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『思いがけない来訪者 』
白瀬川・卦見2519

 ゆったりと、人の流れを見守る。
 楽しそうな笑い声に、急いでいる後ろ姿に、振り返って友人に会ったときのその表情に、一人一人の、「生」を感じる。
 決して長くはない寿命の、人間という生き物。馬鹿みたいに藻掻きながら、足掻きながら、いつも何かを見つけようと、懸命な者たち。
 彼らは、とても弱い存在だ。何度でも人生のやり直しがきくほど、恒久の時間も与えられていない。
 彼らは急かされているのだろう。未来に不安を抱えて、道標が欲しいと、切実に願い続ける。
「未来はね。決して、定まらないものなのですよ」
 人は、覆すことの出来ないその事実をも、知っている。
 それでも、時々、どうしようもなく気弱になって、示してくれる者の元に足を運ぶのだ。
 言葉が欲しいだけなのだろう。
 選択肢は、間違っていないと。
 誰かに言ってもらいたいだけなのだ。
 大丈夫、信じていいよ、と。

 そして、その役割を、名も知らぬ道端の占い師に、求める。



「いいさ。好きに使いな。ただし客は少ないけどね」
 アンティークショップ・レンの片隅に、白瀬川卦見(しらせがわけみ)は、ひっそりと店を構える。
 真冬の辻占は、正直、きつい。どれほど着込んでも、寒気は容赦なく肌に絡みついてくる。
 悪天候時や冬季の間は、卦見は、もっぱら他人様の店に小さなスペースを間借りして、占い家業に励んでいた。
 最近のお気に入りは、アンティークショップ・レンだ。この店はなぜか居心地がよい。店主を筆頭に、客も、品も、一筋縄ではいかない「訳ありもの」ばかりだからだろう。
 つまりは、卦見と同族。
 絶えずまとわりつく疎外感が、ここでは、ひどく遠くに感じられる。
「うちで店を出したって、そうそう客が来るとは思えないけどねぇ……」
 店主の言葉は、むしろ卦見には好都合。
 たくさんの客などいらない。金に興味はないし、儲ける気もない。卦見が欲しいのは、一日の食事代と、夜露を凌げる清潔な寝床、それだけだ。だから、五、六人も見れば、すぐにも店を閉めてしまう。
 物欲は、彼にとって、最も対局に位置するものだったのだ。
「今日の飯代と寝床代は、稼げたのかい?」
「後一人だけ見て、店終いです」
「わからないね。アンタなら、もっと稼げそうなものなのに」
「本当に価値のあるものは、きっと、お金では、手に入らないのですよ」

 店の扉が軋みながら開き、一人の少女が、踏み込んできた。

 少女はやや物珍しそうに陳列棚の上などを覗き込んでいたが、すぐに視線を外し、真っ直ぐ卦見の方へと歩いてきた。
「いらっしゃいませ」
 卦見が挨拶をする。
 いつもなら、ここで、客が、これを占って欲しいと訴えてくるはずなのだ。だが、少女の反応は、いささか卦見が予想したものとは違った。
 卦見の手から筮竹を取り上げたかと思うと、彼女はすっと身を乗り出した。
「私のこと、覚えてない?」
 真剣な面持ちで尋ねてくる。卦見は戸惑った。何しろ、彼は、毎日のように数多の客を相手にしているのだ。いちいち覚えていないというのが、本音だった。言われてみれば、どこかで会ったような気がしないでもないが、それが何処だったかは、やはり思い出せない。
「前に占ったお客様でしょうか?」
 試しに訊いてみる。少女が、嬉しそうに、幾度も頷いた。
「そう。そうよ。思い出してくれた? あたしね、今日、お礼を言いに来たの。迷っていたあたしに、あの時、占い師さんが、答えを教えてくれたから」
「答え…………ですか」
 少女の言葉が、本質を突いていないという事を、卦見は、当然、知っていた。
 卦見は、これまで、ただの一度だって、誰かに道を示したことなど無い。ああしなさいと命令すること自体、傲慢だとすら思っている。
 望みは自分が願うものであり、そこへ行き着くための手段も、全ては自分で決めるべき事なのだ。赤の他人が、訳知り顔で指図したところで、上手くいくはずがない。
 卦見は、ただ、彼らが欲しいと思う言葉を、紡ぐだけ。
 大丈夫、と……。
 
「あたしね、夢があるの。女優になりたいの。でも、お父さんも、お母さんも、無理だって。馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと勉強して、就職して、そのうち誰かいい人見つけて、結婚しろだって! あたし、そんなお定まりの人生、絶対にいや! だって、あたし、夢があるのに!」
「占いの内容は、夢が叶うかどうか。それでよろしいですか?」
「そうよ! そう。教えて! あたし、女優になれる? ねぇ、占いには、なんて出ているの!?」
「自分が、一番、望む道を、進むべきだと」
「一番望む道? 女優になれるっていうこと?」
「あなたが一番に望んでいるものが何か、それは、わかりません。占いでは、人の心の奥底までは、覗けません。また、覗いてはいけないのです」
「何よ、それ……。それじゃわかんない。あたしはどうすればいいの?」
「考えてください。あなたが、本当にどうしたいのかを。一生懸命考えて、そして、出た結論こそが、あなたの進むべき道です。後は、迷わずにお行きなさい。そして、時々、立ち止まって、道が誤っていないかどうか、振り返ってご覧なさい」
「あたし、女優になれるかどうか、知りたかっただけなのに……」

