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『日溜まりのように 』
桜木・愛華2155)&藤宮・蓮(2359)

【永遠なんて】

 本気になってどうする?
 どうせ、人間、いつかどこかで、飽きがくるんだ。
 こいつはいい、と思っても、気が付けば、興味の対象は、あっさりと他に移り変わる。
 不誠実?
 俺に限った事じゃないだろう。
 永遠なんて、信じる方が、ただの馬鹿なんだ。





【日溜まりのように】

 藤宮蓮は、よくもてる。
 顔よし頭よし運動神経よし、ついでに訳ありげな影を持ち、手に入れたと思ったらスルリとかわす、その手強さが、女たちの興味を、良くも悪くも惹き付ける。
 複雑な家庭環境のおかげで、実質、蓮には、帰るべき家がない。火遊びの好きなお姉様方の元を渡り歩き、雨露を凌ぐ宿を見つけているような有様だった。
 一食一晩の恩義に、彼が応えてやれる事と言えば、口にするのも憚られるような、自堕落な奉仕活動のみ。
 彼女らの言う「遊び」とは、得てして、そんなものばかりだった。
 だから、蓮に、遊園地のタダ券などを、くれたのだろう。
 彼女らは興味がないのだ。蓮もそれを捨てようとした。丸めて屑籠に放る前に思い止まったのは、唐突に、一人の少女の顔が浮かんだからに他ならない。
「退屈しのぎ……にはなるか」
 なぜか、言い訳じみた、その言葉。
 退屈を凌ぐために、あの鈍くさい女を誘うのだと、自らに言い聞かせる。
 蓮自身、その自覚がないままに、桜木愛華にチケットを渡した。ひどく戸惑っていた彼女の表情に、おずおずと照れたような微笑が広がったとき、心底ほっとした事実には…………気付かないふりを決め込んだ。



 桜木愛華は、藤宮蓮が、苦手だった。
 かっこいい、とは、思う。
 もてるだろうな、とも、納得できる。
 だが、あの強烈な毒舌と突き放したような性格には、正直、泣かされることの方が多いのだ。向こうも愛華をからかうことを生き甲斐にしている節があり、何かというとすぐに突っかかってくる。
 すげなくあしらってやれば良いのだが、愛華は、いちいち真面目に反応してしまう。それがまた蓮には面白いらしく、延々と、同じイジメが繰り返されるという訳である。
「どうして誘ってくれたのかな……」
 蓮と遊園地。申し訳ないが、恐ろしく似合わない。十歳児が喜ぶようなコーヒーのカップにでも乗って、あの藤宮蓮が楽しそうに笑う場面など、想像も付かないのが本音だ。
 そこまで考えたとき、愛華は、不意に、これがデートなのだという事実に、気付いた。
「デート……」
 そう。一緒に乗り物に乗って、ご飯を食べて、疲れたら何処かのベンチか芝にでも座って……。まさに、絵に描いたような、恋人たちの風景。
 夜の九時に早くもベッドに潜り込み、既に寝に入る体勢だった愛華は、がばりと音を立てて跳ね起きた。
 部屋の中の、ありとあらゆる引き出しから、洋服を引っ張り出す。着ては投げ、脱いでは投げ、を繰り返しつつも、悲しいほどに明日の服装が決まらない。
 可愛く見せたい。でも動きやすい方がいい。蓮の雰囲気からして、色っぽい方がオススメ? 服は何とか決まった。だけど、それに合う靴がない! やっぱりこっちの方がいい? 駄目だ。似合う鞄がない!
 時間ばかりが過ぎてゆく。
 少し混乱と緊張を鎮めるために、もう一度、布団に入った。今度は、目が冴えて、全然眠れない。
「ど、どうしよう……」
 何時間が経過したか、わからない。
 頭から掛布を被っていた愛華は、やがて、机上でけたたましく存在を主張する目覚まし時計に、叱りつけられた。はっとして、顔を上げる。朝の光が、眩しかった。
「うそ……」
 眠らずにその音を聞いたのは、初めてだった。
 
 
 
 
 
