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『今年最後の贈り物 』
九重・蒼2479
 薄曇りの空と冷たい風の元を歩く人影は、一つだけだった。
 こんな夜に出歩いているのは、自分だけじゃないだろうか。九重蒼は明るく暖かい灯が漏れる家々の窓をちらりと見ると、足を早めた。
 大学でやり残した事がどうしても終わらず、結局大晦日だというのに蒼が実家に戻れたのは日も暮れた午後九時だった。
 実家では、年末の特番でも見ながら妹が心待ちにしているはずだ。
 せめて新年になるまでには戻ってきてね、と言われていたから、蒼も逃げ出すように大学を飛び出し、荷物を抱えてアパートを後にした。

“なにか欲しいものはあるか?”
“ううん、何も要らないから早く帰ってきて欲しい‥‥”
 電話の向こうで、妹がか細い声で言った。

 何も要らないと言ったが、あまり外に出歩く事の少ない妹の為に何か持ってかえってやりたい。何がいいかと思案しながら歩いていると、一見の花屋にたどりついた。
 妹は花や植物が好きで、いつも庭を歩いたり観葉植物を眺めたりしている。切り花はかわいそうだから、鉢植えがいいだろう。
 さくさくと歩く蒼の手には、ビクトリアの鉢を入れた袋がしっかりと握られていた。
 年末年始くらいは、実家でゆっくりしよう。
 初日の出を見て、人が少ないうちに初詣に行こう。
 蒼はうっすらと笑みを浮かべ、ちらりと鉢を見下ろした。
 月は、空から煌々と照らし付けている。実家までは、あと少しだ。
 その時、蒼はすうっと顔を上げ、周囲を見回した。
 両側を木々に囲まれた細い道に入ったあたりから、誰かの気配を感じている。民家の前に着くまえに、ここでどうにかした方がいいかもしれない。しかし、相手になるのはもっと嫌だ。
(まあ、誰かに会ったとしても、万が一にも怪我をさせる事は無いだろうがな)
 もし相手が、蒼が知っている者と同一であるなら、そんなヘマはしないだろう。
 右手を遮る木々の向こうは、公園のはずだ。敷地は広く、休日ともなれば家族連れや恋人達が訪れて歓談している。
 しかし、夜ともなればひっそりと静まりかえっていた。
 蒼は、気配の位置をしっかりと確認すると、公園に向かって駆けだした。
 左手に掴んだ鉢入りの袋は、決して離さない。肩に掛けていたバッグは、邪魔になるだけなのでベンチの下に投げ込んだ。
 蒼はベンチを飛び越えると、茂みを抜けて林に潜り込む。
 まだ、気配は付いてきていた。後ろに一つ‥‥右前方にもう一つ、そしてもう一体。
 遠いが、それとは別にどこかで二人‥‥三人か。誰か人が居る。
 しかし後ろの一つは、足音も草を靴が擦る音も聞こえて来なかった。
(なんだ‥‥物音一つしないなんて‥‥実体なのか?)
 影のような、ヒト。
 蒼は大きな木の根本に身をかがめ、気配を殺した。このまま居なくなってくれればいいが‥‥。気配はやや向こう側をすうっと通り過ぎ、ふ、と突然気配を消した。
(どこに行った‥‥)
 ちらりと視線を、気配が消えた方向に向ける。
 そこには、何も居なかった。雲に隠れて陰っていた空が晴れ、月が顔を覗かせる。青白い光がすうっと差し込み、蒼を照らした。
 蒼の足下に落ちた影は、小さなひと形をした和紙だった。しかし目に映っているのは、ただのひと型ではない。
「くっ‥‥」
 蒼は体を横に押し出すと、影から逃走を図った。
 影の手が伸びて蒼の体を掴むと、焼け付くような痛みが走る。じわりとしのび込んでくるような身震いする感覚と、熱く広がる痺れが肩口を支配する。
 影であるはずのその手であるが、後で確認するとくっきりと赤く染みを残していた。
(‥‥実体があるモノなら何とかなるが‥‥)
 今、蒼は護身刀を何も持っていなかった。大学から直行した事と、途中年末年始の警戒をしている警官にでも捕まって尋問されれば、帰るのが遅れてしまうからだった。
 ふ、と蒼の視線が何かを捕らえる。
(これでも‥‥いいか)
 蒼は一枚の枯れ葉を指の間に挟むと、袋を掴んだままの左手を翳して影の攻撃の手を押し返した。先ほど掴まれた肩の痛みは、まだ蒼をじわじわ襲い続けている。
(保ってくれ‥‥)
 蒼は枯れ葉に“力”を流し込んだ。枯れ葉は、許容量を超えた力を加えられ、今にも崩れてしまいそうだ。
 一瞬だけ‥‥一瞬保ってくれればいい。力を制御し、崩れるギリギリの力を枯れ葉の周囲に集中させた。
 研ぎ澄まされた刃を一時の間与えられた枯れ葉は、蒼の手によりヒトならぬ影を切り裂いた。
 すぐに立ち上がり、枯れ葉を捨てて走る。
 ざあ、と風が吹いて下から枯れ葉が舞い上がった。
 瞬間見えた、何かの文字。
(つっ‥‥しまった、捕まったか)
 体が熱い。
 体を包み込む枯れ葉が、雪のように蒼に吸い付くと消えていく。それと同時に、力が流れ込んで来た。
 これは‥‥。
(あいつ‥‥俺のタンクの容量を試す気か?)
 枯れ葉のカーテンの向こう側に、残った二つの姿を見えていた。
 右に一体、そして左に一体。
 影はゆっくりとした動作で、虚ろなる刀を取り出す。自分の方へと翳した虚ろなる刀は、しゅう、と伸びて蒼の肩へ食い込んだ。
 激痛を堪える為に唇を噛み、体勢だけは崩さないようにつとめる。しかし、かろうじて手に掴んでいたビクトリアの鉢は指をすり抜け、地面に転がった。
 体が限界だった。
 溢れる力が、体から鎖状の光となって放出し、それぞれ影を捕らえた。光に吸い込まれるように、影が消滅していく。

 やがて光は、火が消えるようにすうっと闇へと混じる。

 がくりと膝をつくと、蒼は息を吐いた。
 体が、バラバラになりそうだ。
「‥‥満足か?」
 蒼が呟くと、どこかで影が揺らいだ。
 笑っているのかもしれない。
「ヒトの持つ力の可能性でも、見えたのか」
 見えた、と答えた気がする。
 何度こんな事を続ければ気が済むのだ、彼奴等は‥‥。蒼はふふ、と笑った。相手にするのは面倒だが、嫌じゃない。
 どこかでそれを望んでいるのか、それが平気になっただけなのか分からない。どのみち、これにウンザリしていれば彼奴とはつきあえないだろうが‥‥。
 深いため息を一つ漏らし、蒼は体を起こした。
 地面に転がった鉢植えはひっくり返り、中身をさらけ出している。綺麗に植えられていたのに、これじゃあとても妹に渡せない。
「駅前まで戻れば、まだ店は開いているか」
 そっと花を鉢に戻すと、蒼は影の方に目をやった。
 この鉢は、妹には贈れない。
「‥‥お前にやるよ。違う可能性が、見えるかもしれないぞ」
 返事は聞かずに、蒼は元来た道を歩き出した。


■コメント■
妹の設定はどうやら口調が“丁寧”のようですが、兄にまで丁寧な口調ではないんじゃないかと思ったもので、多少くだけたものにしました。
蒼を襲う事でどういう研究の成果を期待しているのか、ちょい疑問だったんですけど、その辺もぼかしてあります。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月09日

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