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『二年参りのその後で 』
村上・涼0381)&水城・司(0922)

「暇なら二年参りにでも行かないか?」
「足やってくれるなら、いいわよ」
 水城司の誘いに、あまり深くも考えずに、頷く涼。
 どのみち初詣には行くつもりだったし、この寒い季節に、切実に車の運転手は欲しい。
 水城なら、予想外の隠れスポットも知っていそうだと、信頼にも似た計算が働いたのも、また事実。
 過ぎる年と、来る年を共に見守るという意味が、この時の涼には、正しく認識できていなかった。真冬になっても就職先が決まらぬ涼にとって、お参りは、決して欠かせぬ大切な儀式の一つだったのだ。
 柏手二つで職運がゲット出来るなら、神様だろうが仏様だろうが、幾らでも崇めてやろうと、やや他力本願になっている涼である。

「初日の出を見るなら、あそこがいいかな」
 案の定、水城には、お勧めの場所があるらしい。
「海から見るのと、山から見るのと、どちらがいい?」
「うーん……」
 除夜の鐘を遠くで聞きながら、涼が、考え込む。正直、どちらでも良いと思った。初日の出は、特別。どこから見ても御利益はありそうだ。
 ただ……そう。静かな場所がいい。親子連れや恋人同士などがウヨウヨと彷徨っているような雑踏で、新年の光を迎えたくはない。
 朝日を独り占めにすることが出来たら、何よりも得難い思い出になるだろう。どこでもいい、任せると、涼は呟いた。
「どこでもいいんだな?」
 いつもと違う、彼の声の響きに、この時の涼は、まだ、気付いていなかった……。



 徐々に満ちて行く、光。
 山の尾根を切り取ったその向こうに、真円の太陽が顔を除かせる。朝の靄が黄金に煙って見えた。それをうるさく騒ぎ立てる、他の観客はいない。
「なかなか良い場所だろ?」
 司が、少しばかり自慢げに、笑う。どんなガイドブックにも出ていない、思わぬ秘境だった。湖が太陽を映して、波間にたゆたうその姿までも、目にすることが出来る。海と、山と、両方の景色を同時に見ているような、優越感。これ以上ないと言うくらいの、贅沢な絵だった。
「飯でも食いに行くか」
 司に促され、黙って彼に付き従う。司が、涼の手を握った。足場の悪い山の岩棚で、間違っても涼が転ばないように、さりげなく気を遣う。歩幅を抑え、ゆっくりと歩いた。彼の靴が、先を歩いて土を踏み固めてくれるので、後に続く涼は、ゆるゆると進むことが出来た。
 とことん嫌な奴なのに、時々、思い出したように優しいのだ。
 いつもそうやって騙されるんだからと思ってみても、繋げた手が、ひどく、温かい。
「まだ、帰らないだろう?」
 ここでさっさと帰ってしまえば、穏やかで変わりない日常が、また、始まっていた。
 帰るべきなのだろう。我が身が可愛ければ、水城司には、これ以上、関わるべきではない。
「…………いいわよ」
 朝日が見せた幻に、一瞬、思考を奪われる。
 今日の私は変なんだと自覚しながら、涼は、握り締めた手に、一瞬、力を込めた。
「騙されても……まぁ、いいわよ。今日だけは……」



