「宮様アケマシテオメデトー!」
 鞠生の驚きも楽しむように、西條・アドルフィーネ(さいじょう・あどるふぃーね)は鳴らしたクラッカーの音から一拍遅れて、鞠生に飛びついた。

 外気は冷たかったが漂う熱気がその冷たさを緩和している。
 商魂逞しい香具師達が、この期を逃してなるものかと、正月休みも返上して店を出し、それにまた寝正月という言葉を知らないもの達が群がっている。
 正しくお祭騒ぎ。夏の夜などの香具師祭りと違って、混じり込むのは浴衣ではなく晴れ着だが。
(人のことは言えないか)
 内心呟き溜息を落とすと、吐きだした息はほっと白い。
 そう人の事はいえない。
 部屋に乱入してきたアドルフィーネは赤の可愛らしい着物姿で、鞠生もまたその赤い着物の魔女にパジャマから和装へと着替えさせられていた。寝起きで意識がまだはっきりしていなかった鞠生は拒否する事も出来ずに今、着物姿でお祭騒ぎの神社へとやってきている。
 和装で冬の深夜外出はかなり寒いのだが、アドルフィーネは気にした様子もない。黄金色の髪を揺らしながらぐいぐいと鞠生の手を引いて人込みを掻き分けていく。空いた手には早速買った林檎飴が握られている。
「へへー、あのねこの先に私の先輩のやってる店があるんだよ」
「……」
「お守りとか、破魔矢とかの縁起物を売ってるんだって」
「…………」
 返事がなくともアドルフィーネは黙らない。そもそも詳しい事情は置いておいて鞠生が口をきかないことを承知しているからだ。
 話したい時には鞠生はピアノを――何故か今日は大正琴だが――を奏でるのだが、流石にこの人込みでは叶わない。それも承知の上だ。
 鞠生も思う所はあったが黙ってアドルフィーネのしたいようにさせていた。
 色々とまあ困ったところはあるのだが、決してこの相手を嫌ってはいなかったからだった。

「いらっしゃいませ」
 と二人を出迎えてくれたのは巫女姿の少女である。鞠生はなんだと肩を竦める。既知の相手であったからだ。那崎・緒深(なざき・おみ)は二人に向かって笑いながら手を振った。本日は略式でなくきちんとした巫女衣装だ。
 屋台以上に人でごった返す売り場はあまり居心地がいいともいえなかったが、緒深もアドルフィーネもそんな事は何のそので、女の子らしいおしゃべりに興じている。
「一年の慶は元旦にありってね、あたしも新年から巫女服だしもう今年もこれっきゃないと思うの! 二人も何か、『福』でも買ってかない?」
「えっとね! じゃー私はこれかな!」
 迷いもせずにアドルフィーネが取り上げたものを見て、鞠生は勿論緒深も顔を強張らせる。
 赤い袋に金糸で記されている漢字は――安産祈願。
「まだはいってもいない子供の安産祈願してどうすんの?」
「……」
(……あんたな)
 ぴんと小さく琴の音に乗って聞こえてきた鞠生の抗議に、アドルフィーネはぺろっと舌を出して見せる。結局次に取り上げたのは若い女の子らしく、縁結びのお守りだった。
(……誰と結ばれる気だ)
 思い切り頬から冷や汗を流した鞠生の耳元に、緒深がこそっと囁く。
「宮様宮様。入用ならこんなのもあるよ?」
 やはりどこかコソコソと緒深が示した破魔矢と厄除け札に、鞠生は目を剥いた。
 お守りや縁起物が無数に置いてあっても、それをどうやって見間違えというのだろう。白木に白い羽を取り付けた破魔矢にはコミカルなほうきで飛ぶ魔女のマスコットがつけられていて、挙句にそのマスコットには網が被せられている。宣伝文句のマジック書きの下がりには『効果抜群魔女退治用!』と記されている始末だ。厄除け札も同様で、墨痕も鮮やかなそれにははっきり『魔女除け』とかかれている。
 随分とインターナショナルな神社だと呆れ半分感心しつつ、鞠生は迷わず財布を取り出した。
「あー!!! 宮様ってば何買ってるのー!!!」
 見咎めたアドルフィーネが金切り声を上げる。
(何をも何も無いだろ)
 そう思ったところで聞こえる訳でもなし。ぽんっと軽い音を立てて破魔矢と厄除け札は狸の置物に変化した。
「………………」
 目は口ほどにものを言いというが、鞠生の恨めしげな視線に緒深は、
「うーんクーリングオフ期間だけどここまで破壊されてるんじゃ無理だね」
 と、明るく笑った。

