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『陽だまりの庭 』
中藤・美猫2449


 真っ黒な髪を耳の辺りで切りそろえた今時珍しいおかっぱ頭に、不思議と金色に見える大きな瞳。
 いつもレトロなジャンパースカートに身を包んだ小学生、中藤美猫(なかふじ・みねこ)は物心つく前には両親を亡くしていた。それ以来、母方の祖母に育てられている。
 近所の人は時々、美猫に、
「こんなに小さいのにかわいそうにねぇ」
などと言う。
 それが“両親が居ない”ということに対してだというのは幼い美猫にも判っていた。美猫自身、確かに母親も父親も居ないという事実を寂しく思うこともあったが、それでも彼女には祖母が居た。
 大好きな祖母が居るから、美猫は近所のおばさん達が言うほど自分を“かわいそうな子”だとは全く思っていなかった。
 両親が居ないということ以外、自分のことを極々普通の子だと思っていたが、そうではないということに気付いた時、誰にも言えない秘密ができた。
 美猫は猫と話す事が出来るのだ。
 もっと幼い頃はみんな猫と話す事が出来ると思っていた。
 正確には、猫と話す事が出来ると言うよりも、猫は普通に人と話す事が出来ると思っていたのだ。
 だから、裏のおばあちゃんの家の猫も、3丁目のたばこ屋さんの猫も美猫と話しをする様に自分たちの飼い主と仲良く話しをしているものだとそう信じていた。
 だが、彼女がまだ小学校に上がる前に、近所のガキ大将が、
「やーい、美猫のウソツキ! 猫が人間と喋れるわけなんかないじゃないか!」
と言って小さな石の飛礫を美猫に投げた。
 美猫はその小さな小さな飛礫が当たった事よりも、ウソツキと罵られたことよりも“猫が喋れるわけがない”という言葉にショックを受けて泣きながら家に帰った。
 そして、その話しを祖母にすると、祖母は、
「いいかい、美猫。美猫は嘘なんかついていない。美猫が猫達と話しが出来るのは本当だよ。でも、それを決して余所の人に言ってはいけないよ」
と言い含められた。
 美猫はその時、子供心にそれまで自分が思っていた事が違っていると判った。
 猫は普通人とは話せないのだ、と。
 そして、人も猫の言葉を理解する事は出来ないのだと。
 それを理解すると同時に、自分が“普通の人とは違う”ということも―――
 美猫は先日ある事件に巻き込まれた。
 その事件についての詳細を語る事は、同じく事件に巻き込まれた者たちの間で禁じられている。
 事件の犯人とその場に居合わせた者達はそれぞれの秘密を共有する事になったのだ、各自の秘密と事件そのものを隠蔽するために。
 その新たな秘密は、まだ7歳の美猫の胸に日ごとに重く重くのしかかっていた。
 その事は、唯一の肉親である祖母にも言えない。
 まして、普段仲良くしている猫達にも……。


■■■■■


『美猫ちゃん、どうしたの?』
 公園で1人ブランコに乗りながらそう考えていた美猫の足元に、いつのまにか仲良くしている猫が2〜3匹集まっていた。
 そのウチの一匹が、ぴょんと美猫の膝の上に乗る。
「にゃぁん」
 元気を出して……と美猫のお腹の当たりに頭を擦りつける。
「うん。なんでもないの、大丈夫だよ」
 犯人の男は行っていたのだ、もしもこの事を他に漏らした場合、その者には報復を行う、と。
 話しは少し難しかったけれども、美猫があの事を話すと他の人にも―――そして、あの男が美猫が猫と会話できると知っている以上、この猫たちにも迷惑がかかる。
 迷惑がかかるだけでも嫌なのに、もしかしたらあの男はあの事件の時に使ったように毒を―――
「ごめんね」
 そう言ってその猫を膝から下ろし公園を出て行く。
「にゃぁ……」
 去っていく美猫の後姿に猫達が小さく鳴いた。
 だって、いつもなら美猫はこんな時、今までならきっと猫達の頭を撫ぜてくれたり、心配事なんかを隠さずに自分たちに話してくれていたのに―――と。
 美猫はあれ以来親しくしていた猫達にまでよそよそしい態度をとるようになってしまっていた。それは、勿論美猫は無意識のうちにそうなってしまっていたのだが、そんな事を知らない猫達は美猫の態度の変化が、きっと自分たちが美猫の機嫌を損ねるような事をしたのだとそう思い込んだ。


 ある日から、美猫のもとに色々な贈り物が届けられるようになった。
 それは、花や果物。
 綺麗な石や色鮮やかな羽根。
 それらが朝起きると、美猫の部屋の窓の桟に置いてあるのだ。
「……今日もある」
 今日は四葉のクローバーが置いてあった。
「誰なんだろう、毎日」
 そう、美猫は小さく首を傾げて考えたが、全く判らない。
 ただ、そんな些細な贈り物が、事件からずっと心の奥底にあった重い何かを少しずつ少しずつ癒してくれていた。
 その日は土曜日。
 学校はお休みだし、空には雲ひとつない晴天。
 久しぶりに、美猫はお気に入りの本をお日様の下で読もうと、小脇に抱えて家を出た。
「こんにちは」
 家を出てすぐに、近所のおばさん達が何人かで集まっていたので美猫はちゃんと挨拶をする。
「あら、こんにちは美猫ちゃん。お散歩?」
「はい」
 にっこり笑って美猫がそう言うと、あらそう、お天気がいいものねぇと言いつつ、
「あ、そうだ美猫ちゃん出かけるなら気を付けてね」
とおばさんの1人が言った。
「?」
 美猫が首を傾げる。
「最近ねぇ、ここら辺の猫の悪戯が酷くてね、今もおばさんたちその話しをしていたんだけれど―――」