 記憶が、徐々に鮮明になってゆく。
 思い出してきた。女優になりたいと訴えてきた、中学生の少女。夢を叶えることの難しさを、まだ知らない年頃。希望に満ちた目で、明日の自分を語っていた。

「あたしね、すごく一生懸命考えた。考えて、考えて……結論、出した。家を飛び出したの。やっぱり、女優になりたかったから。バイトで食いつないで、演技の勉強したよ? 苦労したぁ……。ぜーんぜん、芽が出なくて。帰りたいって、何度も思った。でも、頑張って、踏み止まった。だって、一生懸命考えて、そうして出した結論だったから」
 けれど、やはり、一向に努力が報われる気配はなかった。
 潮時かなと思ったとき、バイト先で知り合った大学生の友人から、いきなり、付き合ってくれと言われた。
 彼のことは嫌いではなかったし、まぁいいかと、軽い気持ちで交際が始まった。いずれはサヨナラするだろうと決めてかかっていたのに、彼が大学を卒業し、就職すると、そのままの流れで、結婚まで話が進んでしまった。
 間もなく、子供が生まれた。
 子育てに追われる日々。女優の夢など、跡形もなく吹き飛んだ。それどころではない。三人の息子を立派に成人させるには、恐ろしいほどのパワーがいる。
 毎日が戦いだった。演技の勉強なんかより、もっと、ずっと、難しい……。
「なんかね。女優の夢からは著しく外れてしまったけど、でも、すごく、幸せだったんだよね。あの時、家飛び出して、本当に良かったって、思えるくらい。家飛び出してなかったら、あたし、彼とも会えなかったわけだし。孫の顔まで見れちゃって、もう思い残すこと無いかなーって思ったとき、占い師さんのこと、急に、思い出しちゃったんだ」
 あたしの死因は、癌だよ。
 少女は、笑った。
 年は、五十歳だった。
「お礼が言いたかったの。占い師さんを信じたから、今のあたしが、ここにいる。あたし、夢を叶えたよ。恋人の役、花嫁の役、母親の役、祖母の役、全部やった。自分で選んで、自分で決めたの。これって凄いことだと思わない?」
 少女はよく喋る。
 この世界を離れる最後の瞬間が近付いているから、あるいは、焦りを感じ始めているのかも知れない。伝えたいことが、たくさんある。十四歳で家を飛び出して、それからの三十六年間、変わることのなかった、想い。
「ありがとう。占い師さん。信じて良かった」
「どういたしまして。ですが、礼は、わたくしではなく、過去の自分自身に。あなたが信じたから、叶ったのです。わたくしは何もしていません」
 卦見は笑った。
 袖触る縁とすらも呼べないような、自分の元に、来てくれた彼女。
 なぜ忘れていたのだろう? 今は、その名前すらも、はっきりと思い出せる。

「白瀬川さん」
「あれ?? あたし、名前、教えたっけ?」
「はい。あなたは、生年月日まで教えてくれましたよ」
「ありゃりゃ。あたしってば、不用心。相手が占い師さんだから良かったけど。…………それにしても、名前、よく覚えていたわねぇ」
「特別なのです。あなたは。わたくしが、初めて占った人間と、同姓同名だったのですから」
「白瀬川なんて、滅多にないのに。下の名前まで、同じだったんだ?」
「ええ。下の名前も、そっくり同じです。名前だけではなく……その前向きな物の考え方までも」
 白瀬川の姓は、その、初めての客からもらった。
 卦見の名は、その、初めての客に似せた。
 占いなど必要ないくらい、逞しい心の持ち主だった、彼女。
 やはり……目の前の少女に、似ている。

「あはは。そりゃいいや。ウジウジ考えるのは、性にあわないのよ。だから家も飛び出した。何とかなるって、信じてたからさ」

 終わりの時が、いよいよ来た。
 彼女の姿が、徐々に薄れゆく。
 儚く消えるわけではない。それは彼女には似合わない。来たときと同様に、店の扉を潜って行った。
 一陣の風のような少女だと、卦見はひっそりと苦笑する。アンティークショップのオーナーが、呆れたように呟いた。
「最後の客があれじゃあ、金は取れないね」
「そうですね。しかし、お金よりも価値のあるものを、頂いたような気がします」
「そうかねぇ…………」
 物問いたげな店主の視線を背中に受けながら、卦見は、少ない荷物を手早くかたす。
 今日の営業は、終了だ。
 余財はいらない。
一日生きていくためだけの、ほんの少しの金があれば、それでいい。

「また、おいで」
「また、来ます」

 卦見に与えられた時間は、ほぼ、永劫。
 アンティークショップ・レンに足を運ぶ機会は、これから先も、幾度となく、訪れてくれるのだろう。





PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2004年01月06日

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