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『体感温度 』
伍宮・春華1892

 人が感じる温度は人によって様々であり、自らが触れている温度が必ずしも自らの思うがままの温度であるという確固たる保障は無い。


 伍宮・春華(いつみや はるか)は、むっつりと口を閉じたまま、赤の目で流れてゆく景色だけを見ていた。少しだけ開けた電車の窓が、黒髪をふわりと揺らす。
(いい加減、機嫌直せとか言いたそうにしているけど……)
 目の前に座っている保護者は、春華と流れてゆく景色を交互に見ている。申し訳無さそうに、それでいて仕方がないと言わんばかりに。
(分かるけど、分かりたくねーもん)
 小さく春華は溜息をつき、それからそっと目を閉じた。

 事の発端は、保護者が里帰りをしなければならぬ、と春華に告げた事だった。それは別に春華としては良かったし、にっこりと笑って「気をつけてな!」と言ったりもしたのだ。だが、話はそこでは終わらなかった。
「……はあ?」
 保護者は、春華を真っ直ぐに見て口を開いたのだ。春華も共に里帰りに行かなければならないのだと。
「冗談!俺、友達と初詣の約束してるんだぜ?」
 断固として春華は顔を顰めながら抗議したが、保護者はそれを受け入れなかった。何故、退魔師が主である自分達一族が、春華の存在を黙認しているのかという事を、ぽつりぽつりと漏らす。さらに、自分の立場というものを理解して欲しいとも告げる。それは勿論、保護者自身の立場というものも含めて。
(メンドイ)
 春華は思うが、それと同時に過去の記憶が蘇る。封印されていた、昔。
(あの頃に戻されるのは、ごめんだ)
 実際、保護者の言っている事は理解できた。何故今まで封印されてきた自分が、こうして自由に動き回れているのかというと、それは保護者が『監査』の名目で手元に置いてくれているからなのだ。いつしか、保護者が漏らした事があった。だからこそ、親戚からの干渉を受けないのだと。
「でも……約束、してるんだぜ?」
 尚も不満そうな春華に、保護者は小さく溜息をついて付け加えてゆく。保護者である自分が里帰りするのに、監査している筈の春華がいなかったら、それは不干渉の条件を違えてしまう事となる。それは同時に親戚から終われる羽目になるかもしれない事を暗示しているのだと。そうすれば、友人と二度と会えなくなってしまうであろう。
 真面目な顔で諭され、春華は一つ大きな溜息をつく。
「しゃーねーな……」
 吐き出すように答える。かなりの不満は身の内にあったけれども。それも仕方の無い事なのだと自分に言い聞かせる。
 春華は、平安の世に封印され現代で解き放たれた、天狗なのだから。

 着いた所は、静かな町であった。まだまだ自然を残している、だが現代の風もちゃんと吹き込んでいる町である。そして。
(やっぱりな)
 小さく春華は苦笑した。この町の人間は、春華の生い立ちを知っている。それはつまり、伝承に登場する春華を知っているという事だ。
(悪戯を繰り返し、封印された天狗だもんな。そりゃ、そうなるよな)
 くつくつと小さく笑う。伝承の春華しか知らないのだから、目の前にしている春華もそれと同じものなのだという認識を深めてしまうのは仕方のないことだ。
(でもさ……その伝承とやらも過大表現しすぎるんだよなー)
 しかし、それすらも知り得ないのだ。この町の人間は、伝承の中の春華が知識の全てであり、実際の春華というものを知らないのだから。だからこそ、態度が露骨に出てくる。警戒という形になって。
「よ」
 ふと警戒する母親から覗き見るように、一人の少年が春華を見てきた。それに対し、春華はにかっと笑ってひらひらと手を振って見せた。思わず、少年は手を振り返してきた。
(やっぱ、警戒心ねーのもいるな)
 くくく、と小さく春華は笑った。前を歩いていた保護者が不思議そうに振り返る。
「何でもねーって」
 春華が言うと、保護者は首を捻りながら再び前を向いて歩き始める。春華はそれを見計らい、再びくくく、と笑うのだった。