「お前さ。そんなに俺と歩くのは不満なわけ?」
 遊園地を訪れてから、一時間。ついに蓮の怒りが爆発した。
 彼が怒るのも無理はない、と、愛華はしょんぼりと俯いてしまう。表情は無愛想、話しかけても生返事、終始眠たそうに影で欠伸を連発しているとあっては、どんなに優しい人でも終いにはキレるだろう。
 まして蓮は短気な性分だ。来たくないなら断りゃいいのにと、らしくない愛華の様子に、心配よりも苛立ちが先に募る。
「ったく。仕方ないな。せっかく来たんだ。とりあえず、目玉のジェットコースターにだけは乗るからな。それが終わったら解放してやるよ。最後なんだから、それくらい付き合えよ」
 この巨大アミューズメントパークの最近お目見えしたジェットコースターは、巷ではすっかり噂になっていた。
 長い、怖い、激しい、と、三拍子揃った、大のおとな泣かせの超過激な一品なのだ。本気で気絶した人間もいるし、安全性は大丈夫なのかとクレームが付いたことも、一度や二度ではない。
 だが、怖いもの見たさという言葉があるように、そんなに不安要素の多い乗り物にもかかわらず、人気が途絶えたことはなかった。
 この遊園地に来て、このコースターに乗らなかったら、間違いなく馬鹿にされる。興味というよりは、意地のため、蓮は愛華を引きずって長蛇の列に並んだのだった。
「れ、蓮くん。愛華、見ているよ……」
「最後だから付きあえって言ってんだろ。だいたい、俺に一人でジェットコースターに乗れってのかよ。不毛すぎるぜ」
 ぴしゃりと愛華の提案は却下される。
 蓮には見えないよう、彼の背後で、愛華は思わず口を押さえた。……先ほどから、ひどく気分が悪いのだ。頭はぐらぐらするし、体が半分地面から浮いたような感覚がおさまらない。
 寝不足のせいだ、と、愛華は自分に言い聞かせた。周囲の声が、不愉快に脳を刺激する。金属の床の上を歩く足音さえも、うるさくてたまらない。
「せっかく、誘ってくれたんだから」
 素直で律儀な性格が、愛華に、具合が悪い、の一言を、言わせない。彼女はひたすら我慢した。一時間以上も立ち続け、ようやく自分たちの順番が回ってきたとき、愛華の額には、小さな汗の玉が幾つも幾つも浮いていた。
 
 
 
 約十分間の走行を終え、ジェットコースターが、元いた場所に舞い戻る。
 体を固定するためのカバーが外れ、愛華はふらつく体を励ましながら、何とか乗り物から降りた。
「おい……?」
 蓮の切羽詰まった声がする。振り返ることは、出来なかった。すうっと目の前が暗くなる。景色が歪んだ。体が傾く。自分が倒れかかっている、という事実に、気付く間も無かった。
 咄嗟に差し出した蓮の腕の中に、愛華は、声もなく崩れ落ちた。
「愛華!」
 名前を呼ばれたのは、初めてかも知れない。
 くすぐったいような、嬉しいような、不思議な気分。
「せっかく誘ってくれたのに……」
 ごめんね、と、何度も何度も、心の中で謝り続ける。そして、ついに、意識を手放した。



「ごめんな……」
 視界はぼんやりと曇って、まだハッキリと周囲の状況を愛華は把握できていなかった。
 どこかの芝の上に寝ているらしい。草の匂いがする。眩しくはない。樹木の翠の傘が、真上に見えた。どこかの木陰だ。自分の鞄を枕に、蓮の脱いだ上着をシーツ代わりに、彼女は横になっていた。
「具合、悪かったんだな。気付けなくて……ごめん」
 耳に響く声は、驚くほど優しい。気遣わしげな眼差しが、じっと愛華を見つめていた。
 蓮の腕が動く。壊れ物を怖々と扱うように、彼らしくもなく、ぎこちない動作だった。愛華の前髪を掻き分けて、そっと額に掌が置かれる。ひやりと冷たい、その感触。
「気持ちいい……」
 熱を奪い取ってくれるような。
「マジで焦った」
 蓮が笑った。いつもの皮肉っぽい顔ではない。純粋に、安堵の色だけが表れていた。
「すごい無理させてたんだな。……ごめん」
「ち、違うの。愛華が……昨日、緊張して、全然眠れなくて……」
 蓮が驚いた気配が伝わってくる。反射的に、愛華は身をすくめた。また馬鹿にされる。また、胸に刺さる事を言われる。そう身構えたが、返事はなかった。
 少なくとも、言葉としては。
「蓮くん……?」
 額に置かれた手が、瞼の上に移動する。
 相変わらず、ひどく彼の手は冷たかった。
「蓮くん……?」
「俺も緊張した。お前が倒れて……一瞬、頭の中が、真っ白になった」
 瞼の上に手が置かれているので、彼の表情は見えない。起き上がろうとしたけれど、止められた。
「昼寝してくか。ここで。天気もいいし」
「でも……でも。せっかく遊びに来たのに」
「何言ってんだ。体の方が大事だろ」
 悪くない日和だよなぁ、と、蓮が空を仰ぎ見る。
 こっそりと盗み見た彼の顔は、どこにでもいる、ごく普通の十七歳の表情をしていた。
 愛華の前で、大人ぶる意味はない。心に武装して、刺々しく他人を排除する必要もない。一番、自然でいられる瞬間。捨てられた孤独すらも、どうでも良いものと、思えてくる。

「なんでかな。お前といると、気が楽なんだよ」

 愛華の横に、寝転がる。警戒の欠片もない様子で、少年は、目を閉じた。
 




【永遠だから】

 いつだって、一生懸命、頑張っているよ?
 人の心は、変わりやすいって、知ってはいるけど。
 それでも、ひたむきに努力をするのは、無駄じゃないって、思ってる。
 永遠を信じるのは、馬鹿なのかな?
 でも、永遠だからこそ、本当にあるって、信じたい。





PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年01月06日

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