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『Instinct and reason 』
高千穂・忍2138)&葉月・政人(1855)
●苛立ち
 T・I社‥‥。それは、世界各地に支社を持つ、国際企業である。その一室で、高千穂・忍は、飢えた心を満たす為、やたらと食糧を買い込んでいた‥‥。
「こんな量では、足らんな‥‥」
 店員が驚愕と奇異の表情を浮かべている中、忍は不満そうにそう呟く。遺伝子改造を受けたその身体は、燃費が非常に悪い。3人前のディナーを平らげても、彼の食欲は満たされては居なかった。
 否、満たされていないのは、何も食欲ばかりではない。もっと別の『感情』である。
「人を何だと思っている‥‥」
 食後の紅茶をすすりながら、忍は面白くなさそうにそう言った。T・I社でも高給取りの部類に入る忍だが、上層部とは折り合いが良くない。
「俺は、こんな所で腐ってる為に、テストを受けたわけではないのに‥‥」
 身体のうちに駆け巡る闘争本能。常人の数倍の能力という、遺伝子改造の恩恵は、その見返りとして、おさえ切れないほどの本能を要求してきた。
「どいつも、こいつも‥‥」
 それを上層部は押さえろと言う。それが、納得のいかない事象なのはわかってはいたが、かといって、むやみやたらに暴れれば、他の秘密工作員達の様に、命を落とす事は目に見えている。TI社のエリート工作員でもある忍。自らの存在意義を示し続ける為にも、彼らと同じ過ちは、犯すわけには行かなかった。
「仕方ない。少し暴れてくるか‥‥」
 そう言って、忍は立ち上がった。そのまま、食堂を後にして、地下へと向かう。彼が向かおうとしているのは、専用IDカードと、特殊加工されたチタン製の指輪がなければ、エレベーターのボタンを押す事さえ許されない、幾重ものセキュリティチェックの課された空間だ。
「おい。誰もいないのか!?」
 その奥にある、戦闘テストと訓練所を兼ねたアリーナへと、足を踏み入れる彼。しかし、返答は無い。どうやら、出払ってしまっているらしい。
「ちっ。機械相手にやるしかなさそうだ‥‥」
 そう言って忍は、慣れた手つきでテスト用の機械を操作する。ややあって、現れたのは、一つ目のレーザー発射機だ。まるで、悪魔の使いめいた姿形を持つそれは、生身のままの忍へ、構わず牙を剥く。わずかに服を焦がすそれを、スポーツ選手よりも秀でた跳躍力で交わす忍。DNA改造を受けた彼にとって、この程度の芸当など、朝飯前だ。
「‥‥っと!」
 さらに、軽くハイキックを食らわせて、決して安くは無いだろうと言うそのレーザーを、瓦礫と化してしまう。
「くそっ。あっけないな。‥‥面白くもない」
 バチバチとスパークの散る元・レーザー発射機を見据えながら、忍はそう呟いていた。と、そこへ席を外していたらしいスタッフと上層部が、戻ってくる。
「いいじゃないか。金ならうなってるんだろう」
 文句を言われ、彼はそう言いながら、残骸を蹴飛ばす。それでもなお、警告めいた事を続ける上層部の人間に、忍はこうも叫んでいた。
「だったら、俺のこのたぎる戦闘本能を、どうしてくれる!?」
 がんっと、アリーナの壁に、拳を叩きつける彼。振動で、部屋全体がびりびりと揺れる。
 だが、熱くなっている忍に対し、上層部は冷静だった。否、冷酷だったと言い換えてもいいだろう。徹底したエリート至上主義を唱える組織は、異端者を許してはくれないらしい。
「くそっ」
 もう一度、そう毒づいて、忍は残骸を、今度こそ再生不能になってしまう程の力で砕いた。
「シャワーでも浴びてくる」
 そう言って、上着を羽織る彼。自身の内に秘めた、有り余るエネルギーは、そうでもしない限り、収まってくれそうに無い。
「何か‥‥。俺を満足させてくれるイベントはないものか‥‥」
 肌を刺激するほどの冷水を浴びながら、忍は切望するかのようにそう呟いた。下手をすれば心臓麻痺でも起こしかねない温度の水だったが、忍の上昇した体温にあたると、瞬く間にお湯へと変わる。忍は、それほどに身体の力をもてあましていた。
「戦いたい‥‥。俺を‥‥。この俺のハートを、熱くしてくれるような奴と‥‥」
 自分と対等の存在が欲しい。思い切り力を振るっても、簡単に壊れる事の無い存在が必要だった。