(大人しく、ねぇ)
 縁側でぼんやりと外を見ながら、春華は大きな欠伸をした。
(大人しくと言われても……いや、大人しくしねーといけないのは分かるんだけどさ)
 家に着いた時、保護者は春華に強く強く言い聞かせたのだ。普段ならばそこまで強くは言われないのだが、珍しく強く言われてしまった。
 それは、大人しくしていろと言う事。
 ただでさえ警戒を解かない親族達の中に入るのだから、大人しくしていなくては鬼の首を取ったように春華を追い掛け回し始めるだろう。下手をすれば、再び封印しようとしてくる。それだけは避けなくてはならない事態だ。
(分かるけどさー)
 ふう、と春華は大きく溜息をついた。
(これじゃあ、息が詰まって仕方ないって)
「学校……始まらねーかなぁ」
 春華は小さく呟く。保護者の里は退屈で、窮屈で堪らない。しかし、今後も前と同じように学校に行きたいのならば、大人しくしておかなければならない。この場を力任せに飛び出してゆくのは簡単な話だが、その代償は大きい。ならば、この場は大人しくしておくのが最善だ。それは、嫌というほど分かる。それだけに、春華の不満は積もってゆく。
「あー遊びてぇ!」
 春華はそう言って、ごろりと横になる。今頃、友人達は皆で楽しく初詣に行っていることだろう。春華が来られない事を残念がっているかもしれない。そう思うと、何としてでも飛び出してやりたくなる。
(長い目で見れば、それはやっぱマズイだろうけどさ)
 くくく、と小さく笑う。友達の事を思う自分が、妙に嬉しい。と、その時だった。
 ガサリ、という音が庭からした。春華は「よっ」と小さく呟きながら起き上がる。
「誰かいるのか?」
 庭を一望し、問い掛ける。しかし、返って来たのはガサリという音だけだ。
「気のせいか?……猫とか?」
 春華が言うと、茂みから申し訳無さそうな声で「にゃあ」と聞こえた。それも、4・5人くらいの声で。春華は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、再び口を開く。
「いや、犬かもしれないなー」
 春華が言うと、茂みの中がぼそぼそという話し合うような声がした後、戸惑ったように「わ、わん」と声がする。思わず吹きだしてしまう。
「うーん、犬じゃなくて……兎かなぁ?」
 笑いを堪えている為に声が思い切り震えてしまっている。しかし、相手は必死になっているのか、春華が笑っている事に気付いていない。しかも、ばれそうになっている局面を切り抜けていると思っているらしいのだ。気が大きくなり相談する声も大きくなっている。
「兎だって」
「兎ってどうやって鳴くっけ?」
「ばっかだなー。兎は……ほら、あれだって」
「ピョンピョンとかって鳴かないっけ?」
「それだ!それだって!」
 話がまとまり、声を揃えて言う。「ピョンピョン」と。とうとう耐え切れなくなり、春華は大声を上げて笑ってしまった。
「ばっかだなー。兎はそんな風には鳴かないって!」
「ああ!」
 春華の言葉に、茂みからぞろぞろと子ども達が出てきた。
「卑怯だぞ!」
 口々に言うが、一人だけきょとんとして首を傾げる。
「兎って鳴かないの?」
「馬鹿!今はそういうのはどうでもいい!」
 その言葉で、春華はますます笑ってしまった。子ども達は互いに顔を合わせ、それから春華と声を揃えて笑った。
「で、何をしてるんだ?」
「母ちゃんや父ちゃん、遊んでくれなくってさー」
「何して良いかわかんないから探検しててさ」
「そしたら、何か人いたから」
(人)
 その言葉に、小さく春華は微笑む。
「一緒に遊ぶか?」
「いいの?」
 目を輝かせて言う子ども達に、春華はにっこりと笑う。
「ああ。但し、子どもだからって手加減はしねーからな!」

 選んだ遊びは、鬼ごっこだった。が、春華は子ども達から「強すぎ」と頬を膨らまされてしまった。何故ならば、春華が鬼になろうが逃げる番になろうが、勝負にならないからだ。捕まえるのは一瞬だし、捕まえたくてもひらりと逃げられる。てんで話にならない。
「卑怯だぞー!」
 ひらりとかわすたびに、春華は鬼となった子どもに怒られた。
「そうは言われても、じゃあって言って自ら捕まる奴はいねーだろ?」
 春華がそう言うと、子どもは決まって「だってー」と頬を膨らませた。確かにその通りなのだが、それにしても実力の差があり過ぎる。そして、子ども達は皆、はあはあと肩で息を始めてしまった。
「なんだなんだ?もう終わりか?」
 にやにやと笑いながら春華が言うと、子ども達はひそひそと相談し、こっくりと頷きあった。そして、一人がびしっと春華に向かって指をさす。
「次はゲームで勝負だ!」
「おう、何でも来い!」
 春華はそう言ってにかっと笑ったが、実際ゲームとは何なのかをきちんと理解してはいなかった。そして、子ども達は春華が承諾したのを機に、室内に入っていく。春華も子ども達の後ろについて室内にあがった。
「おお」
 春華は思わず声を漏らす。出てきたのは、テレビに繋げるゲームであった。初めて触るコントローラーの、意外にずしりとする重みに驚く。
「これで勝負だ!」
 出てきたのは、レースゲームであった。皆でコントローラーを握り、一斉にスタートする。……結果は、春華のぼろ負け。子ども達は外ではぼろ負けだった借りを返せたと思ったのか、大喜びした。
「何だよ、難しいじゃん。……ちょっとだけ、練習させろよ」
 春華はそう言って「別にいいけどー」とにこにこと笑う子どもを横目に、テレビに集中して練習を始める。……が、目が良すぎるという普段ならば長所となる場所がネックとなってしまう。長時間テレビを見続ける事が、辛く感じてしまって仕方が無いのだ。あまり練習できぬまま、再び勝負を挑む。結果、いい所まで行きつつも、勝てない。
「何だよー!くっそー」
 春華はそう言って口を尖らせ、辛くなる目をごしごしと擦る。子ども達は「だからーここでボタン押すんだって」と口々に春華にアドバイスをする。いつしか、輪が出来上がっていた。

 それをじっと見ている目線があったのに、春華は気付かなかった。子ども達の様子を探りに来た、親戚一同である。彼らが目にしたのは、自分達の子ども達と一緒にテレビゲームにはしゃぎながら興じる、封印をした方がいいと未だに警戒を解かない対象であるはずの天狗。
「これが……あの噂の天狗だというのか?」
 ぽつり、と親戚のうちの一人が漏らした。保護者はそれを聞き、小さく苦笑した。噂でしか聞いていなかった天狗が、実際に目にすると全く違う印象を放ちながら存在している。百聞は一見にしかず、という言葉がそのまま適応された瞬間であった。
 何も知らず、春華はゲームをしている。時々、疲れてしまった目をごしごしと擦りながら。自分を隙あらば封印してしまおうと目論む親戚達の子どもと一緒に。
「くっそー。聞いてたのと違うじゃん。全然上手くいかねー」
 小さく春華が呟くのが室内に響き、子ども達は笑い、大人たちは顔を見合わせた。正に今、その状況が出来上がってしまっていたから。

<自らを以って知り得た温度だけを思い・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月09日

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