 その話しを最後まで聞くや否や、美猫は本をおばさんにお願いして走り出した。


■■■■■


『最近ねぇ、ここらに居る野良猫達が公園の花壇を荒らしたり、余所の庭に入ってそのウチの鉢を割っちゃったりして困ってたのよ。あるお宅なんて、インコを外に出しておいたら、猫が入り込んでそのインコを狙ってたって言うの。
 だから、今日ね保健所に電話をして猫達を捕まえてもらってるのよ。』


 おばさん達の言葉で、ようやく美猫はプレゼントの主が美猫が仲良くしている近所の猫達だということに気づいたのだ。
 あの猫達がわざと人間に迷惑をかけるようなことをするわけがないことは、誰よりも美猫が知っている。
 花壇に入っちゃったのだって、鉢を割っちゃったのだってそうしようと思ってやったわけじゃなく、美猫へのプレゼントを探すためだろうし、インコだって傷つけようとしたわけじゃなくきっとあの綺麗な羽根を1枚分けてもらえるようにお願いしに行ったのだろう。
 美猫はおばさん達にそう言いたかったが、それを言うには美猫が猫達と仲良くしていた事、そして猫達がきっと美猫が最近沈んでいたのを知って元気を出してもらおうとしていた事を話さなくてはいけなくなるだろう。
 もし、それを話してもおばさん達がそれを信じてくれるかどうか……
 それよりも、今は猫達を助けなければと―――美猫はよく猫達が集まっている公園や空き地を探して回った。
 そして―――
「待って下さい!」
 保健所おじさんが猫達をトラックのような車の後ろに入れているところを発見した美猫は後先も考えずにその車の前に飛び出した。
 近所の住民の依頼どおり、この近辺で見つけた野良猫達をあらかた捕獲し終わり、保健所へいこうとしていたトラックは急ブレーキをかけた。
 キィィィィ―――――――!
 耳を突くような音が響く。
 タイヤの擦れたような臭い。
 両手を広げて目をつぶり、車の前に立った美猫はゆっくりと目蓋を開いた。
「こら、危ないじゃないか!」
 車の中から、助手席にいた男の人が降りてきて美猫にそう怒鳴った。
「まぁまぁ、そう怒るなよ。無事だったんだし、この子がこんな事をしたのにはきっと理由があるんじゃないのか。ね、お嬢ちゃん?」
 もう1人の、運転席にいた少し年配のおじさんが車を降りてきて、美猫に怒鳴りつけた男の人をなだめてくれる。
 美猫は、そのおじさんに向かって、
「お願い、その子達を連れていかないで!」
と言った。
 車の後ろの方からは、沢山の猫達のにゃーにゃーいう声が微かに聞こえて来る。
 普通の人にはただ鳴いているようにしか聞こえないだろうが、美猫には、それが助けを求めている声だとはっきりと判る。
「お願い……おじさん」
 いつの間にか、美猫の目に涙が浮かびぽろぽろと零れ落ちる。
 そんな美猫の姿に、おじさんは困ったような顔をして美猫の前にしゃがみ込んだ。
「どうしてそんな事をお願いするんだい?」
「その子たち……美猫と仲良しの子達なの……だから……連れて…いかないで」
 嗚咽で言葉に詰まりながら美猫は必死にお願いする。
「うーん、でもねぇ、お嬢ちゃん。おじさん達は近所の人にお願いされたんだよ。それを勝手に止めましたというわけにはいかないだろう? 確かに君と仲良しの猫達も居るかもしれないけど、悪戯をしてみんなに迷惑をかけるようなことをするんじゃ、おじさん達も返してあげることは出来ないよ」
「迷惑を……か、かけない様に…すれば……返して、くれる?」
 うぅん―――と、おじさんは考え込んだ。
 そして、
「そうだなぁ、君がこの猫達みんなの面倒を責任持って見ると約束できる?」
と美猫に尋ねた。
「―――はい」
 美猫はそうしっかりと頷いた。
 話をする2人の脇で、それは拙いですよ―――と、もう1人の人は言っていたけれど、おじさんは、
「よし、じゃあ約束だ。ちゃんと最後まで責任持って面倒を見るんだよ」
と、小指を差し出した。
 その指に美猫は自分の小さな小指を絡める。
 車から開放された猫達がいっせいに美猫のもとに駆け寄った。
「ごめんね、ごめんね」
 そう言って美猫は猫達を順番に抱きしめたり撫ぜたりしてやる。
「みんな、今日から美猫のお家の子になったんだよ。だからもう安心してね」
 にゃぁ……と、猫達も美猫の手や足を舐める。


 こうして、美猫の家に家族が増えた。
 おばあちゃんと美猫、そして美猫に助けられた44匹の猫達があの陽だまりの庭で楽しく仲良く暮らす事となった。


Fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月13日

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