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『恐怖の褌職人 』
威吹・玲璽1973)&征城・大悟(0662)&丈峯・天嶽(2042)

 上手い話には裏がある。安物買いの銭失い。
 なんて言葉が世間様にはある。世間様の風の冷たさを実に良く示している言葉だ。
 さて、
「なんでこんなことんなってんだ!」
「知らねぇよ! オイくんぞ!」
「冗談じゃねーっ!!!!」
 夜道を半裸で逃げ惑う三人には実にそれが身に染みていた。勿論しみじみ思い返したり反省したりはしなかったが。
 したが最後、
「絶対にこの一枚だけは守っからな!」
「ったりめーだろ!!!」
「あああああ、来やがったああぁああぁ!!!!!」
 冬の夜風の冷たさも何のその。三人は酸欠で脳に異常を来たすのではないだろうかと不安になるほどの勢いで、
 ――兎に角逃げた。逃げまくった。



 電車で三十分。バスを二本乗り継ぐ事二時間。更に徒歩三十分。
 コストパフォーマンスがかなりかかったその店をどうやって丈峯・天嶽 (たけみね・てんがく)が見つけてきたのかは分からない。
 がしかしそのコストパフォーマンスをぶっちぎって、その店は安くて美味かった。
 欠食児童宜しくさんざっぱら飲み食いしても精々が交通費の倍程度。チェーンの居酒屋より交通費込みでかなり安上がりだ。
 巻き込まれる格好で一緒に飲みにでた威吹・玲璽 (いぶき・れいじ)と征城・大悟 (まさき・だいご)もそれにはすっかり満足していた。
 店を出る時分にはすっかり外界は暗くなって、寒さも一入となっていたが、満腹となった欠食児童達にはその寒さもなんのそのである。
「どーよ?」
 ふふんと鼻を鳴らす天嶽の肩を大悟がばしばしと叩く。
「でかした! やるじゃねえかよ!」
「いってえよ! 俺華奢なんだからよーもうちっと丁寧に扱ってくんねーと」
「あんだけ飲み食いして華奢も何もあっかよ」
 玲璽が呆れて肩を竦める。
 飲酒運転御免が密かな常識のような長距離トラック運転手の大悟も今日は公共交通機関の世話になっている。
 東京とも思えないのどかで鄙びたバス亭までの道程を三人は上機嫌でくだらないことを話しながら歩いていた。
 ――平和だったのはここまでだった。



「あ、わりい、ちょっと先行っててくれ」
 と、天嶽が片手を上げたのは小用のため。道端でやると罰金だが程好く酔っ払いであまり細かい事に拘らない二人は、
『いーからここでしちまえよ』
 だの、
『隠すよーなお宝かぁ?』
 だのと、失礼極まりない事を言いつつもケラケラ笑っている。天嶽は『うるせえよ』などと答えつつ街灯と街灯の間の暗がりでさっと用を足す。
「ふー」
 と大息をついてしまうものを仕舞う。本当に一息ついたそのときに初めて天嶽はその存在に気付いた。自分が酒の慣れの果てを引っ掛けたのは石造りの壁である。そこからふと視線を投じるとそこには見事なばかりの日本家屋が断っていた。今時珍しい、古めかしい屋敷である。
「へえ……」
 と、感心したのも束の間次の瞬間天嶽は高く口笛を吹いた。
 提灯ではない。もう少し角張った、古めかしい灯りを手に、その屋敷の玄関で女が一人、にっこりと微笑んでいる。
 ただ女ではない。和服の女だ。更にただ和服の女ではこれまたなかった。
 切れ長の涼しい目元にほっそりとした顎。赤く紅の入れられた艶やかな唇に、和服をつけていて尚分かる張り切った胸、くびれた腰。和服の襟元から覗く真っ白なうなじ。
 素晴らしく美女である。
 美女は笑顔を絶やさず、そのしなやかな手で手招きを繰り返す。天嶽は己を指さして上擦った声を上げる。
 ちょっと舞い上がってしまうくらい美女である。
「おおおおおお、俺っスか!」
「何が俺っスかだ馬鹿やろ」
「いつまで小便してやがんだよお前は!」
 すかんすかんと後頭部を連激され、天嶽は頭を抱えて蹲った。しかし次の瞬間やおら跳ね起きると、不躾にも日本家屋を指さす。
 美女はその場で口元に手を当ててコロコロと笑っている。
「うおっ! 美人!」
 天嶽を押しのける勢いで大悟が喚声を上げる。だろだろとばかりに天嶽もまた頷いた。玲璽は胡散臭げに眉を顰めた。
「……なんか怪しくねぇか?」
「怪しかろうと美人だろうがよ!」
 そこが肝心だとばかりに大悟は鼻息も荒く答えた。
 結局そのまま玲璽は二人に引きずられたが抵抗はしなかった。
 つまり美人だったからである。男とは哀しい。