 と、そこへ、召集を告げる携帯のメール。スタッフの話では、エネルギー反応値の以上に高い区域があるらしい。おそらく、何か戦闘能力の高い物体だと判断した上層部は、忍に久々の実戦テストを課した様だ。
「新宿で、ねぇ。俺に、出勤命令が下るって事は、よっぽど手こずっていると言うわけか‥‥。ウォーミングアップには、ちょうどいい」
 場所は新宿。自らの力に絶対的な自信を有する忍は、そう言って、意気揚々とウィンドスラッシャーを起動させるのだった。

●優越
 一方、政人は、その肉体的能力の向上を兼ねて、都内にある研修施設へと向かっていた‥‥。
 彼が所属する対超常現象起動チームは、表向きは秘匿された部署である。しかし、その類稀な身体能力は隠しようがなく、知力テスト、体力テストともに、抜群のハイスコアを叩きだしていた。
「大した事は無いですよ」
 こんな‥‥子供だましの訓練より激しい実戦など、いくつもこなしている。いつもやってますし。と、彼はそんな言葉を心の中で続けた。それは、相手を傷つけるかもしれないと、そう思って。
 だが、口数は少なくても、行動は目に見えて判る。格闘も射撃も、本庁でトップクラスの彼だ。さも当たり前の様に、黙々とメニューをこなす政人に向けられたのは、羨望と憧憬、そして‥‥嫉妬の視線。
 絡みつくようなそれを見せる他の研修生達は、口々に小さなとげを隠し持った様な、賞賛の言葉を投げかける。
 だが、そんな彼らの態度に、政人は困惑していた。
「そんな事は‥‥」
 何か思惑でもあるのか? と、そんな事を問われ、彼は首を横に振る。自分は、ただ、警察官として、当たり前の事をやっているだけ。それが、皆を守れる最善の方法であると信じて。
「いいえ。何故だか、縁がなくて」
 さぞかし女にもてるんだろ。と、揶揄するような声に、彼はそう答えた。いちいち返答をする必要は無いにも関わらず、そう答えてしまうのは、真面目な性格の裏返しだろう。そう言った所が、政人は不器用だった。
「そんなつもりはありませんけど‥‥」
 否定を繰り返す彼。特別な事を言えば、相手を傷つける。ならば、何も答えない方がいい。
「うわっ」
 だが、彼らが求める『答え』を示さなかった政人に浴びせられたのは、強烈な妨害と言う名の洗礼だった。
「何をするんですか」
 思わず反論してしまう彼。そこへ浴びせかけられたのは、悪意の視線。
「何故‥‥。皆を守りたくて、この仕事をしているはずなのに‥‥」
 部署は違っても、同僚ではあるのに。どうして、こうも扱いが違うのだろう。それが、人間としての嫉妬と言う本能である事に、政人は気づいていなかった。
「次から気をつけてください」
 そう言って、研修へと戻る政人。そして、叩きつけられた暗い思いを振り切るかのように、自己ベストを叩きだす。
 その中で、政人は違和感を覚えていた。
(あれ‥‥?)
 他人が、感嘆の声を漏らすたび、自分と彼らの違いを実感させられる。
「これくらいの事は‥‥できないと」
 直後、口からついて出たのは、極々自然な、自己讃美の言葉。
(おかしいな‥‥)
 それは、他人に対する優越感。
(僕は、こんな事をするために‥‥)
 研修に来たのではない筈だ。ただ、自らの能力を高める為。ひいては、強化服の装着員と言う立場で、常人の身では対抗する事の出来ない事件から、人々を守る為。
 その為だけのはずなのに。
 自らの行為を楽しむ‥‥そんな思いに支配されそうになったその時、本庁から連絡が入った。
「どうやら、お呼び出しのようです」
 連絡をしたチームのオペレーターは、新宿で、超常現象に類すると思われる障害・器物破損事件が発生したと告げ、政人‥‥いや、FZ−01に出動命令が下った事を伝える。
「行ってきます」
 その報告に、政人は心のうちにもやもやを秘めたまま、現場へと急行するのだった。

●譲れないもの
 わずかに芽生えた違和感を抱えながら、政人が新宿へとたどり着くと、すでにそこでは、忍が、エネルギー反応の原因である、巨大カラスの群を、仕留めていた‥‥。
「こんなもんが、役に立つのか?」
 既にに、コードネーム『ザ・グラスホッパー』の姿へと変化を遂げている忍は、大人ほどもあるカラスの骸を、用意していた軍用トラックへと放り込んだ。
「止まれ!」