 今年も魔女に取り付かれたままです。
 そう宣言してくれたような狸の置き物を抱えて頭を抱える鞠生を余所に、アドルフィーネと緒深の二人はコソコソ談合し、まんまとバイトを抜け出した。
 何を言う気力もない鞠生はそのまま二人に引きずられて境内へと出る。引いたおみくじの結果も、鞠生の肩を落とさせるには十分すぎた。因みに魔女と巫女の引いたおみくじが揃って大吉だった辺りもまた、本年度も頑張って下さいと天に言われているようだった。鞠生が引いたおみくじは――まあ言わなくても分かるだろう。
 賽銭は弾んで一心不乱に祈ってみたが、それでどうなるという事もなさそうでは、あった。
「おっと、そろそろ行かなきゃ」
 はたっと緒深が手を打ったのは、三人しておみくじの厄払いを(木にくくりつけるあれだ)を済ませたそのときだった。
「?」
 小首を傾げる鞠生に、緒深はぱちんと片目を瞑って見せる。
「折角だし見に来てよ、ね?」

 竜笛の音、そして鈴が鳴り響き、地の底から轟くように低く、尺八がなる。
 このときばかりはお祭騒ぎも遠巻きとなる。
 和洋折衷もいいところのいい加減神社の雰囲気はなりを潜め、変わって呼吸をする事さえ躊躇われるような清冽さが境内に満ちた。
 鞠生はアドルフィーネと二人並んでござの上に座し、その光景を食入るように眺めていた。渡された甘酒にもあまり手を付ける気にはならない。アドルフィーネはまた別のようだったが。
 見に来て、と緒深の言ったものは奉納舞。それは言われずとも見たい部類に、間違いなく属していた。
 天と地を縫うとされる竜笛の音色。それに合わせて緒深と、そして幾人かの巫女が進み出る。薙刀の白刃が焚かれたかがり火に赤く煌いた。刃引きはされているのだろうが、それでもその刃と刃が合わさる瞬間には息を飲んだ。
 見慣れた緒深さえ違う生物に見える。
 そして耳にあまり馴染まない雅楽の音色もまた、胸に響くものがある。
 鞠生は隣で暢気に甘酒を飲んでいるアドルフィーネをそっと盗み見た。
 色々とまあ、本当に色々とありがたくない事もあったのだが、この奉納舞の場へ自分を連れてきてくれたそのことだけは、彼女に感謝しよう。そう思った。

 ――のだが。
 大正琴の激しい音色には一つのメッセージ。
 すっかり観客と化している周囲の野次馬には勿論通じない。
 そして、本来なら通じていいはずの相手にも通じない。
「さーはったはった! 魔女VS巫女! 世紀の東西デスマッチ、新年から縁起がいいよ!」
 濁声で何かを呼びかけているものまでいる。
「ひいいっく。いっくよー!!!」
「負けないわよー!」
 真っ赤な顔をしたアドルフィーネはどうやら甘酒が過ぎたらしい。緒深もまた挑まれて引っ込むようなおとなしい性分でもなく。
 乱入したアドルフィーネによって奉納舞はすっかりデスマッチへと変じてしまっている。神主も頭を抱えているならまだしも、先ほどの濁声は烏帽子の下からしているのだからもうどうしようもない。
(いい加減にしろー!!!!!)
 一心不乱に琴を奏でる鞠生はそのメッセージだけを懸命に――虚しさを感じつつも――音色に乗せていた。
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東京怪談
2004年01月13日

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