 通されたのは和室。旅館のような按配で、女が背にしているのは襖。まあ展開としてはその後ろに布団が一組枕が二つを想像するのはお約束である。
「このように寂しい場所に一人住んでおりますと、ねえ?」
「はいっ! そうっスね!」
 大悟が真っ先にがぶりよる。正座した女は大悟に取られた手を取り戻そうともせずに、少しだけ身を引いて、まあ、等と肯定とも否定ともつかない微妙な溜息を吐く。
 何がそうなんだオイ。
 と突っ込みたかったが止めた玲璽である。何故なら無駄だからだ。ついでに何と言うか、ちょっといいかなと自分も思わないでもないからである。
 寂しい日本家屋に一人住まう色好みの未亡人。
 それはもうなんて言うか後腐れもなさそうですししかも美人ですし複数なのは少しアレですがまあ是非一回、と思っても無理はない。しかも複数OKという事はこの未亡人かなりな実力者だろう。なんのとは問うてはいけない。
「……綺麗な、肌っスね」
 つっと天嶽が女のうなじに息を吹きかけその襟元を乱す。開き過ぎた襟元からは女の白い肌と胸元がはっきりと見て取れる。
「あ……」
 女はその手に逆らわずなすがまま着物を乱される。そして頬を染めた。
「……そんな私ばかり……」
 横すわり、俗に言うおねえさん座りになり襟元と裾を乱した女は、荒い息を吐いて目を伏せる。
 三人は揃ってごくっと生唾を飲み込んだ。
 据え膳。
 18禁もいいところの妄想が脳裏に生々しく浮かぶ。
「はい! 今すぐ!」
「あなたお一人に恥ずかしい思いは!」
「……まあなんつーか礼儀だし」
 男たちは欲望のままに脱いだ。思いっきり脱いだ。そして鼻息も荒く女にのしかかった。



 あれ?

 最初に声を上げたのは大悟だった。
 なんだろうか今の非常に触りなれた、けど触りなれているのが哀しくなるいやあな感触は。



 え?

 次に声を上げたのは天嶽。
 えーと白いです肌はそりゃあもう。しかしなんでしょうこの妙な硬さは。そして平らさは。



 野郎じゃねえかああああああ!!!!!

 最後に玲璽が絶叫した。



「ふふふふ、良くぞ見破ったね明智君!」
 未亡人もとい和服の男は態度を豹変させる。そして中途半端に脱がされていた己の着物をばばっと脱ぎ捨てる。誰が途中まで脱がせたかは心に傷になるかもしれないのでそっとしておいてやろう。
 三人は息を飲んだ。
 触れていた時は細く思えたその身体太く胸筋が自在に動かせるほど発達しており、肌は油でも塗ったように怪しく光っていた。下半身には燦然と輝く真白の六尺褌。その上に化粧の施された美女の顔が乗っているのだから犯罪的である。
「げげええええっ!!!」
 天嶽は真っ先に顔を引きつらせた。女好きには実際溜まらん光景である。
「ふ、我の色香によって褌三兄弟としてやろうと思ったがバレては致し方ない!」
「つかバレねーとでも思ってたのかよあんた」
 玲璽は溜息を吐いた。まぁなにか怪しいとは思ってたんだよと言う態度だが、ばっちり脱いで襲い掛かっているのだからあんまり他の二人をどうこうは言えない立場である。
「我こそは褌職人の鑑! この世に褌を巻く為にこの世を流離う、志し高き流浪の幽霊である!」
「その上幽霊かああああ!!!」
 期待させやがってえぇえええと怒鳴りつつ、大悟は思わずベアリングを指で弾いた。空を切る鋭い音はしかし幽霊にはダメージを与えない。
「ぶっころーす!!!!」
 ぶちっと何かを切らせた天嶽が、拳を握って兄貴で褌で職人な幽霊に襲い掛かった。



「何人いやがるんだああぁああ!!!」
「っせーな俺が知るか! 兎に角走れ!」
「追いつかれるぞちくしょおおおおお!!!!!」
 そして時は冒頭へと戻る。
 色っポイ褌幽霊はその色気でだまくらかした男どもを己の分身へと仕立て上げていた。
 つまり兄貴で褌で職人なナマ人間にである。流石に逃げ出した三人を今も追って来ている。
 褌をきりりと締めた無数の男たちは、鼻息も荒くのしのしと迫ってくる。
 捕まったらやばい。褌姿にされるのみならず何か大事なものまで失ってしまいそうな勢いである。
「いやだああぁああぁ!!!!!」
「っく、美人だと、美人だと思ったのによー!!!!」
「だったらお前だけ戻って可愛がってもらえー!!!!」

 疾走するパンツ一丁の男たちは、兎に角逃げに逃げ惑い、ストリーキングとして警察にお縄になる事で漸く九死に一生を得たという。
 褌兄貴集団は何時の間にか姿を消していたが。



 後日、よくもあんなとこへ連れてきやがってと玲璽と大悟が天嶽を締め上げたが、何故か玲璽の言霊を大悟が受け、大悟のベアリングを玲璽が受けた。
 その理由は謎だったが、物理的な攻撃以上に玲璽も大悟も天嶽も、心に深い傷を負った事件だった。



 今日も褌は偉大なのである。
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東京怪談
2004年01月06日

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