 そこへ、トップチェイサーが、乗り付ける。
「こいつは‥‥」
 その面を見て、忍は舌なめずり線ばかりの表情を浮かべていた。時ならぬ妨害者に、他の面々が色めき立つ中、彼はそれを押さえながら、こう告げる。
「俺にやらせろ。アレは、俺の獲物だからな」
 彼の見た限り、目の前の青年は、自身の戦闘本能を満たしてくれそうな相手だ。軽い口調で、「よぅ。遅かったな」と、挨拶をしてみせる忍。
「これは、もしや‥‥」
「半分はこいつの仕業だがな。キミが来るまでに、仕事を減らしておいたんだが」
 そう言い放つ忍。彼の周囲には、瓦礫が散乱し、ビルの窓ガラスは割れ、煙を吹いているものもある。
「ここまで行う必要はなかったはずだ!」
 そう叫ぶ政人に、忍は見下すような視線で、告げた。
「正義面ぶってるんじゃないぜ。カラスなんて、ここいらじゃ害悪でしかないしな」
 だから、殺した。死体は、ただのサンプル。同情の余地など、欠片もないと。
「行くぜ! とりゃぁぁぁっ!」
 ややくぐもったと思える声で、高くジャンプした彼は、政人めがけた、その足を振り下ろす。
「く‥‥」
 その一撃を、スーツの上着と引き換えにして、避ける忍。代わりに、コンクリートのはずの地面に、2m程のクレーターが穿たれていた。
「なるほど。強化人間と言うわけですね。ならば、こちらも‥‥」
 そう言って、政人はベルトに仕込んでいたリボルバータイプの携帯電話を取り出す。対超常現象チーム用にカスタムアイズされたその特殊使用の携帯は、転送用のルームへ直接通話を送ることができる。
 音声入力で、強化服の使用を要請する政人。と、その直後、機械音声で、こう告げられる。
『特殊強化服装着員マサト・ハヅキ、声紋識別完了。転送こーどヲ入力シテクダサイ』
 常に、転送の用意は整っていると、オペレーターの誰かが言っていた。
『829‥‥ENTER』
 その指示通りに政人は、携帯に定められた転送コードを入力する。
『確認シマシタ』
 機械音声が告げた直後、青白い光の粒子となった強化服が、政人の全身を覆う。まばゆい程のそれが、彼を包み込んだ。
 そして、それが収まった時、そこには政人ではなく、警視庁対超常現象強化服‥‥通称、FZ−01が現れていた‥‥。
「装着者に直接転送か‥‥。面白そうだな、それ」
 興味深そうにそう言う彼。上層部の言うデータ収集とやらにも、ひと役買う事ができそうだ。
「器物破損、公共物破損etc‥‥。現行犯だ。同行してもらおう!」
 身分証明書を兼ねた銃をつきつけ、そう叫ぶ政人。例え、敵であろうとも、できるだけ傷付けたくなはい。
 だが、忍‥‥いや、グラスホッパーは。
「興ざめだな。そんなセリフ!」
「何っ!?」
 弾道を潜り抜けるように一気に間合いを詰め、その銃を蹴り飛ばそうとした。武器を奪われてはと、FZ−01が、たたらを踏んで距離をとる。と、再び離れた政人に向けて、グラスホッパーはこう言った。
「強化服着用ってのは、キミの専売特許きゃないんだぜ」
 飛蝗の口元が、笑みの形に歪んだ様に、政人には見えた。
「さあゲームの始まりだ。楽しませてくれよ!」
 人の手を加えられた遺伝子が、咆哮を上げる。忍のパワーを、最大限に引き出せと、雄叫びを上げる。
「変身!」
 上着が内側からはじけ飛び、一瞬、鍛え上げられた肉体が露わになる。直後、忍はT・I社御自慢の試作型強化服『アスラ』を装着していた。
「軽く挨拶代わりと行こうか! 食らえ!」
 強化服の各所から小型ミサイル等の銃器を発射する。
(まずいな‥‥)
 早く事態を収拾して、負傷者を救出しなければ‥‥と、焦る政人。
「ほらほら、脇がお留守だぜ!」
「うわぁっ!」
 そのFZ−01に、ショルダーキャノンが火を吹いた。そればかりではない。続けざまに、胸元のマシンガンから、弾がばら撒かれる。アスラは火力でFZ−01を凌駕しており、政人はその弾幕に圧倒されて、近づくことさえできなかった。
「どうした。もうお終いか?」
「まだ‥‥。まだだ‥‥ッ‥‥」
 FZ−01の耐久力を遥かに上回る火力を浴びせかけられて、そのメタリックなボディに次々と穴があく。内部の機械をむき出しにされた状態で、政人はこう呻いていた。
「一体、何の目的で‥‥」
 腰の後ろに装着したソードを、腕に装備するアスラ。振り下ろされたそれを、自身の腕を生贄にして止めるFZ−01。