 結局、三十一日の夜から一日の夕方までを、一緒に過ごした。
 朝帰りならぬ、夕方帰り。
 その間に、距離は確実に縮まった。仲良く談笑して終わるはずがない。指を、腕を、絡めたときの、その感触。思い出すだけで、顔から火が出そうになる。
 あの時の自分は、どうかしていたのだ。涼は、司に車で送られながら、何度も何度も心の中で首を捻る。
 水城司は宿敵だ。未来永劫変わることのない、宿敵なのだ。
 どれほど修行を積んでも、あの毒舌に慣れるときが来るとは思えないし、いつかはコテンパンにのしてやるという野望も捨て去ったわけではない。
 実際に、妹の件を持ち出して、ケンツクケンツク言い争うのは、もはや日常茶飯事だった。向こうは大いにそれすらも楽しんでいるフシが無きにしも非ずだが、少なくとも、涼は、真剣に闘っているつもりである。
 いやいや負けがこんでいるなどということは……。
「なに隣で百面相しているんだ?」
 いきなり話しかけられて、思わず、びくりと肩をすくめる。
 上手い反論の言葉も見つからず、開きかけた口を再び閉ざし、ぶすりと涼は沈黙した。
「嫌に静かだな。いつもの村上嬢らしくもない」
 この状況で、いつも通りに振る舞えという方が無理である。知っているくせに言うのだから、司もとことん人が悪い。
「…………誰のせいよ」
「ああ、そうか。俺のせいか」
「わかってんなら、これ見よがしに聞くんじゃないわよ!!」
「俺は頭が悪いんでね。聞かないことにはわからない。村上嬢は、どうしてご機嫌斜めなのかな?」
「ど、ど、どうしてって……」
 どうやら、司は、涼の口からそれを言わせたいらしい。だが、彼女の性格からして、素直に、だから……と口火を切れるはずもない。
 一発ぶん殴って、とっとと脱出した方が賢明だ、と、涼は、これまでの経験を生かし、強引かつ早急に、結論を導き出す。幸い、アパートは、すぐそこだ。
「俺は無理強いはしていないし、選択肢も与えたよ」
「そ、そういう雰囲気じゃなかったでしょうが!!」
「そりゃ、俺としては、全ての状況を利用するからね」
「こんの極悪人! どーして私がキミの蛸足に繋がれなきゃならないわけよ!?」
「生憎と、俺には蛸足なんか無い。何度言えばわかるんだ?」
「うっさいうっさい!! キミの言葉なんか信用できるもんかー!!」
「だったら、信用出来るようになるまで、何度でも言い続けるしかないな」
 涼がドアを開けるより、司がロックを閉める方が、遙かに速かった。
 相変わらず、無駄なのに取っ手を引っ張り続ける涼の手を、司が押さえる。長身の体が助手席側に移動して、視界を遮った。
 涼が、まごまごと逃げ場を探して視線を彷徨わせる。その様子すらも、可愛いと思ってしまうのだから、これは重症だと、司は内心苦笑した。
「ちょ、ちょっと、何よ!? 何する気よ!? 退きなさいよ邪魔だってば!!」
「騒ぐなよ。こんな時くらい」
「騒ぐわよ!! か弱い女の子になにさらす気よキミは!!」
「聞くだけ野暮だと思うがな」
 ごく耳元で、司が囁く。その声の近さに、涼の背筋がぞくりと波立つ。
 恐怖……ではない。もっと違った、不思議な感覚。嫌悪でもない。金属バットのことなど、頭の片隅にも浮かばなかった。

「こういう時は、目を瞑るものだって、誰にも教わらなかったのか?」

 それを教えてくれるような、仲睦まじい恋人など、これまでの涼にはいなかった。
 もちろん友人は多かった。その中には、親しい男友達も数多いた。だが、恋人ではなかったような気がする。涼を縛れる男など、二十二年間を数える人生の中で、ただの一人も現れなかったのだ。
 目の前にいる、この小憎たらしい青年を除いては!
 唇が、触れた。
 両腕を突っ張った涼のわずかな抵抗までも飲み込んで、ぴたりと体が重なり合う。司はそれ以上は求めない。あっさりと、抱擁を解いた。涼がすぐさま助手席から飛び出した。
「また連絡するよ」
「しないでいいっ!」
「またするよ」
 地の果てまで逃げても、結局、水城司には、捕まってしまうのだろう。
 何となく、それを自覚しながらも、やはり簡単には認めたくない。赤くなった顔を暗闇で誤魔化し、涼は宿敵に指を突きつけた。負けてたまるかと、最後の最後まで、意地が働いた。
 きっと、自分は、可愛くない女なのだろう。
 かまうもんか。可愛いしか取り柄のない女になんて、初めから、なるつもりもない!
「敵よ! 何があろうと、キミは、私の敵なんだからー!!!」
 くるりと向きを変え、猛然とアパートの階段を駆け上る。窓ガラスが振動で揺れるほどの勢いで、玄関のドアを閉めた。
 すぐに明かりは灯らない。きっと、闇の中で、一生懸命、火照った顔を冷ましているのだろう。
「敵だな。確かに」
 一方、司は、車の中で苦笑する。
 確かに敵だ。村上涼は。あんなに手強い女は、見たことがない。捕まえたと思っても、いつの間にか、掌をスルリと抜ける。
「生憎と、俺は、本当に自分が望むものに対しては、遠慮も我慢も知らない人間でね」
 目を付けられたのが、不運。
 諦めてくれと、ひとり呟く。

「本当に、捕まっているのは、俺の方か……」
 
 でも、それも、悪くはない。
 泡沫のように儚いこの世界で、少しずつ、守りたいものが増えてゆく。

「さて。次は、どうやって、涼を連れ出すかな」

 この追いかけっこは、永遠に続くのだろう。
 何度逃げても、あっさりと捕まって、いつか悟りきった涼の口から、好き、の一言が聞けるまで。





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東京怪談
2004年01月06日

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