「決まってるだろう。楽しいから‥‥さ!」
 ギャリギャリと金属のこすれる音と、激しい火花を飛び散らせて、ソードの刃が食い込んで行く。このままでは、腕が切断されるのも、時間の問題だ。
(装着コード‥‥712‥‥ッ)
 と、足元にセットしたコンソール代わりの携帯へ、転送コードを入力するFZ−01。直後、腕に高周波ソードが出現する。
「そんな事の為に‥‥ッ」
 青い柄を持つその剣で、アスラの剣を弾き飛ばす政人の口から、そんな言葉が漏れた。だが、忍が仮面の向こう側から返した言葉は。
「充分な理由だろ。人間は戦いを望むものだ。お前だってそうだろう」
「‥‥ッ!」
 合わせた剣と剣。至近距離で、囁くように言われたそれは、つい先日の研修時の光景を、まざまざと思い起こさせる。
 あの時感じた高揚感。違和感めいた優越感。全ては、彼の中に渦巻く、戦闘本能。
「図星のようだな」
「違う! 僕は皆を守る為に‥‥ッ!」
 押し殺している本能を否定するかのように、叫ぶ政人。
 そんなものなど存在しない。
 ただ、自分は皆を守りたいが故に、力を手に入れただけ。
 FZ−01と言う、盾を。
 しかし、そう自らに言い聞かせようとする政人に、忍はこうも囁く。
「だったら力で証明してみな」
 パワーでもって、弾き飛ばされるFZ−01。強化服そのものの性能と、技量の差は歴然で、政人は次第に追い詰められていく。
 切り裂かれていく強化服。ところどころ、アンダーウェアが覗き、全身のアラームが、脱出を警告している。
 だが、政人は。
「僕は‥‥負けない‥‥ッ‥‥」
 鳴り響くアラームを切り、それを拒否していた。それは、ここで逃げてしまったら、人類の盾となるべく志願した意味を成さないから。
「このぉぉぉぉぉっ!!!」
「どこにこんな力が‥‥!! なめるなぁッ!」
 突如剣を捨てて渾身に殴りかかったFZ−01の拳が、アスラの身体にクリーンヒットする。
「ぐぅ‥‥ッ」
 みぞおちを突かれて、呻く忍。だが、アスラの剣は同時にFZ−01の仮面を切り裂いていた。
「はぁ‥‥っ‥‥はぁ‥‥っ‥‥」
 崩れ落ちた仮面の下から、素顔が露わになる。荒い息をつきながら、それでもなお、戦おうとする政人に、忍はこう言った。
「やるじゃないか‥‥」
 剣を持ったまま、近づいてくる。
「く‥‥」
 もはや抵抗出来ない政人。このまま、倒されるのだろうか。悔しさに、唇をかみ締める。
 だが、忍は。
「お前みたいな奴、嫌いじゃあないぜ」
 そんな政人の耳元に向けて、不敵に囁いていた。
「今日はここまでだ。あばよ」
 そのまま、背を向けて立ち去ろうとするアスラ。
「まだ、終わっちゃ‥‥」
「そんな身体で、何言ってる」
 剣を杖代わりに、立ち上がろうとするものの、膝は全く言う事を聞いてはくれない。忍の厳しい視線が、もう戦う事が出来ない状態である事を、物語っている。
「心配するな。お前との戦い、楽しかったしな。殺しは、しないさ」
 そう言って忍は剣を収めた。そして、ウィンドスラッシャーにまたがり、そのまま姿を消してしまう。
「In the near future,it comes to meet again」
 そう言い残して。
「待て‥‥」
 追いかけようとする政人。
「う‥‥」
だが、彼の身体は、それを許さなかった‥‥。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、政人は面識の少ない中の前では、口数が少なくて、心を許した奴の前や、悪い奴をの前だと、熱く正義の心を燃え上がらせるタイプに見えました。
 逆に忍は、一匹狼タイプで、自分の心のままーに戦いたくて仕方が無い人。拘束されるの大嫌い。でも、戦闘時は非常にクール。
 そんなイメージだけで、俺様風味に書き上げてしまいましたが、御期待通りのブツであれば、幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
姫野里美 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月06日

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